第四話 恐れを与えた魔
石化したルマを担ぎ、精霊街の西側にある智慧の神窟の方角へ向かう。
途中、悪魔騎士たちが来ないかとヒヤヒヤしていたが、通りかかる悪魔たちはワシのことを意に介すこともなくただ太陽軍との戦いの終結を見届けていた。
「いつ悪魔たちがワシに牙を剥くか分からん状況じゃ。
一刻も早く、悪魔の森から離脱せねば.......!」
しかし困った。
逃げ出すのはいいものの、この石像を治す術がない。
見た目ほどの重さはないが、表皮をカチ割って万が一のことが起きたら目も当てられん。
まったく、アイツの能力というのは受ければ少々厄介になるな。
以後、この手の者には要注意だ。
「せっかくテナウドリストを倒したのにもったいない。
こんな強者、今後滅多にお目にかかれんじゃろう」
ルマのポテンシャルには目を見張るものがある。
太陽の王を葬ったあの拳、あの一撃は間違いなく武人界の財産じゃ。
これほどの潜在能力を兼ね備えた男をそのまま見捨てるくらいなら、ワシは連れて帰る。
そっちの方が、ワシにとっても都合が良い。
「どこへ行くんですか、武人さん」
ワシを誰かが呼び止める。
振り返ると、そこには悪魔の森でワシを案内していた上位悪魔のヘグイが立っていた。
「.......お前さん、ワシらを止める気か?」
「まさか。
私はあなたにお詫びをしに来ただけですよ」
「お詫び?
なんのじゃ?」
「私の勝手なお手伝いです。
彼、ルマ殿の友人をこの手で殺したことへの、心からの詫びです」
「.......どういうことじゃ?
お前さんはなんの話をしておる?」
「彼、ルマ殿を助けたいのでしょう?
あなたにはアメトス様を倒してもらった恩もあります。
急いで神窟にお逃げください。
アメトス様は必ず復活し、あなた方を追うでしょう。
そうなる前に、急いで地底領に逃げ込むのです........!」
「一つだけ、よいかのう。
ルマの石化を治すにはどうすればいい?
心当たりがあるなら教えてくれ」
「......地底領にはアメトス様が手出しできない
偶像神がいると噂にはあります。
もしかしたらその偶像神が何かをもたらすやもしれません」
「ありがとう、恩にきるわい」
「ご武運を、武人さん」
ワシはヘグイに見届けられ、智慧の神窟に足を踏み入れる。
神窟の奥に進むほど、神気の密度が濃くなり思わず気絶しそうになってしまう。
なるほど、これが悪魔の聖地かとワシは納得する。
「まさしく聖地といった感じじゃ。
おそらく神気の密度の高いこの場所を、悪魔たちは選んだわけじゃな」
神窟を進むことおよそ三十分。
深く深く地中へ降りていったワシはようやく地底領への入り口らしきものを発見する。
「やはり慣れんな、自然の神気は。
体調不良が起こる前に神気の届かないところまで行かないと、体が保たん」
ワシは智慧の神窟内にある扉らしきものを破壊すると、地底領に繋がると思しき赤い洞窟に踏み込む。
どうやら、『血液坑道』と呼ばれる道へ通ずる場所のようだ。
入り口にそう書かれていた。
「独特の匂いがするのう。
血生臭いというか、妙に鼻につく」
ワシは岩肌をさすり手のひらについた香りを嗅ぐ。
やはり、この独特な臭いの正体は岩石に含まれている成分のようだ。
血液坑道を進むほど神窟の放つ神気から遠ざかっていく。
どうやら、無事神窟から離れることができたようだ。
地中の道は担いだ石像が天井につかないほどの一定の広さがある。
おかげでルマに傷をつけずにスムーズに移動することができる。
地中を進み、おおよそ五時間が経過。
岩石の色が徐々に青みを帯びていく。
地底領への道が近づいているのだろうか?
「しかし、ルマの体を担いでいると変な体勢になるのう。
偏りのせいで体が凝ってしまうわい」
ワシはゆったりと腰を下ろす。
一息ついて全身の凝りをほぐす。
凝り固まった肩、背中、足、関節、各所を伸ばし、全身に巡る神気を解いていく。
ワシはルマの石像を下ろし休息を取ることを決める。
進むことも大事だが、ところどころで休憩を取らなければ疲労に狂わされるハメになるのは自明の理だ。
「ふう。
戦闘の疲れかのう。
それとも気疲れによるものか。
妙な重さが全身にまとわりついている」
しかし、この全身の重さはまるで山の頂上とは真逆の現象だ。
もしや、重力の影響が体に出始めているのだろうか?
よくよく考えると、ここは地底奥深く。
一体何千メートル進んだか分からない距離を進んでいる実感はある。
「ふむ、座ると少し尻にくる。
間違いなく重力が強くなっておる。
地底での懸念点をすっかり忘れておったのう」
ワシは再度立ち上がり、ルマを担ごうと手を伸ばす。
その時、近くで何かが坑道を大きく揺らしているのを感じた。
「何かが、近づいてくる.......?」
胸のざわめき、そして神経を震わせる悍ましい何かがドスドスと音を立てて歩み寄ってくる。
それは神話の形相。
かつて偶像神に恐れを抱かせたという神話の魔が目の前に降臨していた。




