病院
すごく遠くの方で、人の話声が聞こえる。
「薬の副作用じゃないと思うけど。」
「ずっと、寝込んでたみたいだから、もしかしたら薬を飲んでいない可能性もあるわね。」
「日記を、付けるようには言ってあるから、多分家に行けば、もう少し状況が分かると思うけど。」
「このまま、目が覚めなければ、電話して家政婦の美香さんに日記を持って来てもらうようにするわ。」
「そうですね。薬もそんなにきついタイプじゃないから、副作用とも思えないし。」
「もう一人の被験者からは、そんな状況になったなんて聞いたことないし。」
「じゃ、これが何も治療をしなかったら?の状態ってわけね。」
「おかしいわよね、細胞の栄養を作るミトコンドリアって母親からしか遺伝しないのに。私は、こんなに元気なのに。何故なの?」
その言葉で、僕は、はっとしてこの世に呼び戻された。
誰かが、僕の手を握っているのがわかった。まだ、生きてる。
そっと目を開けると、寝落ちする前と違う天井、やけに白さが目に痛い。
前にも、見たことのある天井、それは、大学病院の天井だった。
「玲子さん。」かすれた声が、たぶん喉からこぼれた。
玲子さんの顔が、突然目の前に現れた。無理やり笑おうとしたけど、たぶんひきつった笑顔。
「海人。良かった。気が付いて。」
「お母さん、今、なんて言ったの?」
「薬の副作用のこと?」
「違う、その後。ミトコンドリアがどうとか?」
「ミトコンドリアは、お母さんからしか遺伝しないってところ?」
「そう、そうだよね。僕のミトコンドリアは、お母さんから、遺伝したんだよね。だったら、玲子さんのミトコンドリアと僕のミトコンドリアの違いを調べれば、何が原因かわかるかもしれないよね。」
「そうね。」
僕は、無理やり起きようとした。
左手に痛みが走った。点滴のパックが床に転がった。
「チィ、やっと糸口が見えたのに、これじゃ動けないね。」
再び、ベッドの寝転んだ。
「お母さん、もう大丈夫だから。」
床に落ちたパックを慌てて白衣を着た玲子さんが持ち上げた。
お母さんの隣の花井先生が、腕の点滴の針を確認し、それから脈を取った。
「手は、しびれてないね?」
「はい。」
「とりあえず、この点滴が終わるまでじっとしててね。」
「それと、薬は、いつから飲んでない?」
「僕は、いつから、ここで寝てますか?」
「昨日の夜この病院に運ばれたから、1日は、経って無いかな?」
「じゃ、7日間飲んでないですね。」
「医学部の生徒がそれじゃ困るね。」
「今、点滴に栄養剤と一緒に薬も入れるからね。もう少し眠ってもらうよ。」
「明日まで、入院ね。」
「お母さん、いいですか?ついててもらって。」
「わかりました。大丈夫です。」
「お母さんごめんね。先生ありがとう。」
「明日から、また、色々教えてください。」
多分、先生が薬と言ったのは、眠くなる成分も含まれていたのだろう。
そのまま、僕は、再び眠りについた。
翌日の朝、再び目が覚めたときは、腕の点滴は、外されていた。
そして、病室には誰もいない。と、思ったら、足元の方からかすかな寝息が聞こえてきた。
そっと、上体を起こすと椅子に座った玲子さんがベッドに寄りかかって眠っていた。
僕は、彼女を起こさないよにそっとベットを抜け出そうとした。
ベットから、足を降ろして立ちあがろうとしたら、そのまま力が抜けて床に転がってしまった。
慌てて起き上がる玲子さんと目が有った。
「おはよう。お母さん。」
慌てて、僕を起こそうとする彼女の髪から、懐かしい香りがしてきた。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。宇宙から、帰還した宇宙飛行士の気分だよ。」
「体は、大丈夫だけど、地球の重力に負けてしまって、一人で立てないって感じ。」
「わかったから、ちょっとベットに座っててね。歩行器借りてくるから。」
暫くして、玲子さんがもってきた歩行器を使って病室を歩き回った。
「玲子さん、おなかすいた。」
「わかったわ。サンドウイッチで良い?」
「ここのサンドウイッチおいしいのよ。」
「それから、お昼には、退院だから、ボスに迎えに来てもらうから一緒に帰りましょ。」
僕は、それから、玲子さんの買ってきたサンドウイッチを玲子さんの分まで食べて、薬を飲んだ。
「ボスまだかな?」
「早く帰って、色々調べなきゃ。」
「玲子さん、僕のへその尾って残ってた?」
「多分、有ったと思うけど。」
「それと、玲子さんの口の裏の皮膚もください。」
「はいはい。いったん落ちついてからね。」
お昼前に、ボスが来てくれた。
花井先生の検診も終わって、僕と玲子さんは、ボスの車に乗って家に帰った。
「ボス、ごめんね。この間は、会社から、いきなり消えて。」
「大丈夫ですよ。しばらく探しましけど、実家から連絡いただきましたから。」
家についた。
玄関を開けるとアーシャが待っていた。そのまま、足もとにすり寄ってきた。
「海人が、倒れたの最初に気付いて教えてくれたのがアーシャよ。」
「いきなり、食堂に来て、ニャーニャー鳴き出したから、みんなでついて行ったら、床に倒れていたのよ。」
「そうなんだ。アーシャありがとう。」そう言って僕は、アーシャを抱き上げて頬ずりをした。
「お願いだから、今日は、ゆっくりしてね。」
「アーシャ、お願い見張っててね。」
その言葉が、わかったのかアーシャは、ニャアーと鳴いた。




