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休めるわけないだろ

前回のあらすじ

Aはタイムリープの力を手に入れたが、使い方がわからず焦っていた。バニラはこの力を授けたが、具体的な使用方法を教えなかった。Aは青春18きっぷの期限に迫られ、営業でミスを避けながら成果を上げようとした。彼は顧客の声を慎重に聞くことで、ヒアリング能力を向上させたが、最後の訪問先で大仏のようなマダムに無視され、営業は失敗。焦る中でタイムリープが発動し、再挑戦のチャンスを得たAは、状況を受け入れて静かに座り続けた。最終的にマダムは微笑んだ。

Aは5日間にわたる過酷な訪問を終え、ようやく博田の地に戻ってきた。大福県の空気を肺に深く吸い込むと、体全体に安堵が広がるのを感じた。だが、青春18きっぷの長い旅路の影響は否応なしに現れており、特にケツは32個に割れていて、じんとしびれるような痛みが走っていた。身も心も、疲労の限界に達していた。


駅から家に帰る道中、Aは周囲の風景をぼんやりと眺めながら歩いていた。見慣れた道、通り過ぎる家々、そして静かな街の音。ようやく家にたどり着き、玄関の扉を開けると、どっと疲れが押し寄せた。靴を脱ぎ捨て、部屋に入ると、Aはリビングのソファに体を投げ出した。どこか安心感を覚えると同時に、まるで体が鉛のように重く感じられ、動く気力すら失せていた。


その瞬間、Aの携帯電話が無情にも鳴り響いた。画面に映る名前は高山。土曜日であることを思い出した。多分間違い電話だろう。Aは一瞬だけ安らぎを感じたが、それはすぐに打ち消された。高山には土日など関係ないのだ。Aが電話を取ると、案の定、怒鳴り声が耳に飛び込んできた。


「もしかして、今日休みとか思ってる?」


「は、はい」


「困るからそういうのやめてくれ。すぐにオフィスに戻る」


その言葉に、Aの体は再び緊張した。とっさに申し訳ございません、と言いかけたが、それを待たずに電話はすぐに切れた。ほんの少しでも休息を求めた自分が甘かったと、自嘲の念が湧き上がる。やがてオフィスに戻ると、そこには予想通りの光景が広がっていた。高山がデスクに片足を乗せ、ふんぞり返りながら座っている。


「遅えよ」と、高山は冷笑を浮かべながら言うと、突然、Aのケツをバシッと叩いた。Aを圧倒しようとしているのが伝わる。Aは身をすくめながら、やるせない気持ちでその場に立ち尽くすしかなかった。


「一応、初期研修は合格だ。だが、次からはもっと気を引き締めろよ」と、高山は冷たく告げた。Aは言葉を失った。研修に合格したという事実すら、疲労の中で何の喜びももたらさなかった。


Aはどうにか勇気を振り絞って尋ねた。「土日って、ないんですか?」


高山は、まるで馬鹿げたことを聞かれたかのように即座に答えた。「あるわけないだろ。うちの仕事は占いサービスだぞ。BtoCなんだ。お客さんがサイトをよく見て申し込んでくるのは、土日祝日が一番多いんだよ。そんな日に休めるわけがないだろ。」


彼の言葉は至極当然のように響いたが、Aにはその厳しさが身に染みた。


嗚呼、休みとは一体何なのか……。求人票の内容とまるで違う。高山の冷たい言葉が、まるで心の中で繰り返されている。休めるわけないだろ。


「まあ、平日には休みをやるから安心しろ。ただし、1日の半分は研修が入るから、そのつもりで。残りの半分は休める。それで十分だろう?」高山は続けた。「休みたい日があれば、事前に相談しろ。だが、基本的に何もなければ勤務だと思っておけよ。」


Aは呆然としながらも、何も言い返せない自分に苛立ちを感じた。「わけがわからない……」そう呟いたが、その声は高山には届かなかった。


その後、Aは領収書と勤務ログを渡すために、桃山に話しかけた。桃山は高校を卒業したばかりの18歳で、大福県の高校を出て、この会社に就職してまだ日が浅い。デスクワークだから楽そうだという理由で選んだこの仕事だったが、現実はそう甘くはなかった。彼女は無口で、黒髪のロングヘアーを揺らしながら、メガネの奥から冷静な目でAを見つめた。その姿に、どこか彼女が怒ると怖そうだと感じさせるものがあった。


「領収書、お願いします」とAが言うと、桃山は静かに頷き、黙々と作業を始めた。彼女の若さにも関わらず、驚くほど冷静で、仕事に没頭している様子が伺える。その姿を見て、Aは自分がこの会社に適応できているのか、ふと疑問に思った。


桃山が領収書を受け取り、必要な処理を行う間、Aは彼女の動作をじっと見つめていた。彼女の小さな手が迅速に動き、全てを正確に処理していく姿は、Aにとって一種の慰めでもあった。だが、その一方で、Aはこの厳しい環境に果たして自分がどれだけ耐えられるのか、不安を感じずにはいられなかった。


そして、桃山が作業を終えると、Aは彼女に「ありがとう」と短く言って、その場を後にした。コーヒーを買うために外に出る。再び大福県の空気がAを包み込んだが、その安堵感は先ほどよりも薄れていた。休みのない日々がこれからも続くことを考えると、Aは心の中に重いものを感じた。


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