侵攻後東街
東の街に、風が吹いた。
焦げた鉄と灰の匂いを乗せて、ゆっくりと、痛ましいほど静かに。
建物の隙間を抜ける風は、かつて煌めいていた街を撫で、割れたガラスを微かに震わせる。
そこには、まだ“人の営み”の残滓があった。
魔大国の侵攻によって、街はおおきな損壊を受けた。
国の中枢は破壊された。
それでも、人は歩いていた。
焼けた大通りを、黙々と。
希望を失ってなお、懸命に働くもの。
ただ怒りと絶望のままに暴徒と化す者。
祈るように、誰かの帰りを待ち続ける者。
そのどれもが、確かに「生きている」と呼べた。
瓦礫に覆われた街角では、子どもがひとり、空を見上げていた。
かつて天を裂いて降り注いだ“魔”の軌跡を思い出すかのように。
その瞳には涙はない。泣き尽くして、もう出ないのだ。
やがて、遠くで風鈴が鳴った。
壊れかけた神社の屋根に吊るされたままのそれが、今もかすかに音を立てている。
神は沈黙し、天は堕ち、信仰は焼かれた。
それでも――この街のどこかで、人はまだ祈っていた。
「……どうか、この風が、明日を運んできますように。」
風が再び吹き抜ける。
誰の言葉とも知れぬ祈りを拾って。
崩壊の只中で、それでも世界はまだ終わってはいなかった。




