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五章 第15話 剛拳の紳士

 学院の選択授業は思いのほか面白い。それが一週間体験してみた俺の感想だ。教え慣れしているメルケ先生の戦闘学、お寒い冗談ばかり飛ばす愉快なポール先生の土魔法、老練な雰囲気の老魔術師コルネ先生の風魔法、理知的で冷静なバート先生の火魔法、初々しいが熱心なヴィア先生の水魔法……どの選択科目も楽しいものばかり。ちゃんと体系立てて魔法を学んだことのなかった俺には古い形式のものでも新鮮な内容は多かった。


「アクセラちゃん」


「ん?」


 平日最後の晩、一週間の授業を振り返っているとエレナが声をかけてきた。2人ともパジャマに着替えてベッドの上、あとは寝るだけというタイミングで。


「明日だね」


 白と緑のレースがアクセント程度にあしらわれた袖で口元を隠したまま、彼女は窺うように視線をよこす。例年より早く気温が上がってきたので、そろそろこの夏ものを出した方がいいかもしれない。


「ん、緊張してる?」


「少しだけ」


 明日は週末、一週間先延ばしになってしまったあの約束の日だ。


「準備は万端」


「うん」


「やる気も十分」


「うん」


「馬刺しも食べたし」


「あはは、それ重要?」


 エレナが笑いながら俺の方をぺしぺしと叩く。半分は彼女の緊張をほぐすための冗談だったから、よかった。

 本当に馬刺しは滋養に良いんだけどさ。


「先輩ってどんな戦い方するんだろうね?」


「それは見てのお楽しみ」


「むぅ、わたしアクセラちゃんみたいに戦闘狂じゃないから、事前に分かってないと緊張するよ」


 俺が戦闘狂なのは前提なのか。いや、間違ってないけど。


「ん、ならこうしよう」


「え……って、きゃー!?」


 がら空きになっていた脇腹をくすぐる。薄いパジャマしか着ていないから感触はほぼ直か、あるいは布1枚分のクッションを経て余計にくすぐったいものになっている。


「ちょ、待って!脇はダメ、くす、くすぐったいって!」


「くすぐってるんだからあたりまえ」


「冷静に言うなぁ!んにゃあ!?」


 脇腹を庇おうとすると首筋やお腹を、それを庇って体を丸めると背中や足を、ひたすらにくすぐり倒す。


「ほんと……まって……息がで、できない……」


 笑いすぎて呼吸困難をおこしだしたのでさすがにやめて上げる。


「ひゅー……ひゅー……ひどい、止めてって言ったのに……」


「緊張はほぐれたでしょ?」


「そういう問題じゃないでしょ!」


 絶叫したエレナが今度は襲い掛かってくる。目を三角にして指をわきわきさせているところに悪いが、接近戦で俺が負ける道理はない。両手をまとめてホールドし、空いた片手でさらにくすぐる。


「うにゃー!?くすぐったい!やめ、くひゃ、むり、もうむりー!!」


「うりゃうりゃ」


「アクセラちゃんのエッチ変態馬鹿スケコマシ!」


「スケ……どこでそんな言葉を覚えてくるんだか」


 とりあえず疲れて寝るまで俺はエレナをくすぐり倒した。


 ~★~


「来ましたわね」


 小闘技場で観客のいない観客席を背景に、夕焼け空のような赤髪の少女が控えめに笑う。その恰好は動きやすさを重視した革鎧に補強の金属を入れたよくある冒険者装束だが、素材の1つ1つがかなり高価なものであることは一目でわかった。彩りとして左右非対称な裾の長さを持つ、青地に黄色と緑の線の入ったスカートを纏っている。

 彩りを入れたがるのは女性冒険者のあるあるだけど、ここまで派手だとすごいな。

 なにせ革鎧の黒、金属板の鈍鉄色、スカートの鮮やかな青とワンポイントの線2色、そして灼けるような赤の髪だ。これだけ主張の強い冒険者はAランクにもそういない。


「一週間待っていただいてありがとうございます」


「ギルドからの依頼ですもの、しかたありませんわ」


 エレナの謝罪に肩をすくめるその少女、ファティエナ先輩。その背後には一人の執事が待機している。真っ黒の執事服に身を包んだ初老の男性で、恭しく成人男性の背丈ほどある大斧を持っていた。

 ジジイには気を付けろ。この世界の鉄則だな。

 冗談めかした、しかし残念ながら真理でもある言葉を思い出す。レメナ爺さんやレグムント侯爵を見るまでもなく、俺という身近すぎる実例がいるのだ。スキルで身体能力をカバーできる以上、経験を積んだ年寄り程強いのは自明。それを証明するように老執事は柔和な笑顔を浮かべているだけなのに、肌がピリピリするような感覚を与えてくる。


「これは私の執事ガレン。体裁を整えるために連れてきた数合わせと思ってちょうだい」


「よろしくお願いいたします、アクセラ様にエレナ様」


 執事として完璧な礼をとるガレン。見かけだけのボディガードじゃないみたいだ。


「条件を確認しましょう。私とガレン、エレナさんとアクセラさん。このペアで決闘を行います。勝敗は審判の裁定、あるいはリタイアの宣言で決まり。勝っても負けてもお互いに要求することはなく、試合の内容を他言することも禁止としますわ」


 最後の条件はこの試合そのものが取引の一部だから。エレナが魔眼研究をしている先輩に紹介してもらえる代わりに、こうして決闘という名の手合わせを行うことになっている。


「審判はあちらのお三方」


 先輩が掌を向けた方を見る。学院に小闘技場の貸し出し込みで届け出を出したときに指定された見届け人兼審判の先生たちが、客席の中頃に座っていた。顔ぶれは俺たちの担任であるヴィア先生、戦闘のプロである戦闘学のメルケ先生、そしてファティエナ先輩の担任らしい男の先生だ。それぞれ不安そうな顔、神妙な顔、疲れ切った顔をしている。


「それでは始めますわよ」


 ファティエナ先輩が手を横に差し出すと、控えていたガレンがそっと大斧を手渡す。なんとあの細い少女は大人の男ほどもある大斧を使うらしい。斧そのものは魔斧のようで、大振りな本体に拳ほどもあるクリスタルがはめ込まれていた。しかしまだ魔力を感じないので、重量軽減などの効果で持っているわけじゃなさそうだ。

 俺が言うのもなんだけど、見かけに似合わぬ馬鹿力だな。


「エレナ」


「うん、まかせて!」


 今回はあくまでエレナの戦い。先輩の相手は彼女が務める。俺は同じ数合わせとしてガレンの相手だ。互いにいつもの冒険者スタイルに欠けがないかを確認してから得物を構える。


「油断しないようにね」


「もちろんだよ。アクセラちゃんも熱くなりすぎないでね」


「……確約しかねる」


 なにせガレンという老執事、強い。戦う前から口元がニヤけてしまうほどの何かを感じる。


「それではこれより決闘を開始する……はじめ!」


 メルケ先生の号令とともに俺は走りだす。先輩ではなく闘技場の左側へ、戦場を移動するために。真っ直ぐに見つめる俺の視線から意図を汲んでくれたようで、口元をわずかに緩めたガレンも同じ場所へと走り始めた。

 こういう駆け引きややり取りが通じる相手は楽しいな。


「紫伝一刀流アクセラ、押して参る」


「ファティエナ様が執事ガレン、お相手仕りましょう」


 俺たちは手短な挨拶を終えて構えた。

 戦士としてではなく執事として名乗られてしまったのが少し残念なような、それはそれで燃えるような……なんにせよエレナが試合を決めるまで楽しませてもらおう。

 視線を合わせて間合いを測ったのは数舜、ガレンが石畳を蹴って加速した。

 好都合。

 初手は待ちが紫伝一刀流の基本だ。ガレンの拳にも足にも光はない。純粋な身体能力による攻撃を、スキルを使わない一手を選ぶ輩は珍しい。走り方に無駄がなく、拳の引き方も移動を妨げないスマートなものだ。

 面白いことになってきた。

 右手で柄を握って腰を落とす。するりと間合いに入り込み、懐まで肉薄せんとするガレン。そこへ俺は紅兎を抜き放った。

 紫伝一刀流・抜刀『咬月』

 咬月は腕の動きを小さくすることで超至近距離でも高速の一撃を可能とする技。本来の抜刀術のコンセプトである短刀対策に忠実な、紫伝一刀流では数少ないタイプの剣。薄赤い残光が老執事の腹を一線する。しかしそこに彼はもういない。直前でバックステップに切り替え、鮮やかに間合いから抜け出したのだ。


「シッ」


 前へ踏み出した俺へと、後ろへの勢いを殺して放たれる右ストレート。緑のスキル光に包まれた手袋にはうっすら模様が浮き出ている。狙いはがら空きの胴。顔を狙わないのは配慮だろうか。

 まだ手緩い。

 咬月のいいところは振りが小さいかわりに反動もほぼないこと。引き戻した右腕で拳を打ち払う。外へ流れる腕にガレンは逆らうことなく体を捻り、こめかみに回し蹴りを飛ばしてきた。上半身を引いて回避。目の前をよく磨かれた靴のつま先が通り過ぎていった。


「まだまだ」


 蹴り足が地面についたところで今度は軸足が蹴りに変わる。連続の回し蹴りを下がって避け、反撃に刀を振るう。しかしその太刀は鋼の硬さで迎え撃つ拳に止められる。

 俺の刀を素手で止めるか……いや、あの手袋が魔道具なのか。

 模様を浮かべた手袋を一瞥して2歩下がる。突然の後退にできた空白、それは逃げではなく技のための必要な距離だ。大上段に振りあげた紅兎に魔力を厚く纏わせ、スキルで強化した脚力を乗せる。振り下ろされる一撃は斬撃ではなく打撃。

 仰紫流刀技術・金床打ち

 込められた力の質が違うのはガレンにも伝わったのだろう。彼はとっさに両腕を交差させて頭上に掲げる。魔力の鎚と化した紅兎が純黒の袖に激突し、布とぶつかったとは思えないほどの轟音を上げた。体重の軽い俺でも足から伝えた勢いは生半可なものではない。にもかかわらず、ガレンの腕はわずかに沈み込むだけでそれを堪えた。緑のスキル光が明滅しているあたり、防御のギリギリまでは攻め込めたのだろう。


「や!」


 金床打ちの衝撃が消える前に空いていた左手で鞘を掴み、金具を外す。逆手に持ったそれを薙ぎ入れる。両腕で紅兎を受け止めたガレンにはそれをくらう以外の選択肢がない……はずだった。


「く!」


 ここにきて焦ったような声を上げたかと思うと、ふと紅兎を押しとどめていた圧力がなくなった。黄色い光の尾を引いて10mほど向こうへと退く老執事。鞘による一撃はもちろん空を切っていた。


「……ガレンさん、強いね」


「お褒めいただき恐縮です。わたくしとしましても、これほどの使い手と(まみ)えられるとは思っておりませんでした」


 額に一筋の汗を流す老人は困ったように微笑む。緑のスキル光を出していたのは彼が普段使っているスキルで、黄色はおそらく切り札なのだ。とっさにそれを使わせた。そのことが俺の心に火をつける。

 この男はまだまだ強さを隠している。Bランクくらいかと思ったら、A相当だ!

 体の奥底から湧き出す快感に口角が上がる。視界が広がり、音が澄んで聞こえる。ぞくぞくするような予感がする。


「あはっ……本気になっちゃいそう」


「おやおや、レディにそのような目を向けていただけるとは。わたくしもまだまだ捨てたものではありませんね」


 冗談めかして言うガレン。しかしその目を見ればわかる。優し気な糸目の奥に見える瞳には、俺と同じ戦いへの渇望があるのだ。


「ね、ガレンさん。本気でしてみない?」


「それは……心躍るお誘いですが」


「ダメ?」


「申し訳ありません」


 彼も仕事だから仕方ない、なんて物わかりのいい性格なら神になるほど刀に身を捧げていないって。


「じゃあ、本気にして見せる」


「!」


 にやりと笑う。拳士としても執事としても完成度の高いガレンを本気にさせるのは難しいかもしれないが、戦闘のやり甲斐はなにも全力勝負だけではない。

 身構えるガレンに俺は左手を向ける。指を揃えて、掌を相手に向けて。右足を引いて腰を落とし、紅兎は刃を上に八双の構え。


「いざ、参る」


 踏み込みの力を最大限に活かして一撃を放つ長距離突き技。火魔法の強化とスキルの強化を上乗せし、体のバネに勢いを蓄積する。それを解き放つとき、俺は風よりも早い槍と化す。

 紫伝一刀流・一条

 薄紅と白銀の刃が相手の腹の真ん中を貫こうとする。このまま避けなくとも背骨や臓器をあまり傷つけない軌道だが、下手に動くと大怪我になる一突き。ガレンは笑みを凍らせて、俺が本当に本気を出したことを察したのだろう、黄色のスキル光を足に纏った。風切り音を引き連れて迫る刃から残像でも浮かびそうな速度で逃れる老執事。咄嗟の回避は成功するが、追撃をかけられるほどの余力はないはず。それでも振り向いて俺の動きを目で追いかけている。


「!」


 老執事を通り過ぎたところで立ち止まり、俺は左手を柄に添える。両手持ちに変えたのだ。

 細い目が見開かれる。纏った空気が一段重いものにきり変わった。

 刀を体に引き寄せて、左に立てた構えを取る。

 両手両足と胴を黄色い光が覆った。

 後ろへ地面を蹴りながら振り向く。

 機先を制すようにガレンの右腕が振り上げられた。

 全ての勢いを切っ先に乗せるべく、俺は紅兎を右に振り抜く。

 お互いの瞳から視線をまったくそらすことなく、俺たちの一撃は正面からぶつかった。叩き下ろされた右腕に弾かれて刀の道筋が変わる。黒い袖から金のボタンが2つになって落ちる。ズレて当たらなかった刀をそのまま跳ね上げて顎先を狙う。首をわずかに逸らしてその一撃を避けたガレン。左の膝蹴りが俺の脇腹を捉えんと迫り、それを避けるために下がると出も引きも早い連続の拳打を打ち込んでくる。

 手袋の模様、ただの防御力向上じゃない。もっと強力な能力のはず。

 拳に刀の腹を当てて少しずつダメージを入れ、僅かに続く拳打が遅れた瞬間を狙って攻撃をねじ込む。上段から斬り落とし、左逆袈裟、左横、右袈裟、左突き二連……今度はこちらから連撃をしかける。それらをガレンは両腕で弾き、躱し、相殺することで凌ぐ。


「く!」


 段々黒の面積が失われ、その下に着こんだシャツの白が見えてきたガレンの腕。それでも彼の動きからキレが失われることはない。右に左に振るわれる紅兎を的確に打撃スキルと強化スキルで迎撃してくる。いくつかは俺の体を掠め、じんわりと打撲じみた痛みが広がる。


「もう一段、上げるよ」


 お互いにタメを入れて放った大技を潰しあって一旦離れたところで、俺は彼に告げる。鎧の留め金をいくつか指で弾けば、煩わしい銀の胸当ては地面に落ちる。手足の鎧はそのままだが、一番大きなパーツが抜けたことでぐっと軽くなった。


「はぁ、暑い」


 シャツのボタンを第2まで開けて、激しい運動と十何年も飢えていた強敵への興奮で火照る体を冷やす。

 じっとりと汗ばんだ肌がシャツに貼りついて気持ち悪かったんだ、さっきから。


「……」


 構えを解かないままにガレンが視線を逸らす。その気まずそうな空気にもう一度自分の胸元を見れば、鎧の下で蒸れたシャツには下着の薄青が透けていた。


「まあ、気にしないで」


 頬に引っ付く髪をとってから刀を構え直す。するとそれまで横を向いていた執事が俺を見て、ため息を深々とついた。


「まったく、困ったレディです。そこまで熱烈にお誘いいただいては、応えない方が無粋というもの。本当はいけないのですが……」


「いけない方が楽しい?」


「まったく、本当に困ったレディですね」


 苦笑の中に獰猛な獣の気配を宿して、ガレンが上着を脱ぎ捨てる。シャツの二の腕には黒い輪がはめられていた。一見するとシャツの長さを調整するために使うアームバンドのようだが、特に布地が余っている様子はない。


「名乗りなおさせていただきましょう」


 両腕についたそれを外し、男は相変わらずの笑みを浮かべてこう言った。


「ガスパール流拳闘術剛士ガレン、お相手仕る」


 アームバンドが手から離れて闘技場の床を打ったとき、異様な音がした。まるで金属の塊をうっかり落としたような硬く思い音だ。

 ……こんな古風なトレーニングしてるやつ、本当に居たんだ。

 ガレンは今まで無駄な重りを腕につけて戦っていた。そのことに俺の興奮はまた一段階押し上げられる。体が火照って仕方ない。折角冷やしたのに、また頬が上気するのを感じる。


「あはっ」


 たまらず走りだす。今度は初めから両足に火魔法のヒートブラッドをかけ、灰狼君討伐で得た称号『討伐者:灰狼君』の『獣歩』スキルを使う。それまでもちょくちょく全身の力を刀に乗せるために補助として使っていたそれは、本来獣のように三次元的で野性的な動作を可能にするスキルだ。


「シィ!」


 鋭い呼気と繰り出される手。それはもう躊躇いなく顎や喉、鳩尾を狙って繰り出されている。拳打以外にも手刀や掌底、鉄槌打ち、裏拳を折り交ぜた多彩な攻撃。その中に時折大小の蹴り技が入る。乱舞する黄色と緑の光はいっそ美しさすら感じる領域だ。


「フゥ!」


 右手の打ち払いを受けて刀が逸れた一拍の隙を狙って繰り出される左の掌底。それが見事に俺の腹に吸い込まれ、まるで内蔵を台風が通り過ぎたような衝撃が襲い来る。


「こはっ」


 息が強制的に外へ追い出される。肺が無理やりに空気を吸う。あまりに至近距離での攻撃に俺は一瞬ガレンの肩へ寄り添うような形になった。吸い込んだ空気は上品な花と柑橘の香りだった。

 さすがは紳士、これだけ強くて穏やかでおまけにこんないい匂いのコロン……俺が女なら惚れてるね。

 そんな場違いな感想を抱いている間にもなんとか衝撃を体から逃がす。再生の魔術回路は損壊が起きない衝撃には反応しない。フェアな戦闘ができて丁度いいが、意外と融通が利かないなと思ってしまう。


「ふっ」


 折角密着したのだからこのまま反撃といこう。そんな俺の考えを感じ取ったか、ガレンはさっと身を引こうとする。しかし追いすがって密着を維持し、柄から離した右こぶしを腹筋の上へと宛がう。

 目には目を歯には歯を、衝撃には衝撃をね。

『獣歩』の応用で拳を加速し打ち出す。表面を殴る力を極力抑えてインパクトだけを中へ送るように。当然反動も馬鹿にならず、支えている肩と背中の骨がぎしぎしと軋む。

 シュトラウス流格闘術・スーパーパンチ


「ぐぉ!?」


 我が戦友ながら酷すぎるネーミングセンスを持つ超越者アーディオン=シュトラウスの技だ。伝わった衝撃は広がらず真っ直ぐに内蔵と骨を襲い、ガレンの足をふらつかせる。それでも踏みとどまった。


「今のは……いえ、まだまだいけますよ!」


「それでこそ!」


 密着状態での戦闘はお互いに面倒だ。その共通認識から互いを突き放して距離を開ける。内臓のぐるぐるする感触は収まっていないが、刀を振るに支障はない。一度納刀してから柄を握る。拳闘士と戦うにはぴったりの抜刀術が仰紫流にはあるのだ。拳闘士の最高峰たるシュトラウスを倒すために研究した技が。

 ガレンは左腕を立て、右腕を腰だめに据える。この拳闘士はなにか大技を準備している。そのことは構えとスキル光の強さで分かる。彼は幾重にも強化スキルを重ね掛けし、手足に黄緑の眩い輝きを纏っていた。さらにその中でもはっきりわかるほど白い手袋の紋様が赤く光っている。

 切り札中の切り札を切る。確信を胸に抱いて、おそらく最後の一撃になる技へ踏み込む……そのときだった。風を切って何か巨大な物が飛来する気配がしたのは。俺もガレンも溜めていた力を後ろへ下がることに向け、直後に激突した巨大な物体を見る。それは黒と緑の何かを内に封じた氷の欠片たちだった。欠片といっても大きい物は俺の上半身程、小さい物でも拳ほどはある。


「こ、これは!」


 ガレンが目を見開いた。すぐに俺もそれがなんであるかに気づいて目を丸くする。氷の中の黒は金属の欠片、緑は植物の断片だった。その金属、よく見れば武器の一部である。それも斧の。

 あ……。

 つい夢中になって2人とももう片方の戦闘を見ていなかった。そのことに気づいてから慌てて視線を向ければ、そちらは既に決着がついていた。林立する氷の柱、波や飛沫ごと凍り付いた水浸しの床。氷柱の中には無数の蔦草が封じられており、氷海の下の石畳には砕かれた痕跡がいくつか。被害状況で言えばこちらより圧倒的にひどい。そんなカオスの中に立つ人影はなく。


「……」


「……」


 あまりの惨状と自分たちの迂闊さに俺とガレンは再び気まずい空気になってお互いをみやるのだった。


ついに始まった決闘!


~予告~

国を超えた戦いに燃える二人の戦士。

しかし彼らを待ち受けるのは金と政治の闇だった!!

次回、ロッキード4


ミア 「ものすごいパチモンの糞映画臭がするんじゃが」

シェリエル 「あまり名作に変な物を掛け合わせると怒られますよ」

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