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ブラック企業を救う

前回のあらすじ

Aが入社したブラック企業「株式会社光と闇のはざまの少しのぬくもりと叫び」での2ヶ月目、Aはオンライン占いのサポート業務に従事していた。占い師ではないAの役割は、無料占いでクライアントと接触し、初回面談を行うことだ。面談を通じてクライアントの悩みを把握し、無料占いの後には有料サービスへの誘導を担当する。この会社では占い師がタロットや星占いを使い、クライアントの未来を予測し、アドバイスを提供するが、Aの仕事はそのサポートと営業的な役割だ。クライアントを有料契約に導くための言葉やトークは高山が作成したもので、Aは巧妙にそれを使いこなす必要があった。

時間はすでに21時を過ぎていた。Aはパソコンの画面に目を落としながら、今月の残業時間が200時間に達するのではないかと考えていた。営業の仕事に追われる日々が続き、疲れはピークに達していた。それでも手を休めるわけにはいかない。頭の片隅には、先日桃山が口にした言葉が引っかかっていた。「昔は、こんなに厳しい会社じゃなかったんですよ。」その言葉が妙に心に残っている。


桃山は、今のAが経験しているような厳しい労働環境ではなく、もっと穏やかな時代のことを聞いたことがあるのだろうか。だが、それがいつからこんなに厳しくなったのか、Aにはわからなかった。Aは心の中で、過去のこの会社に思いを馳せた。


そんな考えに浸っていると、突然高山の怒鳴り声が飛び込んできた。


「手を止めるな!」


Aが一瞬でも作業を止めていたのが気に障ったのだろう。イライラした様子の高山は、机の上にあった紙コップをつかむと、Aに向かって投げつけた。避ける間もなく、紙コップの中身がAの服にかかった。冷めたコーヒーが胸元を湿らせる。「片付けろ」と高山は冷たく言い捨て、またパソコンに目を向けた。


Aは服を拭いながら、ふと奇妙なことを考えた。もしタイムリープができれば、この会社がいつからこんなに厳しくなったのか、突き止められるのではないか?そのアイデアは一瞬バカバカしく思えたが、Aにとってはどこか現実味を帯びたものでもあった。なぜなら、Aにはタイムリープの力があったからだ。しかし、それが簡単に発動するわけではない。どうやら、単なる好奇心や遊び心ではタイムリープは発動しないらしい。何かもっと強い「思い」が必要なのだ。


「誰かにこの力のことを話したらどうだろうか?」ふとそんな考えがよぎったが、すぐに打ち消した。もし高山にこの力のことがバレたら、彼は間違いなく「営業ごとにタイムリープしろ。売上最大化だ」と命じてくるだろう。さらに、桃山に話したら、以前のように変人扱いされるに違いない。結局、誰にも言うことはできなかった。


Aは片付けをするフリをして、社長室へ向かった。変わらず、この会社の創業者であるバニラの写真が飾られている。その写真に目を向けると、ふとバニラが微笑んだ気がした。驚いてもう一度見直すと、突然視界が歪み始めた。まるで空間がねじれるかのように、暗転し、次に目を開けたとき、Aは占い部屋に座っていた。


目の前には、バニラが微笑んでいた。「あなたは何者なんですか?」Aは思わず尋ねた。だが、バニラははぐらかすように笑い、自分が既に死んでいることだけを告げた。バニラの言葉にAは動揺したが、彼女はさらに続けた。「あなたが私を見えるのは、あなたが生と死の間にいるからよ。精神的に限界に達していたのよね。特に、面接に来たあの日は」


Aは自分が精神的に追い詰められていたことを認めざるを得なかった。従業員に逃げられて、自暴自棄的に変な会社を選ぶほどだ。そして今もなお、まともな精神状態とは思えない。しかし、バニラはそれでもなお、Aに頼みごとをしてきた。「この会社を良くしてほしいの。みんな、つらそうに働いているわ。チャクラが閉じてしまって、やる気のスイッチが入らなくなっているのよ。」


「どうやって会社を良くすればいいんですか?」


サイコな比喩表現を無視し、Aは途方に暮れたように尋ねた。バニラは首を振りながら、


「それは私にもわからない。でも、この会社の悪いところを一つずつ潰していけば、みんなのチャクラが元気を取り戻すはずよ」


そんな抽象的なアドバイスに、Aは「この口調でよく会社を経営できたな」と内心で皮肉を感じつつも、とりあえずその提案を了承した。


「そのために、タイムリープの力を使えばいいということですね?」


Aが確認すると、バニラは静かに頷いた。Aは、この会社を変えるために自分にできることは何なのか、考え始めた。タイムリープの力を駆使して、過去に戻り、会社の改善点を探り、少しずつこの厳しい環境を変えていく。バニラとの奇妙な対話は、Aに妙な使命感を抱かせた。


過去の失敗は変えられない。でも、今の環境を良くすることはできる。今の環境を良くすることが、過去の自分との決別になるように感じた。


ふと目を覚ますと、Aは床に寝転がっていた。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。周囲を見回すと、社長室の薄暗い光がぼんやりと漂っている。自分が何をしていたのか、一瞬わからなくなり、夢の中での出来事を思い返した。バニラが微笑んでいた光景が脳裏に浮かぶ。


夢だったのか?それとも現実だったのか?Aは混乱しつつも、体を起こし、こわばった肩をさすった。床に寝転んでいたせいで体が少し痛むが、それよりも今の夢の内容が頭から離れない。タイムリープの話や、会社を良くしてほしいというバニラの頼みごと――すべてが妙にリアルだった。


「ブラック企業を救う……」Aは自分に言い聞かせるように呟き、立ち上がった。

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