かいふく系モンスターとデランダランの森
宿屋の娘、アーニャ・セイレンは、その時、デランダランの森に来ていた。ここには強力なモンスターが闊歩していて、冒険者やハンター達に大人気と聞いていたからだ。
彼女の相棒は、まるではんぺんに糸みたいな触手が生えた謎の回復系モンスターのカイくんで、今も彼女の傍らをフワフワと浮かんでいる。このカイくんはほぼ無尽蔵に強力な回復魔法を使えるものだから、それを利用して彼女は“回復屋”なる商売をやっていたりする。
それで彼女は、また一稼ぎしてやろうと企んでこのデランダランの森にやって来たわけだけど、しばらく歩き回ってまったく冒険者にもハンターにも肉食系モンスターにも遭遇しないものだから、当てが外れたとかなり落胆していた。
“……あの噂は嘘だったのかしら?”
なんて不貞腐れて思う。
遭遇するのは草食系のモンスターばかりで、特にゾウの鼻を短くしてサイズも縮めたような姿をしたメリテリウムが多かった。このモンスターを狩っても良かったが、メリテリウムはあまり美味しくないし、そもそも攻撃してダメージを与えても、どうせカイくんが回復魔法で回復させてしまうから倒せない。
デランダランの森までは遠かったし、この森はとても暑いから、彼女はかなりご機嫌斜めだった。その上、森はかなり荒廃していて、あちらこちらに火事の焼け跡まであった。はっきり言って不毛な土地だ。
「こんな所、いるだけ無駄だわ。さっさと帰りましょう、カイくん」
ところが、カイくんにそう言って引き揚げようとしたタイミングで、彼女は奇妙な物音を耳にしたのだった。不審に思って行ってみると、そこには銃で撃たれた数十頭ものメリテリウムが倒れていて、苦しそうにうめいていた。
「何これ? 誰がこんな酷い事をしたの? スポーツハンティング? 食べるのが目的ならまだしも!
カイくん!
回復してあげて!」
それを聞くと(聞かなくても同じだったかもしれないけど)、カイくんは「ウ」と言って回復魔法を使った。
眩い癒しの光がメリテリウム達を包み、傷を塞いでいく。数十秒後、メリテリウム達はゆっくりと起き上がると「オォーン」と吠えた。
「良かった。1頭も死んではいなかったみたいね」
と、それを見てアーニャ。
が、そう彼女が言い終えるのとほぼ同時だった。
「お前達! なんて事をしてくれたんだぁ!」
と、そんな怒鳴り声が。
見るとそこには大きな銃を構えたいかにもハンターってな格好をした男がいて、大いに怒っていた。
アーニャはそんな事くらいで怯えるようなタマじゃない(いざとなったらカイくんに睡眠魔法を使ってもらえば良いだけだし)。腰に手を当て、逆に怒り返す。
「なに、あなた?! さてはあなたがこの子達を狩った犯人ね? なんて悪趣味な事をするのよ! 食べる為でもないのに!」
彼女の基準だと、食べる為だったら別に良いみたい。
ところが、その男もそれくらいじゃまったく引かない。こう怒鳴り返す。
「何を言っているんだ? そいつらを殺さなかったら、この森はなくなってしまうかもしれないのだぞ?
だから俺はこうして強力な銃まで自腹で揃えて狩ってるんだよ!」
それにアーニャは首を傾げた。
「どーゆー事よ?」
それは、どうやらこーゆー事らしかった。
かつてこのデランダランの森は自然豊かな場所だった。恵まれた生態系に支えられた多種多様な動植物。強力なモンスター達が闊歩していたのもそれが故だ。
ところが、その強力なモンスター達が災いした。それらモンスター達を倒そうと、世界中からレベルの高い冒険者やハンター達を招いてしまったのだ。
ターゲットにされたのは主に肉食のモンスターだが、草食系のモンスターも食糧目的で多くが退治されたらしい。
そして、そうして乱獲が繰り返された結果、かつての豊かな自然は見る影もなくなってしまったのだ。
ただし、それからしばらくが経つと、草食系モンスターの数は回復し始めた。以前ならば肉食系モンスターが、その増殖を適度に抑えてくれるはずだが、今はその肉食系モンスターがいない。
結果、バランス悪く草食系モンスターが増え過ぎてしまっているらしい。そして植物を食い荒らしている。このままでは、森の緑を食い尽くしかねない。それはこの森に止めを刺すようなものだ。
「だから俺は、その増えすぎた草食系モンスターを肉食系モンスターの代わりに狩ってやっているんだよ!
この森の為に……!」
男がそう語り終えると、アーニャは腕を組みながら「ほーん」と言った。
「話は分かったけれど、それはそれとして可哀そうよ。食べる為ならともかく」
飽くまで食べる為なら良いらしい。
「本当に分かったのか?」
と、それに男。
「とにかく、俺はだからこいつら草食系モンスターを狩らなけりゃならないんだよ! この森を回復させる為にだ!」
そう男が言った後だった、カイくんは触手を上げると「ア」とそう言う。
「なんだ?」
アーニャが訳す。
「協力してくれるみたいよ」
「協力? 回復魔法以外で、こいつに何ができるんだ?」
「睡眠魔法も得意だけど?」
「なるほど。眠らせた後で狩るのか。効率が良さそうだな」
それにカイくんは「ウ」と頷く。
「よし! 心強い味方ができたぞ……」
男はそう嬉しそうに応えたけれど、アーニャはちょっと疑っていた。そう上手くいくかしら? 以前、こんなパターンで駄目だったのよね、と。
そう。
カイくんはかつて彼女が戦っているモンスターを悉く回復させてしまった事があったのだ。
――で、
「なんなんだ、こいつはぁ!」
と、怒鳴る男。
「こーゆー子なのよ」と、澄ました表情でそれにアーニャ。
やっぱり彼女が疑った通り、カイくんは男が銃撃した草食系モンスター達を悉く回復させてしまったのだった。しかも本人は「ア」なんて言って、褒められる気満々のご様子。
因みに今は、再び草食系モンスターを探して進んでいる最中。
「それにしても糞がたくさん転がっているわね、この森は」
進みながら、苛立っている男をまったく気にかけないでアーニャが呑気にそう言った。
「そりゃ、これだけ草食系モンスターがいれば糞も転がるだろうさ」
と、男は返す。
「いや、もしここを農地にしたら大豊作かもしれないって思って。肥えまくっているじゃない、ここ」
そう応えるアーニャを男は無視して進んだ。特に重要な事には思えなかったからだ。次に見つけた草食系モンスターの群れこそは何としてもしとめなくてはならない。
再びアーニャは口を開く。
「ところで、何か矢鱈に火事の跡も多いわね、この森」
男は「ああ、」と頷くとこう説明した。
「この辺りは日差しが強いから、枯れてカラカラに乾いた草によく引火するんだよ。それで森が更に失われるんだ」
「へー」とそれにアーニャ。
「ところで時々、硬そうな小さな木を見かけるわね。なんであれは草食系モンスター達が食べないのかしら?」
「そりゃそうだろう? 柔らかい下草がたくさん生えているのに、どうしてわざわざ食い難い木を食べるんだよ?」
「あっ そうかー」とそれにアーニャ。
やがて、進むと巨大な獣の気配が近づいて来た。こっそりと灌木の影から見てみると、メリテリウムの群れが草を熱心に食んでいる。
「よし! 今度こそ…… いいか? もう協力してくれなくて良い。そこで、大人しくしているんだぞ?」
そう言うと男は大きな猟銃を構えた。
「一気に息の根を止めてやる。そうすりゃ、回復もクソもないだろう……」
そう呟くように言った。
それを聞いて、カイくんの円らな瞳がキラーんと光る。
“あ……、このパターンは…”
と、アーニャは思った。
その後で、ミョンミョンミョンという波紋をカイくんは放つ。それはかなーり強力な睡眠魔法だった。戦闘をし続けようとする者を眠らせるのもカイくんの行動パターンの一つなのだ。その波紋を浴びた後、男は銃を構えたままの姿勢で眠っていた。それはもうグッスリと。
――で、
目が覚めた男は茫然となっていた。
今度こそはと思ったのにメリテリウムの群れが消えている。下草を綺麗に平らげてさっさと何処かに移動している。
「もう駄目だぁ」
と男は喚く。
「もう、追いかける気力がないし、そもそもほとんど銃弾もないし、大量に買い込む金もないしぃ!」
「銃弾がないのだったら、どうせ無理だったのじゃない?」
と、それを聞いてアーニャがツッコミを。
「この子、しつこいわよ? 多分、あなたが狩りを止めるまで付き纏うと思うけど?」
その後でそう続ける。
それを聞いてキッとアーニャとカイくんを睨みつけると男は言った。涙目で。
「良いコト? よく覚えておくのよ? あなた達が邪魔したお陰でこの森は滅びるのよ。もう駄目なんだからね!」
「何故、オネエ口調?」
と、それにアーニャ。
それから男は「チクショー!!」と叫びながら走って去っていった。
なんだか知らないけれど、それにカイくんは「ア」と照れたような仕草をする。
「いや、別に褒められたんじゃないからね、カイくん」
そうアーニャはツッコミを入れた。
……それから数年後の事だった。
デランダランの森を再び訪れた男は愕然となっていた。何故なら、滅びるとばかり思っていた森が著しく復活をしていたからだ。
森を調査して男は理解する。
草食系モンスター達の糞が肥やしとなって、森が繁茂しているのだと。更に草を草食系モンスターが食べてくれたお陰で、乾いた草が減ってどうやら火事もかなり少なくなっているらしい。
そして、男が懸念していたような、草食系モンスターの増え過ぎも起こってはいなかったのだった。
森が深くなれば下草は生えにくくなるので、草食系モンスター達は別の土地に移動するし、肉食系モンスター達も徐々に復活していて、その数を抑えてくれてもいるらしい。
つまり、生態系のバランスが復活しつつあるのだ。
男は感動のあまり目を潤ませながら呟く。
「まさか、あの回復系モンスターは、これを知っていてわざと邪魔を……」
……していたのかどうかは、もちろん分からないのだけど、とにかく、それでも、森は繁茂していた。
ウ。
因みに、これと似たような現象が実際にアフリカで起こっているそうです。もちろん、草食動物の繁殖を放置して、上手くいくかどうかは環境に因るのでしょうがね。
思い出したように書いてみました、このシリーズ。
何故なら、本当に思い出したからです。
作中の現象は
「セレンゲティ・ルール 生命はいかに調整されるか ショーン・B・キャロル」
って本に載っていたもので、面白いと思ったので紹介って意味も込めて題材にしてみました。