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五章 第16話 炎斧の姫

 アクセラちゃんとガレンさんが闘技場の片側に走ってく。それを見てわたしも少しだけ反対側に寄る。せっかく広いスペースを使って戦えるよう配慮してくれたんだ、しっかり使わせてもらおう。


「行きますわよ!」


 ファティエナ先輩が大斧を肩に担ぐように振り上げる。赤いスキル光が足と腰を照らし、斧自体にも青い光が灯った。

 魔力は見えないから魔斧の能力じゃないのか……あんな大斧の切れ味を増したらわたし真っ二つだし、打撃力をあげたのかな?

 魔斧は魔剣の斧版、組み込まれたダンジョンクリスタルを核に書きこまれた魔法を発動させる一種の魔道具だ。どんな魔導具かわからない以上、警戒しておくに越したことはない。


「巡れ、熱き血潮よ、生命の源よ。其は流れであり、鼓動であり、力である。巡り燃やして呼び覚ませ。火の理は我が手に依らん」


 火魔法中級・ヒートブラッド

 血液に火の魔力を通して筋力を上げるこの魔法は普通剣士の魔法だけど、魔法使いであるわたしにも使い道がある。脚力が上がれば斧を躱せるし魔法を撃ちながら攪乱もできて、腕力が上がれば長期戦になっても腕が疲れにくい。大杖は短い槍より重いから、意外と馬鹿にできないのだ。

 さて、どう攻撃しようか。


「はぁ!」


 攻撃プランを立てている間に先輩が走りだした。あんなに大きな斧を担いでいるとは思えないほどの速度だ。それを見て、とりあえず小手調べから始めることにする。

 カチリ。

 わたしの中でスイッチが入る。集中力と言う名の魔物が脳を支配するスイッチだ。


「燃えよ、赤き火よ、熱き物よ。燃えて走りて在れなるを焼き払え。火の理は我が手に依らん」


 火魔法初級・ファイアボール

 わざと少しだけ聞こえるだろう声量で唱える。先輩に向けた杖の先に5つ、拳大の火の球が生まれて撃ちだされる。全て真っ直ぐの軌道で少しずつ着弾点をずらしておいた。これはただの牽制。


「『マルチキャスト』かしら?」


 先輩の口からそんな声が漏れる。『マルチキャスト』は同時に同じ魔法を撃つスキルだけど、同じ軌道でしか撃てない。持ってはいるけど意外と使い勝手の悪いスキルで、獲得してから半年ほどたった今は使わなくなっていた。


「燃えよ、赤き炎よ、熱き物よ。燃えて走りて大きく爆ぜよ。火の理は我が手に依らん」


 火魔法初級・ファイアボム

 5つの軌道で飛ぶファイアボールを避けるには大きく横に移動する必要がある。それなら先輩は真ん中の直撃弾だけ斧で迎撃して進もうとするはず。その予想のもとに爆発性の少し遅いファイアボールであるファイアボムを3つ、彼女の取るであろう進路上に放つ。


「はぁ!」


 はたして、先輩は予想通りに動いた。目の前のファイアボールを魔斧の横腹で殴って潰し、そのままわたしへと走ってくる。しかしそこにはもうファイアボムが。


「く!」


 ファイアボールより濃い赤の光に魔法の種類を察知したか、先輩はやや軌道の低いそれを飛び越えて見せる。背後で埋まれる爆風に体勢を崩しつつも着地し、斧を担ぎ直す動作で重心を安定させて倒れるのを回避する。

 やっぱり戦闘慣れしてる。


「燃えよ、赤き炎よ、熱き物よ。燃えて走りて大きく爆ぜよ。火の理は我が手に依らん」


 再度ファイアボムを生み出して撃ち出す。


「流れよ、渦巻く水よ、湛える物よ。流れ行きて在れなるを押し流せ。水の理は我が手に依らん」


 続けざまに詠唱した水魔法初級・ウォーターボール。7つ同時に生み出してファイアボムを追わせる。


「この軌道は!」


 先の3発よりさらに低い軌道に先輩はこちらの意図を察し、ブーツの底を削るほどの急停止をして斧を盾にする。彼女の予想通り、ファイアボムは立ち止まった数m先の床に着弾して爆炎を上げた。しかし彼女の想像しているように軌道を予測して当てようとしたわけじゃない、立ち止まること込みでの一手だ。爆風は斧に阻まれて届かなくとも、床はチリチリと焦げ、立ち上る熱気に互いの姿が揺らぐ。そこへ降り注ぐウォーターボール。熱く焼けた床に水が当たればどうなるか……一気に気化して蒸気の壁が現れる。


「目隠し……そんなもので!」


 我ながら小癪な手に先輩の怒鳴り声が聞こえる。だがただ目隠しをしただけと思って欲しくない。ウォーターボールを放った直後、彼女が足を止めたときからわたしは次の魔法を準備している。冷徹に組み上げた必勝の魔法につながる準備を。

 うまくいくかな?いや、うまくいかせるんだ……アクセラちゃんに庇ってもらってばっかりじゃないって、証を立てるために。

 左手で水の魔力糸を生み出し、右手に握った杖を伝って形を与える。


「澄んだ流れよ、渦巻く水よ、湛える物よ。流れ行きて迸り、在れなるを貫け。水の理は我が手に依らん」


 水魔法中級・ウォータージャベリン

 真っ直ぐ伸ばした杖の周りに水の短槍が3本生まれる。ボール系より数段上の威力と比べ物にならないほど高い貫通力を誇る中級魔法を、水蒸気越しに薄っすらと見えた魔力めがけて発射する。それはダンジョンクリスタルから洩れる本当に微弱な魔力だが、明確に相手のいる場所を教えてくれる貴重な手掛かりだった。


「はぁ!!」


 完全な死角からの攻撃のはず。しかしファティエナ先輩は魔斧の一振りで水の短槍を斬り捨てる。大振りな鉄の板が巻き起こす風で蒸気も煽られ、大きく上へと巻き上げられてしまう。

 まだ作戦の内。

 こっそり無詠唱で生み出したウォーターボール8発を叩きこむ。無詠唱ですぐに出せる限界の数だが、着弾点を絞ったことでまるで壁のように先輩へと突っ込んでいく。


「芸がないですわよ!」


 吼える先輩から魔力が立ち上った。


「澄んだ流れよ、渦巻く水よ、湛える物よ」


「目覚めなさい!」


 その言葉と流し込まれた魔力に魔斧が赤く輝く。


「流れ迸りて、在れなるを射貫け」


「ハイスマンテル!」


 左に引き込まれた魔斧が熱気で揺らめく。


「水の理は我が手に依らん!」


「はぁあああ!」


 水弾の壁めがけて振り抜かれる魔斧。全体が焼けたように赤く光り、ダンジョンクリスタルはなお濃い赤を放っている。魔法と魔斧が激突する。8つの水球が破裂して爆発のような音が轟き、大量の水蒸気が噴出した。ただその挙動はあまりに不自然で、まるでこちらにだけ風が吹いているかのように白い壁が迫る。

 まずい!

 生成したばかりの水魔法中級・ウォーターアローを直ちに放ってから、無詠唱でウォーターベールを発動して身を守る。耐えられないほどではないが熱気と湿気の風に襲われ、咄嗟に右腕で目を庇う。それは完全にただの反射で、ここに来てようやくわたしの動作に計算外の行動が混じったということでもあった。


「もらったぁ!」


 挑戦的ながらお嬢様然とした口調はどこへ行ったのか、狂気すら感じる叫びがすぐそばで聞こえる。それが先輩の声であることは明白だ。慌てて腕を退けて魔力を確認し、左側から接近する大きな光を捉える。


「追い風よ!」


 短縮した風魔法で体を横へ加速し跳ぶ。水蒸気を斬り裂いて飛び出してきた赤い大斧は、間近で見ると最初に発動していた青い光も刃に見て取れた。

 そんなことより魔斧自体に描かれている模様は……!

 魔眼を使えば斧の内側に刻まれた魔法回路を、より正確には流れる魔力で読み取ることができる。一般的な回路ならある程度見当はつくと思って回避中にそんなことをしたのがよくなかった。もう一歩先輩が踏み込み、加速した斧がわたしに追いつく。


「留まり阻め!ぐぅ……!?」


 ウォーターシールドを無理やり展開して直撃を避けることには成功した。それでも乗っている馬車に牛が激突したような衝撃に見舞われ、わたしの軽い体は面白いくらい吹き飛ばされる。石畳を擦るように着地してから3回跳ねてようやく止まったときには、左肩がじんじんと痛みを訴えていた。


「ふふ、詠唱の短縮まで……本当に入学したてとは思えないほど強いわね、貴女」


 疲れの滲んだ微笑みを浮かべるファティエナ先輩。その頬には二筋の傷ができ、血が流れ出た後が見える。闇雲に放った水の矢が当たったらしい。わたしはすぐに立ち上がって杖を構える。下手に回復の魔法を使う隙はたぶんない。なのですぐに次の攻撃を考えながら、いつでも使えるように何属性かの魔法糸を編んで溜めておく。魔眼持ちか跳び抜けて魔力親和性が高い人間でもないと魔力糸は感知できない。


「先輩も、そんな大斧振り回せるようには見えませんよ」


「あら、あの子の友達である貴女が言うのかしら?」


 横目で闘技場の隅を示す先輩。そこではガレンさんと超至近距離で目にもとまらぬ攻撃の応酬をするアクセラちゃんが。


「あはは……たしかに」


「ガレンにあちらを任せて正解だったわ。あんなスピードファイターが相手では、私はまだ勝てない」


 すごく悔しそうに、そしてどこか辛そうに先輩は独り()ちる。アクセラちゃんが戦うときの表情と比べると楽しさなんて微塵もない、焦りだけが煮詰まった表情。

 あれ、わたしこんな表情をどこかで見たことあるような……。


「それでも貴女には勝ちますわよ」


 覚えた引っかかりを手繰り寄せる間もなく、先輩が宣言とともに斧を担ぎ直す。それが私たちの第二ラウンド開幕の合図だった。


「大いなる波よ、押し流せ!」


 水魔法中級・アクアウェーブ

 会話中に紡いだ水の魔力糸を圧縮して小さな波をおこす。空気中から突然現れた大量の水は先輩を飲み込もうと押し寄せる。


「どんな魔力量をしてるのよ」


 先輩は呆れたようにぼやくが、魔力糸と明確なイメージによる効率化のおかげで意外と消費魔力は少ない。既に少なくない魔法を使っているのだ。全体に徹底した省エネ化を施していなければ、いくらわたしでもこんなに連発はしない。後がジリ貧になる。


「ハイスマンテル!」


 キーワードに反応して斧が赤い魔力を纏う。両手で大きく振り抜かれる魔斧。彼女を飲み込まんとしていた波の一部が爆発し、無数の飛沫と少しの蒸気になった。単純な物量を誇る中級魔法がたったの一撃。その非常識さにこっちこそ呆れたくなってしまう。

 でも、順調。

 無詠唱で特殊な氷の杭を生み出し、こっそりと闘技場に打ち込む。ポーチから革袋を1つ取り出して中身を掌にあけ、胡麻に似た小さな粒を風魔法で拭き散らす。そして残った時間で氷の魔力糸を大量に生産する。水壁が先輩の視界を奪ってくれているあいだに、これだけの下準備を行うことができた。


「風よ斬れ。火よ爆ぜよ。水よ走れ」


 短縮詠唱で3属性を並列発動。ウィンドカッター、ファイアボム、ウォーターボールが数発ずつ空気中に形を得ては射出されていく。この決闘ではあくまで牽制にしかならないこれらの魔法も、先輩が斧を振るう速度を超えさえすれば有効打になる。そう思ってどんどん連発しながら、先輩とは反対方向へ走りだす。


「数が多い!」


 吐き捨てるように叫ぶ先輩。両手を揃えて握った斧が青く光る。次の瞬間、ぐるぐると手の中で柄を持ち変えて斧を回転させ始めた。それは斧系のスキルに含まれる回転盾という技で、手数の多いわたしの魔法を1つずつ迎撃するより圧倒的に効率がいい。


「それならそれで……」


 回転盾は防御には向いているが動きながら使うには重たすぎると、昔長柄武器について教えてくれたシャルさんが言っていた。絶え間なく斧が叩き落とす魔法の衝撃を腕と足腰で抑え込むのだから、歩けるほどの余裕はないはず。特に爆発系の魔法を含んでいるのだから。わたしは氷の魔法糸を水面に投下しながら一点を目指して走る。


「時間稼ぎ、いえ、距離稼ぎかしら?させないわ!」


 背後で魔力の気配。まだ弾幕は止めていないが、それでも肩越しに振り返って確認する。ファイアボムの爆炎とウォーターボールの飛沫をウィンドカッターの名残り風が吹き散らす煙幕の隙間、「空白」の魔眼がとらえたのは赤い魔力が斧と右の籠手に注ぎ込まれるところだった。どうやら先輩はもう1つ魔道具を隠していたらしい。さすがに牽制射撃と仕込みをしながらあれだけの魔法の影に隠れた魔法回路を読むのは無理だ。目指していた場所に到着したのでこれ幸いと氷の楔を打ち込み、方向を変えてまた走る。先輩に関してはこの距離この状況で直接攻撃はないだろうし、今のうちに仕込みを済ませたいので方針に変化はなしだ。


「ハイスアクスト!ハイスシュベルト!」


 キーワードが聞こえ、背後の魔力が魔法の気配に変わった。わたしは視線を向けることなくウォーターボールをウォーターボムに切り替えて弾幕をより重くする。足元に氷の楔を打ち込んで横に転身、氷の魔法糸の残量を確認した。


「余所見とはいい度胸ですわね」


「!?」


 思いのほか近くから聞こえたその言葉にどきりとさせられる。牽制射撃は緩めずにそちらを見れば、先輩は回転盾を止めてこちらに猛進してきていた。わたしの魔法を今は両手で迎撃している。左手の魔斧には本来の刃の外側に赤い刃が追加されている。右手の籠手からも30cmほど斧の刃と同じ色のブレードが生えていた。厚みのない淡色の光る刃、それはヒートエッジという中級の中でもトップクラスの攻撃力を持った近接火魔法だ。

 あんな高等魔法を仕込んだ魔導具なんて!

 いい装備は冒険者の憧れ。攻撃魔法を仕込んだ魔導具だけでも羨ましいのにヒートエッジなんて、あんまり物欲のないわたしでも欲しいと思ってしまう。しかも籠手と斧に両方。斧に至っては最初の衝撃波もあるので、1つの魔導具に2つも回路が仕込まれているわけだ。とてつもない贅沢品であり、研究材料としても面白い。

 て、そんなこと言ってる場合じゃない!


「水よ、降り注げ」


 ヒートエッジに対して相性が最悪なウィンドカッターを止め、水の魔力糸を生み出して先輩の上空に飛ばす。そしてそこから雨のよう水滴を降り注がせた。

 水魔法中級・インスタントレイン

 レメナ先生みたいに嵐は呼べない。それでも小雨程度はすぐに出せる。アクアウェーブを破ったときから既に濡れていた先輩が、より一層びしょびしょになっていく。2つのヒートエッジに触れた雨が蒸発してじゅっと音を立てた。

 絶対下着まで水浸しだよね……それに今から使う魔法、風邪引かないといいけど。

 若干申し訳なく思いながらも氷の楔を打ち込む。次で最後だが氷の魔法糸が足りなくなってしまった。足を止めて大杖を先輩に向け、魔法を叩き込むペースを上げる。インスタントレインを使ったのでヒートボムも止めて、今はウォーターボールとウォーターボムの混合弾幕だ。反対属性による文字通り雨のような攻撃に先輩の歩調はまた緩やかになった。それを確認してから氷の魔法糸を紡ぐ。いままでに散布した分との連結を切らないように意識を集中させながら。


「ハイスシュッス!」


 先輩が大きく魔斧を振り被った。だがそれは悪手だ。わたしの弾幕は片手で迎撃できる量ではない。案の定迎撃を免れたウォーターボムが華奢そうな体に着弾し、内部に圧縮した水をぶちまける。牽制用のいいかげんな魔法なので怪我はほとんどないだろうが、それでも水圧に負けて彼女は後ろへ跳ね飛ばされた。最後に振り被った斧を振り抜いて。


「!」


 魔斧の刃に沿って展開していた数cmほどのヒートエッジが本体から切り離される。まるでブーメランのように回転しながら飛来するそれは、わたしがそれまで見たことのない魔法だった。命中の余韻で気が緩んだわたしにそれを回避するだけの余裕はない。


「!!」


 ほぼ考えることもなく、体が勝手に杖を立てて掲げていた。水蒸気の尾を引いて飛来したヒートエッジは間一髪で杖に食い込む。そして解き放たれた熱が7割ほどを焼き切ったところでなんとか止まった。あと少し掲げるのが遅ければ、あと少し杖が細ければ、わたしの体にあの赤熱した魔法が喰らい付いていた。そう思うと背筋が凍る。


 バチッ


「まずっ」


 安堵の息をつく間もなく、手の中で炭が爆ぜるような音がした。その意味を察して、愛用の大杖を突き離す。最後にわたしを守ってくれた魔法杖は石畳の水面に落ちて、派手な音を立てて弾け飛んだ。杖の中に埋め込んであったクリスタルの魔力に魔法が「引火」してしまったのだ。

 わたしの杖……初めて自分で買ったいい杖だったのに!

 言ってもしかたない。すぐにベルトから小さな室内用の魔法杖を抜く。先生が最初にくれた、アクセラちゃんとお揃いの杖。大杖ほどのキャパシティはないものの、レメナ先生が用意してくれただけあって十分いい杖だ。


「サブアームを携帯している魔法使いなんて、いったい何人いるかしら。本当に変わった魔法使いですわ」


 べったり顔に貼りついてまるで血のように見える髪の毛を掻き上げながら、斧を支えに立ち上がった先輩。革鎧に取り付けられていた金属片はウォーターボムの水圧でいくつか脱落しかけている。

 しまった……。

 別に殺したいわけではないので、彼女の鎧が破損しているのはどうでもいい。問題なのは先輩が立っている場所だ。最後の楔はあのすぐそばに打たなければいけない。わたしは彼女の言葉に答えず、ベルトの後ろから中型ナイフを引き抜いて詠唱する。


「青き火よ、この刃を鍛えて灼熱とせよ。炎の原理は我が手に依らん」


 火魔法上級・ブルーエッジ

 鉄色だった多目的の中型ナイフが青く色づく。刃がちりちりと火の粉を散らし、見る見るうちに橙から赤、白と経て青に至った。エクセララの青い炎を用いたヒートエッジの応用技。わたしが詠唱をほとんど省略しても使える数少ない上級魔法だ。


「なんですの、その魔法は!?」


 さっきからびっくり箱のような装備を披露しまくっていた先輩に動揺が走る。それがなんだかおかしかった。


「隠し玉は先輩の専売特許じゃありませんよ!」


 右手に杖、左手にナイフを持って先輩へと駆けだす。最初にかけたヒートブラッドのおかげで一流の剣士のような速度が出る。あっという間に目の前に迫ったわたしを、先輩は慌てずに小回りの利く右手のブレードで迎え撃つ。


「は!」


「やあ!」


 青と赤のエッジがぶつかり合った。実体のない先輩の刃から無数の火花が飛び散り、わずか1cmにも満たない深さではあるが、わたしの刃が食い込んだ。込められたエネルギー量の違いが魔法としての強度に直結したのだ。


「なっ、それなら!」


 徐々に食い込みが激しくなるエッジを見限り、左腕だけで斧を掲げる先輩。密着状態で刃を交えるわたしに振り下ろすため、その柄はとても短く握られていた。


「育め、豊かな大地、母なるものよ。胎に宿せし小さな種、目覚め芽吹きて絡め取れ。細く、長く、絡め取れ。大地の理は我が手に依らん!」


「土魔法……一体何属性操れるの!?」


 既に見せただけで水、火、風、土の基本4属性です。

 脳内で律儀に答えを思い描きながらしゃがむ。ヒートエッジの半ばまで斬り込んでいたナイフは放棄だ。どうせあのナイフはブルーエッジに耐えられずに溶けてしまう。冠水した足元に手をついて魔法を発動する。わたしの頭上を肉厚な黒い斧が通過し、髪の毛を1、2本引き抜いて行った。先輩はそのまま追撃を加えたかったのだろうが、次の瞬間には体の自由を奪われて止まってしまう。


「これは、蔦!?」


 闘技場の床から延びてきた無数の蔦植物が彼女の足や腰、さらには胸や腕まで這い上がって動きを制限していた。アクセラちゃんの森林魔術を参考にした趣味の研究の成果、土魔法中級・ハーヴェスト。事前に加工した植物の種を蒔いておくことで相手を束縛する魔法だ。


「これしきの束縛!」


 促成栽培の蔦草は弱い。ファティエナ先輩の筋力に勝てるはずもなく、十把一絡げに引き千切られてしまう。それでも数秒は抜け出すのにかかるし、千切られたそばから新しい蔦が伸びて体に絡みついて行く。わたしが必要な時間はそれだけで十分だった。立ち上がる勢いで横に跳ぶ。自分で撒いた水を被りながら転がって目的の場所にたどり着き、氷の杭と魔力糸を仕込む。


「これですわね!」


 しゃがんだときに仕込んでおいた土属性のクリスタルがバレた。わたしが離れても発動し続ける理由であるソレを、先輩は斧の石突で突き砕く。それまで盛んに芽吹いては伸び居ていた蔦が一斉に萎れ、ハーヴェストは枯れた植物の残骸を残して効果を失う。


「面白い魔法だったわ。でもこれでチェックメイトですわよ」


 彼我の距離は2mほど。斧のリーチを考えれば大きく踏み込むだけでわたしは叩きのめされる。今この手にあるのは杖だけ。さすがに無詠唱でも、戦士が1歩踏み込んで斧を振るうまでに使えるのは弱い魔法のみ。


「降参してくれないかしら?決闘を望んだのは私ですけど、別に下級生の女の子を斧で殴る趣味はないの」


 そう言いながら振り上げられる斧には、一切の油断が感じられない。でも、魔法使い相手にしゃべって時間を与えることがどれだけ致命的か、彼女は理解していない。


「降参は」


「……」


「しません!」


「そう」


 目が細められ、最後の一歩とともに斧が振り下ろされる。同時にわたしはベルトのポーション入れに突っ込んであった物を投げつける。細長い物を保持できるように設計されたそこに差し込めるのは、なにもガラス瓶だけではない。実際冒険者は色々な物をそこにいれている。

 そう、たとえば加工したクリスタルとかね。

 白いクリスタルにはアクセラちゃんが魔法を仕込んでくれている。咄嗟の時の護身用、フラッシュアウトの魔法を。カッと音が聞こえそうなほど強烈な光の爆発が視界を染め上げる。わずかに躊躇いが生まれた斧を、失われた視界に映る魔力の赤だけ頼りに避ける。それまで立っていた場所で石畳が砕ける音がして、続いて細かな破片がわたしの体を容赦なく叩く。

 そんな威力の斧頭に受けたら死んじゃうよ!?アクセラちゃんじゃないんだからね、わたし!

 悲鳴を上げそうになりながらも手探りでベルトの中身を取り出す。


「育め、豊かな大地、母なるものよ。胎に宿せし小さな種、目覚め芽吹きて絡め取れ。細く、長く、絡め取れ。大地の理を我が結晶に込めん!」


 舌を噛まない限界速度で詠唱を唱えきり、片手一杯に握り込んだダンジョンクリスタルへと魔法を仕込む。そしてそれを先輩のいるだろう方向へ広がるように投げつける。


「きゃ!?」


 思いのほかかわいい悲鳴が聞こえた。いくつかのクリスタルが命中したのだ。すぐにそこら中で茶色の魔力が瞬いて、蔦植物が自然の摂理を超えた速度で成長する音が聞こえだす。


「凍てつけ、氷の檻、冷たき縛鎖よ」


「氷魔法まで……!」


 ほとんど手の内をさらしてしまったが、とりあえず今はこの勝負に勝たないと。

 この魔法は半分以上を唱えないと仕込みありでも失敗する。その焦りに追われながら他人に聞き取れるギリギリまで加速させた詠唱を続ける。何度も舌を噛みながら鍛えた滑舌だけが頼りだ。


「音すら絶える冷気の果て、久遠を見通す明度の氷、囲み捕らえる雪の枷……っ!?」


 額に鈍痛が走って集中が乱れる。なにか硬く重いもので殴られたような衝撃に思わず尻もちをつき、なんとかぼやけた程度まで回復した視界であたりを確認する。

 あった!

 ポーション瓶ほどの大きさの金属棒が転がっていた。それがファティエナ先輩の投擲物であることはすぐに分かった。なにせ彼女は同じものをあと2つ、右手握って投げようとしているのだから。目は癒すためか閉じているので見えてはいないはず。それを何かのスキルで補っているのだ。


「ふ!」


 視界が潰れているとは思えないほどの精度で2つの金属棒が投じられる。黒い塊にしかまだ見えないそれを、なんとか体を捻って躱そうと試みる。1つは外れ、もう1つは腰に命中。ただベルトの上だったので、ポーションが壊れる音がしただけですんだ。


「とどめですわ!」


 水のばしゃばしゃと言う音はお互いが立てているので聞こえなかったのか、ガラス音で正確な場所を察知された。振り上げられた斧に赤い魔力が通う。


「ハイスマンテル!」


「……氷の理は我が手に依らん!」


 先輩が唱えたのは衝撃波の魔法回路を起動させるキーワード。至近距離で波をも砕く熱の衝撃を喰らえば無事ではいられない。詠唱を無理やり切り上げて魔法を発動する。本来、まだわたしには使えない高位の魔法。氷の最上級を。


 赤く魔斧全体が光る。

 闘技場に埋め込んだ楔が輝きを放つ。

 振り下ろすための力が片足の踏み込みで生まれる。

 魔力糸を伝って氷の魔力が水面を凍らせる。

 赤い斧が弧を描いて落下しだす。

 氷の魔法陣から杖に魔力が集う。


 熱波の気配で目がひりひりする中、わたしは魔法の名前を叫んだ。


「ゼロアンバー!」


 パァン!!


 鼓膜が破れるかと思う程の破裂音。内側から煌めく氷の破片になるわたしの杖。周りの蔦草を巻き込みながらいくつかの氷塊になって飛散する先輩の斧。2人を中心に闘技場の水面が小波ごと凍り付き、そこら中で無暗に伸びていた植物が氷のオブジェと化す。あまりの衝撃に立っていた先輩は数m後ろまで押しやられ、顔や髪を霜まみれにして目を見開いていた。頬や額が痛いのできっとわたしも真っ白に覆われているに違いない。


「……」


「……」


 お互い武器を失っていた。先輩は膝をつくことで辛うじて姿勢を保っている。わたしは腰が抜けてしまった。もう戦えない。最上級魔法を無理に使ったせいか視界がぐらぐらと揺れ始める。


「ハ、ハイス、シュベルト……!」


 あまりの寒さにガチガチと歯を鳴らしながら先輩がキーワードを唱えた。ところどころ焦げ跡の見える右の籠手から赤い刃が伸びる。魔法であるヒートエッジはなんど壊しても再生できるのだ。

 むぅ、これは、負けだ、ね。

 勝ったというのに悔しそうな顔をする先輩。苛立ちの籠る視線に、わたしは既視感の正体を知る。「災いの果樹園」でシュリルソーンの核を斬ろうと悪戦苦闘し、精神的に追い込まれていたアクセラちゃんが同じような顔をしていた。

 なんでそんな顔……。

 急速に狭まる視界の中、ファティエナ先輩にそんな疑問を投げかけながらわたしは意識を手放した。

英語と日本語以外の言語は全てGoogle翻訳を使用しております。

なお読み方は一部あえて正しいものからズラしています。

それでも間違った発音は指摘していただけると嬉しいです。


この回から以前より指摘のありました「・・・」を「……」に置き換えるようにいたします。

置き換えミスなどがありましたら誤字報告から報告していただくか、多い場合は感想にて話数を教えてくださいまし。

なおこれより前の内容につきましては、順次変更して以降と思いますので気長にお待ちください。


あと一話でこの章もおしまいです!乞うご期待!!


~予告~

氷の女神は問う。

汝の落とした斧は金の斧か、銀の斧かと。

次回、落とした斧って帰ってこないよね。


ガレン 「金銀の斧を売り払えば斧を買い替えておつりがくるから良いのでしょう」

ファティエナ 「私の斧、金や銀の斧ではまったく釣り合わないのだけれど?」


※※※変更履歴※※※

2019/3/12 誤字脱字の習性を実行

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