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お兄様、闇堕ちしないって本当ですか!?  作者: 由原靜
第一章 ロードライトの令嬢
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02 終わりの始まり

 翌日、朝。

 欠伸を零しながらリビングへと降りてきたわたしを見て、母は露骨に眉を顰めた。


六花(りっか)! アンタまたっ、夜中じゅうゲームばっかしてたんでしょ!」

「もうクリアしたから、今日からはやめるよ……」


「そう言う問題じゃない!」と怒る母を見ながら、もうひと欠伸。

 いつも通りの、退屈な日常だ。

 朝ご飯のパンを齧りながらスマートフォンを見ると、昨日(今日?)夜中にメッセージを送った友人からの返信が届いていた。


『熱意に草。はよ寝ろや』


『それなー』スタンプをポチッと返す。


「ご飯食べてる時にスマホ見ない!」と眉を吊り上げる母に「お父さんだってスマホ見ながらご飯食べてるもん!」と矛先を逸らした。

 わたしと母の言い合いを我関せずと、手元のスマートフォンを眺めていた父は、いきなり自分に飛んできた話題に、思わずコーヒーを咳き込んでいる。


「ま、ママ、まぁいいじゃないか。六花だって忙しいんだ、ご飯を食べながらニュースをチェックしたり、メールを返したりするくらいあるよなぁ。テレビを見るのと同じようなものだろう」


 狙い通り、父はわたしを庇ってくれた。

 父親は娘に甘いものだ。


 母が父をくどくどと「パパが甘やかすから!」と怒っているのを横目に、カバンを背負って家を飛び出す。


「お母さんだって、一人の時はスマホ見ながらご飯食べてるでしょ! おんなじだよ!」

「あっ、コラ六花! 『行ってきます』くらい言ったらどうなの!」


 母の声が追いかけてくるが、もちろん返事なんてするわけがない。

 やれやれ、と肩を竦め、何の気無しに自宅を見上げた。


 何の変哲もない、ごくごく普通の二階建て住宅だ。

 父と母、それにわたしの三人で暮らすには充分なお家。



 ――見慣れたはずの我が家を、わざわざ数秒じっと見つめたのは。

 もしかすると、何かの予感めいたものがあったのかもしれない。



 ◇ ◆ ◇



 家から学校までは歩けば四十分、自転車を飛ばせば十五分だ。

 朝の冷たい空気の中、川沿いの道を、スピード出してかっ飛ばす。

 この時間帯は、辺りを歩く人も少ない。

 学校へと行く道すがら、考えてしまうのはやっぱり、昨日(正確には今日だけど)クリアしたゲームのことだった。


「……、ん?」


 赤いランドセルを背負った女の子が一人、川をじっと覗き込むようにしてしゃがみこんでいる。

 何か気になるものでも見つけたのか、はたまた何か落としてしまったのだろうか?

 それはそうとして、体勢があまりにも川にのめり込みすぎていて、見ているだけで危なっかしい。

 ちょっと気になりはしたものの、わたしも朝練の時間が迫っていた。


「危ないよ」と声を掛けようとしたちょうどその時、いきなり凄まじい突風が吹いた。凄まじいまでの風に、思わずわたしの自転車も煽られる。

 瞬間、女の子の細い身体が、バランスを崩して川の方へと倒れ込んだ。

 驚いたように、女の子は手足を空中でバタつかせ――ふっと、わたしに視線を向けた。

 とぷん、と小さな水飛沫が上がる。


「――――――――!!」


 両手でブレーキを強く握り締めた。

 前輪がロックされ、弾みで後輪が浮く。

 でも、それよりも早く、わたしは運動靴で地面を蹴っていた。

 投げ出された自転車が、後ろでガチャンと大きな音を立てる。


「ウッソ、でしょ……!?」


 どうして、誰もいないんだ。

 早朝とはいえ、ランニングしている人だったり犬の散歩をしている人だったりと、いつもは誰かしらいたじゃない。

 なんで、よりにもよって今、ここにわたししかいないんだ。


 飛び込む間際、ギリッギリで理性が働いた。

 ――溺れている子を一人で助けに行くなんて、そんなの無謀に決まってる。

 慌ててスマートフォンを制服のポケットから取り出すと、無我夢中で110をタップした。

 スマートフォンを耳に当ててから、119の方が良かったかも? と思い至るも、掛け直している暇はない。

 良いじゃないか、どっちでも。


 プツンとコール音が繋がる。

 電話先の相手の声を無視して、ただ叫んだ。


「明月四丁目の川沿い! 女の子が溺れてる! 早く来て!!」


 川の中、女の子が背負っていたランドセルだけが、唯一の目印だった。

 ランドセルって浮くんだね、初めて知ったよ。

 でも、女の子が水面に顔を出す気配はない。

 助けが早く来ないものかと、じりじりしながらただ待った。


 一分経って、二分経って。

 五分くらいは、経ったはずだ。

 それでも一向にサイレンの音は聞こえてこないし、ランドセルは流されながら、水の上を漂っている。


「……っ、あぁっ、もうっ、なんで、なんでよ!!」


 制服の上着を脱いだ。勢いよく水に飛び込む。

 冷たさが全身を包み込むも、水底には足がついた。

 そう、大人の腰ほどまでの川なのだ。

 それでも、子供だけで遊ぶのは危ないと、大人たちから止められてはいたけれど。


 水を掻き分けランドセルの元まで辿り着くと、女の子を抱き上げた。

 全身が冷たくて、ぐったりしていて生気がない。

 その時サイレンの音が耳に届いて、わたしはホッと安堵する。

 やがてパトカーが岸に止まった。

 中から警察の人がわらわらと出てきて、わたしと女の子を見ては何かを叫んでいる。


 水を吸った服が重たい。

 ランドセルも結構な重さで、よくこんなのが浮くもんだと、わたしはちょっと感心してしまった。

 それでも、この女の子だけは助けないと。


「こっちへ!」


 警察の人が手を伸ばすので、わたしも渾身の力で女の子を抱き上げた。

 意識がない人間って、すっごく重たい。

 それでも警察の人は、ランドセルごと女の子の身体を持ち上げてくれた。

 

「よかった……」


 心の底からホッとした、その時――いきなり水の流れが変わった。

 膝から下、自分の体重を支えていた部分が、強い水の流れに流される。

 当然、わたしもそのまま川へと倒れ込んだ。


「嘘……っ!?」


 驚いた途端に、川の水を飲み込んでしまう。うぅ、生臭い。

 ――流れが、早い。

 慌てて踠くも、いくら水を掻き分けたところで、水面はどんどん遠ざかっていく一方だ。


 警察の人が助けてくれるだろう……なんて期待も虚しく、身体はどんどん動かなくなっていく。

 酸欠で思考が巡らない。思わず咳き込んだところで、肺の中に冷たい水が流れ込んできた。


 ――あぁ、これは、ダメかもしれない。


 回らない頭で、ただ思う。


 お父さん、お母さん、ごめんなさい。

 最後に交わしたのが、あんなしょうもない親子喧嘩だなんて、最悪すぎるよ。





 あぁ、本当に。

『行ってきます』くらい、言えば良かった。


転生前の話はここで一区切り。

次回からはいよいよ、新しい世界です。

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