春休み
春休み、毎日のように明日香が遊びに来た。
二人で、4月から通う中学校の話をしていると
「おねえちゃん、4月から東京の大学行くようになった。」
「そうなんだ。おめでとう。」
「私も東京行きたいな。海人は、東京で暮らしてたんでしょう?どんなところ?」
「そう聞かれても、ぼくは、体が弱かったから、学校の保健室と、病院と、家しか覚えてない。」
「それと、猫のアーシャ。今は、おかあさんといっしょに暮してるけど、二人仲悪いんだ。」
「ああ、あの写真の猫ね。かわいいよね。会いたい。」
「やめた方がいいかも。アーシャは、きれいな人を見ると対抗意識で、シャーって威嚇してくるんだ。」
「へえ、そうなんだ。やっぱり会いたい。」
それから、明日香は僕の家で晩ご飯を食べて帰っていった。
僕は、明日香を家まで送っていった。
明日香の家は、僕の家から駅を挟んで反対側にあった。
白い壁がおしゃれな、アンティーク調の近所でも有名な美人姉妹のおうち。
もしかしたら、明日香のお姉さんに会えるかもしれない。
そしたら、『おめでとう!』って言おう。
本当は、東京に行く前に、もう1度サーフィンするところを見せてもらえないか、頼んでみたかった。
残念ながら、おねえさんはお風呂に入っているということなので、よろしく言っといてもらうようにした。
その日の夜、僕は、母に中学になったらサーフィンをやりたいと電話で話した。
「そう、良いわよ。」あっさり母は、認めてくれた。
あの事故も知っているから反対されるかなと思ったけど、ちょっと肩すかし。
でも、なんとなく嬉しそうだったのが気になる。
「おとうさんには、今週の土曜日に帰ってくるから、その時おじいちゃんとおばあちゃんとお父さんにお願いしてみる。」
「わかったわ。お母さんも土曜日、そっちに行こうかな。」
「ぼくの顔が、みたくなった?仕事大丈夫?」
「そうよ。都合がついたら行くって言っといて。」
「わかった。無理しないでね。.」
あっという間に、土曜日になった。
お昼過ぎに、お母さんが電車で帰ってくるので、僕が迎えに行った。
たぶん、こんなに元気な僕をみてびっくりするかな?
海岸線をのんびり走る1両編成の車両が、無人駅に滑り込んできた。
「おかあさん、お帰り。」
「ただいま!元気そうね。」大きな声で答えた。そして、
「やっぱり田舎の空気はおいしいわね。」とこれも大きな声で、人目も気にせず。
近くにいたおばさんが、じろっと母を見たけど、彼女は、気にせずに周りの景色と空気を楽しんだ。
うーん、この雰囲気、誰かに似ていると思いながら
「おかあさん、荷物持つよ。」
「えっ、大丈夫?」そういって彼女は、僕に荷物を渡してくれた。
それから、二人は久しぶりの親子になって、おじいさんの家に帰っていった。
おじいさんとおばあさんに会うと、彼女は、今度は彼らと親子になった。
おかあさんのそんなところが、僕は好きだ。
「玲子、ご飯は?」
「まだ、食べてない。」
そして、僕と、おじいちゃんとおばあちゃんと玲子さんは、お昼ご飯を食べた。
「お父さんが帰ってくるのは、夕方になるって。」と僕がおかあさんに言った。
「じゃ、ちょっと探し物があるから、海人君、食器の後片づけお願いね。」
「それから、良いって言うまで扉は開けないでね!」ってウインクしながら出ていった。
「おかあさん、私の部屋どこだっけ?」
そう言って、玲子さんとおばあさんは出て行った。
おじいさんは、「後片づけ手伝おうか?」って言ってくれたけど、丁寧にお断りした。
僕も、中学生だからできることは自分でやります。
それが、健康への第一歩です。
それに今日は、みんなにお願い事がある。
その後、戻ってきたおばあさんとおじいさんにお茶を入れて、
「慌ただしい人ですね、玲子さんは。久しぶりに帰ってきたのに。」って、僕。
そして、それにニコッと笑ってくれるおじいさんとおばあさんが僕は好きだ。
それから、僕とおじいさんとおばあさんは、玲子さんを残して買い物に出かけた。
今日の晩ご飯、おばあさんが和食担当、僕が洋食担当そして、おじいさんがお酒とお刺身担当。ぼくは、エビフライとポテトサラダを作る予定です。
台所でおばあさんと料理を作っていると、玲子さんがやってきた。
手伝ってくれるのかと思ったら、お腹すいたと言ってエビフライを1本くすねていった。
「ほんとに、親の顔が見てみたい。」とつぶやいたら、後ろでおばあさんが
「ごめんね。育て方を間違えて。」って言ってくれた。
一通り、晩御飯の準備ができたときに、お父さんの車の音がした。
僕より先に玲子さんが、おとうさんを迎えに行った。
「今日はごちそうだから、期待してね。」って、まるで自分が料理を作ったような大きな声が聞こえてきた。
「ただいま。」
「お帰り。」
久しぶりに家族がそろったその夜は、ほんとに楽しかった。
夕食が終わって、僕の中学進学のお祝いでお父さんが、買ってきたケーキをみんなで食べた。
その後、玲子さんが僕の方をちらちら見るので
「おじいさん、おばあさんそしてお父さん、ちょっといいですか?」
「今まで、色々ありがとうございます。それから、これからも色々迷惑かけると思いますが、よろしくお願いします。」
「迷惑ついでにお願いがあります。僕にサーフィンをやらせてください。」
嬉しそうな顔の玲子さん。そして、困った顔の祖父と祖母とお父さん。
しばらくして、祖父が、
「しょうがないな。血は、争えんな。」と笑った。
祖母も笑ってた。
お父さんは、相変わらず困った顔だったけど頷いてくれた。
それから、おじいさんと玲子さんは奥の部屋に消えたかと思うと
ジャーン!と言って、フィッシャーテールの真っ赤なサーフボードと黒いウエットスーツを持ってきた。
「このボードは、おかあさんが使ってたボード。」
「そして、これが、お父さんが使ってたウエットスーツって、2回しか使ってないけど。プレゼント。」
「いや、学生のころ海洋学の研究でこの辺の海に興味があって、ここの2階、今海人が使っている部屋を借りて毎日波を観察してたんだ。」
「そしたら、毎朝、海でサーフィンをしてる女性がいて、お父さんに聞いたら、あれは、海の魔女だから見にいっちゃいかん!海に引きずり込まれるぞ。って言われて。」
「ある日、砂浜でサーフィンをしている人に聞いたらそれが、玲子さんだって聞いて、一目ぼれです。」って、こどもの前で顔を真っ赤にして頭を掻いた。
「うん、今日はお酒のまわりが早いな。」
「ちょっとボードがいたんでいるから、知り合いに頼んで直してもらう。1週間ぐらいで直る。」
「色は、これでいいか?変えてもらってもいいぞ。」
「この色がいい。」
その後、僕は、ウエットスーツの着方を教えてもらった。
「まず、足から履くんだ。生地を引っ張ると破けるから、両手で手繰って、その中に足を入れて徐々に引き上げる。そして、手を通して、肩を入れて、その長い紐で背中のファスナーを閉める。」
「できた。ゴムと潮の香りが混ざったような匂い。」なんとなく、海の中にいる感じがした。
「おかあさんも、また、サーフィンしたくなったな。海人、一緒にやってもいい?」
と言ったとたん、祖母とお父さんが大きく首を振った。おじいさんは笑ってた。
「サーフィン、誰に教えてもらおうかな?もう、明日香のお姉さんには頼めないし。」と困った顔をすると
「おじいさんが、教えようか?」と言ってくれた。
「えっ、おじいさんできるの?」
「もう波乗りは出来んが、教える事ぐらいできるさ。」
「私にサーフィン教えたの、おじいちゃんよ。この海岸の波のりの初代レジェンド。」
と母が言った。
「そして、私が2代目。」と再び母が言った。
知らない間に、お父さんは席を外していた。
トイレにでも行ったのかな?と思ったら帰ってきた。
「海人、このノート君にあげるよ。この砂浜の波を詳しく書いてあるから。それとお母さんの波の乗り方も詳しく書いてあるから。」
僕は、そのノートを受けっとって中身を見てみた。
それは、日記のようになっていた。
日付と時間と天気図と波の高さ干潮及び満潮時間が、事細かに書いてあった。
絵も入っていてわかり易い。
「ありがとう。」
それから、聞いてもいないのに、おじいさんが二人のなれそめを話し出した。
「わしは、二人の結婚は反対じゃった。なんせ、5歳も年が離れていたから。でも波の話になると二人とも目を輝かして一晩中しゃべってた。娘にサーフィン教えたのが、間違いじゃった。自業自得じゃ。」
「それに、君のお父さんは、玲子の命の恩人じゃから断り切れんかった。ということになっとる。」なんか意味が分からない。
おじいさんは、その後2時間ぐらいその話をしていたが、要約すると、波を研究していたお父さんが、ある日、目の前の海岸に大きな波がきて、丁度その時にサーフィンをしていたおかあさんが、波にさらわれそうになったところを、必死でお父さんが助けたらしい。
但し、それは、おじいさんと玲子さんが相談して、お父さんを試したらしい。
自分の身を顧みずに、玲子さんを助けに海に入ったお父さんを見て、2人は惚れ込んだみたいだ。
おばあさんは、その話を終始、笑いながら聞いていたところを見ると、後ろで糸を引いていたのはおばあさんのようだ。
一番演技がうまかったのはお父さん?まさかね。
そして、2人は、結婚して東京に住むことになった。
お母さんが、今社長をしている会社は、お父さんのお父さんの会社で、そのお父さんのお父さんに気に入られた玲子さんが継ぐことになった。
ぼくは、サーフボードがリペアされて帰ってくるまで、水泳を教えてもらうことになった。
泳げなくてもサーフィンはできるけど、何かあった時に泳げると役に立つ。
それに、泳げると海に入る恐怖心もなくなる。
まずは、ウエットスーツを着て海に浮かぶ練習。
上向きで海に浮かんでいると空が今まで以上に広く見えた。
そして、クロールの練習。
血筋かどうかわからないけど、あっと言う間にクロールができるようになった。
1週間後、真っ赤なサーフボードが僕のもとにやってきた。
「海人、この辺は、朝しかサーフィンができる波は立たないから、6時起きでもいいかな。」
「大丈夫。お願いします。」明日から、サーフィンを教えてもらう、そう思うとなかなか寝付けなかった。