第二十八話 老婆のミヨ
「イーッヒッヒ!
お困りかな、若人たちよ......」
ワシらの心拍数が上がる。
背後から声を投げかけてきたのは一人のフードを被った老婆であった。
「誰だ、アンタ......!」
「アタシャかい?
アタシャはユメールの商人だよ。
そこの森に薬草を取りにきたのさ」
「薬草を......?」
「そう、薬草。
薬の材料になるからね。
あと食用のキノコとカエル、野ウサギにイチゴなんかが取れたさね。
イーッヒッヒ......!」
「婆さん、名前は......?」
「アタシャかい?
アタシャはミヨ。
しがない薬師さ」
「のう、ミヨ婆さんよ。
お前さん、ユメールの行き方を知っておるのか?」
「......おい、そこの若人よ。
お前は少し、目上に対する礼儀を知っておいた方がいい。
歳上は歳下を尊重し、歳下は歳上を敬い立場を立てる。
そんな基本さえ、最近の若い者は知らぬのか?」
「......すまない婆さん。
彼は遜った態度が苦手なんだ。
後で僕が言い聞かせておくから、どうか大目に見てほしい」
「失礼な。
ワシだって歳上への敬意くらい持ち合わせとるわい......!」
ワシは不服そうにルマを見つめ、睨みつける。
嘘も方便とは言うが、ワシのイメージがダウンしておるのだけは解せぬ。
「ま、よかろう。
お前たちの若さに免じて許してやろう。
それで、一体お前たちはここで何をしている?
アタシャに話せるものであれば、相談くらいには乗ろうかねえ」
「助かるよ、ミヨ婆さん。
実は僕たち、ユメール王国に入れなくて困ってるんだ。
どうにかしては入りたいんだが、諸事情で太陽軍に見つかりたくなくてね」
「なるほど、そういうことかい......。
それなら、アタシャに付いてくるといい。
アタシャの客人なら、きっと彼奴らも無碍にはできないはずさ......イーッヒッヒ.......!」
「ちょっと、どこへ行くんだよ婆さん!!!」
「いいから着いておいで。
なに、太陽兵ならアタシャが追い払ってあげるよ」
「おい、ルマ......!
あの婆さんを信用して大丈夫か!?
あの婆さん、正面から関所に向かってるが......!」
「......仕方ない。
どっちみち僕らに迷ってる時間はあまりないんだ。
ここはリスクを取る......!
当たって砕けろだ......!」
ミヨを名乗る婆さんに釣られてワシらもまた関所へと足を運ぶ。
ユメール王国と森の狭間に位置する第一関所なるものは、ワシらを歓迎するように夕陽の明かりを門の隙間から灯していた。
「ミヨ様、その方はお客様で?」
「ああ。
アタシャの客人だ。
間違っても怪我させるんじゃないよ、馬鹿ども」
「了解しました。
宿への案内は必要ですか?」
「アタシャの家に泊めるよ」
「では、ごゆっくりどうぞ」
関所の門ではミヨ婆さんが正々堂々と太陽兵の前を通過する。
それに乗じてワシらもまた『お客様』として太陽兵らに歓迎される。
一体、何がどうなっているんだ?
「ミヨ婆さん.......太陽兵と知り合いなのか?」
「こう見えても顔が利くんだよ、アタシャは。
さ、アタシャの家に向かおう。
薬をぼちぼち納品しなきゃならんからね」
「ひょっとして......。
それは太陽軍御用達のものかい、ミヨ婆さん?」
「企業秘密だよ。
そこまで教える義理はないだろ。
余計な詮索はするなよ、坊や」
ルマはワシの代わりに進んでコミュニケーションを取っている。
ワシはちょっぴり、ルマの持つコミュニケーション能力の高さに羨ましさを感じたが、ここは下手に水を差さない方が無難だろうと判断した。
「しかし綺麗な街じゃのう。
流石は世界一美しい国ユメールの街並みじゃ」
「ミヨ婆さん、聞きそびれていたが、この国の統治は一体誰が行なってるんだ?」
「なぜ、そんなことを聞き出すんだい?」
「一応、曲がりなりにも太陽軍の支配下だ。
この国、もしくはこの区画を統治する幹部の名前を知りたくてね。
ミヨ婆さん、そいつの名前を教えてくれないか?」
「そんなことを聞かなくても、いずれ分かることだよ。
焦ることはない。
それより、帰ったら素材の仕分けを手伝っておくれよ。
最近は腰が痛くて敵わんのよ」
「......そうするよ、ミヨ婆さん」
「物分かりのいい子だ。
そういう子は人に好かれる。
逆に素直さのない頑固な若人ほど、後々になって痛い目に遭う。
お前は素直で礼儀も弁えている。
決してその姿勢を忘れるな。
イーッヒッヒ......!」
「ワシも見習うべきじゃのう。
しかし気のせいか、ユメールの住人らは虚な目をしておるのう。
暗くなってきたから気が沈んでおるとかそんな感じか?」
しかし、それにしては通り過ぎる皆々が奇妙な顔つきをしているものだ。
ま、無理もない。
太陽軍に侵略され、今や資源や食糧を押収されている現状では心が沈むのも納得の状態だ。
「イーッヒッヒ......!
違う、違うさね.......!
彼らは夢を見ているだけさ。
居心地の悪い、最悪の悪夢をね。
さて、着いた。
ここがアタシャの住まう魔女の家......!
いいだろう......?
この魔女という名前が......!
魔女はアタシャにとっての青春だからね。
さ、入ったら仕分け、手伝っておくれ......」
魔女が扉を開ける。
ワシはルマに先を譲り、慎重な足取りで老婆の家に踏み入る。
あれ......?
頭が、真っ白に......。
「モンズ......!
モンズ......!」
この時ワシは重大な勘違いをしていた。
夢現に見えたあの真相に。
ワシはまんまと踊らされ。
空白の夢の中を彷徨っていた。




