沈黙
現代では我々の生活水準は日に日に進化していくと信じられている。1世紀前はエアコンも、テレビも、洗濯機もなかった。数十年前には一般に普及していなかったインターネットも、今や誰でも手軽にアクセスできるようになり、もはやそれなしでの生活は考えられない。このように人類の技術は日を追うごとに進化し、それに伴って生活はどんどん豊かになっていく。そもそも石器時代、平安時代、江戸時代……と我々の生活が進化しているのは当たり前だ。むしろ未来への技術革新を信じてない人など、現代に存在するのだろうか?
しかし技術発展への確信が広く共有されるようになったのは人類の歴史からすればつい最近の話で、中世まではそう思われてはいなかった。むしろ人生の質というのは年々下がっているとさえ思われていたのだ。仏教には末法思想という考え方がある。皆が釈迦(仏陀)の教えに従い、修行をし、悟りを開くのに専修していた古代と違って、年を経るごとに人々の心は荒み、いつのまにか仏道を尊ぶ心も失われていく。それに伴ってこの世は救いがなくなり「末代の時代になる」というのが末法思想である。これは実際に当時の日本の貴族たちを中心にかたく信じられていたらしい。藤原頼通などはせめて荒んだこの世に形だけでも極楽浄土の世界を実現させようと莫大な建築費をかけて豪勢な平等院鳳凰堂を建立させたほどだ。他にも多くの貴族たちが仏寺を建立しその教えに帰依しようとしたのは、もはや救いようのない現世はともかく、せめて来世ではと魂の救済を目指していたからだ。
これらは西洋においても事情は同じだったらしい。中世には神聖なる神の教えは日に日に失われており、それが原因か恐ろしい黒死病が人々を襲い、ヨーロッパの人口の3分の1が失われる。せめて魂の救済だけでもと人々は十字架に祈った。偉大な預言者たちやその直接の弟子が教えを広めていた時代はいざしらず、そのような崇高な精神は失われ、さながら現世は餓鬼地獄の様相を呈している。現在とは対照的に中世こそ時代を経るごとに人々の暮らしが悪化していくかのように感じられた。しかしそのような考え方はルネサンス後期に入って一転していく。望遠鏡の改良とそれによる天文学の発達である。
ルネサンスに入るまで多くの人間が神聖視し、真実だと思っていたものは聖書であった。地球とはなにか、宇宙とはなにか、そもそも自分とは何者であるのか。そのようなことは考えてみたところでわからない。しかしその答えが書いてあるのが聖書なのである。ヨーロッパで広く読まれていた聖書はラテン語で書いてあり、今と違って識字率が低い当時では読める人間は限られていた。そのような中聖書を読み、解せる聖職者は当時最先端の知識人であり、文字通り神と語らう権利を持った者たちであった。当然中世の世界ではカトリック=キリスト教=教会がヒエラルキーの頂点として権力を持つことになる。
しかし望遠鏡のレンズが改良され、これまでより正確になっていくとそれまで信じられていた天文学の常識を疑う人が出てくる。ポーランドの天文学者・コペルニクスがそれである。コペルニクスはそれまで信じられていた地球が宇宙の中心であり、太陽や月といった惑星がその周りを公転すると考える「天動説」ではなく、地球が太陽の周りを周回する「地動説」こそが正しいことに気づいた。ガリレオがそれを引き継ぎ、ケプラーが正確に明らかにしたこの天体運動は当然それまでの聖書中心の世界では考えられない動きをしていた。
また奇しくもそれと同時期にルターによる宗教改革も始まっている。聖ピエトロ大聖堂を修復するために使われた贖宥状(免罪符)は購入すれば神の恩寵にありつけるという題目で販売されていたが、これをカトリック世界の腐敗を捉えたルターは教会を断罪し、教皇を頂点とするカトリックのヒエラルキーを否定した。彼は当時知識人階級であった聖職者を特権階級だと糾弾して存在を否定し、より平等主義的なプロテスタントを起こす。これらルネサンス時代に起こった天文学の発達による聖書の真実性の否定と、カトリック・プロテスタント間の分断により従来型の権威としての教会=聖職者は急速にその力を失っていくのであった。
聖書という真実から解放された人類は急速にその考えを発達していく。なにせ自分が何者であるか、とはつい数百年前まで聖書とその注釈書にかかれていると思われているのである。その聖書の真偽が怪しくなっては改めて人間の存在について見つめ直すのは当然あった。デカルトはいかに周りのものが不確かで、存在するかどうか怪しいものであっても、今実際に思考し逡巡している私は、確かに存在しているのだ、という考えから「我思う故に我あり」と唱えた。またカントは、それまでのいかに人間が考えを及ぼしても到底神の叡智や思し召しなどに及ばない、神聖な神とみすぼらしい人間には画然たる差がある、という考えから発展し、人間こそ神の創造物であるのだから人間は神の叡智を借りて同じものを見ることができる。つまり人間の思想とは神も同じく考えているものである、というふうに、より人間中心的な思想にたどり着いたの。このようにそれまで時代を経るごとにどんどん退廃していくと思われていた人類の思想はより進歩的に、日ごとの進化を信じるようになっていくのである。
西洋での人間中心主義、人類へ自信の深化は次第に自然を見つめる目をも変化させていく。その話に移る前にまずそれまでの経過をたどっていきたい。西洋・東洋にかぎらず中世までは自然とは共生するものであり、人々は地震や雷雨といった天変地異に畏怖の念を抱くと同時にその恵みをも同時に受け取っていた。人々は何故地震を起こすのか、何故雷雨を起こすのか、人智の及ばないこれらを神として、祠を建て、その怒りを買わないように気をつけた。これがアニミズムの思想である。アニミズムではあらゆる物には神が宿ると信じられていた。木には木の、山には山の、島には島の神が存在するのである。日本の厳島神社はまさにあのような島々には神が存在すると信じられ、社が建てられたのが始まりである。俵屋宗達の『風神雷神図』はときに恵みを、ときに災害を引き起こし、気まぐれで理解しがたい神々をコミカルなタッチで描いてる。これらは日本だけでなく西洋も有していた、中世までの世界共通の自然観なのである。
しかしルネサンス運動が起き、より人間中心主義の思想が深まると人間は自然を共生するものでなく客体化するものだと認識しはじめた。科学主義を究め、自然を操作し、自然の力を利用しより人間にとって有利になるよう操作を図るのである。例えばルネサンス前(いわゆる中世ルネサンス)ぐらいから、西洋では「動物裁判」という奇妙な現象がで始める。ネズミに破門を言い渡してみたり、モグラの通行権を審議してみたり、「豚に指定日時までに裁判所に出廷するよう要請した、しかし被告は来ることはなかった」などと一見奇妙な記録で溢れているこれらは、決してこの時代の人たちがアニメのような世界観で生きていたからではない。これらはまさにルネサンス前から始まったことからわかるように、聖職者や思想家といった一部人間だけではなく、社会全体として人々の意識が変わり実は自然を客体化し始めた人間の思想を転換を表しているのである。彼らはそれまでの共生者として自然と動物を同格に見るのではなく、管理し、人間の支配下に置くものだと認識し始めたのだ。これらのことからわかるように、中世からルネサンスにかけて人々が神に囚われている状態から解放され、より人間の理性を信じるようになった理性主義の時代になっていくのである。
ルネサンスが終わり、近世に入り科学者が知識人階級として台頭して多くの科学的発見がなされた。そしてコペルニクスやケプラーによる「地動説」の思想も、この時代ニュートンによって完成されることになる。それまではコペルニクスでさえ、地球と天体はまったく別次元の存在であり、永遠不変に分かたれていると信じていた。しかしニュートンは地球上の動きも天体上の動きも、まったくおなじ数学的な法則によって説明できることを『プリンキピア』で発表し、人々を驚かせた。地球と天界は一体の存在であり、連続しているものであったのである。天体を覆い隠していた神聖なるベールが剥ぎ取られ、1つの事象や物体としてみることが可能になったとき、神は完全に死亡し人間の時代がやってきたのである。