研究所
しばらくは、何事もなく学生生活を送っていた。
それでも、僕は、大学の授業が終わると図書館での調べ物に余念がなかった。
明日香は、チアーの同好会に入った。
暗黙の了解で、相手が出ても出なくても2回コールしてから帰ることにしていた。
駅で会えれば、一緒に帰るし、そうでなければ、別々で帰るようにしていた。
あの一件以来、特に仲が悪くなったというわけでもなく、お互いのペースでそれぞれが暮らすようになった。
それに、僕も、たまには、恵や、星野さんとも会って、状況を話し合ったりもしていた。
そんなある日、ボスから連絡が入った。
「坊ちゃん、次の土曜日お時間あります?」
「できれば、一度研究所を見て頂きたくて。まだ、何もない状態ですが、建物だけは、出来上がったので。」
「明日香さんも、誘って頂いても大丈夫ですよ。」
「当日は、玲子さんと私と建築会社の方と数名一緒に建物の状況を確認するだけなので。」
「ボス、ありがとう。僕は、予定が無いので、連れて行ってください。」
「それで、そのままおじいさんとおばあさんの所に送ってください。その日は、向こうに泊まります。」
「わかりました。そうですよね、しばらくお会いしてなかったですよね?」
「明日香さんにも、聞いてみます。今、まだ学校から帰ってないから、戻ったら確認して連絡します。」
「わかりました。では、ご連絡お待ちしております。」
その日は、明日香は、同好会の歓迎会ということで遅くに帰ってきた。
「お帰り。」
「ただいま。」
「明日香、急でごめんね。今度の土曜日予定ある?」
「多分、大丈夫。」
「今日、ボスから連絡が有って、土曜日に玲子さんと一緒に研究所を見に行くことになったんだけど、明日香さんも一緒にどうぞって。」
「そのまま、僕は、祖父母の所に泊まろうと思うけど。」
「明日香は、どうする?」
「どうしようかな?おかあさんに聞いてみる。」
「わかった。じゃ、また教えてね。」
そのまま、ぼくは、部屋に戻って勉強の続きをすることにした。
そうだよね、明日香も僕や僕の祖父母と一緒だと気を遣うよね。
一度、ちゃんと話した方がいいような気がする。
そんなことを思うと、その日は勉強が手に付かなくて眠ることにした。
次の日、僕は、明日香にお姉さんの所に引っ越すことを提案した。
「明日香、もし、明日香さえよければ、お姉さんの所に引っ越してもいいよ。」
「ここで、僕の家族と一緒だと色々気を遣うでしょ。」
「そうね。一度お姉さんに相談してみる。学校は、今より遠くなるけど通えない距離でもないから。」
「土曜日の件は、僕だけにするね。明日香は、お姉さんの所に一度泊まりに行けば?」
「そうするわ、今日、連絡してみる。」
結局、二人とも、お互いの気持ちが分からなくなってきていた。
離れていた時の方が、お互いの気持ちが分かるような気がした。
今は、あまりに近すぎて、それに周りのことも考え相手のことも考えだすとわからなくなってしまう。
明日香が、好きなことは変わらないけど、お互いが気になるし、といってもずっと一緒にいるわけにもいかない。
それに、近すぎて、相手のことが分かりすぎると今度は、色々考えてしまう。
これは、ある意味嫉妬かもしれない。
明日香を信じきれない、そんな自分も認めたくないけどそれが、自分だと最近わかってきた。
体が、普通に丈夫だったらとか、最近悩むことが多くなった。
色々、悩んでる間に土曜日になった。
自分は、朝から、ボスの車で、玲子さんと一緒に研究所の視察に出かけた。
「あら、明日香さんは?」
「今日は、僕だけです。たまには、親子水入らずで良いでしょ?」
「そう言う割には、元気ないわね?喧嘩した。」
「してませんよ。明日香さんは、今日、お姉さんの所に泊まりに行きました。」
「そうなんだ。」
「その意味ありげな、そうなんだ。は、辞めてください。」
「わかった。わかった。」
「ボス、じゃ、今日は、三人でごちそうでも食べに行きましょう。」
「研究所は?」
「行くわよ。その後でね。ごちそうよ。」
「ハイハイ、わかりました。」
それから、僕たちは、地元に向かういつものルートを通って研究所に向かうことにした。
「坊ちゃん、高速は、いつもの所より一つ手前で降ります。それで、山の中を抜けて、海岸線に出る手前に研究所が有ります。」
「他の企業が、持っていた工場兼研究所をわが社が買い取りました。そこをリメイクしたわけです。」
「宿泊施設もあるので、存分に研究ができる予定です。」
「社長の実家からも、電車で10分程度なのでこちらの方が坊ちゃんには合ってるかもしれません。」
そうこうしていると海岸線が見えてきた。
その手前を右折してしばらく走ると、白い大きな建物が見えてきた。
ボスは、その建物の正門を抜けて、そのまま建物の入り口近くの駐車場に車を止めた。
ボスは、無駄のない動きで玲子さんの方のドアを開けた。
玄関からは、ヘルメットを被った人たちが、数名建物の中から出てきて、玲子さんを取り囲んだ。
「お待ちしておりました。」
そのまま、玲子さんとその人たちは、建物の中に消えていった。
僕と、ボスは、そのまま取り残された形になってしまった。
思わず僕は、ボスの方を見ると、ボスは、笑ってた。
「じゃ、うるさいおやじたちは玲子さんに任せて、僕たちは、自由に見学しますか?」
そう言うと、僕の手を引っ張って、彼らとは、違う方向に歩き出した。
最初に、連れていかれたのは、白い5階建ての建物だった。
「坊ちゃん、エレベータに乗りますよ。」
それは、外が、ガラス貼りで外の景色を見ながら登っていくタイプだった。
僕は、そのエレベーターから見れる景色にくぎ付けになった。
そこからは、一面に広がる太平洋が見渡せた。それに、今すぐにもサーフィンをしたくなるようないい波が、立っていた。
「ボス、最高!」
「良く、こんなところ見つけたね。」
「でしょ。」
「っていうか、僕の実家の近くにこんないいところあったんだ。」
音もなく、エレベータが5階に着いた。
広いフロア、何もない今、野球でもできそうな広さだ。
そのフロアの窓からも広い海が見渡せた。
「すごいね。」
ボスは、そのまま、そのフロアの奥の方の扉に向かっていった。
そのまま、その扉を開けて僕を中にいざなった。
そこは、20畳はありそうな部屋だった。
「もったいないですが、このフロアは、20の部屋に分けます。それぞれが、研究者の個室になります。
そして、ここが、坊ちゃんの研究室になる予定です。」
そこは、3面に窓があり、中空に浮いているような錯覚を覚えるような部屋だった。
「ここなら、休憩したいときにいつでも海が見れるね。」
「夜は、全パノラマみたいに星が見えて、それもきれいですよ。」
「存分に研究してくください。」
「なんか、ここでずっと暮らしそうだね。」
ボスは、椅子をどこからか2つ持って来て、1つを僕に進めてくれた。
そして、水筒から、温かいコーヒーを入れて、僕に渡してくれた。
「今日は、この部屋をどうしても坊ちゃんに見せたくて。」
「ありがとう。ボス。」
二人で、青い空と寄せては返す海を見ていた。
「ずっと、見ていられるね。」
コーヒーを飲み終わったところで、ボスの携帯がなった。
玲子さんからだった。
「他は、一通り見たから、これからこちらに来るそうです。」
暫くすると、がやがやと人が喋りながら、近づいてくるのが分かった。
ボスが、タイミングを計るように扉を開けて、玲子さんを中に通した。
「なかなか、いい部屋ですね。」と取り巻きのおやじの一人が言った。
「そうね。」
「一通り見てきたけど、よく出来てるわ。ありがとう、ボス。」
「じゃ、来月からは、大学と調整して、人選と設備の搬入を始めます。」
「大学の古い設備もと個々の設備も使えるものは使って、駄目なものは買い替えるようにします。すべて、来期予算に組み込みます。」
「そうして。とりあえず、工場の方は、うちの主力の薬が生産できるようには、調整できてるわね?」
「玲子さんが、取り巻きのおじさんの一人に尋ねた。」
「設備は、準備できてますが、後は、社員の採用ですね。地元の高校とかに連絡して優秀な人を集めるように調整中です。」
「よろしくお願いします。」
「じゃ、今日は、ここで解散にしましょう。皆さん、道に迷わないようにね。」
取り巻きのおじさんたちは、建物の中で迷子にならないように、まとまってエレベーターに向かった。
玲子さんとボスと僕は、その部屋に留まった。
「どう、海人、この部屋気に入った。」
「ほんとは、私の部屋にしようとしたら、ボスに駄目だしされたのよ。」
「社長には、もっと良い部屋を準備してますって。」
「一番奥の建物の最上階にここの倍ぐらいの部屋を作ってもらったけど、海が全然見えないのよね。」
「社長には、仕事をしていただかないといけないので、全体が、見渡せるような部屋を準備いたしました。」
「まあ、いいわ。ここは、海人の部屋だから、いつでも遊びにこれるわ。」
「で、ボスの部屋は、どこ?」
「ここの1階下です。」
「あっ、ずるーい。」
「すぐに、私の部屋の近くに替えてあげるわよ。」
「いえ、あそこは、大学関係のミーテイングルームとかが入る予定です。」
「なんか、楽しみ。早く、ここにきて色々研究したい。」
「そうね。でも、むりは、駄目よ。」
「あと、あの目の前の海岸に公園を作って、サーフィン小屋も建てますので、期待してください。後、宿泊施設も」
「すごいね、ボス。」
「来期には、稼働して、2年後には、採算が取れる予定です。それと、地域の活性化にも貢献していく予定です。」
しばらく、3人で、海を見ていた。
「さあ、海に沈む夕日と満天の星空は、次回のお楽しみとして、ご馳走を食べに行きましょう。」
そういって、玲子さんと、僕たちは、車のある駐車場に降りて行った。




