第29話 地獄の遠征に行く・15
R15作品です。
あれからどれだけ戦っただろうか。
もう何日経ったかもわからない。
「ギッッギャギャギャァァア」
魔物が目に入った瞬間、即座に身体が勝手に動いて黒刀・羅刹の剣線が疾走る。
スパンッ
魔物の首は何が起きたのかも理解出来ずに地に落ちた。
俺はどれだけ魔物を狩ったのだろうか。
どれだけの命を奪っているのだろうか。
そんな事を朧気に考えながらも身体は魔物に反応して処理をする。
師匠も魔物を即座に殺しながら進み続ける。
「そろそろ限界かな…」
師匠が俺の方を見てそんな事を呟く。
何が限界なのだろうか。
身体は問題無く動く。
魔物との戦闘は見ての通りに何も問題は無い。
「ハヤトくん、少し早いけど今日はもう休もうか」
「もうですか?」
まだ薄暗くなり始めたばかりの夕方である。
いつもならこのまま日が沈んでからも数時間は戦っている。
「そろそろ中間地点だしね。今日はお話をしましょうか」
そう言って師匠は地下室を土魔法で作る。
俺は促されるままに地下室に入ると、師匠も入って蓋をして光魔法で明かりをつける。
「それで…何を話すんですか?」
「まずは自分で自分の顔を見てみようか」
「自分の顔?」
師匠は手鏡を懐から取り出して俺に渡す。
俺は何の意味があるのかもわからずに手鏡を覗き込んだ。
あれ?
俺こんな顔してたっけ。
手鏡に見えた俺の顔は別人かとも思えるほどに酷かった。
目付きが鋭くなり、眼からは光が感じられなく、頬も心なしか痩せている。
美少女だとは思うのだが、俺ならばあまり近寄り難いと思ってしまう顔付きだ。
まあ俺は男だから美少女だと思われても仕方が無いのだが。
「酷い顔ですね」
思わずそう口から漏れる。
「なんでそんな顔になってると思う?」
なんで?
そりゃ疲れてるからだろう。
他に思い付かない。
「疲れてるからじゃないんですか?」
「そうだね。疲れてるんだ。でも君の身体はそんなに疲れているかい?」
言われてみると身体は問題無い…気がする。
まだまだ戦えるし、むしろかなり余裕があるとも思う。
「君は心が疲れているんだよ」
俺が身体の確認をしていると師匠がそんな事を言った。
「何故心が疲れているのか自分で気付いている?」
心が疲れているなんていまいち実感が無いのに、それが何故かなんてわかる訳が無い。
素直に「わかりません」と答える。
「それは君の心と思考がズレ始めてるからなんだよ」
つまり…どういう事だろうか。
「初めての魔物との戦闘の時に君は何を考えていたの?」
「何を考えていたのか…確か魔物は弱者を虐げる存在だから殺すべきだと考えてたと思います」
「じゃあ今は何を考えながら戦っているの?」
「それは魔物は弱者を………」
あれ?
俺戦ってる時にそんな事を考えていたか?
よく思い出せない。
「気付いた?君は魔物との初戦闘の時には何かしら魔物を殺す事に覚悟を持って臨んでいたんだよ。でも今は違うよね」
確かに…俺は何も考えずに作業のように魔物を狩っているかもしれない。
「そこが君の心が疲れてる原因であり、心と思考のズレなんだ」
作業のように魔物を狩る事が何か問題なのだろうか?
どうせ魔物は弱者を虐げる害獣だ。
殺さなければそれだけ被害に遭う人が増える。
「魔物は殺さなければならないですよね」
「それは何故?魔物も生きているし、魔物からしたら人が自身の命を脅かす魔物かもしれないよ?事実私達は魔物を狩りに来ているわけだし」
それは……
確かに……そうなのかもしれない。
例えば人が住む場所に強力な魔物が現れて、住人を容赦無く殺して回ってたら…俺はその魔物を許さないだろう。
魔物も同じなのではないか?
魔物からしたら俺と師匠が今まさに住人を殺して回る強力な魔物なのではないか?
そう考えたら突然吐き気がした。
どうして俺は気付かなかったのだろうか。
俺は弱者を虐げる存在が許せない。
でも俺自身が弱者を虐げる存在になっているのかもしれない。
それに俺は今日までに魔物をどれだけ殺した?
わからない。
わからないほど多く殺した。
「今日はもうお休みだからゆっくり考えてみなさい」
師匠がそう言って少し離れて座り込む。
俺はどうすればいいのだろうか。
何を考えればいいのだろうか。
一つ一つ整理していこう。
俺は何故魔物を殺した?
弱者を虐げる害獣だからだ。
俺は何故弱者を虐げる存在が許せない?
俺が弱者で虐げられて自殺したからだ。
俺は何故こんな事を考えている?
俺が魔物という弱者を虐げる存在になっていたからだ。
俺が魔物を殺したのは間違いか?
わからない…少なくとも間違っているとは思いたくない。
俺は魔物を殺したいのか?
俺は魔物を殺したい訳では無い。
俺は魔物を殺すべきだとは思うか?
俺は魔物を殺すべきだと思う。
俺は今後も魔物を殺すのか?
俺は今後も魔物を殺す。
それが俺の目的か?
それが目的では無い。
なら俺の目的とはなんだ?
俺の目的は………わからない。
俺は………何をする為に生きているのだろうか?
弱い人を守る為に…か?
それならば俺のやっている事は矛盾している。
魔物を虐殺して回っているんだからな。
何の為に生きているのだろうか。
ああそういえば自殺する前もこんな事ばかり考えていたっけな。
結局その時も俺には答えが出せなかった。
生きる理由ってなんだろう?
俺にはその理由を知るのに経験が足りないのだろうか?
師匠は三百年以上も何を理由にして生きているのだろうか。
三百年……そんなにも長く生き続けるなんて俺には想像出来ない。
「師匠………」
「ん?どうしたの?」
「師匠は三百年以上も何の為に生きているんですか?」
師匠は三百年と聞いた瞬間目付きがギラリとしたが、その後の俺の言葉を聞いて考え始める。
「そうね〜…何の為にか……私は人が好きなのよね。こんなに長く生きるとね、何十人もの友人の死に目に遭うのよ。病気で死んだり老衰で死んだり、後はまぁ魔物との戦闘で死んじゃったり、中には人同士の争いで死んじゃったり…そんな人達を見て来たからかな〜。その人達が何を想っていたのかを考えるとさ、子供や家族の事なんだろうな〜って思うのよ。私にはもう家族が居ないんだけどさ、私が戦えば守れる命もあるよな〜って思いながら生きてるかな」
「それは魔物や魔物の家族を殺してでもですか?」
「殺してでも…ね。私には全てを守れないから。せめて知り合いや友人…そしてその人達に連なる人達を守る為に線引きしてるの」
知り合いや友人…そこに連なる人達を守る為………か。
「ハヤトくんには大切な人達とか居ないの?」
居る。
真っ先に思い付くのはミレニーだったが、俺は家族みんな大切だ。
「居るなら守ってあげなきゃね。君にはその力があるんだから」
勿論守るつもりだ。
お兄ちゃんはミレニーたんを守り抜く。
他の家族も勿論守るよ?
「とりあえずはもう大丈夫そうね…明日からもいける?」
そうだ。
ひとまずは家族を守る為に、俺は魔物と戦おう。
スッキリした気がする。
こういうのを憑き物が落ちたと言うのだろうか。
俺は師匠に元気よく答えた。
「いけます!」
明日も19時更新です。
良ければブックマーク・感想・レビュー・評価は励みになりますのでよろしくお願いします!




