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バーニラバニラで高収入~

前回までのあらすじ

Aスクールの3人は県庁で地域密着型教育プログラムのプレゼンを行うため緊張の中、会議室に向かう。Aは感謝を述べ、熱意を持ってプログラムを説明し、BとCも成果を紹介する。プログラムは子どもたちの学力向上だけでなく、地域愛や誇りを育むものだと強調し、審査員たちの表情が和らぐ。しかし、1週間後、県庁からの電話で提案は不採用と告げられ、3人は5000万円の夢が消えた現実に打ちひしがれる。

あまり思い出せない記憶というものがある。それは、何かの理由で脳がその記憶を押し込めてしまったもの、あるいはただ単にその瞬間が特別な意味を持たなかったために、心の奥底へと沈んでしまったものである。しかし、そういった記憶の中には、心のどこかでしっかりと存在感を保ち続けるものもある。そんな記憶は、ふとした瞬間に断片的に蘇り、その断片が全体像を形作る前に、再び深い記憶の海へと戻っていくことがある。


Aにとって、Bが退職届を置いて去っていったあの日の記憶は、そのような種類のものであった。Bが会社を去ったこと、そしてその際にCも連れて行ったことは、確かに現実に起こった出来事であったが、それを思い出すことは容易ではなかった。Bの退職は、Aにとって非常に大きなショックであり、同時に深い失望感を伴うものであった。Aは、その日の詳細を思い出すことができないまま、ただぼんやりとした感覚だけが残っていた。


今、Aはその記憶に少しだけ触れながら、デスクの上に置かれた缶コーヒーを手に取り、一口飲んだ。苦味が口の中に広がると同時に、Aは椅子に深くもたれかかったり、時折椅子の上でヤンキー座りをしてみたりして、無意味な動きを繰り返した。これらの動作には何の目的もなく、ただ心を落ち着かせるための単調な行為であったが、どこか救いを求めているようにも見えた。


「やっぱり金かなあ……」


プロポーザルが失敗してから3ヶ月が経つ。圧倒的に金が足りなかったAはストレートかつ強引な営業でなんとか現金を確保していた。


Aは自分の責任を感じていた。だから躍起になって仕事に打ち込んだ。少しでも辞めていったBやCに、魅力のある人間と仕事をしていたと思ってほしかったからだ。奇跡的に従業員は自分ひとりとなってしまっていたにも関わらず、圧倒的かつ運命的な奇跡が起きて会社は回っていた。むしろ利益率は人件費が減った分だけうなぎ登りしていた。利益率が上がるにしたがって、Aの眉間のシワは一層刻み込まれた。商売の女神が彫刻刀で毎日丹念にシワを彫っていくのだ。


「バーニラ、バニラバーニラ、フウッフウッ」


最高のテンションで最悪なプロモーショントラックが走っていく。爆裂する低音が腹に響いてくる。


「バーニラバニラで高収入~」


Aは急激に下るIQでエクセルを叩きながら、意味もなく口ずさんだ。バニラの求人みた~い~。みた~い~。


高収入ねえ。ちゃんと収入あったら一人じゃなかったのかな。


ある朝、バコンという音とともに、Aの自宅のポストには大福県民だよりが叩き込まれた。そのときAは眠いながらも頭のスイッチを入れようとコーヒーを飲んでいたところだった。プロポーザルの結果を公表します、という見出しの中には聞き慣れない社名と代表者名が記載されていた。それはBの名前そのものだった。


コーヒーが噴水のように宙を舞った。あまりにも勢いが強かったので、放たれたそれはほぼ垂直に舞い上がると、蛍光灯の光に照らされてきらめきながら、ノートパソコン、枯れかけた観葉植物、そしてA自身の顔面にクソのようなシミをつくった。Aは憤死しかけていた。憤死しかけている間もコーヒーは渦を巻きながら宙を舞いつづけ、空中で一瞬停止してまたA自身にふりかかった。A自身の顔面はクソだまりに成り果て、ついにテーブルに倒れ込んだ。


翌月、Aは廃業届を提出した。

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