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五章 第17話 反省会

「目が覚めた?」


 一番最初に聞こえた音はそれだった。見えたのはベッドの天蓋。まだちょっと見慣れない、ブルーアイリス寮にあるわたしとアクセラちゃんのベッドの。

 ここはお部屋……?ああ、そうか。わたし負けたんだ。

 ファティエナ先輩との決闘、わたしは最後に気絶したけど彼女は立ち上がって構えた。だから私の負けだ。


「おはよ」


「……うん、おはよう」


 ベッドサイドに腰かけたアクセラちゃんがわたしの頭を撫でる。その手付きはいつも以上に優しかった。


「負けちゃった」


「ん」


「……何がいけなかったんだろ」


「……反省会の前にすることがある」


「?」


 珍しく読めない表情でじっと見つめるアクセラちゃんは、わたしの額に手を当てて熱を測った。それから首筋を触って脈を確かめ、瞼を押し上げて瞳孔を覗き込む。簡単な診断が終わったあと、彼女はサイドテーブルに置いてあったマグカップを持ち上げた。


「?」


 受け取ればいいのかと思ったら、そのまま口元にあてがわれた。飲ませてくれるらしい。


「んぐ……げほげほっ、まっず!?」


 一口飲んで噴き出すかと思った。生臭さと甘ったるい香り、ねっとりとした苦みと強烈な甘み、舌に障る食感と絡みつくような甘み……とりあえず甘くなければただ不味いだけなのに、ことごとく甘いのが気持ち悪い。クリーミーで温かいのもまずさを加速させている。


「な、なにこれ」


「魚とバナナのホットミルクシェーク」


「なにそれ気持ち悪い」


「ハクハク魚を1匹丸ごと、完熟のトライラントバナナ、ヤギミルク、骨接ぎ草を混ぜたもの」


 レシピを聞いてそれが薬の類だってことはわかる。ハクハク魚は骨が頑丈で滋養もある、ただし猛烈に生臭い魚。トライラントバナナはアベルくんの領地で育てられている果物で、魔力を豊富に含んでいて魔法使いの疲労回復に役立つ。ヤギのミルクは骨を強くするって有名で消化にもいい。骨接ぎ草は骨折したときに飲むと直りが早くなるちょっと高い薬草だ。

 あれ、骨に関係ある物がほとんど?


「気づいてないの?」


 疑問が顔に出ていたのか、アクセラちゃんが首を傾げてそう尋ねる。どういう意味か分からず同じように首を傾げると、何故か彼女の顔は呆れをたっぷり含んだものになった。


「手、折れてるよ」


「え!?」


 慌てて掛布団の上に置かれた自分の手を見た。左手は手首を包帯で固定され、甲にも掌にも大きな湿布が。右手は肌が見えないほどぐるぐる巻きで、なにかの軟膏がこれでもかと塗られてるのがわかる。


「あ、痛くなってきたかも……」


 それまでは認識してなかったから痛くなかったのに、目にしてしまうと右手からじわじわと痛みが伝わってきた。それだけですめばよかったのに、自分が大けがをしたと理解したとたんに全身あちこちが痛みだす。報告忘れの損傷が一斉に噴出するように。


「右手は骨折に凍傷、左手は両面熱傷、あばらにひび、背中と足とお腹に打撲、頬に小さな裂傷と凍傷、左足首に捻挫……よくこんなに怪我ができるね」


 列挙される自分の負傷に悟る。アクセラちゃんの表情が分かりづらかったのは怒ってるからだ。


「その、無茶してごめん」


「しかたないから許す」


「あ、あれ?」


 意外とあっさり許してもらえた。その言葉に喜びよりも申し訳なさよりもまず不気味な予感がする。学院のどの先生より長い教育者歴を持つアクセラちゃんがそんな簡単に危険行為を許すはずがない。


「罰として聖魔法で治療はしません」


「え」


 予感的中。それも最悪の形で。実はわたし、これまでに筋肉痛以上の怪我を自力で直したことがないのだ。もともと大怪我はしないようレメナ先生もアクセラちゃんも訓練に気を遣ってくれた。魔獣の灰狼君の時は命に関わるからアクセラちゃんが魔法で直してくれた。自然に治るのを待ったのは魔法で治すともったいない筋肉痛と、せいぜい突き指や捻挫くらいだ。


「えっと、全治は?」


「1週間」


 あれ、短くない?

 昔お屋敷のかかりつけだったノイゼン先生から聞いた話だと、骨折は指でも最短2週間だったはず。もしかすると目が覚めるまでに軽く治療してくれたのかもしれない。

 なんだ、罰って言いながら魔法使ってくれてるじゃない。

 教育者らしい態度の裏にいつもの甘いアクセラちゃんが見えて少しくすぐったい気持ちになる。


「えへへ」


「笑ってる暇があったら、とりあえずそれ飲み終わって。あと2杯あるから」


「これあと2杯もあるの!?嫌ぁ!!」


 前言撤回、普通に怒ってるし鬼だ。


 ~★~


 起きたときは気付かなかったけど、どうも先輩との決闘から一夜明けてしまったらしい。それに気づいたのは地獄のような味のする骨折治療薬を飲み終え、濡れタオルで体を拭いてもらって着替えまで手伝ってもらったあとだ。捻挫した左足用にアクセラちゃんが学校から貸してもらった松葉杖をつきながら、リビングのソファーに移動して壁掛け時計を見たのだ。決闘開始の時刻から半時間しか違わない時計を。30分であの戦闘が終わって部屋まで戻って治療までしてもらえたわけもなく、丸一日と30分が経ったと分かった。


「さ、反省会」


「……むぅ」


 お口直しのアイスティーを飲ませてもらう。右手は言わずもがな、左手も2日ほど使わない方がいいと言われてしまった。


「まず私の方から」


 何が悪かったから整理する時間をくれるためか、アクセラちゃんは自分の反省点を上げ始めた。


「エレナの決闘だから任せたけど、見てなかったのはよくなかった」


 それを反省点に上げられると痛い。


「あと熱くなりすぎた」


「なんか熱中してたね」


 途中で一度アクセラちゃんたちの戦闘をチラ見したとき、すごい勢いで戦闘してた。そのことを指摘すると恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「ガレンが強かったから」


 ガレンさん、ファティエナ先輩の執事さん。アクセラちゃんがあんなにいい笑顔を浮かべてたのはいつぶりだろう。それくらい強い人だったんだ。


「スキルも多彩だった。組み合わせ方も上手。拳闘士は強いほど綺麗な戦いをするけど、あの人はずば抜けて綺麗だった」


 昨日の戦いを思い出して頬を染める。言ってることは物騒極まりないのに、照れた仕草と相まってとても可愛く見える。まるで物語に出てくる恋するお姫様のようで……なんだろう、このもやもやする感じは。


「……私の反省はそれくらい?」


「うーん……わたしは、一杯あるなぁ」


「一番は何だと思う?」


 アクセラちゃんの言葉に目を閉じる。一番悪かったところは……なんだろうか。


「ヒント。昨日の決闘は反則負け」


「反則負け!?」


 反則負け。わたしのした反則、なんだろう。自分の戦闘をじっくり思い出す。

 そもそも簡易決闘の反則ってそんなに多くはないよね。外部からの介入や意図的に殺傷しようとすることくらい……あ。


「もしかして、魔法が強力過ぎた?」


「正解」


 先輩の魔斧も当たり所によれば死んでいたし、ヒートエッジを飛ばす魔法回路なんて本当に危なかった。でもそれらをわたしは自分で防いで見せた。真剣で戦う以上殺傷能力の評価はとても難しい。だから結果論として凌げる攻撃は反則じゃないというのが簡易決闘の考え方だ。


「あれ、最上級でしょ」


「うん。ゼロアンバー」


 ゼロアンバーは最上級魔法だ。魔法の分類上、最上級というのは使い手がほとんどいない上に破壊力が極めて高いとされる。超硬度の氷に相手を封印するというゼロアンバーは最上級じゃ珍しい単体対象の魔法だけど、範囲殲滅魔法でないからといって危険度が変わるわけじゃない。


「メルケ先生から聞いた。ヒートエッジはエレナが自力で防いだけど、ゼロアンバーが決まらなかったのは偶然の結果」


 先輩の魔斧の衝撃波による相殺、集中力を失いかけていたわたしの魔法制御の甘さ、準備したとはいえ詠唱を中途半端にしたことによるイメージの脆弱性、そして杖の限界。そんな偶然が重なってゼロアンバーは不完全な魔法になった。逆に言えば、偶然がなければ先輩を殺しかねない魔法だと判断されたわけだ。


「武器狙ったのに……」


「武器を的確に打ち抜いていればそれで通った。けど失敗してるからね」


 ゼロアンバーそのものは斧にしか当たらなかった。でも余波を制御しそこねたせいで先輩もわたしも凍傷を負ってしまったのがまずかったようだ。ただアクセラちゃんが言うには、これでも実際の被害が武器だけにとどまったことから危険行為として記録されずにすんだらしい。


「ん、そういえば」


「?」


 アクセラちゃんが思い出したように手を叩いてソファから立ち上がる。ダイニングテーブルまで歩いて行って、なにか小さな布の包みを持って来てくれる。それがなにか、わたしはなんとなく察した。


「一応回収しておいた」


 そう言ってローテーブルの上に広げられた包みの中身は、粉々に砕けたわたしの室内杖だった。銀色のシンプルな杖、その残骸。内側から弾けたような酷い有様だ。クリスタルに至っては粉になってしまったのか、欠片すら残っていない。


「大杖の方はほとんど燃えてしまって……これくらいしか」


 そう言って彼女は一欠けの木片を取り出してテーブルに置く。荒々しく捻じ切られ、淵の方は黒く焼け焦げた木片だ。


「そっか」


 大杖の方は分かってた。咄嗟に盾にしたときから、もう手元に帰ってくることがないのは。あの杖は芯材としてクリスタルを使っていたから、ヒートエッジが半分以上に食い込んだ時点でああなるのは避けられなかった。


「この杖、大事にしてたのにな」


 指を切らないように気を付けながら砕けた銀色をなぞる。レメナ先生が旅立つ朝に、忘れてたなんて言いながら素っ気なく渡してくれた最初の杖。高威力の魔法のために大杖を使いだしてからも、小回りの利く室内用としてずっと身に着けてきた。なんでもできちゃうアクセラちゃんと同じ立場で魔法を学んだ、小さい頃の一番も思い出の品だったのに。

 冷静になれば分かり切ってたのにね。最上級魔法なんて室内杖にそのまま流し込んだらこうなるのは。

 そんな無感動な理屈を思い浮かべながら、頬を流れ落ちる雫に手を当てる。


「壊しちゃった……一番大事な杖だったのに、壊しちゃった……!」


 自分が悪いのはわかってる。それでも悲しくて、寂しくて、涙がぽろぽろと零れだすのは止められない。


「ん」


 視界が遮られて、顔が柔らかい感触に包まれる。アクセラちゃんがわたしの頭を抱えるように抱いてくれたのだ。そしていつもみたいに優しい手つきで髪を撫でてくれる。


「物はいつか壊れる」


「……」


「でも覚えていればいい。覚えている限り、物がくれた感情は消えないから」


「……むぅ」


 あの杖がわたしは誇らしかった。先生に認めてもらえた証で、アクセラちゃんと学んだ証で、冒険者になれた証だったから。その誇らしい気持ちはちゃんとわたしの記憶にある。

 それでいいんだ。それで、きっと。


「よしよし」


 しばらくして泣き止んでも、まるであやすように頭を撫でるアクセラちゃん。落ち着くし涙が段々止まるから強くは言えないけど、なんとなく子供扱いされてるようで気に食わない。それと少し鼻が痛い。柔らかい感触に包まれているわけだけど、大きさの問題で鼻がちょっと胸骨に押し当てられるので。


「……ちょっと硬い」


「……」


「痛い痛い痛い!」


 無言で押し付けられた。ぐりぐりと当たる骨の感触。すごく地味な痛みが余計につらい。幸いにもほどなくマリアちゃんとアティネちゃんのお見舞いが来てくれたので、怪我のリストに鼻の骨折が増えることはなかった。寂しさは……きっと皆がいてくれればすぐに治る。


 ~★~


 職員寮のすぐそばには職員専用の飲食店がある。商店街に行って食事をすることを制限されているわけではないが、こちらでは生徒が手を出せないような強い酒も扱っているのだ。それと商店街が職員寮からは遠いのも理由かもしれない。


「さて、昨日の試合についてだが……」


 オレはその店の2階の個室に集まった面々に話しかけた。1年Aクラスを担任するヴィヴィアン先生、2年Aクラスを担任するモリス先生、そしてこのメルケだ。


「とりあえず報告書を学院に提出するにあたり、話をすり合わせたいと思う」


 生徒同士の決闘は教員が監督して過程や結果、所感を報告書にまとめる義務がある。2年Aクラスのエキシドニアは気品あふれる佇まいとは打って変わって決闘騒ぎの常習犯、オレもモリス先生も報告書には慣れたものだ。しかし今までこうして話し合いの場を設けたことはなかった。


「すり合わせなどいりますか?いつも通りあったことをそのまま書いてお仕舞でいいのでは?」


 怪訝そうにするモリス先生にオレは肩をすくめる。魔物生態学の研究者である彼は肉体労働向きなオレと違って書類に慣れているし、なによりエキシドニアの担任ということで全ての決闘を観戦している。だが戦闘に関しては素人も同然、一度読ませたもらった限りでは報告書も表面的な内容が中心になっていた。

 ようは理解していないんだろうな、あの戦闘の異常性を。


「わ、わたしもすり合わせる必要があるかは疑問ですけど、たしかに少し話し合いたいくらいの決闘でしたよね」


 遠慮がちにそう言ったヴィヴィアン先生は水魔法の高等教員資格を持っている。あの戦闘の異常さはオレとは別の面からよく理解しているはずだ。


「そうですかね?たしかに最後の上級魔法は凄まじかったですし、あれだけ多くの属性を操れるのも驚きですが……」


「モリス先生、そこですよ」


「どこです?」


「最後の魔法、あれは最上級です。わたしも実際に見たのは学院長の特別講座のときだけですけど、間違いなくあの詠唱はゼロアンバーという氷の最上級魔法でした」


 最上級魔法だったのか。どおりで詠唱に聞き覚えがなかったわけだ。オレもかつては魔法騎士団にいた身分、一通りの攻撃魔法は見ているというのに分からなくて驚いたものだ。


「最上級魔法を学生が1人で、それも決闘中にですか?にわかには信じられませんね」


「それだけじゃありませんよ!エレナさんは床を水浸しにすることで氷魔法が発動しやすくしていたんです」


「水場の方が水魔法は使いやすくなるという話は聞くが、それは噂レベルだったはずだ。それに氷魔法と水魔法では勝手が違うんじゃないか?」


「それが実は噂とも言いきれないんです。わたしも思い返してみれば水場で使った方が水魔法は使いやすいですし、それに氷魔法も……あ、なんでもないです」


 なるほど、ヴィヴィアン先生は氷魔法も使えると。この若さで高等教員の資格を取れる才媛といえど、実戦経験に乏しい魔法使いは脇が甘いな。


「最上級魔法の詠唱は長すぎて実戦、特に乱戦では使えないとされています。それを補うためにエレナさんは逃げ回るように見せかけて、どうやってか分かりませんが魔方陣を書き上げていました」


「魔法陣による発動と詠唱による発動は違うスキルでは?」


 魔方陣による魔法の行使も詠唱により魔法の行使も同じ属性魔法スキルが使用される。だがスキル内で選択するモノが違うので、混ぜて使うことは本来できない。それをマクミレッツは詠唱の後半を破棄し、その分を魔法陣で補って発動させた。普通はできるはずのないことだ。


「それなら心当たりがある」


 そう、今のオレには心当たりがあった。顔色から察するにヴィヴィアン先生にも思い当る節があるようだが、折角なので言わせてもらう。


「戦闘学でアクセラがシーメンスを簡単にあしらってみせた。そのときあの娘、スキルを一切使わなかった。それでいて惚れ惚れするような美しい挙動でシーメンスを投げて見せたんだ」


 スキル光が見えなかったし本人もスキルを使っていないと認めた。だがパッシブの筋力スキルで無理やり投げ飛ばしたにしては鮮やかな投げ方、というより見ていて納得のいく投げ方だった。あれなら確かにスキルも筋力もなしで体格の優れた相手を投げ飛ばせるという納得の。


「つまりあの魔法使いの生徒もスキルに頼らず魔法を使ったと?」


「その可能性が高い」


「そんなまさか……スキルの補助もなしにあれほどの魔法を連発するなんて、一体どんな曲芸です?」


 半笑いで肩をすくめるモリス先生。彼は魔物についての知識だけなら国内有数だが、どうにも視野が狭い。見たままを直観的に納得へと導く能力に欠けている。彼自身が言った言葉こそスキルに頼っていない可能性そのものであるというのに。


「あれだけ連発していたからこそですよ」


 その点、やはりヴィヴィアン先生の方が優秀だと言わざるを得ない。センスも若さもあって理解が早く思考も柔軟だ。


「魔法系スキルで魔法を使う場合、同時に魔法を複数展開することはできません。『マルチキャスト』という別のスキルが必要になります」


「持っていたのでは?」


「でも『マルチキャスト』で同時展開できるのは同じ種類の魔法だけです。それも同じ軌道を描いてしか撃てません。エレナさんみたいに着弾点を細かく変えた魔法を3種類同時に乱れ撃ちなんて、普通の魔法使いにはできないことなんです」


 導き出される結論は2つに1つ。マクミレッツがスキルを介さない魔法発動に長けているか、ヴィヴィアン先生でも知らない魔法系のスキルを有しているか。魔法学の高等教員資格はハイレベルであることを考えると、どちらもにわかには信じがたい。しかしそうなってくるとアクセラの存在が重要になってくる。人の体の構造と物理的な力学を理解してこそのあの投げ飛ばし、あれを見た後だと前者の可能性がぐっと強まってくるのだ。

 やはり、あの2人はスキルに頼らない力を持っている。まるでここ二十年ほどレグムント侯爵が主張している「技術」という力のようななにかを。

 口元がニヤけそうになるの何とか抑える。品行方正な堅物騎士をしていたころから、オレが嬉しそうに笑うと厭らしいと言われてしまうのだ。変な誤解を同僚に与えたくない。


「ところで珍しいですね?メルケ先生が生徒を名前で呼ぶのは」


 結局この話題にあまり興味を持てなかったのか、モリス先生がそんなことを言いだす。研究職だけあって変に細かいことに気がつく男だ。


「本人が家名で呼ばれるのを嫌ってな。オルクスの名を自分で理解している証拠だ。あの娘は頭がいい」


 学院に勤めているとどうしても家の名前を振りかざす馬鹿な生徒を見る。学院が掲げている平等の理念をお題目だと勘違いした馬鹿な子供が。その中にはときどき自分の家名が平民や他の貴族にどう思われているかも分からず、爵位だけ持ちだす者が一定数いる。


「メルケ先生、すり合わせと言うことならアクセラさんの戦いを解説してもらえませんか?わたしは担任としてできるだけ知りたいんです」


 健気なものだ。

 魔法科目が専門のくせに担任だからと接近戦の解説まで求める彼女はいっそ眩しい。オレがこの場を設けたのはあくまであの2人についての推測を固めたかったからだが、こうして真っ直ぐな目で教えを請われると無碍にはできない。

 いつのまにかオレも随分「先生」になっていたんだな。


「そうだな。まずアクセラの使っていた武器だが、あれはとても珍しい物で……」


 退屈そうな顔をするモリス先生を無視して、オレはヴィヴィアン先生にアクセラとガレンという執事の戦闘のことを教える。

 他人の試合を見ていて興奮したことも、その感想を他人と分かち合って笑うのも、随分と長いこと忘れていた感覚だ。妙に楽しい気分になったオレはそのまま語り明かしてしまい、朝を告げる鳥の囀りで時間に気づくこととなる。しかもいつの間にかヴィヴィアン先生と定期的に、それぞれの専門分野の戦闘について教えあうという約束をもしてしまっていた。夜の時間を拘束されるのは少し都合が悪い。そんなことを思いながらもまた色々語り合えるかと思うと、なんだか悪くない心持の自分がいるのだった。


これにて五章は終わり、来週から六章に突入です!

学院編が加速しだす次章からは少しシリアスですが、

疲れが来ないように書いたつもりですのでお楽しみくださいm(__)m

そしてシレっとキャラ紹介を三章、四章と追加しました!(笑)


~予告~

危険行為を行ったエレナは矯正施設送りに……。

しかし移送中、ユーレントハイム随一のマフィアに攫われてしまう!

次回、ハングアップ


ミア 「反省会繋がりじゃろうか……エレナのメル友がトルオムの大物マフィアだったりするのかな」

シェリエル 「ないでしょう」

パリエル 「このコーナーに合理的な設定を求めること自体が間違いかと」

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