ビギナーズラック
近未来、過度な重圧を抱えず自分の能力を最大限発揮できるという装置が開発された。
拡張現実を使い、自分がこれまで抱えていた功績や成果を装置をつけている時間だけ忘れることができる。初心者の心や技術をみにつけたはじめのころ、初心に戻れると大好評。
こうして、あらゆる仕事の達人がその恩恵を受ける事になった。スポーツマン、作家、芸術家、デザイナー、芸能関係者、ありとあらゆる過去の重圧から解放される人々が増えた。だがひとつだけこの機械には、問題があった。あらゆる業種でいつまでも、上の世代が引退しないので、次の世代が出てこなかった。おかげで、あらゆる分野の成果物は、ほとんどが似たり寄ったりのものになってしまい、本当の意味での斬新さは失われつつあった。しかしこの問題をこの時代のある欠点が埋め合わせつつあった。
だが、この時代、本当の意味でビギナーはもうほとんどいない。発展した近未来の都市では大人や高齢者が自分の体をサイボーグ化し、子供の数は極端に減ったのだ。誰も斬新さなど求めてはおらず、古くなったものをいかに再利用するかということを誰もが考えていたのだった。
ただ一つ、本物の欠点があるとすれば、過度なプレッシャーを感じて失敗したり、一定の成果をだしたら燃え尽きてその仕事や趣味への興味が失われるという事がなくなったため、隠れた才能を発揮するものが増えすぎたことだろうか。あらゆる人気の仕事や趣味の競争がさらに激しくなった。これには多くの人間が疑問を抱いていたが、社会全体が老いによって純粋な好奇心や興味を失っていったので、この装置を誰もが使わざるをえなかった。だから批判はそれほど大きく燃えなかったのだった。
最大の被害者である若者たちは、老人と同じ機械を使わない運動をおこし、もはや独自の小さな社会をつくって、そこで押し黙り生活していくのだった。人々の中に純粋な若人の心などなくなったのだと嘆きながら。いつしか、“本当の初心者がもつ幸運”を彼ら老人の評価をえて今の状況を打ち破ることを祈りながら。