あなたに会うこと
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8月19日
同じ入院カンジャの人に、ヒマなら日記をつけてはどうかとオススメされたので書きとめます。
今日は特になにもなかった。シュヨウなんてどこかにいってほしいわ。
8月20日
娘に辞書を買ってもらった。電子辞書というものらしくて、いちいちページを探さなくていいのは便利だと思った。これで日記も綺麗に書けるわね。
8月21日
腫瘍が転移しているらしい。妊娠中の娘にはあまり迷惑をかけられない。お見舞いは最小限でいいとお願いした。好物のリンゴパイはもう食べられないわね。
もしかしたら、もしかするかもしれない。少しだけ、泣いた。
8月22日
娘が寂しくないようにと、うちに飾っていた陶器でできた白い小鳥を持ってきてくれた。私の祖父の代から受け継いだものだから、思い入れもある。ありがとう、看護師さんには内緒ね。
8月23日
窓を開けて寝ていると、夢に可愛らしい女の子が出てきて話し相手になってくれた。十年来の友達みたいな感覚だったけれど、あんなお洒落な子……知り合いにはいなかったはずなのよね。
8月24日
同じ子の夢を見た。白いワンピースでちっちゃくて笑顔の可愛い女の子。
幽霊でも遊びに来ているのかしらとか、幻覚でも見るようになったのかしらとか不安になったけれど、不思議とあの子のことは怖くない。むしろ、眠ってあの子とお話するのが楽しみになった。
8月25日
夢の子だから夢子ちゃんと呼ぶ。あの子が「どうして寝たままなの?」と尋ねてきたので、病気でほとんど動かないのよと答えた。夢子ちゃんは悲しそうだった。
8月26日
娘が見舞いに来なくなった。つわりがひどいみたい。私なんかより自分と子供を優先しなさいと叱った。婿君のことも叱った。娘の体のほうが大事よ。
8月27日
夢子が「病気を治したい?」と聞いてきた。
治したいに決まってる。私には夢があるもの。でも、今のところ私の夢は叶いそうにないわと思わず長話しちゃった。恥ずかしい。
8月28日
夢子が「あなたの夢を叶えたい」と言ってくれたけれど、「無理よ」と笑い飛ばした。叶えてもらえるなら叶えてほしいものだけれど、そんなのもう無理だもの。
8月29日
夢子が「もうお話ができなくなる」と悲しげに告げた。
待ってと言ったけれど、消えてしまった。
起きたら、内緒で飾っていたはずの陶器の小鳥が床に落ちて割れていて、看護師さんにこっぴどく叱られちゃったわ。
8月30日
腫瘍なんて最初からなかったみたいになっているって。
もう少し詳しく検査したら退院できるそうだ。
もしかして
8月31日
本日、退院します。
夢はきっと叶うわ。ありがとう。
(日記帳の文字が少しだけ滲んでいる)
◇
読み終わったあと、私はいてもたってもいられなくなった。
バタバタと足音を鳴らしながら廊下を走る。
お台所のお母さんから走らないの! とお叱りの声が聞こえるけど、無視して私は目的の部屋のフスマをスパーンッと開けて飛び込んだ!
「ねえねえねえ! これってお婆ちゃんの!?」
「あれまあ、懐かしいわね。入院していたときの日記だわ」
お婆ちゃんは私の手に持った日記帳を見て懐かしそうに、ニコッと笑う。
「これ本当のこと!?」
「さあてね……いや、もうあたしの夢は叶ったことだし、言ってもいいか。本当だよ」
「んー? 夢が叶う前は言っちゃだめだったの?」
「夢のことを話すと、正夢にならないって言うからねえ」
私にはよく分からないリクツだった。正夢ってなに?
それはそれとして、この日記を見つけて読んでからずっと聞きたかったことを聞くことにした。
「日記には書いてないけど、お婆ちゃんの『夢』って結局なんだったの? どうしてお婆ちゃんは泣いたの?」
「ああ、それはね……いや、大人になったとき、もう一度読んでみたら分かるかしら」
そう言ってお婆ちゃんは、ニコニコ笑いながら、でもちょっと泣きそうな顔で私をぎゅうっと抱きしめた。
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