表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絆の結び方  作者: 浅縹ろゐか
2/7

1章 はじまり_02

 ショーンは部屋でミルクティーをゆっくりと飲んでいました。時計の針は、真夜中の二時を回った頃です。家中の全てのものが、静かに息を潜めている時間になりました。ショーンは、クレアに話していない秘密が一つだけあります。何故ショーンは、闇市に出入りしているのでしょう。普通の人間は、危ない闇市の近くへは近寄りません。そこには、人間だけではなく異形の者が数多く出入りしているからです。ショーンもそれを知らない訳ではありませんでした。

「時間か……」

 ショーンはゆっくりと立ち上がり、洗面所へ向かいます。コップに水を注ぎ、しばらく待ちました。やがて、コップの水面が小さく揺れ始めます。ショーンは、それを待っていました。ショーンの手には鋭い爪が生え、口は大きく裂け、黒くて大きな耳が髪の毛の隙間から覗いています。これがショーンの秘密でした。鋭い爪で器用に粉薬の袋を開けて、コップの水で流し込みます。真っ赤に染まった瞳が、徐々に元の灰色に戻っていきます。鋭い爪も大きな口も大きな耳も、いつの間にかなくなっていました。ショーンは、粉薬の力で人間に化けている黒い獣だったのです。それは黒獣(こくじゅう)と呼ばれる獣でした。人間には悪魔(ディアボロ)の手先だと言われている恐ろしい獣です。ショーンが黒獣であることを知っている人間は、一人としていません。ショーンはこの秘密を、クレアに話そうとは考えていないのです。クレアがショーンを嫌ってしまうという心配もありました。幼いクレアは闇市で生きるより、人間の世界でまっとうに生きる方が幸せになれるとショーンは思っていたからです。黒獣である自分がクレアについていれば、身に降りかかる危険から守ることができます。ショーンはクレアが大人になるまでその成長を見届けたいと思っているのでした。

 粉薬が入った紙袋を、ショーンはクローゼットの上の棚に隠しました。ここなら背の低いクレアの目につく心配はありません。うっかり、薬を飲んでしまうなんてことがあっては大変です。ショーンはミルクティーが入っていたマグカップを、キッチンに持って行き片付けました。辺りはまだひっそりと静かです。蛇口を閉める音がキッチンに響きました。ショーンは部屋に戻る途中に、ランプの光が漏れるクレアの部屋に寄り道をしました。広いベッドの端の方に、クレアは小さく丸くなっていました。淡い金髪はランプの光で、オレンジ色にきらきらと輝いています。ショーンは、クレアの目尻に小さな涙の粒があることに気が付きました。あくびのせいという訳ではなさそうです。怖い夢でも見ているのか、ショーンは少し心配になりました。小さな涙の粒は、ショーンの指先を僅かに濡らすばかりでした。これまでと大きく環境が変わったことで、クレアは少しの間苦労をするかもしれません。その手助けをできる限りショーンはするつもりでした。クレアが眠れないと言えば絵本を読み、お腹が空いたと言えば好きな食べ物を料理しようと考えています。そのことをクレアは知りません。まだ二人は一緒に住み始めて一日目なのです。ショーンはクレアのことが気がかりではありましたが、ランプの灯りを落として部屋へと戻りました。空に浮かんでいるお月様だけが、ショーンの秘密もクレアの涙も全て知っています。それは、秋になって一番寒い日のことでした。

 お日様は、何の変わりもなくいつも通り昇りました。二人は一緒に朝ごはんのシリアルを食べています。シリアルはスプーンで簡単に食べられるので、クレアはホッとしていました。まだナイフとフォークはクレアには少しむずかしいのです。

「このカリカリしたの、なんで甘い味がするの?」

 シリアルは、ほんのりとチョコレートの味がします。ですが、チョコレートのように茶色ではないのでクレアは不思議に思いました。シリアルの小さな粒たちは、小船のようにぷかぷかとミルクの海に漂っています。

「それはね、ココアパウダーという甘い粉の味だよ」

 よく見るとシリアルの小さな粒には、これまた小さな粒のココアパウダーがついていました。シリアルはクレアも何度も食べたことがあります。ですが、これまで食べたものはこんな風に甘くなかったのです。ココアもクレアは知っていましたが、闇市で前に飲んだココアは味が薄くてちっとも美味しくなかったのを思い出しました。こんな風に美味しくて甘いシリアルは初めて食べました。

「甘くておいしい」

「良かった。りんごは好きかい?」

「うん」

 ショーンはキッチンに置いてあった果物かごから、りんごを取って皮をむき始めました。大きな手が器用にくるくるとりんごの皮をむいていきます。クレアはそれが魔法のように思えて、ショーンの手元をじっと見ていました。りんごは綺麗に切り分けられ、お皿の上に盛り付けられました。小さなフォークを添えて、ショーンはクレアの方へお皿を置きます。

「お食べ。この時期は、りんごが美味しいから」

「ありがとう」

 クレアは小さなフォークで、りんごを食べ始めました。のんびりとした朝ごはんは、久し振りです。闇市で商人の売り物として暮らしていた頃は、こんな風にゆっくりと食事をすることもありませんでした。ショーンと暮らすようになり、クレアは初めて経験することが増えていきます。

「おいしい」

 甘い蜜が詰まったりんごは、ジュースのように美味しいです。このりんごでジャムを作ったらどんなに美味しいことでしょう。

「ご近所の人に貰ったりんごだよ。今度お礼に行こうか」

「うん」

 昨日ショーンの家に帰ってきたときには、夕方だったので周りにどんな人が住んでいるのかクレアはまだ知りません。優しい人だったら良いなと思いながら、クレアはりんごをむしゃむしゃと食べました。朝ごはんを終えたあとは、二人で家の掃除をしました。クレアはモップで床を綺麗に磨きました。モップの方がクレアよりも背が高いので、少しだけ大変でした。クレアは掃除が得意です。闇市の商人のところにいたときに、クレアは掃除係だったからです。床拭きも窓拭きも、クレアは一生懸命やりました。キッチンに廊下にクレアの部屋、そこまでモップで掃除をしているともうすぐお昼ごはんの時間です。クレアは背の高いモップをバケツの水で洗い、汚れた水を下水へと流しました。やっと、掃除は一段落しました。

「クレア、ちょっとこっちへ来てごらん」

「はあい」

 ショーンが書斎の方からクレアを呼んでいます。クレアはモップとバケツを片付けて、書斎の方へと走っていきました。書斎の大きな扉を開けると、床にはたくさんの本が積み重なっていました。ショーンは本の整理整頓をしているようです。

「好きなものがあればクレアの部屋へ運ぼうと思うのだが……」

「選んでいいの?」

「ああ、もちろん。お昼ごはんを食べてから、色々見てごらん」

「ありがとう」

 その日は天気が良かったので、小さな庭で二人はサンドウィッチを食べました。ふわふわとした食パンの間には、トマトやハムが挟んであります。少し休憩をしてから、ショーンの書斎で二人は本を選びました。ショーンは難しそうな分厚い本を何冊か取り出して、それぞれ読み比べています。クレアは、色々な本の中からいくつかの絵本と図鑑を選びました。絵本と図鑑は挿絵がたくさんあり、それだけでも十分楽しめます。ただ、クレアは字が読めないので、どういうお話が書いてあるのか分かりません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ