第三十二話 磔の王
「まさか。
あり得ないよ、柄じゃないし。
というか興味ないよ。
そういうの、やる気にもならない」
「お喋りはここまでだよ、若人。
ユメール王は『亜心病』と呼ばれる病に罹っている。
心臓が胸から飛び出し、白目が黒ずみ、瞳が赤く染まる未知の病だ」
「亜心病だって!?」
その時のルマの表情、そして反応はとても印象的なものだった。
ルマの顔には明確な恐怖、トラウマからくる怯えのようなものが浮かび上がっており、徐々に顔色が青ざめている。
「ルマ、顔が青い.......!
それに、何か妙な汗をかいておる。
一体何があったんじゃ?」
ワシはルマの身を案じる。
だが、ミヨ婆さんはルマの体調はお構いなしで突き進んでいく。
「ここまで来たんだ、引き返すことは許さないよ?」
「大丈夫だ、モンズ......!
こう見えて僕は強いんだ。
こんなところで止まっていられないよ.......!」
そしていよいよワシらは玉座の間の扉の前に辿り着く。
ミヨ婆さんが先陣を切り扉を開けると、そこに待ち受けていたのは十字架に磔にされたユメール王の姿だった。
ルマとワシは絶句する。
ルマは異様な雰囲気を放つユメール王の気に呑まれ、ワシは何が起きてるんだと内心パニックになる。
「ありゃあまずいじゃろ!
助けんでいいのか!?」
「黙りな、坊や!
今解放すればややこしくなるよ!
今はアタシャに従っておくれ」
「......よう、ミヨ。
とうとう解放する気になったか?
それとも、俺の命令に逆らう気か、うん?」
「症状はだいぶ和らいできたね。
悪魔に魅入られた割には自我が戻りつつある。
気分はどうかな、ラウム王......!」
「最悪の気分だ。
お前がいなければ、俺は衝動を解放できた。
魔法の鍵を解け。
俺は英雄ユメールの末裔だぞ」
「お前なんか相手にしないよ。
お前は永遠に内側に閉ざされていればいい」
何が、起きている?
一体、なんの会話をしているんだ、この二人は?
「なあ、そこの二人。
俺はずっとここに閉じ込められている。
息苦しくて、ずっと頭が痛い。
頼む、この魔女を、止めてくれ。
俺は、このままだと、死んでしまう......!」
ルマとワシは異様な目つきをしている磔の男に懐疑心を抱く。
「耳を貸すんじゃないよ。
アイツは悪魔に乗っ取られている。
今は十字架で厄祓いをしているが、これが失敗したら大変なことになるよ」
「分かってる、ミヨ婆さん......!」
「......ワシゃあ、あの男を助けたい。
これは、間違った感情なのか?」
「モンズ、感情に身を委ねるな。
それに、ミヨ婆さんの発言はあながち間違いじゃないと思う。
悪魔とユメールには古くから繋がりがあるんだよ」
「繋がり?」
「ハズレか。
小癪な小僧だ。
若い癖にユメールと悪魔の関係性を知っているとは、目障りな人間だ」
「それが君の本性だろ、ユメール王?
君は典型的な悪魔崇拝者として昔から噂が立っているからね。
これは僕の予想だが、太陽戦争で追い詰められたのち、悪魔に助けを求めたってところかな?
それで君は悪魔に取り憑かれたんだよ」
「驚いた。
憶測にしては的を得ているな。
もしや大物の器か?
お前には素質がありそうだ」
ラウム王は欲望を露わにする。
腹の底からどす黒い何かが溢れ出そうになっている。
「手を出すんじゃないよ、コイツはアタシャの魔術が......」
ずぶり。
背中から腹に背筋が凍るような寒気が襲う。
ワシとルマは、その光景にしばらく釘付けになっていた。
「......は?」
ミヨ婆さんの肉体は大量の出血にて地に臥す。
老婆を穿つ必殺の一撃は、体力のほとんどない老いた体に即効性の死をもたらす。
「味気ない。
太陽十三天聖は厄介だと聞き及んでいたが、とんだ見当違いだったな」
悪意の化身が透明の膜を突き破り現れる。
ミヨ婆さんのそばに立っていたのは明らかに表の世界とは無縁の裏の世界の住人だった。




