【前世】
「そう言うなら今から鍛えれば良いだろう?」
「ヤメてよ~僕は文官系なの。知っているでしょう」
「腕前は結構良いと思うのだが」
「ハイハイ、レスカと同じ扱いはしないでね~?僕はあの人程、何でもかんでもスマートに出来るタイプでは無いからね~」
「わかってるよ」
少し遠くからワアワアとケイン様、前世からの最推しであるニキ様が仲良く並んで他の棋士様達と共に引越し作業をこなしている。
こうしてお二人が並んで歩いているのを見ると、ケイン様って細いなーっ!乙女ゲームの設定では魔法大臣の息子と言うだけあって頭脳はずば抜けているけど、体力は他の攻略対象者の中では下から数えた方が良いくらい。確か一番下は隣国の王子様だった。
現実の今見ているケイン様は学生時代よりは大人びていて体格も取れてきてはいるけど、やはり他の騎士達やニキ様と比べると細身の印象が強い。当人も言っているが、肉体労働向きでは無く文官向きなのだろう。
それでもいざ戦うと、魔法を扱って来るから下手な騎士よりよっぽど強くなるのだけれど。
乙女ゲームでは魔法・剣技と扱って来るからルートによって隣国との戦争の際には絶対にメンバーに入れて置きたい人物ではある。オマケに戦争になると筆頭攻略者であるユウナレスカ様は弱くなってしまう。と言うか、メンバーから居なくなるのよねぇ。第二王子だから仕方が無いのかも知れないけど、必然的にメンバーから外れてしまう。
とは言え隠れて参戦させることも出来るのだけど、ソコの所は私知らないのよねぇ。
逆に戦争になると底力を発揮するとか、ぶっ壊れ仕様と言われているのが我が兄であるジーニアス兄さん。この前後位から兄さんは騎士団で『鬼神』や『戦鬼』と言われるのだけど、『鬼神』の場合は破壊活動が暴発はするけどまだ人ではあるのよね。逆に『戦鬼』になると…うん。
まぁ、この世界では終わったことだからもう関係ないよね。
何せ乙女ゲームの世界から数年経過しているし。
そう言えば裏ルートで隣国の王子であるアレクサ様とジン様、更にはジン様の妹君であるマリエル様をメンバーにして突き進むのもあったような…。
その時にはヒロインちゃん、どちらかと言うと大人しかったイメージが変わったのよね。おまけに何時の間にか恐ろしい攻略対象者で有名だったアレス・バーンド様がちゃっかり横に居て、彼とその獣人の執事が影に居て手を貸してくれる。
そこでこの乙女ゲームの真実が徐々に垣間見えるのよね…。
等とぼんやりと思考の渦とまで言えるのかな?という事を考えていたら、騎士様達の引っ越し作業の様子をご近所のおばさま達が頬を染めて眺めている。
が、何だろ。
昔何処かで聞いた日本語で、
「あんれまぁ、若い男子が大勢おるのぅ」
「イケメンだべなぁ」
「んだんだ、目の保養だぁ」
「おらが30年ぐらいわががったら声かけてたべ」
「嘘こけ、30年じゃきかんべさ」
「「「「んだな!」」」」
なんて言う幻聴が聞こえて来る。
「いや、ちゃんとした言葉言えよバッチャン!そこに居る子、バッチャン達の古い方言に驚いて呆然としてるじゃないか」
此方を見たお婆ちゃんの一人を迎えに来た青年が困惑した顔で話している。
ついでに言うと多分青年もお婆ちゃん達の言葉、多分理解していないのじゃないかなー…。
因みに私はバッチリ理解している。
いやー…何でだよ!幾ら何でも私の耳おかしくない!?
とは思ったけど、コレおかしい訳じゃぁないのよね。だって、以前妾として囚われていた地方の年寄り達の言葉だもの。ちょっと懐かしいと同時に嫌な思い出も蘇って来るのは残念だが仕方がない。
「あらー」
と言って一人のおばちゃんがコロコロと可愛らしく笑い、もう一人のおばちゃんが「あっはっはっはっ!」と威勢の良い声で笑う。
何処にでも居るおばちゃん達だけど、この笑い声を出すのはこの町が平和な証拠。
いい街だよねって思う。
「そこのめんこい(可愛い)娘っ子さんごめなー。かちゃまし(いらいらする)言葉だぁね。堪忍ね。」
「バッチャン、それ俺わかんない…」
「わいはー(あらまぁ)!えはるなし(むくれるなって)~」
あ、青年の目が死んだ。
これは完全に言葉がわかっていないみたいね。
そんな青年とお婆ちゃん達の笑い声を聞きながらふと視線を感じて振り向くと、眩しそうな顔をして此方を見ているニキ様と目があった。
※
「レナちゃんお疲れ―」
「店長お疲れ―!」
今日もとても店内は賑わい、私の労働時間終了まで大混雑。
そして本日も元気な愉快な町の酔っぱらい達や常連達は私が終わると元気に『お疲れ様!』と声を掛けて来る。
「レナちゃ~ん!終わった?おじさん達飯奢るから此方来ない?」
「そっちじゃなくて此方のおじさんと飯どう?酒も奢るよ!」
等と言う声を笑ってスルーし、帰宅の準備をする。
そりゃあね、お店のご飯も美味しいしお酒も美味しいのはわかっているのです。
ですがっ!本日はとても有難いことに!
パン屋の!
女将さんから!
特製ミルクシチューを頂いているのですよっ!
帰宅したら温めて食べるのをとても楽しみにしていたのですよ!
女将さんのご飯もパンもとても美味しいけど、ほんとーにあのミルクシチューは美味いのです!
あれは初めて女将さんに出会った時、お引越しの歓迎という名目でミルクシチューのお裾分けを頂いたのだけど、一口食べた時にあまりの美味しさに感動した。
と言うか無茶苦茶泣いた。
だって、だって…前世のクリームシチューのお味だったのよ~!
野菜もお肉もゴロゴロ入っていて、シチューも牛乳とバターと小麦粉を使っているシチュー。更にはお店で使っている野菜の残りを使ったと言う旨味成分がとても濃厚なミルクの味を引き立てていて、とても時間が掛かっている料理なのだと感動した。
翌日早速作り方を!と聞きに行ったら、何と。とても時間を掛けて出しを取ったと思われし旨味成分は、極々普通に売っていた。
コンソメとして…。
固形じゃなくて粉だったけれど。
これ、多分転生者か転移者がこの世界に居るのでは?と思って勘ぐってみたけど、考えてみたらこの世界は乙女ゲームの世界瓜二つ。色々なものは違っている気がしないでもないから完全にコピーした世界とは違うかも知れないけれど、こういう便利系は結構この世界にあるのかも知れない。
それが今まで妾と言う貧困した状況下だったため、更には子供だったから知らなかっただけでもっと色々なことが存在しているのかも知れない。
だとしたら、前世のブル○ックソースとかお醤油とかお味噌とか、更にはお好み焼きとか鰹節だって探せばあるのかも。
とかウンウン頭の中で唸りつつ、声には出さないで夜道の帰路を早足で歩いていた時。
ふと、何か黒いのが視界の端に写った気がして目を凝らしていたら。
グイッと誰かに腕を掴まれた。
今回のタイトル。
前世ですが、二文字制限しているので本来なら【前世のシチュー】がタイトルです。
(*´ω`*)
シチューが食べたくなってきた…。




