『空に手を伸ばすことの意味って考えた事ある?』
空に手を伸ばす。
そのことに私は疑問を覚えない。
疑念を抱かない。
なにせそれは当たり前の事であり、何度も繰り返した行為だからだ。
何度も繰り返せばどんな事であっても摩耗する。
楽しさも、悲しみも
まるで風に吹かれた石礫のように転がり、そして最後には無くなるのだ。
だからこそ、私は空に手を伸ばす。
大切なモノを奪う為に、
大事なモノを・・・与える為に
■
「空に手を伸ばすことの意味って考えた事ある?」
そう少女は私に問うた
微睡む意識が口をむにゃむにゃとさせるのを気にせず私は目を開き体を伸ばす。
暫くした後、待つような視線に前を向けば、彼女がいた。
瓶底眼鏡をかけたその少女は
黒く長い髪の、けれどこの村でも国でも珍しくない十把一絡けの普通を絵に描いたような少女であった。
彼女は黒板に線を引いていく。その行為に「ある噂」を思い出したあと、
窓の外の惨状を見つめ、けれど目を離し答えた。
「ただ、伸ばしたかったからじゃないの。」
「・・その心は。」
とんと部屋を音が満たした。
見れば先っぽが欠けたチョークが、
目を上げれば、胡乱気な彼女の視線が見て取れた。
その言葉と態度に私は唾を呑み込む。少し狼狽えたのだ。
端的に言うなら少し「思うところ」もあった。
意味の分からないそれに当然のように・・・頭を支配されかけ、だからこそ聞く。
「そんなに責めるような口調で聞いてこないでよ。貴方はどうしてか怖いんだ。」
「男口調の金髪サングラスには言われても、説得力ないかな。」
その口調に私はあるものを外した。
・・そうそれは当然のようにサングラスである。
「それ、明らかに非凡な私に言ってくるわけだ。」
対して私は非凡、
金髪に金の瞳
極めつけの真っ白な肌そして止めのこの国らしくない堀の深い顔立ち故に私は周りから浮いていた。
いじめられるでもなく話しかけられるでもなくただ無視される。
それが今の私だった。
黒く塗りつぶされた度の無いレンズ、そのテンプルの先を見つめていれば、少女のある言葉に意識を戻された。
「本題に戻すけれど・・・」
「・・・・・」
その強引さにしかし私は意識を割けなかった。
眩い眩い光、それは私には毒に過ぎたのだ。
沈んでいくのは鉛の球
傷つくのは自分自身、
その光を映していれば私はどうしてか言いようもない恐怖と劣等感の波に襲われた。
まるで光を嫌うように、
まるで空を嫌うように
「空を嫌うようにね。この場所には空どころか、多くの机と椅子しかいないのに、不思議なこと言うんだね。だけれど・・」
「せめて太陽を嫌うようにって言いたいなら、それは間違いだよ。」
「間違いだから、夕暮れも夜もこれが手放せないんだ。」
そうして手にあるサングラスを床に押し付ける。
軋み撓むそれは音を吐きながらも木の色をした机に押し付けられ、そして押し返された。
・・金の瞳、私はその瞳を嫌っていた。
色々と複雑な理由もあるけれど総括してしまえば、周りから浮くから・・でもない。
ただ単純に眩しいからである。
物に光が当たると、三種の反応に分かれるという。
反射、吸収、透過
物体の色が決まるそれらは 様々な波長のうち、一部は吸収され、一部は反射、あるいは透過されることによって、物体から目に届く光に含まれる波長が決まる。 例えば、林檎が赤に見えるということの裏には、リンゴが赤の波長をもつ光をよく反射し以外の波長の光を吸収するためだという。
つまり私の瞳は金以外を吸収する理屈であるのだが、どうやらそれは黒に近い色程光を吸収するようだ。
理屈としては白と黒、最も光を反射するものと吸収するもの、それぞれ近ければ近い程、光を反射し吸収するというものなのだ。
「つまり、サングラス外さなきゃ眩しいってことでしょう。」
「・・・・・・」
「それで今の空を嫌う理由にはならないけどふふふ」という言葉を聞き流しながらけれどただ更に指に力を込めれば。
パキリと音が響いた。
サングラスが砕けたのではない。
ブリッジも蝶番もリムも壊れてはいない。
ただ落ちたのだ、チョークが私の目の前で。転がるチョークに察する。ああまたなのかと。何故か判然とせずに
音も無くなんの前触れもなく少女が消えた。
けれどそれに私は動揺しない。
堂々と前に目を向けた。
線が途切れた黒板。
その中途半端な出来な境界を見つめていれば。夕暮れの日差しに目を奪われていれば
黒が靡いた。
「なんで黙ってるのかわからないけれど、本題に入ろうか。」
「空に手を伸ばすことの意味って考えたことある?」
沈黙が支配する教室、なり損ないの境界が記された黒板を背にした黒を見つめる。
黒い髪に赤い瞳、
けれどこの村でも国でも珍しくない十把一絡けの普通を絵に描いたような少女。
彼女は黒板に引いていた白の根源を手に取って、チョークを手に収めて、問う。
転がっていたそれを手に収めた少女はただそれを握る。夕暮れの空の下で、真剣な表情で・・・
瓶底眼鏡から沈みかけの上弦の月のような瞳を覗かせて
「無い。けれど答えて欲しいなら・・・・条件がある。」
その私の言葉に少女が首をかしげる
開きかけた口の前に人差し指を差し出した
「・・・・何?」
身を乗り出すような私の体勢に目を向けず少女は問うてくるだからこそ答えた
白に濃紺のライン奔るセーラーを風に靡かせながら聞く黒髪赤目の少女に手を回し・・
タイを解きながら
胸当てのボタンを外しながら
スカートのチャックをじじじとずり下ろしてこう答える。
「私にも話させて、「悩み事」。」
そうして私は打ち明けた、友達に。
張り付いた「手」達はこう言ったのだと。
『空に手を伸ばすことの意味って考えた事ある?』・・と
・・・それから私達は話した
放課後の教室、校庭の隅、近くのごみの多い公園、そして学校の屋上。
あらゆるところで語りあった
語り尽くした。
あらゆることを、あらゆるモノで、思うが儘に耽溺しながら耽溺の道具を増やしながら、そうしてとある日の午後・・・・
彼女は死んだ。
■
「本日、高校で死体が発見されました。
名前を■■■■、鏡月高校の三年生です。」
「本校の生徒は17時50分頃、空き教室にて死体で発見されました。」
「死体には胸と片目に花が刺さっていたようです。」
「この件について、連続殺人犯との関連性は不明です。」
ぶつりとその言葉を断ち切った。
そこに居たのは少女。
金髪に金の瞳
極めつけの真っ白な肌そして止めのこの国らしくない堀の深い顔立ちの少女だった。
ただの少女は立ち上がる。
そうしてパっと前を向き、希望に満ちた声でこう言った。
「空に手を伸ばすことの意味ようやくわかった。」
「人を■■為だ。
・・アは
・・・・あははハ
・・・・・・・・あはははッはははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッは八ハハハハハはっハハハハハはっはぁハハハハハハハハハハっハハハハハハハハハハっハハハハハハハハハハハハハハハはっはアッハハハハハハハハハハッはハハハハハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハ八母ハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハッハハハハハはっははハハハハハハハハハハッはっハハハハハはっはハハッハハハハハはっハハハハハッはハハハハハはハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハッハハハハハは八ハハハハハはっハハハハハは八はははあっはハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッははハハハハハはっは八はアッハハハハハハハッは八は八はハハハハハっはあハハッハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハっハハハハハっハハハハハは八は八ハハハハハハハハハハははははははっはははははははははははっははははははっはははっはっはははははははははははっははははっははあはっははははははははははははっははははっはははhハハハハハハハハハハはっハハハハハはハハハハハはっは八ハハハハハハハハハハハハッはアッハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハ八はハハハハハハハハハハハハッはハハハハハハハハハハはっはアッハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハはっはっははははっはあっはははははははははっははははははははははははっははははははははははははっはははははははっはははははははははっはあっはっはあhっはははっはあはっははははははっははは」
・・・ぶつりと意識が途切れた。
そこに居たのは黒髪赤目の沈みかけの上弦の瞳を持つ少女。
少女は見ていた。
白に濃紺のライン奔るセーラーを風に靡かせながら
「さっきの何・・・。」
そうして口に手を当てていた手を離す。
それは銀の橋を架けながらもぷつりと切られた。
少女の指に、たおやかなその仕草はしかし今の私には目に映らなかった。
「さっきの何!!」
少女に問えば少女は立ち上がった。
解けたタイは解けたまま
筈れた胸当てを放置して
スカートのチャックが降りていることも気にせずに少女は言った。
「あれは未来だよ。貴方が犯すかも知れなかった罪の証。」
「・・・・・・」
そうして少女は答え出した。
自身が魔法を使えることを。
自身が「魔女」と呼ばれる存在の末裔であることを。
その冗長で退屈かつ非現実的な言葉にある種の納得感をしかし私は得ていた。
ある噂を思い出したのだ。
魔女の噂を・・・
この学校にはある魔女がいるという。
魔女、黒髪に沈みかけの上弦の月のような赤い瞳の魔女。
それはある問いを投げかけて来るのだ。
『空に手を伸ばすことの意味って考えた事ある?』・・と
罪を犯す者に
人を殺す者に
夕暮れの教室で・・・
瓶底眼鏡を通り抜けた瞳で。
黒く長い髪の、けれどこの村でも国でも珍しくない十把一絡けの普通を絵に描いたような少女の見た目をしたそれはしかしある特徴を持っていた。
ある魔女であり特異な怪異であるということを。
なり損ないの境界を引いたのち彼女は誘うのだ。服を寛げて
堕落の日々に。
根源的欲求を餌に。
そうして堕落した未来の殺人鬼に魔女はある呪いをかけるのだ。
繰り返す呪いを
空に手を伸ばすことの意味を理解するまで。
端的でも少しでも「思うところ」があっても
意味の分からないそれに頭を支配されかけても当然なのだ。
ああまたなのかと、何故か判然としなかったのも必然なのだ、何度も繰り返していたのだから、何度もやり直していたのだから。
その内に少女と共に母や父、
犬猫に至る全ての生き物でさえ「耽溺の道具」として殺し尽くしたのだから、だからこそ待った。彼女の言葉を
「・・・理解できたのは「今」の貴方が初めてだ。」
「嘘つき。あんたは私を逃がす気なんてなかったんだ。友達なのに・・」
その言葉に赤い目の少女は口を三日月に歪める。
そう、この噂には続きがあるのだ。
魔女が呪いをかけるものそれは・・・
決して答えられないものだと。
「その通りだ、その通りだよ、久留井咲さん。」
「・・・・・・・」
その言葉に私とて眉を顰めた。
おそらくは誘惑から発狂するまでがワンセットなのだろう。
今、その光景は、あの時のまま。
友達を「友達」と認めたあの時と
身を乗り出すような体勢に目を向けず問うてきたあの時と・・
白に濃紺のライン奔るセーラーを風に靡かせながら
タイを解きながら
胸当てのボタンを外しながら
スカートのチャックをじじじと下ろしていた「あの時」と同じなのだ。
・・・その異常な光景に、私は理解する。
どうしてあの時、サングラスを外したあとのあの時、恐怖を感じたのか。
「繰り返したあとだったんだあの時も。」
「その通り。」
ノータイムでの返事はけれど私に齎した、恐怖と絶望を。
けれどそれを呑み込んで私は「ただ言った」。
「空に手を伸ばすことの意味答えるよ。」
「・・・・・・」
「・・・きっとそれって・・
きっと、人が眩しいからじゃないかな。」
その言葉と共に私は意識を失った。
ごとんという音と共に倒れた私を
少女が見下ろす、
開けた服を気にせず少女が見つめる
まるで見下すような瞳に
まるで大事なモノを奪うように
まるで大切なモノを与えるように
空に手を伸ばした。
「・・人殺しが。」
その声に私は意識を手放した。
まるでそのことに疑問を覚えずに、疑念を抱かずに。
■
空に手を伸ばす。
そのことに私は疑問を覚えない。
疑念を抱かない。
なにせそれは当たり前の事であり、何度も繰り返した行為だからだ。
何度も繰り返せばどんな事であっても摩耗する。
楽しさも、悲しみも
まるで風に吹かれた石礫のように転がり、そして最後には無くなるのだ。
だからこそ、私は空に手を伸ばす。
大切なモノを奪う為に、
大事なモノを・・・与える為に
それが今までの魔女だった。
けれど疑問を覚える。疑念を抱いた。
他ならないあの堀の深い殺人鬼。
金髪金眼の少女、その普段と変わらないあの死に際に。
「・・・・・・」
いつもと変わらないその言葉に・・けれど私は安堵を覚えた。
「悩み事」
少女から聞いたその言葉が頭に響くのだ。
光を嫌い、空を嫌う彼女の言葉が、それを齎した彼女の答えが。
『きっと、人が眩しいからじゃないかな。』
「・・・うるさいぞ、人殺しが。」
その言葉の主にチョークを投げれば幻影が消えた。
けれど湧き出てくるのだ。
他ならないあの堀の深い殺人鬼。
金髪金眼の少女、その普段と変わらないあの死に際が。
あの時のまま、あらゆる場所と時間に。
ソレを消す為に魔女は立ち上がった。
人殺しを消す為に・・・
彼女を殺す為に。
「・・・行くか。」
金髪金眼の少女の立ち並ぶ、廊下。
その木目を踏みしめ魔女は扉を開ける。
次の彼女が待つ場所に
次の「悩み事」を解決する為に
びしゃりと閉じられた、その廊下の隅で少女が立ち上がった。
一人、二人、と立ち上がりった彼女達、その数は百どころか千を優に超える。
それが、その手が窓に張り付いた。
張り付いた「彼女」達はこう言ったのだと。
『空に手を伸ばすことの意味って考えた事ある?』・・と