01) 塔に棲むのは
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塔には世界で一番大きな力を持った魔法使いが棲んでいました。
魔法使いはあまりに力が強いため、誰のいうことも聞きません。
魔法使いは力のないものをバカにしました。
王様も、街の人も、みんな魔法使いに手を焼き、きらいになりました。
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とても綺麗な人の夢を見た。
ものすごく美人で、金の髪に細身で長身の彼は私の知る地の者の容姿ではなく、遺伝子レベルでまるで物語の中から出てきたかのような、とても美しくて、紳士的な立ち姿……。
「目が覚めたようだ」
身を起こし声のした方を見ると、テーブルに向かいカップを口に運ぶ彼がいた。
こちらから見えるのは白いシャツの背中と、金色の後ろ頭のみ。
背を向けているというのに、どうして私が目を覚ましたことに気づいたのだろう。
ガタリと椅子を押しのけて立ち上がったのはこちらを向かない金髪頭とテーブルを挟んで向かいの席に腰掛けていた、幼さの残る顔立ちの赤茶けた髪の少年だった。
「大丈夫ですか?」
赤毛の男の子ははこちらに来て私の様子をうかがってくれる。
一呼吸遅れて、「あ、ぼくはニコルです」と赤毛が笑った。
ニコルと名乗った少年に差し出された手を取って、私はそこから立ち上がる。
どうやら床に寝転がっていたらしく、私が横になっていた場所に誰かの服が下敷きにされていた。
金髪男がゆっくりと立ち上がる。私のもとへ来ると彼は腰を曲げて床に広がっていた上着を優雅に拾い、遠慮もなく埃をはたいてマントのように肩にかけた。外套というものだろうか。
「この人はフランさん」とニコルが教えてくれた。
「君は」
風貌に伴った、品をただよわせる声が響いた。
声と容姿とにあまりに違和感がなくて、一瞬問われていることに気がつかなかった。疑問符はついていなかったが、私に向けられたものだ。
間を置いても誰も言葉を続けなかった。文脈からかろうじて名を問われているのだと考えついた。
「…鈴木」
金髪男は紳士的ではあったが友好的ではないような気がして、私はそれ以上喋らなかった。
ほとんど興味なさそうに、フランという人は席にもどった。
「フランさん、どうして何も教えてあげないんですか?」
ニコルが首を傾げた。
どういうことだろう。そういえば、ここはどこなのか。
夢の続きでも見ている気でフランやニコルの名に疑問も覚えなかったけれど、確実に異国の人の名前だ。
彼らの着ている服にも、あまり親しみがない。
フランのパンツはシンプルな黒だけれど、襟元に大判のフリルがついたシフォン袖の白いシャツ。ニコルのズボンはサスペンダーで吊り下げられて、ベレー帽でも被って郵便配達をしていそうな装いだった。
テレビの中の一昔前の洋画で、貴族が着ていそうな洋服だった。貴族というにはラフすぎる気もするけれど、少なくとも私に馴染みのある服装ではない。
フランがニコルの問いに答えた。
「僕もまだ混乱しているんだ。この人を納得されられるほど、うまく説明する自信がない」
困ったようにフランは苦笑したけれど、口振りほど混乱しているようにはとてもうかがえなかった。
ニコルはそれを冗談と受け取ったのか、「何を言ってるんですか!」と一喝して、テーブルに戻ったフランの隣の椅子まで私の手を引き座らせる。「ほら、説明してあげないと」ニコルはフランも私のほうへと向き直らせた。
観念したように金の髪が「わかったよ」と揺らされる。改めて私を正面から見据えた碧い目には少しもあたたかみが感じられずに、私は一瞬たじろいだ。
「僕は魔法使い。君を呼び出したのは僕なんだ」
説明が始まった。
フラン――彼は魔法使いで、訳あって他の魔法使いから逃れるために「おまじない」を仕掛けていた。
それをいくつもいくつもしているうちに、仕掛けの一つが崩れ他のまじないと合わさり、別の効果を生み出してしまったらしい。
発動した魔法が私をここに連れてきた。
「……信じられない」
「僕もさ」
思わずこぼしたつぶやきに、フランが感情の感じられない声で同意した。
どうやら私は、あまり歓迎されていないらしい。呼んだのが故意ではないなら当然なのかもしれないが、私だって来たくて来たわけじゃないんだから、もう少し、せめて普通に接してくれても……と思うのは至極自然なことだろう。
対してニコルはフランが素直に説明を終えたのが満足なのかニコニコと穏やかで、目が合えば私にもニコリと微笑みかけてくれた。
ニコルの目は髪と同じ赤茶けた色。金や青よりは私の色素に近い気がする。
「君」
感情のない声に呼ばれ私はフランのほうへ向き直った。
「事故とはいえ君を呼び出したのは僕だから、君がここにいる間の生活は保障するよ」
フランは言う。
「もとの所へ帰す方法も探してみる。悪いがそれが見つかるまでは我慢してくれ」
どこか高慢でまるで悪びれてなどいない。
友好的ではないけれど、フランは私をそれなりに迎えることにしたようだ。
私はまだ心のどこかでこれが夢だと思っていて、事態をあまり深く受け止めないまま、頷いた。