進学校
家を出てから狭い村道を、もっと寝ていたいのを無理やり起きて、嫌な仕事のために、会社に急いでいるんだ。
お前らのように気楽な学生と違うんだ!と機嫌の悪そうに通り過ぎる車を、横目で見ながら、駅まで歩いた。
そこから電車に乗って10分の所に、退屈なそれが有った。
昭和に建てられたサナトリウムか、学校か、わからないような白い建物。
進学校だけに、俯いて通う学生を毎日見ていると、学校ではなく本当にサナトリウムのように思えてくるのは、僕だけだろうか?
毎日のように、病院に通い続けた昔の自分を想いだし、吐き気を覚える。
しばらくして気づいたのだけれど、彼らは、元気がないわけではなく、これが進学校と言わんばかりに単語帳を見ながら歩いていた。
進学校だけど、やっていることは昔と変わらない。
古典的だ。
歩き単語帳は止めましょう!と、ぼくは言いたい。
でも、その勉強に対する情熱には脱帽してしまう。
「おはよう。」
1年生の下駄箱で上靴に履き替えていると、部活の朝練から帰ってきた、幼馴染の明日香に声を掛けられた。
「おはよう。」
そう答えて、ぼくは周りを気にする。
何故なら、彼女は、この学校で唯一の存在だからだ。
入学当初、ぼくを見つけて、やたらと大きな声で笑顔を振りまく彼女は、
この進学校では、朝から五月蠅いやつ!勉強の邪魔!ぐらいにしか思われていなかった。
聞こえるように舌打ちする奴もいた。
但し、1学期のテストで、彼女が学年でダントツ1位の成績とわかると、みんなの見る目が変わった。
しかもモデル並みのスタイルで美人だとわかると(気づくのが遅い)、毎朝彼女の声で頭をあげるやつが増え、そして今度は、ぼくにあからさまに、舌打ちをする奴が増えた。
(ごめんね、皆さん。)と思いながら、ちょっとだけ優越感を感じていたのも束の間、それから彼女の下駄箱にはファンレター、そして僕の下駄箱には不幸の手紙が入るようになった。
ふん、こんな不幸は、屁でもないやい。
靴を上靴に履き替え、教室までの短い距離の間に、彼女の周りには幾重にも女子生徒が集まる。
そして僕の周りには、彼女目当ての男子生徒が群がってきた。
僕、人付き合い嫌いなのに。
何故か、その取り巻き連中は、クラスが違うのにそのままついてくる。
そして、始業ベルが鳴ると蜘蛛の子を散らしたように、みんな自分の教室に帰っていった。
いつものことだけど、ほんと大変だと思う。他にやることないのかな?
しばらくして、担任の田中先生が教室に入ってきた。
童顔で、かわいい女性。
年齢は、秘密!だそうです。
「みなさん、おはようございます。今からみなさんに、後期テストについて〇▽*・・・」
いつも後半が聞こえなくなる。
見とれてしまって、言葉が何も入ってこない。
どうしよう。
好きになるってこういうこと。
あこがれの年上の先生。
一学期のテスト用紙を返してくれた時も、
「いつも授業は真剣に聞いてくれてるのに、どうしてテストの点は、こんなに悪いのかしらね?」って言われたときは、
「先生が、かわいいからです。」と言ったら、クラスのみんなからは拍手喝采を受けた。
顔のにやけた僕が席に戻るとき、明日香には思いっきり睨まれ、その後、話しかけても無視された。
まあ、見つかっただけで叩き潰されるゴキブリよりは良いか。
それから、1カ月、昼食を一緒に食べるようになった卓也(田中先生の一件以来、急に仲良くなった)が、小声で
「最近、明日香さんとまた、話せるようになったんだね。ぼくなんて、いまだに、一度も話したことないのに。」
「ほんと、今回は、口を聞いもらうまで一カ月かかった。」
「浮気者には、当然の報いでしょ。」
「浮気者って、僕、明日香と付き合ってないよ。」
「でも、気になる存在なんでしょ。お互い。」
「僕が憧れているのは、彼女のおねえさんの方。明日香は、その妹。恐れ多くて恋愛対象じゃないよ。二人とも、雲の上の存在。」
口を聞いてもらえるようになった理由は、わかる。
昨日、偶然学校帰りの明日香に、人目を避けて体を鍛えるために、夜ジョギングをしているのを見られたからだ。
僕は、小学生のころ、体が弱く空気のきれいなこの町に引っ越してきた。
そのころは、学校にも時々しか行けずに、家族は、時々帰ってくる父親と祖父母だけだったから、その地域にも学校にもなじめなかった。
母親は、仕事が有ったので東京で猫と暮らしていた。
そんな僕のために明日香は、好きで習っていた新体操を休んで色々と面倒を見てくれた。
僕は、そんな彼女に「明日香に嫌われないように、体を鍛えるよ。」って言った。
そのことを覚えていてくれていたのだろう。
暗かったけど、彼女が一瞬、立ち止まって僕に微笑んだような気がした。
明日香には嫌われたくないけど、今、僕が体を鍛えているのは、彼女のおねえさんと同じようなサーフィンができるようになりたいからだ。
無理かもしれないけど。
明日香は、教室の反対側で大勢の取り巻きに囲まれながら、ぼくと同じおかずのお弁当を食べていた。それも、機嫌が良い理由だと思う。
今朝、僕は、波がなかったのでサーフィンはやらなかった。
ぽっかり空いた時間でお弁当を作った。
ついでに明日香の分も作った。
彼女が大好きな卵焼きも入れた。
さて、どうやってそのお弁当を渡そうか?そんなの簡単。
かわいいキャラクターのクーラーバッグに入れて、そのまま朝、渡せばいい。
こんな存在感のない僕を、不幸の手紙を下駄箱に入れるやつら?以外は、誰も気にしない。
明日香も当たり前のように、受け取ってくれる。
部活が早いから、いつも購買でパンを買ってるから、たまのお弁当がうれしいのだ。
実は、小学生のころ学校にいけない時は、祖母の手伝いで、ご飯を一緒に作っていたから、人並みには料理ができるようになっていた。
玉ねぎの薄切りは、祖母にも負けない。
明日香の顔は、取り巻きで見えなかったけど、さっきから聞こえる笑い声でご機嫌なのがわかる。
お昼休みが終わり、眠い中、拷問の様な5時間目の数学を乗り切り、そして6時限目の大好きな英語が終わって、帰る準備を始めた。
ふと、明日香の方を見た。彼女も帰る準備をしている。
あっ、今日は、部活無いんだ。
スタイルが良くて運動神経抜群の彼女を、チア部は放っておかなかった。
進学校なのになぜか部活は色々ある。
生徒がやりたいというものは、成績が下がらない範囲なら、何でも前向きに対応してくれるという、たかが高校のガキのわがままなのに、個人の自主性を尊重するという変な伝統がある。
だから、帰宅部も個人の自主性として、レスペクトされていた。
帰りは、一緒に帰れるかな?と思った瞬間、彼女はすでに教室を出ていった。
まあ、それはそれでいいか。
仕方なく,卓也と帰ることにした。
「卓也、帰ろう。」
「ごめん。今日は、クラブなんだ。」なんと彼は、バスケット部に入っていた。
中学のころ、読んだマンガの影響で入っていたらしい。でも高校は、進学校だからって入るのを渋っていたのに、明日香がチア部に入った途端に、かっこいいとこ見せたいからって、入ってしまった。
確かに、身長が180㎝ぐらいあるから、男の自分から見てもカッコいい。
明日香が、168㎝ぐらいだから、付き合ったらお似合いのカップルのはずだ。
仕方ない、今日はひとりで帰るか?