03) 味のない食事
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魔法使いは姿を変え、誰も自分を知らないところへ行きました。
そこでひとりの行き倒れた少年を拾います。
少年は魔法使いになるのが夢でした。
少年は魔法使いについていくことにしました。
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肝心なところで邪魔が入った。もとい、邪魔は私の存在だろうか。
二階から下りてきたフランはこちらを向いて目を見張っている。私はオグロに何かを言おうとしてたのに、内容を忘れてしまった。
「あれ、スズキさん、オグロと話してたんですか?」
フランの後ろから、ひょこりとニコルが顔を覗かせた。フランはまだこちらを見て黙ったままだ。
私はうん、と頷いた。
「やいフラン、おれに内緒で面白そうなやつを連れ込んでいるじゃないか」
私がここに来た時はどこにいたのか、仲間はずれだったらしいオグロがあてつけのように言った。
階段のすぐ下で動かなくなっていたフランがようやく口を開いた。
「それは悪かったね」
口調からしてあまり悪いとは思ってなさそうだ。
「ところでスズキ…」フランが続けた。
「君は少し変わっているね」
「…………」
「ふ、フランさん…?」
どう反応するべきかわからず黙っていると、ニコルが代わりにうろたえた。ニコルからしても、今のフランの発言は突然なものだったらしい。
フランはめずらしく口角を上げ、表情らしい表情を見せて、言った。
「君は男の子だったのかい?」
冗談だというのはすぐにわかったけれど、耐えきれず「あはは」と笑いだした姿がとても印象的で、何も言葉を返せなかった。
多分、服のことだろう。この世界で買ったものだから不自然ではないはずだが、今の私の格好はこの世界では女らしくはないものだった。帽子をかぶっているから尚更だ。良くて、乗馬か狩りでもしそうな服装。私は窓に映った少年のような姿を思い出した。
「何を言ってるんだフラン? スズは女だろう。匂いでわかる」
オグロに冗談という概念はないようで、話に置いてきぼりにされつつつぶやく。
「また、においって…」
私がくさいみたいな言い方をやめて欲しい。
しかも否定の声はなくフランとニコルを振り返れば、ニコルは「あの帽子をあげたのはぼくですよ」と両手を腰に当てふんぞり返り、フランは未だに声を殺して笑っていた。
……ずるい。
さっきまでろくに挨拶もなく事務的な説明しかなかった人が、突然笑顔をくれるのだから。
よほど偶然彼のツボに入ったのだとしても、これでまたそっけなくされたら、居心地が悪くて堪らない。これはこちらから話しかけていいきっかけになったのだろうかとフランを見ると、案の定フランは笑顔を隠してしまった。
「さて、じゃあ夕食にしようか」
そう言うとフランは同じフロアにあるキッチンに向かって、指をさしただけでコンロに火をつけた。コンロ…というのだろうか。現代風に言うと、いろり…? 石窯だろうか。
とにかくガス火ではなくフランが指をさしただけで火がついて、そこでフランはオムレツとスープを作った。
手伝おうかともほんの一瞬考えたのだが、フランが作っているというより、フランが指をさしただけで包丁が勝手に野菜を切り、卵が自発的に割れて宙に浮いた泡立て器がそれを混ぜ、フライパンが勝手にオムレツをひっくり返すのだ。
何をしていいのかまったくわからなかったので、食卓で座って待つニコルのそばでおとなしくすることにした。
調理姿を眺めながら、フランが作っている食事に私の分が含まれていることを密かに願った。
焼きあがったオムレツに、スープとパンが食卓にふわふわと飛んできて並ぶ。
フランとニコルが席について、私がいつまでも突っ立っているとニコルが座るよう言葉をかけてくれた。椅子に手をかけたときフランと目が合い、「自分で考えて動けないのか?」と呆れられたような気がした。
「召し上がれ」
「いただきます!」
フランの合図にニコルが両手をそろえた。
……この世界にも、食事の挨拶はあるらしい。思ったよりも日本に馴染み深い挨拶に疑問を抱いていると、二人が食事を始めたので私も小さく「いただきます」とつぶやいて、手を合わせた。
私の分の食事を用意してくれたのは良かったけれど、席につくとどうにもテーブルとの距離に違和感を覚えて、うまく食べられない。スープを口に運ぶことは何とかできたが、パンに手を伸ばすことはできなかった。
椅子がおかしわけではない。ただ、私をよく思っていないフランとともにする食卓が、とても息苦しく思えた。
フランからは先程のような表情はまったくと言っていいほどなくなっていて、居心地がやっぱり悪くて、私は気を抜くとうつむきそうになるのを堪えながら、息を殺して食事を終えた。
オグロはフランが食事を作っている間にどこかへ消えて、見あたるところにはいなかった。
さっきは手伝えなかったので、せめて食器の片づけを…と立ち上がると、ニコルに「ぼくがするからいいですよ」と言われてしまった。
これが彼の仕事なのか、気をつかってくれたのかはわからない。けれど、何もすることがないほうが落ち着かない。
だけど、こればかりは仕方のないことかもしれない。ここは私の世界じゃない。
私は片づけをニコルに譲り、することもなくまた席に着いた。
ガタ…、フランが立ち上がる。
音のほうに無意識に目を向けてしまったのだが、フランと目が合い「しまった」と顔に出たのがわかった。
フランは何も言わないまましばらく私と目を合わせていて、目を逸らしたいのになんだか怖くて動けずに、私はフランの動きを待った。
「暇かい?」
フランが口にした。
「あ……はい」
私はぎこちなく返事をしながら、サビついたロボットのように頷いた。
フランが何か言うのを待っているのに、いっこうに口を開く気配を見せない。もしかして、もう話は終わったのかと怪しみだしたとき、フランはやっと口を利いた。
「少し、話をしようか」――思いがけない誘いだった。