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凄まじい徒労感と苦々しいコーヒーと胃液の混じったヘドロ

Aは営業チームの実態把握のため、佐竹と新崎のオンライン営業に同行する。佐竹の営業はトークが不安定で台本を覚えておらず、曖昧な返答が多いため受注率が20%以下に低迷。Aは改善を提案し、営業マニュアルの活用とトレーニングを勧めるが、佐竹はほとんど実行しない。一方、新崎はラフなスタイルながらも高い受注率を誇り、クライアントから信頼を得ている。Aは佐竹の怠慢を感じつつも、彼の成長を期待してサポートを続けるが、状況は好転しない。

佐竹はとにかくクズだった。昼休みに遅れてくることは日常茶飯事で、そのたびにおどおどした態度で場の空気を悪くする。Aは何度か注意したが、佐竹は曖昧な返事をしてはぐらかし、何も改善しなかった。


Aにとっては、売上2倍の目標に向けて佐竹のやる気を引き出さないといけないという焦りがあったが、現状はまったく改善の兆しが見えなかった。


そんな状況が2週間続いた頃、高山から進捗が遅いと怒られる。高山は口に含んだ水をブ―ッとAに吐きかけ、死ねと言って去っていた。


Aは言い訳ができない立場に追い込まれ、ついに自分で佐竹と一緒にマニュアルを覚えることに決めた。「一緒にやれば、さすがにサボれないだろう」と考えたのだ。


だが、それは甘い考えだった。


Aが指導を始めた途端、佐竹は眼の前で居眠りをし始めたのだ。「こいつは本当にどうしようもない」とAは内心で呆れた。佐竹のことを心底クズだと思った。そして、ここで厳しくしなければ何も変わらないと感じ、ついにスパルタ路線に踏み切る決心をした。


「クソが!お前はクソの詰まった肉袋だ!」Aは高山の口調を真似て、佐竹に向かって怒鳴りつけた。


A自身も、こんな言葉を使うのは初めてだったが、これくらいしなければ佐竹は変わらないと思った。佐竹は驚いた表情で目を見開いた。新崎は隣でニヤニヤして見ているだけだった。彼女の無関心な態度に、Aはさらにイライラを募らせたが、今は佐竹に集中するしかない。


さすがにAの怒号に反応したのか、佐竹はようやく真剣にマニュアルを覚え始めた。しかし、問題はそこからだった。佐竹はとにかく覚えが遅い。何度教えても同じところでつまづくし、基本的なことすら一度では覚えきれない。Aはフラストレーションを抑えられず、テーブルを叩いて叱責することも増えた。


「なんでこんなにできないんだよ!もっと真剣にやれ!」Aの声が部屋に響く。だが、佐竹はただしゅんと肩を落とすだけで、進展が見られない。Aは徐々に自分自身にも疑問を抱くようになった。「自分のやり方が間違っているのか?」「このやり方で本当に佐竹を変えられるのか?」と。


1週間が過ぎた。Aは佐竹にみっちりとトレーニングを施したが、結果として劇的な変化は見られなかった。佐竹は相変わらず成長が遅く、進捗もほとんどなかった。それどころか、佐竹はどんどん疲弊していく様子が見えた。


そして、ついにその日がやってきた。佐竹は失踪した。


会社にも出社せず、電話にも出ず、何も連絡を寄越さないまま行方をくらませたのだ。


Aはすぐさま走ると便所で吐いた。凄まじい徒労感と苦々しいコーヒーと胃液の混じったヘドロをぶちまけた。どうすりゃいいんだよ~~!


口をすすぎながらモゴモゴと呻く。どこからどう見ても悪いのはあいつだろ。こんなのやっていられるか。


佐竹が辞めた翌日、Aはいつものようにオフィスに向かったが、その足取りは重かった。デスクに座り、佐竹が使っていた席を無意識に見つめる。そこにはもう佐竹はいない。昨日までの彼の不器用で、遅れ気味の仕事ぶりに苛立ちを覚えていたはずなのに、その姿が急に遠い過去の出来事のように感じられた。


「結局、何も変わらなかったんだよな……」


Aはため息をつきながら、机に肘をつき、両手で頭を抱えた。佐竹が辞めたのは、Aにとって大きな挫折だった。あれだけ厳しく接しても、佐竹は変わらなかった。それどころか、追い詰めた結果、彼を辞職にまで追いやってしまった。Aは、高山や会社の期待に応えるために、やる気を出させようと躍起になったが、逆に彼の限界を超えてしまったのかもしれない。


「俺のやり方が間違ってたのか?」


そう思うと、Aの胸に重たい感情が広がった。自分はただ、高山の指示に従って、結果を出すために努力してきたつもりだった。しかし、その努力が結果を生まなかったどころか、佐竹の辞職という最悪の形で終わってしまった。


Aはふと、自分が高山のように怒鳴りつけた瞬間を思い出した。普段ならそんな言葉を使うことはないのに、あの時は苛立ちと焦りでつい口をついて出てしまった。高山のやり方を真似れば、佐竹も変わると思っていた。しかし、結果として佐竹は潰れてしまった。


「でも、俺だって必死だったんだ……」


Aは心の中で言い訳をしていた。売上を2倍にするというプレッシャー、上司である高山の期待に応えなければならない責任感。これらがAを追い詰め、佐竹に対して厳しく接せざるを得ない状況を作り出したのだ。そう自分に言い聞かせるものの、どこかしらで「本当にそれで良かったのか?」という疑念が消えない。


「佐竹は、もっと違う接し方をすれば変わったのか?」


もし、あの時怒鳴りつける代わりに、もっと親身になって話を聞いていたら、結果は違ったのかもしれない。佐竹のペースに合わせて、少しずつでも教えていけば、彼は成長できたのではないか。厳しく接することだけが答えではなかったのでは、とAの頭の中でさまざまな「もし」が交錯した。


Aは思わず手の傷跡をさすっていた。傷跡は熱くなり、次の瞬間、光がAのことを包みこんでいた。

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