夜の二人になんかエモいやつ
なし
「君はここの公園にでる女の子の幽霊の話を知ってる?」
鋭く冷たい冬の風が僕の頬をかすめる。
ちぎれそうなほど冷えた耳を温める為に一層目深かにニット帽をかぶった。
「いや、知らないね」
浅く腰かけたブランコを足先の力だけで揺らして口火を切った≪名も知らない≫男の子に向かって僕はそう答えた。
「なんでも子供たちが家に帰って誰もいなくなった夜になるとこの公園にゆらりと現れるらしいんだ。そうして公園の遊具でひとしきり遊んで満足したら消えていくんだって」
「なんだか怖くなさそうな幽霊だな」
身構えていた体を脱力させた僕は半笑いで男の子が座っていたブランコの隣に手探りで腰かける。
ブランコは氷を凍らしたように冷たくとてもじゃないが素手で触るには苦を強いられた。
僕は上着の袖を指もとまで潜らせてブランコの持ち手を持って軽く漕ぎ始めた。
「お前冷たくないのかよ」
「ん?なにが?」
「ブランコ・・・死ぬほど冷たいだろ」
いつもパジャマを着てこの公園に来ているというその男の子に問いかける。
「まあ、何事も慣れというものがあるんだよ」
その男の子は俯いて握っていた手を緩める。
「その幽霊はさ――」
「ん?」
「その幽霊はなんで誰もいなくなった公園に一人で現れるんだろうね――」
どうやら話が≪公園に出てくる女の子の幽霊の話≫に戻ったらしい。
「だって幽霊だったら人を驚かせたり呪ったり色々怖がらすのが目的じゃないの?なのにどうしてその幽霊はあえて子供たちがいなくなったところを見計らて出てくるのかな?」
「さあ、なんでだろう――」
幽霊やおばけにさして興味のない僕は特に深く考えもせず適当な返答をした。この世で一番怖いのは人間なのだから。
「人が怖いんじゃないの?人が怖いから人のいなくなった公園で一人で楽しく遊んでるんだよきっと。僕らみたいな憚れ者みたいなお化けもいるんだよ。きっと――」
急速冷風のような凍え切った夜風が二人の会話を遮る。
今年一番の強風に僕の肺は冷気でいっぱいになり会話の途中でこれ以上口を開けていることができなくなった。
だが男の子はそれにも負けじと僕の推理を突っぱねた。
「違うと思うよ。その幽霊は好きな人を独り占めしたいから誰もいなくなった公園にひっそりと現れるんだ」
大きな鳴り鈴と共に中央に立つ公園の時計塔が夜の12時を指した。
しんとした誰もいない夜中の公園にしきりと鳴る言わずと知れたメロディはまるで鎮魂歌のようだった。
「君は勘違いしているかもしれないけれど、わたしはね女の子なんだよ」
そう言って≪男の子≫だと思っていた彼女がブランコから立ち上がり、隣の僕を見据える。
ブランコを漕ぐのをゆっくりとやめた僕の頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。
隣にいるであろう人物の≪声≫を確認し、状況を整理し小さくつぶやく。
「男の子かと思った・・・」
ぼそと開閉した口を読み取ったのか女の子は不安そうな声で
「残念だったかな?目の見えないことを理由に忌み嫌われている君からしたら申し訳ないけど」
そんな皮肉めいたことを言われてしまってはなにも返す言葉がなかった。
が、
「いや、残念になんて思ってないよ。いつも一人の僕と楽しく会話してくれたのは君だけだったからさ」
「そう。だからわたしは君の周りの子たちが嫌い――」
でもね、彼女は話を続ける。
「君とお話できるこの夜の時間だけは好きだったんだ」
≪女の子≫はブランコを背にスルスルとすり抜けるようにこちらへ近づき、ニット帽越しの僕の耳元でささやく。
「そして君自身のことも好きになっちゃったんだ」
冷気に身を包まれて今にも切り裂かれてしまいそうなほど凍える顔が徐々に熱を持ち始めるのがわかる。
なんなら熱い。ニット帽を脱いでしまいたいくらいだった。
「そしたら君がこの公園の女の子の幽霊だったんだね」
女の子がうなずくのがわかる。
「でも、もう成仏しちゃう。しちゃうのがわかるの――」
そう言って女の子が白くそして冬の風に溶けて消えていきそうなのがわかった。
――僕も好きだったと言ってしまったらすべてが失われてしまいそうで口にはできなかった
代わりに、
「君の名前聞いてなかった」
「わたしの名前、私の名前は――」
その小さな口から放たれた言葉は冬鋭い風に割かれてバラバラに消え去ってしまった。
なし