第零話 不敗の鉄拳
偶像神、悪魔。
この世には人智を超越した存在がいる。
前者は神の時代より君臨する人間の創造神として、そして後者は世界を混沌へと誘う魔の使徒として、世界を導いていた。
だが、時代は変わり地上ができると、偶像神の末裔である人間が地上の支配権を手にするようになった。
偶像神は地上の支配権を人間に譲ったのだ。
そしてその大半が神界と呼ばれる天上の世界へと帰還した。
人々は数々の苦悩を超え、時代と共に安寧へと近づいていった。
そんな時、この世の大きな分岐点とも言える出来事が起こった。
太陽軍の登場だった。
太陽軍は突如空から現れ、地上を瞬く間に侵略していった。
地上の民たちは突然の出来事に対処できないまま、十つあった主要国家の全てを奪われてしまった。
太陽軍は地上の資源を自身の管理下に置き地上の資源の流出を制限した。
結果、多くの地上の民たちが飢餓に見舞われる悲劇が起きた。
その惨状に強い不快感と反抗心を露わにしたのが、何を隠そう『武人連合』だった。
武人連合は名だたる格闘や武術のスペシャリストたちが集結した組織で、あちこちで起こる武人蜂起を筆頭に、それらの争いは『太陽戦争』と呼ばれる巨大な戦争まで引き起こした。
しかし、太陽軍はあまりにも強かった。
太陽の王を取り巻く十三人の精鋭『太陽十三天聖』。
彼らが武人蜂起を無事鎮圧させ、太陽軍の政権を更に強固なものとした。
これが今の段階での歴史だ。
僕はルマ。
太陽軍に仇なす、武人の一人である。
僕は太陽軍の弱体化を狙い、悪魔ドゥートスという同胞とともに今チカニシ王国に潜入している。
チカニシには太陽軍の作り出した太陽兵の見張りがわんさかおり、それらの目を掻い潜るのは逃亡が得意な僕でも至難と言えるレベルのものであった。
「とにかく兵隊の数が多いな。
どうする、ドゥートス?
目的地に着くのもそうだが、どうやって海を渡るつもりだ?」
「海なら渡れるよ。
僕が先導すればいい。
悪魔ってのはね、意外と便利な力を使えるんだよ」
僕たちは太陽兵の目線の死角を狙い、北から南へと渡っていく。
全てが順調、そう思えるほどに僕らはこの時、誰よりも心が緩みきっていたのを覚えている。
それが手痛いしっぺ返しを喰らう原因になるとも知らず、僕らは淡々と太陽兵らの視線を掻い潜っていく。
そして次の瞬間、思いもよらぬ事態が僕らを襲うことになった。
「見つけたぞ、這い回る鼠ども.......!」
屋根上から声が聞こえる。
顔を上げると、そこには僕らを緑色の目で監視していた一人の男がいた。
「嘘だろ.......なんで、テナウドリストがここにいるんだよ.......!」
「尋問のためさ。
お前たちが俺の軍から兵隊を盗んだだろうと推測しているが、違うかい?
悪魔、ドゥートス.......!」
「やっぱりバレてたか.......!
ルマ、やるしかないよ、これは.......!」
「何をやってるんだよ、ドゥートス.......!
流石にこんな大物は想定外だぞ!」
ルマとドゥートスは一瞬で戦闘態勢に入る。
僕は格闘、ドゥートスは支援担当だ。
「無謀な。
まさか、俺が一人で来ていると思ったか?
だとしたら舐め過ぎだ。
太陽軍はお前たちのことを舐めてはいない.......!」
「なんだと......?」
「どうせ地上には骨のある戦士はもう残ってはいないだろ?
だからより絶望を感じられるよう、出撃させたよ。
太陽の英雄、エリィ・スケラーをな.......!」
「エリィ・スケラーだと!?」
テナウドリストの背後から黒い影が現る。
よく見るとそれは、全身に蒸気を纏っている。
太陽の英雄、エリィ・スケラーだ.......!
「主の命で参った。
降参するなら今のうちだぞ、悪魔に人間.......!」
「エリィ・スケラー。
降参なんてつまらないことはやめようか?
僕らはそんなこと、最初から望んでいないよ」
「戦闘狂か?
はたまたただの馬鹿なのか。
どちらにせよ、身の程を弁えるべきだな」
エリィ・スケラーは強力な足腰でこちらに突撃、突進攻撃を仕掛けてくる。
その圧倒的なフィジカルはまさに筋肉達磨とも言える質感が見て取れる。
僕はエリィ・スケラーの衝撃を受け止める。
凄まじい威力だが、ただの物理なら僕には通じない。
「へぇ......?
僕の衝撃に耐えるんだ?
そんな頑丈なの、初めて見たよ」
「太陽の英雄なんだよね?
その割には大したことない威力だったよ」
「馬鹿め.......図に乗るなよ、お前.......!」
エリィ・スケラーは膨大な量のエネルギー波を
僕に向けて解き放つ。
どうやら、例の噂というのは本当のようだ。
ーーー
「神気による力の相殺.......!
なんて強固なバリアだ.......!」
「星と同等のエネルギーを保有、だっけ?
そういう情報が一人歩きしてるけど、
あながち嘘じゃないのかな?
エリィ・スケラーくん.......!」
「揺さぶりのつもりか?
悪いが、我が主の手前負けられないんだ。
慢心はなしでやらせてもらうぞ.......!」
エリィ・スケラーは全身から膨大なエネルギー波を放つ。
どうも戦闘モードに入るつもりらしい。
僕も彼を迎え撃つべく臨戦態勢を整えようとしたその時、エリィの背後から殺気の如く鋭い猛烈な敵意が飛んできた。
「エリィ.......貴様、俺の言いつけを破るつもりか?
領土を破壊するなと言っていなかったか?」
「はっ、すみません、主.......!」
「力を出すのは程々にしろ。
その程度の相手、手加減ありで仕留めてみせろ」
「了解.......!」
「手加減?
僕を相手に手加減なんてできると思うのかな?」
エリィ・スケラーはエネルギーの放出を最小限に止め、自身の昂る熱量を無理矢理理性で押さえ込む。
どうやら、力をセーブするのは相当無理する必要があるようだ。
「でも、それが命取りだよ?」
僕は付け入る隙を見逃さず、彼に畳み掛けるように連打を仕掛ける。
一発一発を重く、素早く、芯を穿つイメージで。
「うっ.......!」
重量感のある一撃がエリィ・スケラーの腹部に直撃する。
こっちは一切、加減しなくていい。
「芯に届くいいパンチだ.......!
僕でなければ耐えられないだろうね.......!」
「当たり前だよ。
僕、こう見えて強いから」
「そうだな。
予想外ではある。
まさか、お前のような人間が主の脅威になりうる素質を秘めているとはな.......!
お前は、人類最後の砦、なのかもしれん.......!」
「大袈裟な。
残念だけど、君たちは武人の本当の強さを分かってないよ。
必ず、僕ではない誰かが君らの脅威として立ち塞がることになる........!
僕じゃないんだ、僕じゃ.......!」
エリィ・スケラーは失笑する。
僕の発言の意味、そのあまりの馬鹿馬鹿しさに。
「あまり褒められたものじゃないな、お前の発言。
それは謙虚ではなく計算か?」
「いいや、予言だ。
占い師でも予言者でもないけど、なんとなく確信はしてる......!」
「馬鹿げた予言だ。
でも、お前が言うとあながち間違いではないかもしれない。
強者の直感か、もしくは見る目のある者の分析眼か.......どちらにせよ、お前は我々の脅威だ.......!」
「逃がしては、くれないようだね.......!」
僕は拳を放ち、エリィもまたそれに対抗しパンチを返す。
一進一退の攻防がその場を支配していく。
だが、どうも不吉な予感が拭えない。
なんだろう、この感じは.......?
「悪魔ドゥートス、貴様の道はすでに途絶えているぞ?」
「しまった、ドゥートス.......!」
僕はドゥートスの元へと駆け寄る。
アレを一人にするのはかなり危険だ.......!
だが、エリィ・スケラーは僕の行先を阻むように立ち塞がる。
狙いが分かっている以上は当然、彼はそれを阻止してくる。
「主の元へは行かせない.......!」
「見事に邪魔してくれるね.......!」
僕はエリィ・スケラーを出し抜こうと試みる。
フェイントを仕掛け、攻撃で下がらせ、時にタイミングをずらして走る。
しかし、何一つ上手くいかない。
どんなに試してみても、狙いが分かってしまっている以上は一律に一手一手を防がれてしまう。
この男、さっきとはまるで別人のように戦闘技能が向上している。
彼と僕の差が如実に出始めている。
まるで一度火がつくと止まらなくなるかのような.......。
「燃えてきた。
一度火がつけば僕はもう止まれない........!」
エリィ・スケラー.......太陽の英雄と呼ばれる怪物。
その名に相応しい風格が少しずつ少しずつ、戦うたびに滲み出てくる.......!
この男、よりにもよってスロースタータータイプか.......!
この時、僕はエリィ・スケラーの高い知性と学習能力を思い知らされる。
この男、本気になったらこっちがヤバい.......!
そう思わされるほどの圧倒的な力、先手先手を読んでくるレベルの高い戦術。
先ほどまで互角に渡り合えていたはずの僕でさえ、徐々に押され気味になってしまう。
これが、太陽の英雄の真の姿か.......!
「太陽の拳!」
僕の腹部に膨大な熱エネルギーが送り込まれる。
ボンッという音とともに熱く重い一撃を見舞われる。
「熱い.......。
君、少しは手加減してくれ」
「無理だ。
お前が降伏しない限りは」
これは、もう腹を括るしかないな。
太陽軍と激突する以上、避けては通れない道だ。
「ハァ、ハァ......」
腹を焼かれた。
凄まじい熱気の籠った技だ。
おかげで腹の皮膚が爛れ、呪いのような火傷跡が僕の腹部にこびりついている。
そして何より、激痛だ。
この類の痛みは分かっていても痛い。
......作戦を変えよう。
このままではキリがない。
「太陽の王.......随分と手強い部下を持っているね。
おかげで僕は大ピンチだよ」
ドゥートスは太陽の王の攻撃から逃げ回っている。
早く助けないと、アレを奪われてしまう.......!
時間がない、急がないと.......!
「逃げ回っても、僕から逃げられはしないよ?」
「そのようだね。
なら、正面から打ち破る.......!」
僕は全身に闘気を張り巡らせる。
熱エネルギーが身体中に蔓延すると、僕の中にある野生の何かがざわめく。
「闘神波.......!」
熱の波動、高温で熱された膨大な量の大気がエリィ・スケラーめがけて弾かれる。
その空気と熱を含んだ弾丸はエリィ・スケラーの身体を貫通すると、軌道上にいた太陽の王者に直撃した。
「ぐあっ.......!」
「今だ、転移眼.......!」
僕は膨大な神気を消費してリスクのある力を発動する。
僕は酷使される脳の痛みを堪えながら、太陽の王の目前に迫る。
「おのれ、貴様の仕業か、武人.......!」
「そうだよ、僕の仕業さ.......!」
僕は必殺の拳を構え、テナウドリストに当てようと試みる。
だが.......。
「させん.......!」
「ぐあっ!?」
エリィ・スケラーの突進がそれを阻む。
こいつ、なんて威力の突進だ.......!
一瞬で骨が軋んでる.......これはヤバいぞ.......!
「炎の突進だ。
さぁ、ルマ。
立てよ、お前の相手はこの僕だ」
「ハァ、ハァ.......ドゥートス.......!」
「いや、待てよ?
お前の狙いが悪魔なら、
アイツを先に潰すのが先決か.......!」
「待て、やめろ.......!」
エリィ・スケラーは悪い顔をしながらドゥートスに近づいていく。
僕は必死にそれを止めようと足を掴むが、呆気なく蹴り飛ばされる。
まずい、ヤツじゃ、太陽の王者らには勝てない.......!
奪われる.......!
そう思った時だった。
ドゥートスが決死の反撃に出たのは。
「冥界貯蔵!」
地上にはない未知の物質がエリィ・スケラーに炸裂する。
アイツ、あんな切り札を残していたのか.......!
「まさか、神界の物質か.......!
よりにもよって、僕の体に傷をつけるものを.......!」
「君への対策はよく考えていたよ。
神界の資源、集めておいて正解だった.......!」
「おのれ、兵隊に引き続き神界の資源を強奪するとは.......!
このコソドロが.......!」
「勝つためさ。
僕らは決して諦めない........!
目的は必ず遂行するよ.......!」
「その通りだ.......ドゥートス!」
僕はエリィ・スケラーの真上に飛び上がる。
完全に不意を突き、死角を取れている。
「不敗の.......」
僕の拳が太陽の英雄へと突き出される。
しかし、太陽の王者はその隙を見逃がすことはなかった。
「その一瞬が命取りだ......!」
「しまっ......!」
「太陽光線」
「ルマッ!!!」
その一閃は空に打ち出される。
必死の抵抗で闘気によるバリアを形成するもなす術がないまま無惨に破壊される。
そして僕に当たった神気の流れ弾が不運にもドゥートスの額を貫いてしまう。
絶体絶命、僕の全身は黒焦げになっていた。
「チェックメイトだな。
終わりだ......!」
ーーー
チカニシ王国、南の港。
太陽の王が交戦する更に南の方角より、大盾を背負う一人の男が上陸を果たしていた。
「おい、モンズ!!!
勝手に行くな!!!
まだ指示は出ていないんだぞ!!!」
「お前さんも分かっとろう?
この騒ぎは只事ではない......!
太陽兵が動くほどの事態、急がねば間に合わなくなる........!」
「敵に見つかったら全て水の泡だろ!!!
考え直せ!!!」
「嫌じゃ。
ワシは先に行っておる........!
みすみすこのチャンスを逃しちゃならん.......!」
「あの野郎、本当に単独行動ばっかりだ.......!
空気を読むってことができないのか......!」
ワシはチカニシ王国の南に飛び上がり、船から単独で上陸する。
ワシは仲間を船に置き去りにし、単独で偵察をしに行くというつもりで上陸を決意する。
「あやつら、判断が遅すぎるからのう。
上の指示を待ってからでは手遅れになることなど山のように事例があるのに、なぜ学ばんのじゃ、あの馬鹿どもは」
ワシはチカニシ王国の太陽兵が北に集結しているのを発見する。
その流れに乗じ、騒ぎが起こっている北の方の地区へと足を運びながら、遠目でその場所の様子を探っていた。
「やはり、誰かが交戦しておる。
凄まじい闘気、そして神気のぶつかり合いじゃ。
あれは間違いなく、太陽軍の上層部、幹部がおるのう」
チカニシ王国は現在、太陽軍の植民地と化している。
武人連合の敗退、これにより地上で太陽軍に対抗できる表の勢力はめっきり数を減らした。
ワシらが手にした情報によると、チカニシ王国には前の戦争で敗れた武人連合の残党が息を潜めているという話だ。
ワシらはその武人連合の残党と合流し、少しでも太陽軍と戦う力を手にするべく動いている。
残党とはいえど、その戦闘能力の高さは侮れない。
「強者特有の強い気配があちこちからする。
太陽兵に限らず、間違いなく武人の連中がいるのう。
じゃが、なぜ騒ぎなどが起きておる?
捨て身で蜂起でも始めたか?
流石に気が早いぞ、武人連合......!」
ワシは建物をぴょんぴょんと飛び越えつつ、騒ぎの起きている現場へと向かう。
現場に近づけば近づくほど、神気の密度が更に濃くなっていってるのが分かる。
「あれは.......武人連合じゃないのか?
一体誰じゃ、あの少年は.......!?」
遠目で見ていても分かる。
太陽軍との死闘を演じてるあの少年、ただの武人じゃない。
「武人連合の精鋭にしては風貌が幼いのう。
年齢にして二十歳前後か.......。
そんなヤツ、武人連合にいたか?」
そしてもう一つ、気掛かりなのが、あの妙な神気を宿す存在だ。
あれは人間ではない、なんらかの上位存在に見える。
しかし、太陽の王ともあろう者が偶像神に攻撃を仕掛けるなど考えにくい。
となると、もしやあれは.......?
「まさか、悪魔か.......!?
初めて見たわい、実物は.......!
じゃが、明らかに押されておるのう」
ワシはこの戦いの中で情報を解析し、強さの度合いを測っていく。
戦いの中で見せる癖、攻撃パターン、思考の流れ、対人戦を意識したシミュレーションを頭の中で行う。
と、その時、ワシの目の前で思いもよらぬ事態が起きた。
「太陽光線」
巨大な熱線が少年を穿ち、そして流れ弾が悪魔にヒットしたのである。
彼らが窮地に陥ってるのは自明の理だった。
「まずいのう、あれだけの攻撃を浴びれば命が危うい.......!」
ワシは黒焦げになった少年を助けに動こうと試みる。
しかしその時、戦いの南側から北へ北へと雪崩れ込む謎の勢力が姿を現していた。
「いたぞ、太陽の王だ!!!
奴の首を取れ!!!」
「「「うおおおおおおおおおおお!!!」」」
モンズは一瞬にしてその勢力の名前を察知する。
間違いない、あれは武人連合の残党だ.......!
まさか、あの少年に助け舟を出したのか?
「.......お人好しめ。
無関係なガキ一人のために、わざわざ出張ってくるとはな.......!」
「マヌケはお前だ、テナウドリスト.......!
ノコノコとやってきて、必ず後悔させてやる!!!」
太陽兵、そして武人連合が衝突する。
両者共にものすごい剣幕だ。
「残党じゃろ、あれ。
無謀な戦いに身を投じてどうする気じゃ?」
太陽兵を次々と突き飛ばし、武人連合の武人たちは太陽の王の元へ突撃する。
無論、勝算などないに等しいだろう。
一体何が彼らを突き動かすのだろうか。
「少年たちは保護した!!!
あとは頼んだぞ、みんな.......!」
一人の男が黒焦げの少年と悪魔を背負い逃亡を図る。
なるほど、こいつらは.......。
最後の最後までお人好しな連中だ。
「反吐が出るほどの善人だ。
そんなんだから闇の勢力に背中を刺されるハメになる.......!
少しは学習しろ、バカども.......!」
太陽の王は半ば呆れ返り、エリィ・スケラーに戦闘の指示を出す。
どうやら、少年らを引き渡す気はさらさらないらしい。
黒焦げの少年らを背負った男はエリィ・スケラーの手によって呆気なく背中を穿たれる。
まったく、気が早い連中だ。
「無駄な行動だ。
我々太陽軍を、お前ら如きが崩せるものか.......!」
「ハァ、ハァ.......戦え、戦うんだ.......!
たとえ命が燃え尽きようと、最後まで生かした命に必ず意味がある.......!
誇りを捨てるな、信念から目を背けるな.......!
全員、死ぬ気でこいつらを止めるんだ.......!」
すさまじい執念、そして意地だ。
自分たちが死ぬと分かっている、それなのに、彼らは命を賭して次の未来へ命を繋ぐことを選択した。
彼らは、本物の英雄だ。
「邪魔だ」
「ぐあっ!!!」
「ハァ、ハァ.......もう、ダメか.......!」
「弱音を吐くな.......!
身が粉になるまで戦うんだ.......!」
「クソッ、なんで厄介な連中だ.......!
倒しても倒しても、ゾンビのように這い上がってくる.......!」
「追い詰められた鼠は怖いものだ。
まさか、あのエリィが苦戦するとは」
武人連合は善戦する。
限界を超えた肉体が太陽兵という強者を次々と蹴散らしていく。
ワシが見ているのは、きっと奇跡の一環なのだろう。
ワシは心を打たれ、分かっていても体が動かなくなっている。
「ここが死に場所か.......武人連合、なんで勇敢な戦士じゃ.......!」
そして半分の武人が壊滅したあたりで太陽の王テナウドリストが痺れをきらす。
「領土を燃やすのは性に合わんが.......侮りすぎたな、武人たちの魂を。
これ以上の損失は領土以上の痛手だ。
武人ども、貴様らに敬意を表し、俺自ら貴様らを屠ってやろう........!」
太陽の王は再び太陽光線を放つ構えを取る。
あれを喰らえば地上は焼き尽くされてしまう.......!
まずい.......!
動かなかった足が動く。
ここでワシは満を持して、太陽の王の元へ高く飛び上がった。
「......なんだ?」
「武人連合よ。
お前さんらの魂、ワシが受け継ごう.......!」
ワシは大盾を装備すると、盾をガッチリと掴み強力な打撃を太陽の王に叩き込んだ。
「鎮魂武人!」
打ち出された拳は太陽の王テナウドリストの防御を貫きダメージを与える。
やはり、この程度ではくたばらないようだ。
「ぐうっ、効くなぁ.......!
まさか、そいつが貴様らの隠し球か?」
「いいや、ワシは単独じゃよ。
武人連合の諸君、この男はワシが相手しよう.......!
美味しいところを貰うようじゃが、これ以上お前さんらを放ってはおけん。
戦わせてもらうぞ.......!」
ワシは大盾を振り回し、太陽の王に強打を見舞う。
どうやら、太陽の王もワシの打撃を学習したらしく、まともに受けず回避に徹してきた。
「闘気による貫通波は効くようじゃな?
太陽の王テナウドリストよ.......!」
「ぐうっ、思った以上のダメージだ.......。
貴様、ただの武人じゃないな?」
「主!!!
おのれ、お前......!!!」
「お前さんが太陽の英雄エリィ・スケラーじゃろ?
武人連合という大組織を単独で半壊にまで追いやったという化け物は.......!
正直なところ、出会うのを楽しみにしておった......!」
「そういうお前は何者だ?
主へのあの攻撃、主が負傷を負うような地上の民など僕が知る限りでもそうはいない。
教えろ、お前の名は、なんだ.......!!」
「ワシか?
ワシはモンズ。
盾を極めし、武人じゃ.......!」
「盾を極めし武人.......?
なんだ、そのフレーズは?」
「ワシは盾を極める変わり者じゃ。
このくらいの自己紹介の方がかえって印象には残る」
「主、無事ですか?」
「ああ。
少し、厄介な負傷を負った。
だが、戦えないわけじゃない.......!」
「主、お下がりを。
この男は僕が仕留めます.......!
これ以上、軍に損害を出させるわけにはいかない.......!」
「ワシなら構わんよ?
元々武人連合に用があった。
太陽の王、お前さんらと戦えるのは幸運じゃ.......。
まさかこんなところで鉢合わせるとは思わんしのう」
「口を慎め、人間......!
ここにいるのは第三十九代目の王、テナウドリストであるぞ.......!
お前なんぞが無礼を働ける相手ではないのだぞ.......!」
「知るか。
侵略者を優遇する馬鹿がどこにおる?
散々人の土地を奪っておいてのその言い種、図々しいわ.......!」
「一理あるじゃないか。
だが、下界の地は昔から神界の領土だ。
神界の決定である以上、たとえ俺でも覆せない。
悪いな」
「言い訳など聞きとうない。
もはや、ワシらは拳で語り合う他あるまい?」
「主、相手は僕が。
あまり無理はなさらないでください.......!」
エリィ・スケラーがワシの前に立ち塞がる。
これほどの相手と戦えるのは久しぶりだ。
「すごい神気じゃ。
お前さんも偶像神か?」
「答える義理はない。
お前にはここで命を落としてもらう.......!」
ワシとエリィ・スケラーの拳が交錯する。
一瞬の差し合い、まるで達人同士の真剣勝負の如し鋭い一撃がその場に飛び交う。
ワシは闘気を、エリィ・スケラーは神気を体に宿し、猛烈な乱打戦が幕を開ける。
最初に有効打を与えたのはワシ、右拳のアッパーでエリィの顎を大きく揺らす。
しかし、エリィもまた反撃で左のフックを合わせワシの右のこめかみを掠る。
どうやら、乱打戦ではこちらに分がありそうだ。
「ぐうっ、厄介な.......!」
「乱打戦で上をいかれるのは始めてか?」
ワシはエリィ・スケラーの左のアッパーを紙一重で躱し、カウンターの右フックを叩き入れる。
エリィ・スケラーは大きくぐらつき、そして体勢を立て直す。
通常の人間なら一撃で終わってもおかしくはない威力が脳に叩き込まれているはずなのだが.......。
「やはり、ダメージの効きが悪いな。
お前さん、やはり神界絡みの何かじゃな?」
「ハァ、ハァ.......はじめてだ。
まさか、僕が打撃戦で遅れを取るなんてね.......。
それも、下界の人間に.......!
嬉しいぞ、モンズ.......!
お前のような男に出会えたのは、幸運だ.......!」
「幸運ねえ......。
はっきり言ってワシはお前さんのこと無関心なんじゃがな」
「目もくれないってことか?
ふふっ、面白い.......!
そんな対応はされたことがないね.......!」
太陽の英雄はまた一つギアを上げ、ワシにアッパーを仕掛けてくる。
なかなかの迫力、そして威力。
何より、その速度の向上がワシの闘争心にほんの少し火をつける。
「二つ名に恥じぬ強さじゃ。
おかげで目が覚めたわい」
「モンズ.......!
お前をここで倒す.......!
そして本当の王者になる.......!」
「勝手にせい。
そのかわり、ワシは負けんぞ?」
二人の連打、死角を狙い穿たれる攻撃が更に激化していく。
太陽の英雄は焦りからか死角からの攻撃と手数を更に増やし、ワシに一撃を当てようと試みてくる。
一進一退、これほどお互いの武技が当たらない戦いは珍しい。
そう思えるほど、ワシらは一撃貰うことさえないような高次元の駆け引きを行なっている。
だが、時間が経てば経つほど、如実なまでに差は現れ始める。
「ぐうっ.......!」
エリィ・スケラーの左足が崩れる。
その一瞬をワシは逃さない。
「盾一発」
ワシはすかさず大盾を構え、相手の視界を塞ぐように正面からその重さのある盾を押し付ける。
が、太陽の英雄もまた身の危険を察知してか、愛武器の斧を背から抜く。
大盾と斧は拮抗し、空気がピンと張り詰める。
「驚いた。
飾りかと思っておったわい」
「飾りを背負う馬鹿がどこにいる?」
「ワシじゃ.......!」
「お前かい」
エリィ・スケラーの斧でワシは大きく後退する。
盾越しとはいえ、すさまじい威力の攻撃だ。
ピキィン。
「盾が.......!」
ワシの代名詞とも言える盾が崩壊する。
ボロボロと瓦礫のように片鱗になっていくそのサマは、ワシに思いもよらぬ衝撃と怒りを与えた。
「ワシの盾を、砕いたな?」
「そう怒るな。
盾を壊した代わりに斧は封印する。
お前とは対等に戦いたいからな」
太陽の英雄は「ハンデをやるよ」と言わんばかりに斧をしまう。
ワシの、盾使いとしての命とも言える武具をヤツは破壊して見せたのだ。
「なんたる不覚.......!
盾が限界を迎えたか.......!」
ワシは再び太陽の英雄と対面する。
この男、自らの有利を捨ててワシと殴り合う気か?
正気の沙汰とは思えんな。
「素晴らしい攻防の数々だ.......!
お前なら、たとえ人間でも太陽軍には相応しい男になれるな.......!」
「悪いのう、ワシには先約がおる。
たとえ地獄の果てまで追い詰めようと、ワシはその組織の一員として戦うぞ?」
「先約か。
その手の組織を破壊するのも面白い」
「エリィ、残念だが撤収だ。
これ以上の損害は今後の士気に関わる......!
モンズと言ったな、貴様の二つ名を聞かせよ.......!」
「話たくないのう、太陽軍を相手に。
じゃが、いずれバレる話じゃ。
いいじゃろう、名乗っておく。
ワシは『盾狂い』。
『盾狂いのモンズ』じゃ.......!」
「盾狂い.......?
ほう?
あの噂の?
まさか、本当に実在したとは.......!」
「意外じゃな。
まさかワシを知っとるのか?」
「意外も何もない。
お前の噂は神界にも轟いている。
地上の武を制し、数々の人間離れした逸話を持つ男。
まさか、こんな形で出会うとは思わなかったぞ?」
「ワシとしては盾狂いという名は不服なんじゃがのう......」
「自分の二つ名が不満か?
だが、難敵とは想定外のところに現れるもの。
お前のような強敵と再び戦える日を願いたいものよ」
「帰るのか?」
「ああ、これ以上の兵士の損失は天界での沽券に関わるのでね。
王として決断する他あるまい」
「王よ、なぜ侵略する?
侵略が一体何をお前さんらにもたらす?」
「領土、そして称号だ。
この世界の王者というのは、より多くの領土を手中に収めていくもの。
俺の運命はずっと前から王としての器を俺自身に問いかけ、試し続けてきていた。
その答えがこれだ。
俺は王としてこの世の覇権を握り、自身が望む世界を築き上げる。
全てはそのため、侵略とは栄誉のためにあるものだ」
「栄誉か。
人の命を踏み台とでも思っておるのか?
だとしたら滑稽じゃ。
奪って掴んだ栄誉の元には復讐の炎がこびりつくだけじゃ......!
そこに理想の世界など築けやせんわい.......!」
「いずれ分かる。
どちらが正しいのか、その答えがな」
太陽の王テナウドリストは思いの外あっさりとチカニシの領土から軍を撤退させる。
ワシと兵士らを戦わせるのがどうも嫌だったようで、歪んだゲートのようなものから太陽兵らが帰還する姿をワシは確認する。
ワシとしても太陽の王は討ち取りたいが、この領土への被害を考えればワシ一人の独断でヤツを追うのは愚策も愚策。
むしろ追わない方が賢明だ。
ワシは太陽軍との戦いによって蹴散らされた武人たちを見て回る。
もうほとんどが衰弱状態になっていて、唯一無事と言えるのが黒焦げになっていたさっきの少年と悪魔らしきものだけであった。
「火傷の範囲が広いのう。
二人とも気を失ってはおるが、精神的なショックによるものが大きそうじゃ。
体内にダメージが食い込んでないのなら、まだ命はなんとかなる」
ワシは二人を担ぎ、南の海辺まで歩いて向かう。
おそらく、沿岸でワシの同胞たちが上陸している頃じゃろう。
今なら彼らの力を借りれるやもしれん。
「気は進まんが仕方ない。
医療班の連中には世話になっとるが、命は捨ておけん」
ワシは南へ南へと進む。
チカニシ王国の街を見回すが、人々は皆太陽軍の存在に怯え、震えている。
あの男ども、やはり下界の民を無碍にしているのは間違いないようだ。
「しかし妙じゃ。
あやつら、連絡一つ寄越さぬとは、らしくない.......」
ワシは妙な胸騒ぎを覚えながらチカニシを横断する。
太陽軍が焼け野原にしたこの地上で、唯一の希望とも言えるのがワシらの組織だけだ。
だからこそ、ワシは目を疑った。
沿岸で上がった煙、そしてその煙の正体に。
「......なんじゃ、海沿いが騒がしいのう」
前方から煙が上がっている。
もしや、火事でも起きたのか?
「災難じゃ。
太陽軍の侵攻後にこれとは、チカニシの民も気の毒じゃのう」
だが、ワシはその正体を目の当たりにすると、一瞬凍りついたように思考と体が停止した。
「違う、あれは家ではない!!!
まさか、まさか.......!」
悪寒が確信へ、確信が事実へと移り変わるその刹那の時は、ワシにとってとても長く感じられた。
ワシの目前にあったのは炎によって燃やされた同胞の姿、そして粉々に粉砕された船の残骸だった。
汗が止まらない。
ワシの目の前で轟々と燃え盛るその炎はワシらの同胞を一人残らず飲み込んでいた。
「生存者はおらんのか.......!」
二人を地面に下ろし手探りで同胞の姿を探す。
ワシらの船に乗っていたのは計六人、ワシを合わせて七人の乗船だった。
「ほとんどが焼け焦げておる.......!
全焼......よほどの高温で焼かれなければこうはならん.......!
これは.......もしや.......!」
ワシは海の沖の方に目を配る。
間違いない、船が通った跡がある。
太陽軍の船の痕跡だ.......!
だとすれば、船員を丸々焼かれている事実にも説明がつく。
太陽軍の主砲には砲撃の対象となった生物を骨まで溶かす機能が付属しているのだ。
「太陽軍.......!
とんだ食わせ者じゃ.......!
撤退するとか抜かしておいて、背後からワシらの帰路を破壊しよった.......!」
ワシの拳に一条の汗が滲んでいく。
こんな屈辱は、あの時以来のものだ.......!
「テナウドリスト......!
一枚上手を行くとは.......悔やんでも悔やみきれない終わり方じゃ.......!」
ワシはその場に立ち尽くし、呆然とする。
船員のことをもう少し気にかけるべきだったかもしれないと後悔の念が脳裏に浮かぶ。
戦いとは常に何かを失い、進むもの。
人生も同じ。
だから、いつかその日は来るのだと、そう思い自分に言い聞かせていた。
その時が来ればきっと自分の感情が堪えきれなくなるから。
「......馬鹿が。
会って早々、なんですぐに逝くんじゃ.......!」
今回共に行動した同胞たちは決してワシにとって好きな仲間と言えるものではない。
むしろ距離を取ってこそ成り立つ関係とさえ思っていた。
そう思い接する方が楽だった。
だが、彼らとて人のために動く、太陽軍との戦いに命を賭すようなそんな男たちだった。
絶対に、こんな形で失われていい者たちではない。
「......後悔先に立たず。
もう少し、後先を見据えねばならんかったようじゃ」
彼らとの思い出、そして自身の思いに耽る。
この感情を決して無駄にしまいと、ワシは少しずつ、この自分の中にある渦巻いたものを噛み締めていく。
この痛みは必ず倍にして返す。
それが彼らの想いを汲む、ワシの開き直りだ。
彼らの本当の望みはきっと勝利の先にしか手にできないもの。
しかしそれだけでは自分を動かす原動力としては不十分なのだ。
「迷うか?
その迷いはきっと、お前の願望を反映している」
「......誰じゃ?」
海の向こう側から声が聞こえる。
その刹那、海上は膨大な量の霧に包まれる。
一体、これは.......?
「私は悪魔。
海の果て、南の大陸の森にある悪魔の森の皇帝。
私は今、お前に用があって話をしている」
「用?
ワシはお前さんにはないぞ?」
「話を聞け。
我々は今、太陽軍という巨大な組織を倒すべく動いている。
しかし、地上はすでに太陽軍の餌食になっている。
勝利の要だと思っていた武人連合は敗れ、我々地上の民と悪魔は窮地に追いやられている」
「我々とひとくくりにするでない。
聞いておるぞ、お前さんらの噂は。
悪魔の森の主が、よくもまあそんな詭弁を並べ立てられるものじゃ.......!」
「詭弁かどうかはこちらに渡ってから決めるといい。
森にはすでにお前たちのことは伝えてある。
森の悪魔たちはお前たちを歓迎すると、そう言っている」
「お前たち?
ワシ一人ではないのか?」
「お前、その怪我人を置いていくのか?
武人ともあろうものが、命を見捨てる、そんな選択をするようには思えんが.......」
「たしかに、そうじゃな.......。
ワシはともかくとして、こやつらを救うにはワシではどうしても力不足じゃ。
その事実は拭えんな」
「ならば我々に預けてみせよ。
なに、いざとなればお前たちのことは見て見ぬふりをする。
そこの二人を助け、太陽軍と戦う。
そのために手を組むのだ.......!」
......怪しい。
悪魔といやかなり悪質な嘘を並べ立て、人間をその気にさせ依代として利用する、そんな悪どい種族だと聞いている。
そんな種族がなんの対価もなしにワシらを歓迎するか?
太陽軍と戦うためだけに手を組む、そんなことがあり得るのか?
もしワシが悪魔なら、人間をこちら側に取り込んで騙し討ちをするじゃろう。
カケラも信用できん。
しかし、だからといって行く宛もない。
やむを得んか......。
「腹を括るしかないのう。
お前さんの提案、受けよう。
その代わり、嘘だったら承知はせんぞ......!」
「もちろん、協力者として
最善を尽くすつもりだよ......!」
胡散臭いが......やるしかない。
しかし、どうやってこの海を越えていくんじゃ?
南の大陸に行くには、泳ぎではこの二人の体を冷やしてしまう。
絶対に避けねばならんが、はて。
「この小舟をやろう。
この小舟なら、海を越えられる。
ついでにオールもプレゼントしよう」
霧の向こうから小さな小舟がぷかぷかと浮かびやってくる。
なるほど、これでワシを南へ誘い出す算段か。
「少し待てい。
船で渡る前に準備をする」
ワシは小舟を岸に寄せ、オールをブンブンと振り回す。
肩慣らしがてら、そしてワシに喧嘩を売ることの意味を教えるという意味で、ワシはこの霧を晴らすことにした。
「何をしている?
オールを振り回しているが.......?」
「なに、見れば分かる.......!」
ワシは大きくオールを構える。
バットでボールを打ち出すかのような構えだ。
そして.......。
「無駄なことはせんことじゃな.......!
山脈割り.......!」
ワシは全身全霊の闘気を込めたオールの先端を前方に一気に打ち出す。
熱エネルギーの塊が前方に一条の線となり直行すると、その延長線上にある全ての霧、そして海の上は真っ二つに分断される。
「......武人よ、名はなんだ?」
「モンズじゃ。
あまりよからぬことは考えぬようにせい。
ワシとてお前さんらの森を破壊したくはないからのう?」
半ば脅しの意味を込めた一発で悪魔はワシの言葉に反論さえしなくなった。
こりゃあ黒だろ、間違いなく。
「ま、関係ない。
背に腹は代えられない.......!
命を救うためじゃ、待っとれよ、悪魔ども.......!」
こうしてワシは海へと出発した。
オールで漕ぎ、二人の身柄を気にかけながらひたすらに南を目指し突き進む。
ワシの発言に返答のへの字も出さない悪魔には鉄槌を下さなければならないかもしれない。
さ、新たなる冒険だ.......!
ワシは、甘くはないぞ、世界よ......!
ーーー
海を越え、南の大陸に到着する。
岸に辿り着くと目前には不気味な木々がワシを出迎えるように聳え立っている。
「ようこそ、武人の者。
ここは悪魔の森。
我々悪魔の住まう森だ」
「来たぞー。
それで、ワシはどこへ行けばいいんじゃ?」
「ここから真っ直ぐだ。
この森は迷いやすいゆえ、案内人を用意した」
「案内人?」
「我々、霊陽神の補佐、上位悪魔のヘグイだ」
森の奥から緑色のツノを生やした人間が現れる。
なるほど、彼が案内役か。
「よろしくお願いします、
私が案内役を務めます、ヘグイです」
「ヘグイ......。
ワシの苦手な名前を思い出すのう。
とりあえず案内してくれ。
ワシゃあこの手の森が大嫌いじゃ」
「これより『精霊街』へ案内します」
ワシは上位悪魔のヘグイの案内に従い森を南西へと渡る。
道中、青みがかった霧が森林中を覆っていたものの、闘気の衣を全身に羽織ることでもしもの事態に備えていた。
「そう警戒なさらなくても。
ここはそう危険がある森ではありませんよ?」
「お前さんらが分からんのじゃ。
それにワシは人質を取られる可能性がある側じゃ。
悪いが、お前さんらのことを信用するのはまだ先じゃ.......!」
「そうですね。
初代面である以上、信用を勝ち取るのは時期尚早。
我々としても、こちらを盲信されるのも困りものですからね」
「のう、お前さんの言っていた『精霊街』というのは一体どういうところなんじゃ?」
「精霊街は悪魔の森の中心街、多くの悪魔が学びを得るべく訪れる、聖地『智慧の神窟』を中心とした悪魔たちの学び舎です。
悪魔はその聖地で先人の残した智慧を学び、知識を増やしていくのです」
「悪魔の森に聖地じゃと......?
そんな話はじめて聞くぞ?」
「人の世界には伝わりませんよ。
悪魔の森の情報は森を出ると完全に消失するようになっていますから。
なにをやっても門外不出です」
「へえ、不思議なもんじゃのう。
外に出たら全部忘れるってことか」
「あと一時間ほどで着きますよ。
しばらくですが、我慢してください」
「大丈夫じゃ、足腰の鍛錬でこういうのは慣れておる。
二人担ごうと影響はせん」
「心強い限りです」
ワシは一時間ぶっちぎりで二人を背負いながら歩く。
どうも奇妙な空気感ではあるものの、彼らに対する警戒心が徐々に解かれている感覚がある。
「さ、着きますよ。
ここが悪魔の森、その中心街.......!
精霊街です......!」
「ほう、これが.......!」
ワシは目の前に現れた景色に思わず唸る。
星屑のように散らばった浮かぶ灯り、ゴミ一つ落ちていない清潔に保たれた街中、そして何よりその穏やかな空気に心を打たれていた。
「ワシゃあ勘違いしとったかもしれんな。
これほど秩序だった景色はそうそう目にはかかれん」
「街は国民の心を表すものです。
街の清潔さは心の清潔さに、街の豊かさは人の心の豊かさに繋がります。
さ、神殿へ向かいましょう。
そこであなたの抱える二人を治療しますよ」
「すまんのう、何から何まで」
精霊街に辿り着いたワシとヘグイは街の奥にある神殿へと向かう。
神殿のすぐそばには先ほどの話にあった聖地『智慧の神窟』の入り口があり、多くの悪魔たちが神殿を訪れていた。
「悪魔が神殿に?
奇妙な組み合わせじゃ.......」
「悪魔というのは本来、偶像神と
同等の立ち位置にあった存在です。
しかし下界に追放されてから、我々悪魔は生き残るための知恵を蓄えるようになりました。
その知恵、先人の悪魔らが残した数多くの知恵を学ぶために設立されたのが、あそこにある『智慧の学び舎』。
あなたも一度学んでみるのはいかがですか?」
「どうせ忘れるんじゃろ?
意味ないわい、そんなもんは」
「そうですか、残念です。
さて、順番も回ってきたようなので、彼らの容態を見てもらいましょうか」
ワシは神殿の医務室を訪れ、二人の容態を見てもらう。
どうやら命に別状はないらしいが、人間の少年の方は後に後遺症として精神的ショックが現れるかもしれないことをその悪魔の医者に告げられた。
「しかし、優秀な医者か、お前さんは?
悪魔というイメージとは大きくかけ離れておる」
「この森に来ればどんな悪魔でも穏やかになりますよ。
たしかに地上にいる悪魔の大半は狂っていますが、悪魔の森だけは特別です。
この森から出れば再び狂気に満ちる悪魔も少なくはないでしょう。
だからこそ、我々悪魔はこの聖地を大切にしているのです」
「そうじゃったのか」
二人がベッドに運ばれ、ワシは二人の看病をする。
この神殿の寝室にいると眠気を誘われるが、今は頑張って堪える。
「眠ってもいいのですよ?
長い間眠ってはいないでしょう?」
「そうはいかん。
せめて二人が起きるまで待たねばならん」
ひたすら堪えること二時間、ワシの眠気はとうに限界を迎えていたその時、一人が目を覚まし天井を見つめていた。
「なぁ、アンタ。
ここは、どこだ?」
「......おお、起きたか。
ようやくじゃな。
ようやく、ワシは寝れる.......」
そしてワシは、そのまま眠りについてしまった。
ーーー
深い眠りの中、ワシは暗闇に沈んでいく。
太陽軍との戦い、不眠不休での旅路がワシを猛烈な睡魔へと誘う。
太陽軍......あやつらは、悪だ。
ワシは武人として、戦士として、奴らの暴動を止めなければならない。
それがきっとワシの使命だ。ワシはそれをやり遂げてこそ、本当の一流、一人前になる。
そんな馬鹿げた空想、夢の世界に浸りながら、ワシはハッと目を覚ました。
「やぁ、アンタ。
随分迷惑をかけてしまった。
あとでアンタに礼を言いたい」
「お前さん、さっきの.......」
そこにいたのはつい先ほどまで黒コゲで倒れていた少年の回復しきっていた姿だった。
「変な夢を見ていた......体が痛いのう、まったく」
「よほど疲れが溜まっていたんだね、アンタ。
僕はルマ。
アンタに助けられた、しがない武人だ」
「ワシはモンズ。
お前さん、太陽軍の幹部とよく戦っておったじゃろ?
よくもまあ、あそこまで持ち堪えられたものじゃわい」
「あの後、太陽軍はどうなった?
アイツらはただの軍隊じゃない、地上の征服まであと一歩の本物のモンスターの集団だ。
そんなヤツらから僕を逃がすなんて、ちょっと意外だよ。
一体、何が起こったんだい?」
「ワシはあやつらを止めただけじゃよ?
お前さんらが戦ったあと、テナウドリストを仕留めようと武人連合の残党たちが太陽軍とぶつかった。
ワシが元々用があったのはその武人連合の方なんじゃがな」
「彼らは、武人連合はどうしたんだ?」
「彼らは壊滅した。
ほとんどが虫の息で、医療班の付き添いでチカニシまで来ていたワシの船も沈められた。
助けられたのはそこの悪魔と、お前さん。
二人だけじゃったよ」
「そうか......そんなことが。
ありがとう。
アンタのおかげで、命が繋がった」
「どうってことはない。
しかし、ルマよ。
お前さんの実力、正直見ていて驚いた。
遠目で様子見をしておったから下手に動けなかったんじゃが、太陽軍の幹部らしき奴とあれほどやりあえるのはそうはおらん。
お前さん、ワシらの組織に入らんか?」
「ワシらの、組織?」
「月霊軍じゃ.......!
通称『モドゥロガガン』。
海を拠点とする太陽軍に対抗するための新勢力が結成されてのう、今は戦力の拡大に尽力しておる。
お前さんなら、その戦士として申し分ない活躍ができると思うのじゃ」
「月霊軍......噂の新組織だね。
話によれば伝説の民族を倒したという屈強な武人が加入したって聞いているよ。
もしやと思うけど、それって君じゃないよね?」
「ワシは違うじゃろ。
伝説の民族など知りやせん」
「ふーん、そっか。
武人であることは否定はしないんだね?」
「ああ。
ワシは一応、こう見えて武人だしのう」
「見れば分かる。
君の全身から滲み出る気は強者の気だ。
並の者が出せるものじゃあない」
「お前さんは食事は取ったか?
取ってないのなら、神殿の医者悪魔に話を聞いてみい。
もしかすると食事を用意してくれるかもしれん」
「......悪魔?
ここには、悪魔がいるのか?」
「ああ、わしも初めて来た。
ここは悪魔の森、その中心街。
『精霊街と呼ばれる場所のようじゃ」
「ワルウ・バービス?
それって、幻の精霊街のことかい?
なるほど、道理で妙な気が漂っていると思ったら.......」
「妙な気?」
「神気だよ。
この世で最も強い力を持つとされる気。
その気がここ、神殿とその周囲から感じられる。
おそらくこれは悪魔の使う固有の神気だ」
「固有の神気?
悪魔と人間とで使う神気に違いがあるのか?」
「あるよ。
用途は似ているけど、その密度が違う。
悪魔は元々偶像神に並ぶ位置にいた存在だからね。
だから、強い神気を宿している。
神気ってのはいうなれば、強い生命力と力の象徴だ。
彼らが周りにいることは、幸いか、はたまた不幸か......。
様子を見る他ない」
「不幸、ねえ。
お前さん、結構心配症なのかのう?」
「僕は心配症だよ?
僕の友達に悪魔がいるけど、彼だって悪魔のことは警戒している。
それを嫌というほど聞かされている」
ワシらは食事を取りに寝室を出る。
そして医者悪魔に話を聞き、食糧調達のために街に出る。
そこにはワシらの予想だにしない光景が広がっている。
「空が緑色になっておる.......!
一体どうなっておるんじゃ?」
「悪魔の森の性質だね。
悪魔の森は特殊な神気によって光の性質が歪み、外側から届く光の色が内側に入り込むにつれて変わる性質があるらしい。
おそらく、その作用によるものだろう」
「ワシが最初に見た時は青色だったぞ?」
「気候の影響じゃないかな?
この辺りの神気は気候によって僅かながらに変動するから、雨だったり風だったり、それらの影響で色が変わっているんだろうね」
「物知りじゃのう、お前さん。
一体どこからその知識が出てくるんじゃ?」
「趣味とか、勉強とかかな?
それ以外に理由なんてあるかい?」
「うるさいわい」
ワシは勉強が嫌いだ。
一定の点数までしかないくせにそれらをワシらに強要し競わせてくる。
おかげで武人免許ではかなり大変な目にあった。
いい思い出がない。
「ところで、君はどうしてここに来たの?
チカニシ王国から悪魔の森まで、海で隔たれてるわけだよね?
それなのにどうしてわざわざ海を渡って
ここまで来たんだい?
たしか、君の乗ってきた船って沈められたんじゃなかったっけ?」
「よく分かったのう。
そうなんじゃ、ワシも最初は驚いた。
失いたくない仲間を失い、お前さんらを岸に置いていたところ、海の向こうから声がしたんじゃ」
「.......声?」
「ワシも最初は何事かと思ったんじゃ。
声は聞こえるは、突然海に霧が立ち込めるわで、明らかに何かがワシに干渉しようとしていたからのう。
それで聞いたところ、太陽軍と戦うために手を組みたいと。
それでお前さんらを助ける条件として、この森まで小舟できたわけじゃ」
「一体誰の小舟、それ?」
「海の向こうから流れてきたんじゃよ。
おそらく悪魔の仕業じゃ」
「悪魔が小舟をねえ。
変なことをするもんなんだね、悪魔って」
「それについては同意じゃ。
じゃが、そんなことを言ってる場合ではなかったのも事実。
ワシの船はなくなり、行く宛がなくなっていたところに小舟が浮かんできた。
ワシはその船を使ってお前さんらを運び、その後案外人のヘグイの案内でこの街へ来たんじゃ」
「なるほどね、経緯は分かったよ。
君のおかげで、より鮮明にね。
けど、これは一波乱あるかもしれないね」
「一波乱?」
「太陽軍は執念深い連中だ。
君はさっき邪魔をしたって言ってただろ?
いや、『止めた』だったかな?
もしそれが事実だとするならば、君は太陽軍と真っ向から戦ってそれを食い止め、挙句僕らを助けたことになる。
そんな人間を太陽軍がそのまま見逃がすとは考えられない」
「そうじゃのう、盲点じゃった」
「そこで提案だよ。
僕と一緒にこの森を脱出しないかい?
噂によると、悪魔の森には智慧の神窟という場所から地底の国に繋がる道があるっていう伝説があるんだ。
そこを目指せば、僕らはこっそり脱出できる」
「地底に行くのか!?
嫌じゃよ、正直。
ワシゃあ地底なんぞに興味はないわい」
ワシは彼の要望を断り、食糧のありそうな売店へと足を運ぶ。
その時だった。
ゴーンゴーンと、巨大な鐘の音が街に鳴り響いたのは。
敵襲の鐘が鳴る。
ワシらはウーウーと鳴る異常事態の知らせの音に耳を傾け、神経を研ぎ澄ませる。
「大変だ!!!
太陽軍が、悪魔の森に侵入した......!」
「太陽軍が!?」
鐘の音に合わせてヘグイがワシの元を訪れる。
どうやら、よほど急ぎの要件がワシらにあるようだ。
「探しましたよ、武人さん!
今の警報、聞きましたか!?」
「言わずもがなじゃ。
それで、奴らはどこに出現したんじゃ?」
「場所はおそらく森の中央付近。
およそ千もの数の太陽兵がこちらに向かっています!」
「千?
それほどの数の兵士たちが一体どうやってそんなところまで来たんじゃ?」
「ゲートです。
太陽軍の長テナウドリストは、太陽兵らとともに丸い扉を潜り空間移動を行える能力を保持しています。
おそらく、神気の濃度の影響で森の中央以降の侵入が不可能になり徒歩による進軍に切り替えたのでしょう」
「奴らの狙いは?」
「不明です。
残念ですが、今は応戦する構えを取る他ありません。
武人の皆さん、どうかあなた方は神殿に避難してください。
間違いなく、殺されます」
「だとしたらお前さん、ワシらのことを少々侮ってはおらんか?」
「侮る?」
「ワシら武人というのは、戦いへの誇りを何より重んじるもの。
遊びで戦いをやってるわけではないのじゃ。
自分の身は自分で守る。
それが武人の持つ流儀じゃよ」
「ま、僕が知る限りだと彼の発言は半分当たりで半分間違いだけどね。
場合によっては助け合うのも自衛の一つだよ」
「分かっとるわい。
それよりやれるのか、お前さんは?」
「戦うよ、怪我明けだけど。
無論、無理しない範囲でね?」
「無理をしない戦いなどあり得んじゃろ。
ハァ、やれやれ。
世話が焼けるわい」
本来悪手かもしれない行為だが、ルマをこの戦いに参戦させるのは重要な出来事を呼ぶ気がしている。
そう、ワシの直感が囁いている。
「武人さん、正気ですか!?
怪我明けの彼を戦線に連れ出すなど.......!」
「なに、ここで彼を止めるのはちと悪手な気がしてのう。
ワシも考えたのじゃが、ここは直感に身を委ねる。
彼の参戦をサポートするぞ.......!」
「ほ、本気なんですね.......!」
「ああ、本気じゃ。
どちらにせよ、戦いで何かを失わないということはあり得ん。
犠牲と代償を覚悟して挑むべきじゃ」
「モンズ、話が分かるね。
ありがとう。
これで僕は戦いに行ける.......!
太陽の王には借りがあるからね、今回こそは必ず返すよ......!」
「借りを返す?
お前さんは太陽兵と戦えい。
テナウドリストが来たとして、また負けて終わるオチになるぞ」
「いいや、予言するよ。
僕は必ずテナウドリストを陥落させる。
必ず、ね?」
「馬鹿なことを言ってないで、
お前さんは負担のない戦いに専念せい。
もし本当に戦うべき状況下なら考えておく」
無論、戦わせる気など微塵もないが。
そして三十分の時間が経過。
徐々に大きくなる騒ぎの声、そしてとうとうその男たちは街へと力づくで踏み入って来た。
「ワシは前線の視察に行く。
ルマ、お前さんはここで待機しとれい!」
「反論しても通してはくれないんだろ、モンズ?」
「当たり前じゃ。
いくらお前さんが強いとはいえど、太陽の王はワシでも噂を聞くほどの実力を持つ存在。
そう易々と戦わせて戦力を損なわせる意味などない」
「そうだね。
僕は街の守りに専念するよ」
ワシは太陽軍の視察へと向かう。
戦場では数々の太陽兵らが兵士や武人を蹂躙していたと聞く。
だからこそ、そう易々と戦力は削られんのだ。
それに、ワシが出向けば巻き込まれる者だって必ず出てくる。
そんな気がしている。
「大規模な戦いじゃ。
勝っても負けても、その先にあるのは見えない未来だけ。
戦争とはかくも恐怖を教えるものなのか」
ワシは精霊街の悪魔騎士たちの元に合流する。
悪魔騎士たちは悪魔の森の守護を担当する森の守り手、そして聖地の巡回を行う者だ。
「えっ、人間.......?
どうしてここに?」
「ワシはヘグイという悪魔に連れられて
ここに来た!!!
太陽軍が来たのじゃろう?
ワシも前線に出るぞ!!!」
「しかし......余所者を参戦させるなど.......」
「ずべこべ言ってる場合か。
相手は太陽軍じゃぞ!!!
あんな怪物相手に中途半端な決断を下すべきじゃない。
ここは大きく打って出ねばならんタイミングじゃ......!」
「.......私は、責任を持たないぞ.......!」
「構わん。
最初はワシが太陽軍を蹴散らしてやるわい.......!」
ワシは太陽軍の進軍がやってくるのを待つ。
そしてついにワシらの前にそいつらが姿を現した。
「いた、アレだな、盾狂いの男は.......!
我が名はダイドロット.......!
そこに伝説の盾男がいるはずだ!!!
悪魔たちよ、侵略されたくなければそいつともう一人、ルマという男を引き渡せ!!!」
「勝手に踏み入ってきておいてなんて図々しい!!!
彼らはこの森の客人、霊陽神様がお引き入れになったお方だ!!!
そう易々と引き渡すわけにはいかない!!!」
「そうか。
なら、俺が力づくでそいつらを見つけ出してやろうか.......!」
ダイドロットが一人街へ踏み込もうと試みたその矢先、ワシはヤツの前に飛び降りた。
「うおお!!!
なんだ、お前.......!」
「ワシをお呼びなんじゃろ?
だったら相手になってやる、太陽軍.......!」
ワシは丸腰の状態でダイドロットの前に立つ。
圧倒的に不利な状況だ。
「お前が盾狂いか.......!
探したぜ、お前を.......!
俺は石の剣王ダイドロット!!!
最強の剣士になるべく、研鑽を積んだ石の剣士だ.......!」
「ダイドロットか。
ワシは武人の名には疎いが、お前さんがかなりの卓越した実力者なのは肌で感じる。
勝負といこうか、お互いに.......!」
「俺の剣を見せよう、盾狂い.......!」
太陽兵が背後に控えている中、突如としてワシとダイドロットの戦いが始まる。
まず手始めに、ワシは闘気の衣をその身に纏い、防御を固める。
丸腰で挑む以上、武器には細心の注意を払わねばなるまい。
「太陽軍一の剣の腕、お見せしよう.......!」
「見せてみい。
剣術なら死ぬほど叩き壊してきた.......!」
ダイドロットは背中の剣を抜く。
どうやら本当に剣士らしい。
ダイドロットは剣を構えると、ワシの状態に問いを投げかけた。
「盾は、構えないのか?」
「壊れてしまってのう。
なに、これくらいじゃ死にはせん」
「余裕で戦えるってか?
俺を侮るなよ、盾狂い.......!」
石の剣王は速攻でワシめがけて突撃してくる。
蹴りの強さ、そして剣士としては異常なほど発達した脚力なのが分かる。
ワシは二本指を構える。
人差し指、そして中指。
二つの指を前に構え、まるでダイドロットを指さすようにそれらを突き出す。
ダイドロットの剣は音速より速く、ワシに振り下ろされる。
「なに......!?」
が、ワシはそれを突き出した二つの指で受け止める。
武人名物、武器対策。
「白刃取り、成功じゃな。
ま、これしきじゃあなんてことはない」
ダイドロットは一瞬でワシから遠ざかり警戒心を上げる。
どうやら、ワシの武技に想定とは違うものを感じているらしい。
「......盾狂いの実力、たった一瞬の攻防で
その伝説の片鱗を見せるとは.......!
これは、一筋縄じゃいかない相手だ.......!」
「ダイドロット、じゃったな。
お前さんの剣、重み、軌道、速度、そのどれもが一流じゃ。
ワシでなければ即死は免れない攻撃じゃと感じる」
「.......お世辞が上手いな。
お前を倒せなきゃ、ただの二流の剣だ。
俺は、お前と出会えてよかったかもしれないな......!」
石の剣王は再び剣を構える。
今度は剣を斜めに構え防御に寄せた技能を発動しようとしている。
その時、剣王の頭上から円形のゲートのようなものが現れた。
「あれは......!」
「どうやら、ご到着なされたようだ」
ゲートを通り抜けてきたのは、太陽軍の総帥、太陽の王者の名を冠する男テナウドリストだった。
「やれやれ、よりにもよって悪魔の森に直行するとは。
おかげでこっちは冷や汗もんだ、モンズ.......!」
「テナウドリスト.......!
やはり来たか.......!」
「なぜ、俺が来ると分かった?」
「勘じゃ。
お前さんなら、なんとなく来るだろうと思っていた......!」
「そうか、それはそれは恐縮だ。
お前ほどの男には見破られるか」
「抜かせい。
どうせチカニシでは効いたフリでもしといたんじゃろ?
そしてワシをチカニシ、もしくはその近辺で包囲して捕らえる算段だったんじゃろ?
撤退するフリもワシを油断させ動揺させるため、それ以外考えられん」
「バレていたか。
やはり、一流の武人ともなれば危機察知能力が尋常ではない。
流石だ、ますます我が軍に欲しくなった」
「ワシは入らんと言ったはずじゃぞ?」
ワシと太陽の王、そこにダイドロットが加わる形で睨み合いが続く。
どうもこちらが不利なのは明白だ。
「一切引く気はないようだな。
俺とダイドロットを前にして、それほどの気迫を放つ男などはじめて見たぞ?」
「過大評価じゃな。
その様子じゃワシの実力を知った時にがっかりするじゃろ」
「我が王、この男は.......」
「ああ、お前に任せる、ダイドロット。
だが気をつけろ?
その男は野獣だ。
いざ戦闘を開始すれば暴れ狂う龍と化す。
それほどのポテンシャルはある」
「野獣......話を聞いておったか?
ま、その通りになればいいがのう.......!」
石の剣王が再度ワシへの攻撃を仕掛けようとしたその時だった。
ワシの背後、およそ二百メートルのあたりからだったか、アイツが突如超高速で太陽の王に飛びかかったのは。
太陽の王は超高速に達する男の攻撃を間一髪で防御、その拳を手のひらで吸着した。
「骨が折れる威力だ.......!
とうとう来たか、ルマ.......!」
「正気か?
僕の拳を真正面から受けるなんて。
それしか防ぐ手段がなかったのかな?」
それはルマだった。
あやつ、街の方で待機しておけと言っておいたはずなのに、本当に来たぞ。
「正気の沙汰じゃないわい!
ルマ、なぜここに来た、お前さんは!!!」
「ごめん、本能が抑えられなかったよ。
太陽軍相手だと、どうしてもね?」
「ルマとモンズ.......地上に君臨する新たな希望か?
だが、俺とダイドロットを崩せるとは思えんな」
「太陽軍、ワシらはお前さんらに立ちはだかる災いじゃ......!
お前さんらを蝕み破壊する、最後の砦となるじゃろう.......!」
「かもな。
その砦も今日この日で終わりだろうが」
「我が王!
太陽兵を精霊街へ!」
「そうだったな。
太陽兵ども!!!
俺らが相手をする間、悪魔の聖地を制圧せよ.......!」
太陽兵が精霊街へと雪崩れ込むその瞬間、太陽兵の頭上に神気の球体が炸裂した。
「神気?
まさか......!」
「させると思うか、太陽軍。
お前たちの進軍も、この霊陽神が阻ませてもらう.......!」
三人の悪魔が空から地上へゆっくり揺らぐように降りていく。
どうやら、悪魔の長がやってきたようだ。
「出たな、霊陽神.......!
この地上の最強の存在.......!
とうとうぶつかる日が訪れたな」
「太陽の王、お前たちはいつまで
侵略を続ける?
遺恨が残れば残るほど、お前たちの望む治世は困難になるのだぞ?」
「そうだな、お前たちアメトスが暴走していた時のように、か?」
「......減らず口を。
相変わらず、太陽軍の連中は礼儀がなっていない。
我々悪魔はこの聖地に居場所を見つけたのだ。
やるからには、覚悟を決めろ.......!」
「ちなみに聞くが、俺は本気だぞ、
アメトス.......!
もはや全盛期の先代王たちをまとめても俺に敵う者はいない。
お前たちにそれが止められるのか?」
「止めるのだ。
お前がいる限り、必ずそれを討つ者が現れる......!
太陽軍、お前たちの時代は我々と共に終わるのだ.......!」
「だったら、終わらせてみるといい.......!」
アメトスが神気の波動をテナウドリストめがけて放つ。
その凄まじい密度の神気の波動は名君と名高いテナウドリストの体を貫く。
通常なら相当なダメージになるはずだ。
「......流石だ。
これがアメトスの力.......!
みくびっていたよ」
「抜かせ、テナウドリスト.......!
お前はこんなものじゃない.......!」
三人のアメトスは太陽の王に突撃し、高密度の神気の球体を全身から手のひらへと抽出する。
あれ一つで森一帯吹き飛ぶような爆風が巻き起こってもおかしくはない。
「終わりだ、テナウドリスト.......!」
「ああ、そうだな」
テナウドリストは左手のひらを正面に向ける。
その瞬間、一瞬の閃光がアメトスに照射される。
アメトスは、悪魔の森の長。
偶像神にも匹敵する、悪魔の頂点に位置する存在だ。
が、彼らの姿はたった一瞬にしてどろりと粘土のように溶け、焼け落ちた。
「......!
アメトス様!!!」
地上に焼け落ちた霊陽神を取り囲むように集まる悪魔騎士一行。
そしてそれらを何ら気にも止めず悪魔騎士を殺していく太陽兵たち。
少しでも戦いになればと思った悪魔の頂点が一瞬にしてこの森から陥落したのだ。
「.......!
まずいぞ、森が指導者を失う......!
これじゃあ戦いにならんわい!!!」
崩壊する悪魔騎士の陣形。
太陽軍の進軍は止まらず、あっという間に兵士たちは街まで到達してしまう。
「何か、何とかできんのか、この状況は.......!」
「無理だ。
我が主、太陽の王テナウドリスト様は歴代屈指の大名君。
お前たちなんぞが敵う相手ではないのだ.......!」
突如ワシへの攻防を開始する石の剣王ダイドロット。
こやつの剣のスキルは驚嘆すべきものがある。
流石は剣王と名乗るだけのことはある。
そしてルマの方は、太陽の王テナウドリストと決死の死闘を演じていた。
「見ていたか、ルマ?
お前たち地上の希望はもう終わりだ......!
太陽軍が地上を牛耳る.......!
その前にお前たちは殺しておかないといけないな......!」
「君らは地上からどれだけ多くのものを奪うんだ?
太陽軍、略奪と文化の強要が災いを招く事実を知らないのか?
お前たちは仮にも世を統べる王なのか?」
「王だ。
俺は生粋の王者としてこの世に君臨している。
だからこそ、お前たち地上の民、神の都合によって生み出された愚かな者たちを管理する義務がある。
黙って従えばいいのだ、お前たちは」
「断る!!!
お前たちの言う管理は不自由の塊だろう!!!
どちらにせよ、太陽軍の歴史は搾取と略奪だけだろう!!!
お前なんかに地上は支配させないぞ!!!」
「ならば死ぬといい。
太陽の王として、反乱分子は殺さねばならん.......!」
太陽の王はルマに対する神気の圧を更に強める。
ワシはこの時、ルマは絶対に負けるのだと思っていた。
そう思うだけの差が彼らにはあった。
事実、ルマは太陽の王の攻防一つ一つに遅れを取っている。
これじゃあ希望も何もない。
どうする、ワシ一人で逃げるべきか?
だが、石の剣王とやらを放って逃げればルマたちが逃げる可能性を潰すことになってしまう。
一体どうすれば.......!
「俺との交戦中に考え事か、盾狂い.......!」
「ぬうっ.......!
武器なしじゃと流石に厄介じゃのう、お前さんの剣技.......!」
ワシは必死にダイドロットの攻撃に喰らいつく。
途中、痺れを切らしたのか太陽兵までワシとダイドロットの戦いに参入してくる。
これじゃあ余計に戦いにくくなってしまう。
「待て、太陽兵!!!
俺を無視するな!!!」
「石の剣王でも制御不能とは、
おかげで大ピンチじゃな、ワシは.......!」
ワシは太陽兵を一人一人蹴散らし、蹂躙する。
無論、石の剣王はそれらの波に呑まれ、ワシから遠ざかっていく。
この様子じゃルマの方もヤバいだろう。
そう考えていたその時、事態は大きく動いた。
「太陽の王、アンタ俺を過小評価しているよ。
おかげで、最高の一撃の準備ができた.......!」
ルマは体内の神気を左腕に宿す。
どうやら、ルマは数少ない『神気使い』の一人らしい。
正直、これほどの神気を操る者ははじめて見た。
「ほう、神気使いか.......!
だが、それっぽっちの神気でどうするつもりだ?」
「みくびるなよ?
僕の拳は、お前の全てを奪う.......!」
この時、ワシは霊陽神の予言が脳裏によぎる。
《お前がいる限り、必ずそれを討つ者が現れる......!
太陽軍、お前たちの時代は我々と共に終わるのだ.......!》
なぜだ?
なぜこのタイミングで、彼らの言葉を思い出す?
ワシは太陽兵との攻防から外れ、ルマの助太刀に向かう。
やっぱりあやつを放ったままおめおめ逃げ帰るのは性に合わない。
「ワシも余裕がないのう.......。
じゃが、夢見の悪いことを選ぶのは、ワシらしくはないわい.......!」
ワシは必死にルマの元へ駆け寄る。
その時だった。
ルマの一撃が太陽の王の腹部を貫いたのは。
「うおっ!?」
「あと一発.......!
喰らえ、テナウドリスト.......!
お前を、必ずここで仕留める.......!」
ルマは執念じみた勢いと力でテナウドリストに優位に立つ。
なんだ、一体何が起こったんだ?
「.......力が覚醒しているな。
やはり懸念材料はお前だな、ルマ。
お前を倒さねば、地上の奪還は終わらんようだ」
「悪いけど、君はもう負けたよ。
僕がここで終わらせる.......君のことをね」
「抜かせ.......!」
テナウドリストは太陽光線の構えを取る。
先ほどはこれによりルマは全身を黒焦げにされている。
また浴びれば今度は命がない。
「逃げろ、ルマァアア!!!」
ワシは叫ぶ。
そんな叫び声を気にもかけず、太陽光線がルマに炸裂する。
直撃かつ、最初の時より更に超至近距離での被弾だ。
流石にこれは.......そう思った刹那、ルマは膨大な神気の衣を宿し、熱の光線を突き破った。
「.......なにっ!?」
「これで終わりだ、テナウドリスト.......!
不敗の鉄拳.......!」
必殺の拳が太陽の王の顎に炸裂。
ルマの渾身の力のこもった一撃は太陽軍の歴史に一つのピリオドを打った。
ワシはこの目で、逆転の拳、人類と地上の希望を垣間見た気がした。
「まさか、我が王が.......!」
この日、奇跡が地上に舞い降りる。
かつて何代にもわたって地上を侵略し、実質的な地上の王として君臨していた太陽軍、それも歴代最強の名君と呼ばれた男が一人の男の手によって敗北を喫したのだ。
「勝ち取りやがった.......!
この絶体絶命の土壇場で、太陽の王を討ち取ったんじゃ.......!」
悪魔騎士たちはその出来事を前に呆然とする。
少年ルマの勇気に、そして彼が成し遂げた偉業に。
ルマは、ワシの想像を遥かに超えてゆく、そんな地上の未来を担う逸材。
「ワシの想像を超えていった。
地上の未来を担うのは、あやつじゃろう」
こうして彼の偉業は今日この日と共に世界の歴史に刻まれることとなった。