【痴漢】
「きゃ!」
グイッと誰かに腕を捕まれ、咄嗟に出た声につい『良かったー!』とか思ったのはまぁ、我ながら残念思考だと思う。いやぁ、普段の私なら『ぎゃあ!』って叫ぶものね。
と、一瞬現実逃避したい位目の前の事柄に刮目しているワケで。
ちなみに悪い意味で、だ。
だって、だって、だってーーー!
「離しなさいよ、この馬鹿!」
私の腕を掴んだ奴、何を血迷ったのか抱き込んで来やがった!
こんの~!新手の痴漢か!それとも店から付けて来たお客か何かかっ!
私はそんなに安い女じゃないわよー!
「やっと見付けた。私の手から逃げる等、許さん」
「はぁ!?」
何言っているの、この痴漢。頭沸いている?脳内でボウフラ湧いているの!?
と言うか、心做しとても臭い!何日どころか数ヶ月単位でお風呂入っていないような匂いがする!せめて水で身体位拭きなさいよ~!
「離して!」
臭いから!と言うのは言ってはいけない気がするから言わないけど!
でもその手!どうしてススススとガッチリ抱き込んだ私のって、
「ぎゃああああああ!イヤー!誰か!助けてぇーー痴漢!!」
手、手が、わ、私の胸の根本にぃ~!
何でよりによってその場所!この、女の敵!「でかくなった」なんて呟いているんじゃないわよ、この変態!スケベ!
思わず痴漢の手を捻り上げて私の身体から引き剥がしてから、そのまま体制を変えて居る最中に抵抗するから男性と思われるので咄嗟に下半身を蹴り上げる。
「ぐぎゃああ!」
ついで足を引っ掛け、状態がグラついた時を狙って延髄蹴り!
「ヒギィ!」
そのまま大地に寝転がり悶える相手に更に追い打ちを掛けようとし、相手が黒い布で顔を覆って隠していることに気が付いた。ついでに、その声にも。
「嘘、もしかしてゲシュウ!?」
地面に転がって悶えている間に覆面を引き剥がすと、現れるのは憎きゲシュウ・ロドリゲス。元伯爵家の跡継ぎで、私とデュシー姉さんを妾にした憎きロリコン伯爵家の嫡男。
そりゃぁね、可愛いティナちゃんを授けてくれたのは感謝するわ。ただ、その代わりに未成年だったデュシー姉さんを手篭めにしたことは許さん。
此処で会ったが運の尽き、その顔誰か判明付かない位ボコるか。
凹凸に顔面沈没させるか、勿論沈ませるのは私の拳。
内心フシャー!と、威勢よく威嚇する猫の如く毛を逆立てて居ると、
「お前は俺の女なのに。」
「はぁ?」
いや、意味わからん。誰が誰の女ですって?寝言は寝てから言え。妄想は人が居ない所でしろ。嘘は死んでから言え。迷惑千万、あってなきが如しっ!
その湧いている頭部粉砕して良いですか。
むしろしましょう、そうしましょう。それが世の中人のためって言うモノです。
と言うか、コイツ犯罪者だよね。少なくとも痴漢行為しているしー!
「良くも私の前から、このロドリゲス伯爵家嫡男であるゲシュウから借金踏み倒して逃げおって、もう逃さんぞ!」
「はぁ??」
似たような返答二度もしちゃったじゃないの、本当に何なのコイツ。
そもそも借金は親父であるカルロスの実家の借金であり、アレイ男爵家の借金では無い。
騙したカルロスは母であるモーリーと既に離婚をし、アレイ男爵家から離脱して逃亡生活を送っている。勿論我が国であるアナジスタ王国からカルロスは犯罪者として指名手配をされており、現在は何処に居るのかわからない状態。
もしかして知らない、とか?
…幾ら何でもそれは無いわよね…
だとしたら今現在自分が置かれている事柄を認めたく無いとかかな。
ゲシュウの性格上此方のが正解かな。
言葉では威勢よく言っているけど、その前に私に結構倒されているから脳震盪でも起こしているのか足元がフラッフラじゃないの。おまけに姿勢まで中腰だし、そんな状態でどうにか出来るって言うのかしら?
基本私は幼少時から反撃がモットー。基本やり返す性格をしているからね?大人しい見た目らしいけど、怒ると過激だよ、多分ね!
そうでなければ酒場の仕事なんて普通は出来ないんだからね!
とか何とか思って居たら、
「騎士さんこっち!女の子が暴漢に襲われているよ!!」
「早く!こっちこっち~!」
数名の騎士を呼ぶ町民の皆さんの叫び声が上がり、「チッ」と悪態を付きながらゲシュウは何時の間にか去って行った。
全く、逃げ足が早いのだから。もう一発蹴り上げておきたかったわ。
「嬢ちゃん大丈夫か!?」
「レナさん!」
「レナちゃーん大丈夫?」
お、おおお?
助けを呼ぶ声はお店の常連さん達だったのか。
そして早速駆け付けてくれた騎士さん達+あ、えーと…なんで私先程からこんな状態?滅茶苦茶抱き締められているのだけれど。
さっきは臭いゲシュウに抱き込まれたけれど、今回は誰?ぎゅぅぅって結構キツめでちょっと、いや、かなり痛い。
「ちょ、ヘルプ!痛い、痛い!」
「わ、す、すまんつい!」
抱き込まれた感じ、結構身長がある人かなー?とか、夜だから暗くて判明し難くて、先程のゲシュウの時も思ったけれど一見誰かわかりにくかったのよね。でも、この声。
も、もしかして…いや、えーと…。
「いやーお二人そういうお関係で?」
何処か含みを帯びた声が聞こえ、その相手の方に顔を向けるとニヤニヤと笑っているケイン様が。そしてケイン様の手には煌々と明るく輝く手提げランプ。その光のせいで、私をつい先程迄抱き込んで居た相手。現在は私の両肩に手を置いて、此方を真っ赤な顔で見詰めるお相手はー…。
「ニキ様ぁ!?」
残念思考の私よ、こんにちは。
先程はちゃんと乙女の様に「きゃあ」と言えたのに、今回はどうやら動揺しすぎて諸々すっ飛んでいったようで。
ぎゃああああああ!と言う悲鳴を上げてしまい、周辺の店やら家から驚いた人達が確認のために顔を出して来たのだった。
…町民の皆様、ゴメンナサイ。
近くで大声を出してしまって鼓膜大丈夫だったでしょうか、ニキ様。本当にすいませんでした!
お読みくださり有難う御座います(⌒▽⌒)ノ




