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録音しておきましたから

前回のあらすじ

喫茶店で、中村はA、新崎、佐竹に対し、高山の「会社に来なくていい」という言葉を逆手に取り、全員で帰宅し労働基準監督署に訴える計画を提案する。中村はすでに労基署に匿名で相談しており、会社が調査される可能性を語る。新崎と佐竹はこの計画に乗り気だが、Aは会社が潰れることへの不安を抱いていた。中村は、会社が潰れても新しい会社を作ればよいと話すが、Aの葛藤は深まる。翌日、Aは迷いを抱えたまま出社し、中村と再び対面する。

中村がスマートフォンを手にしてひらひらと振りながら、こちらに歩いてきた。無表情ながらもその動きにはどこか余裕が漂っている。「録音しておきましたから」と、静かに言葉を発する。


その一言でAははっとした。まさか、先ほど高山が吐き捨てた「殺す」という言葉を録音していたのか。スマートフォンの画面がちらっと見えたが、その画面には録音アプリが表示されているように見える。


中村の視線がAに向けられた。


「次からはぜひ、Aさんもお願いしますね。」


その言葉は冷静で淡々としていたが、Aの胸には強い重圧を感じさせた。中村はそのまま、自分のデスクへ戻り、いつものようにPCの画面に向かって作業を始める。まるで何事もなかったかのように。


Aはその場に立ち尽くしたまま、一人で深く考え込んだ。確かに会社が良くなることは誰もが望むことであり、A自身も例外ではない。しかし、今の中村の行動はどこか常軌を逸しているように感じられた。


彼は単に会社を変えたいのではなく、まるで会社を壊すこと自体を目的としているような動きだ。


Aの思考は次第にバニラのことへと向かっていく。果たして、会社を崩壊させなければ、良い方向に進むことはできないのか。


Aはため息をつきながら、次の商談へと向かった。その日は気乗りしない顧客との商談だったが、なんとか内容をまとめ、最低限の売上を確保した。しかし、思うように結果が出せなかったことに落胆し、再び深いため息をついた。その瞬間、背後から冷たい感触が首に巻き付く。


「何なんだ、この売上は〜?お前が商談する時間に、人件費はしっかり払っているだろうが!」


高山が怒鳴りながらAの首をぐいぐいと締め上げてきた。苦しさが急速に増し、Aは必死に息を吸おうとするが、声も出せない。目の前が徐々に暗くなり始める中、Aは片目だけで周囲を見渡した。


佐竹は、いつものように気まずそうな表情を浮かべ、無言でこちらを見ている。新崎は「また〜?」といった感じで、無関心を装っているが、ちらちらとこちらを見ている。


しかし、一人だけ異質な存在があった。中村だ。


彼は、スマートフォンをこちらに向け、じっと状況を記録しているのが見えた。


中村がAに向けて口を動かしている。「そのまま、そのまま」と無声で訴えている。Aは瞬時に理解した。中村はこの状況を動画で証拠として抑えようとしているのだ。


高山もその事実に気づいたようだ。突然、Aの首から手を離し、冷たい視線で中村を睨みつける。「おい、中村のじいさんよ。スマホで遊んでる暇あるのかよ!」


中村は一瞬の間を置き、淡々と返答する。「遊んでいるわけではないですよ。」その言葉には不敵な余裕が込められていた。


二人の間に緊張が走る。高山の顔には怒りが浮かんでいたが、何も言わずに踵を返し、その場を去っていった。いつもなら暴力で相手を屈服させるのが高山の常套手段だが、以前中村がその暴力を武道の技術で止めたことを高山は忘れていないのだろう。


Aはその場で息を整えながら、今の状況を冷静に振り返る。中村はこれで労働基準監督署に提出するための、確固たる証拠を手に入れたに違いない。それだけではない。この動画を使えば、傷害罪での刑事告訴も視野に入れているだろう。高山の立場はますます弱まっていることが明らかだ。


しかし、Aの心には依然として疑念が渦巻いていた。中村の計画が成功すれば、確かに高山のような存在は会社から一掃されるかもしれない。しかし、会社そのものが存続できるかどうかは別問題だ。


もし会社が崩壊すれば、自分たちの働く場所はどうなるのか?そして、その未来をバニラはどう見ているのか?


その後、Aは業務に戻ったが、心の中の迷いが消えることはなかった。中村の動きが順調に進むほど、Aの心は逆に重くなっていった。


それでも、流れに逆らうことができない自分がいることも、Aは理解していた。これから自分がどの道を選ぶべきなのか、その答えが見えないまま、Aはただ一日を終えるのを待つだけだった。

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