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五章 第14話 戦闘学

 ユニコーン討伐の戦果を馬車に積んで凱旋した俺とエレナはそのまま学院に帰った。素材は全て王都の下ギルドにて鑑定と売却をしてくれるとのことで、俺たちはその結果を聞いて口座にお金が振り込まれるのを待つだけ。少し食べる用に分けてもらった分以外は全部売却したので結構な稼ぎになる予定だ。ちなみに食べる用の肉はしっかり冷凍してあるのでまた馬刺しにできる。

 エレナがあんなに馬刺しを気に入るとはね。


「戦闘学の受講者はこれで全員か?」


 先生の問いかけに俺は意識を授業へ戻す。討伐から戻ってきた翌々日の午後、選択科目の戦闘学の時間だ。場所は教室棟から寮を超えてもっと奥に行った練習場、剣や魔法を練習するための広く複雑なグラウンドだ。


「この授業では最初に点呼をする。名前を呼ばれたら返事しろ!」


 そう言ってから生徒の名前を読み上げる教師はガタイのいい男性だ。背は高く、熟練の騎士を思わせる強者の気配を纏っている。髪は黒い短髪、瞳はナズナの髪のような藍色だ。顔立ちも武骨ながら整っている。その整った顔を台無しにする疲れたような眼差しが印象的だ。


「ん」


 早々に名前を呼ばれて暇になり、軽く屈伸など体をほぐす運動を始める。ちなみにクラスの半分以上が出席しているのだが、さすがに制服で激しい運動は難しいので全員が学院指定の体操服を着ていた。紺色の膝丈ズボンに白い肘袖のシャツだ。動きやすく汗を吸う素材で、たぶん綿だと思う。生地は詳しくないのでよくは分からない。


「よし、それじゃあ始めるぞ」


 先生の号令に頷く生徒たち。特に並ぶよう指示はされていないので思い思いの場所に陣取っている。俺はレイルやアベルと同じで先生のすぐそばだ。王子と近衛騎士もかなり近い所に陣取っていた。


「まず軽く自己紹介と授業についてを説明しようと思う」


 散らばって立つ生徒たちを見回すよう、ゆっくりと視線を巡らせてから先生は続ける。


「オレの名前はメルケ=ハル=ラルクナー、気軽にメルケ先生とでも呼ぶといい」


 分厚い胸板をそらして笑みを浮かべるメルケ先生。なんとなく気怠げな雰囲気の人だと思ったが、意外に強者らしい鷹揚さも醸し出している。


「この授業では基礎的な戦闘のノウハウを教える。基本的にオレの方でペアを指定し、半年はそのまま続けてもらう」


 2人1組での活動が基本になるようだ。


「もちろん一口に戦闘学と言っても求めるレベルは多種多様だろう。護身用や嗜み程度から実戦で振るう剣まで本当に幅は広い。ペアを決める際にはそれらも勘案していく」


 良い教育方針だ。学院の勉強は知識を詰め込むためのものとスキルを得るためのものに大別されるが、メルケ先生の指導は効率的なスキル上達に繋がるだろう。なにせスキルにしても技術にしても、レベルの近い者で競い合うことこそ一番いい練習なのだから。


「これから4組に分かれて素振りをしてもらう。それをオレが見て回ってペアを決める。どのレベルを求めるかはその時に聞くので考えておけ」


 淡々と説明をした先生は生徒を立っている場所で大まかに4つに分ける。そして全員に練習場の片隅にある倉庫から自分に合った木剣を持ってくるように伝えた。どんな剣が自分に合うのかの見分け方を教えないまま。

 きっと選んでくる剣で剣術への慣れを図るつもりなんだな。


「よし、一番に揃ったな。お前たちから始めよう」


 先生は俺たちのグループにそう言うと、ただ整列して思い思いに素振りをするよう命じる。俺もレイルもアベルも言われた通り剣を構えて振り始める。それぞれ自分に最適なペースで、慣れた打ち込みをするだけだ。アベルも剣の心得は嗜み程度にあるらしく、そこそこ様になっていた。


「トライラント、お前はどうする?」


「ぼ、僕は、護身、程度で!」


「フォートリン、お前は実戦レベルだな?」


「はい!」


 一言一句で息を途切れさせるアベルと、息を切らすこともなく素振りをしながら答えるレイル。嗜みの剣と騎士の剣の違いが如実に出ていた。


「オルクスはどうする?」


「実戦で。あと、できれば姓は止めてください」


「なるほど……」


 その答えを聞いてメルケ先生は俺の目を覗き込む。真意を推し量ろうとしているのか、俺の本質を見定めようとしているのか。とにかく数秒じっと見つめてきた。


「……いいだろう。アクセラだったか?」


「ん、アクセラです」


「わかった」


 面白い物を見つけたという笑みが男の口元に浮かぶ。しかしそれをすぐに消して彼は隣の生徒の方へ行ってしまう。

 これはもしかして同類を見つけたかな?

 思いのほか面白そうな相手を見つけて口元が緩んだのは、何も先生だけじゃない。


「お前、笑うとかわいいけど怖いよな」


「レイル、失礼」


「うひゃ!?」


 素振りのついでに無礼者の脇腹を突いておいた。


 ~★~


「よし、全員ご苦労だった」


 4組の全員が素振りを終えたところで先生はいったん休憩を言い渡した。それが終わってから彼はペアの発表を始める。曰く、素振りから見える体力なんかを勘案して決めたものなので、どれだけ不満があっても半年は同じペアで頑張ってほしいとのこと。


「まずは嗜みレベル」


 読み上げられた名前は全て女子生徒のもので、本当に多少剣を使った技能を持っていると示したいだけのお嬢様方だった。今ひとつ誰が誰だかわからない。俺が分かるクラスの女性はエレナやマリア、もう一人のマリア、ストロベリードリ子ちゃんくらいだ。


「次に護身レベル」


 今度は女子の名前と男子の名前が混じっている。アベルのように将来完全な文官になる予定の男子は、いよいよの時に身を守る程度の剣があればいいとされる。女子の中でも自分は自分で守れるようにと考える者だけが参加するので、ちょうど半々くらいになった。


「そして実戦レベル。これは個人の能力が大きく開いていたので、最も組み合わせとして効果が高いだろうペアにしてある」


 一言前置きを付け加えてからペアを発表していく。名前のリストが半分ほどまで来たとき、その組み合わせは呼ばれた。


「フォートリンとシーメンス」


「な!?」


 レイルとペアになったのは近衛騎士のマレシスだった。愕然とした表情で固まった彼はすぐさまメルケ先生を睨み付けて再考を求める。


「先生、俺は殿下と組ませていただきたい」


「それはできない」


「何故ですか!」


「教師であるオレがそう決めたからだ」


「……」


 なおも何かを吼えたそうにしていたが、生徒の立場であまり教師の判断に口を出すのもはばかられたのだろう。苦々しげにメルケ先生を睨み付けてから彼は下がった。なんだか俺は彼が誰かしらに噛みついているシーンしか見た覚えがないな。

 にしても、殿下と組むやつは大変だ。とくにアレの後とは。

 そんな他人事じみた感想を抱いていられてのはそこまでで、俺は続く先生の言葉に凍り付く。


「シネンシスと組むのはアクセラ、お前だ」


 クラス中に変な空気が流れる。俺は俺で勘弁してくれと叫びたいし、王子は驚きと期待を混ぜたような表情でこっちを見ている。マレシスは当然今にも走り寄ってきて噛みつきそうな顔だし、他のクラスメートも王族と裏切り者の組み合わせに複雑な視線を注いでいる。


「先生!」


「なんだ、シーメンス。お前は文句が多いな」


「言わずにいられないからです!なぜあの裏切り者が殿下のお相手なのですか!?」


「オレはアクセラが裏切ったところを見た覚えはない」


「なにを!」


 とぼけたような先生の答えにマレシスは言葉を失う。


「学院の中で世間の肩書は意味をなさない。貴族の権利も親の名声も持っている位も全てだ。つまり彼女がどこの家の出身者でも関係ないということだ」


 功罪共に目を瞑る。あらゆる肩書としがらみを学院は考慮しない。そのスタンスを明確に貫くメルケ先生の姿は堂々としていて、それこそ近衛騎士のような筋の通った風格を感じさせた。


「それに実力を加味していると言っただろう。お前とフォートリンは体格も能力も近い。今は経験で数歩シーメンスが優勢だが、覆せない差ではない。お互いにいい練習相手になるはずだ」


「それでどうして殿下の相手があの娘なんです!?殿下は俺とも互角に打ち合えるほど剣に覚えがあるのですよ!」


 へえ、良い事を聞いた。殿下はあれでわりと剣を使うのか。それなら半年、教え甲斐がありそうだ。

 皮算用をする俺は先生の言葉にまたも驚かされることになる。


「だからこそだ。アクセラの能力は突出して高い。シネンシスに怪我をさせることなく適度な経験をさせられるだろう」


 メルケ先生は俺のことをえらく評価してくれているらしい。さっきの素振りだけでそれを見抜いたということは、彼自身が俺の思っていたより強い証拠だ。

『観察眼』やそれに似たスキルか、あるいは本人が意図せず身に着けた技術か……いずれにしても面白いことになりそうだ。


「こいつが俺より強い……?」


「文句があろうと関係はない。教師が決めたことには従う、それが授業だ」


「ありえない!こんな裏切り者の血筋の、冒険者なんてしているような貴族の恥さらしが!末席とはいえ近衛騎士の俺より強いなど、認めん!」


 ヒートアップするマレシスはもはや先生の言葉を聞いていない。というより俺のことだけを真っ直ぐ睨み付けている。一体何がここまで彼を怒らせるのかは分からないが、この前従者と間違えたことだけが理由じゃないはずだ。個人的な恨みがあるとしか思えない。


「止めろ、マレシス!」


 殿下の声に今度もぴたりと止まるマレシス。今のところ彼の近衛らしいところと言えば、こうして命令だけはしっかりと聞くことくらい。それでも今にも掴みかかって来そうな視線を止めないあたりに自制のなさがうかがえる。


「……ここでわだかまりを残しても仕方がないか」


 怒鳴ることはなくなっても睨み続けるマレシスを見てメルケ先生がため息をつく。俺としてはそれで話がまとまるなら王子の相手を交代してもいいのだが、先生としてはそうもいかないのだろう。


「シーメンス、アクセラ。2人はここで少し手合わせをしろ」


「先生!」


「ふん、初めからそうしてもらえればよかったのですよ!殿下もそこでご覧になっていてください」


 気位が高いのかなんなのか、メルケ先生に向ける言葉には取り繕いきれない傲岸さがにじみ出ている。止めに入ろうとする殿下も今度は失敗した。仮にも先生から許可が出たことが彼に理由を与えていた。


「……ん、授業ならしかたない」


「乗り気じゃないみたいだな?怖気づいたか」


 また三下っぽいセリフを……。


「忠告してあげる」


「お前が俺に忠告だと?」


 マレシスは不快そうに整った顔をしかめる。


「そういう物言いは止めた方がいい。主の品格を疑われる」


「き、貴様、殿下を愚弄する気か!?」


 なんでそうなる。

 耳の神経が目か口にでも繋がっているとしか思えないほど会話が成立しない。心の底から「今馬鹿にされたのは殿下じゃなくてお前だよ」と優しく教えてやりたいほどだ。そんなことをすれば悪い方向にしか事態は進まないのでしないが。


「どういう形式ですか?」


 意思の疎通を諦めて先生に向き直る。いくらなんでも授業で簡易決闘はしないだろうから、先生がルールを大まかに設定してくれるはずだ。


「大したルールは設けない。木剣1本での模擬戦で魔法はなし。当然殺傷に繋がるような危険行為は禁止でリタイアも可能だ。審判はオレがする」


 普通の練習試合だな。


「戦い方は指定しないしそれ以外のルールもない。勝敗による景品もなしだが……マレシス、お前が負けた場合はきちんと謝罪しろ」


「ふん、俺が負けると?」


「さあな」


 先生自身相手に疲れてきたのか、肩をすくめて返答を誤魔化す。


「ん、始めよう」


 俺もそれ以上言葉を用いる気はなく、生徒たちから少し離れて木剣を構えて見せる。


「女だからと手加減はしない」


「安心して、私はしてあげる」


「貴様ァ!!」


 ついうっかり煽ってしまった。戦いの前に相手のペースを乱すのはよくある駆け引きだし、冒険者はお互い軽口を飛ばしあう者が多い。加えて粋がった三下相手には厳しいのが冒険者の世界だ。ついついああいう態度を見てしまうと言いたくなるのはしかたがない。

 うん、仕方がない。


「開始だ」


「はぁ!」


 やる気のない号令を受けて、マレシスが気合いとともにスキルを使う。具体的に何かは分からないが、全身をスキル光が包んだので身体強化系だろう。

 騎士の系列なら防御のスキルかな。

 オルクス家騎士長トニーの防御力極上げタックルは下手な剣より強力だ。そんな面白い技を思いつくほど目の前の少年が柔軟とは思えないが、警戒しておくにこしたことはない。


「行くぞ!」


 マレシスは右手に握った剣を水平に構える。左腕を胸の前に出しているのは無意識に普段使っている盾を想定しているからか。そしてその剣を赤いスキル光が覆い……次の瞬間には砂埃を蹴立てて目の前まで接近してきていた。

 突進系のスキル。色からして『剣術』のものじゃない、もっと高位の。でもまだ遅い。

 胸の中心を狙って突き出される切っ先。右足を一歩引いて躱す。突き技は最小の動作で交わすのが紫伝一刀流の基本だ。そうすれば反撃は密着状態で行える。引いた右足をもう一度前に出し、剣を握った右拳で殴りつけた。


「ぐぅ!」


 本来なら盾のカバー範囲だろうが、今彼の手には何も握られていない。馬鹿正直に進んできた代償は胸のど真ん中に突き立つ俺の拳だ。それでもうめき声を上げる程度でダメージの様子がないのは最初に掛けていたスキルのおかげか。俺の手に痛みはなかったので単純な防御力を上げるのではなく、衝撃を殺す類の効果があったと推測できる。


「まだだ!」


 数歩後ろに跳んで距離を開けたマレシスは剣を振り上げる。両足が赤く光り、さきほどと同じように突進をしかけてきた。今度は刺突系ではなく、移動系に別の剣戟を乗せて。


「ん」


 青い光を纏って袈裟に振られる木剣。それを自分の剣の腹で受けていなし、勢いが削がれたところで外へ滑らす。前にかけた力が横に逃れたせいで体制を崩す少年に、右外へと回した剣を叩きつける。腰のひねりで加速して棍で殴るように。


「ぐあ!!」


 思い切り腹に木の棒が叩き込まれたにも関わらず、マレシスは吹っ飛びもしなければ倒れもしなかった。衝撃吸収のスキルが優秀なこともあるが、おそらく盾役用の体重を上げるスキルも使っていたのだ。

 これだから騎士は……。

 堅いのは叩き甲斐があっていい。しかし反撃がさっぱりなのでは、叩いても楽しくない。


「くらえ!」


 腹にくらった衝撃をこらえつつ振るわれる剣。青い光がまだ灯っているが動きはスキル特有の機械的なものではない。つまり剣自体の威力をスキルで底上げしている。刃はないので切れ味は上がらない、つまり打撃力を上げたか。

 これはもういいや。

 俺は木剣を手放す。組み合ったような恰好から振られた剣は俺の後頭部に吸い込まれるが、あっさり力を抜いて屈んでしまえばただ頭上を通り抜けていくだけ。通過しきったところで頭を上げ、目の前で伸びきっている腕を捕まえる。左手を上に、右手を下に。大きく一歩踏み出してから腕の下に右肩を噛ませ、半回転して背中をマレシスの胸板に押し当てる。


「!?」


 彼はその動作に何をされるのか理解が及ばないらしい。この時点でマレシスが次の技から逃げるすべはなくなった。


「や」


 気の抜ける気合いとともに上体を前に倒す。引っ張られた腕に釣られて重たい体が俺の背に乗り、そのまま宙を回って大地へと急降下。


「ごっはぁ!?」


 整地された練習場に背中から叩きつけられたマレシスの肺から空気が追い出され、無理やり開かれた口が失った息を求めて痙攣する。

 紫伝一刀流・体術『(さむらい)殺し』

 本当はもう少し握る位置が違って、肘を逆向きに折りつつ肩を外す技だ。そんなことはさすがにできないので、ただの一本背負いになってしまった。


「はい、おしまい」


 ようやく呼吸を回復させて視線をこちらに固定したマレシス。その喉元に木剣の切っ先を突きつけた。


「き、貴様、こんな愚弄するような戦い方……げほげほ!」


「愚弄?」


「け、剣をまるで棒切れのように振るい、騎士相手に殴る蹴る……そんな戦い方で、貴様は恥じるところもないと言う気か!」


 何を言いだしたんだ、こいつ。

 審判に本気で意味が分からないという視線を送ると、怠そうな顔のまま肩をすくめて仲裁に入ってくれた。


「マレシス、オレはお前たちに手合わせをしろと言ったんだ。騎士式の決闘じゃない」


「詭弁だ!」


 無茶苦茶か。

 マレシスにとって戦いはイコール騎士同士のお行儀良い決闘と戦争の2つに1つなのかもしれない。アホかと言いたい、それでも正規の騎士なのかと。


「スキルも一切使わなかったな!?馬鹿にしているのか!」


「やはり使ってなかったのか」


「ん」


 俺が頷くと周囲の生徒たちがまたざわめき始めた。そのあたりのことを多少知っているレイルとアベルは黙って事の成り行きを見守っているが、マレシスは悔しそうに歯を食いしばっている。王子はただ目を見開き、なぜかメルケ先生は少し機嫌がよさそうだ。


「ともあれ、オレはちゃんと条件を伝えたはずだ。お前は勝手に解釈し、アクセラは最大限活用した。それを詭弁と呼びたいならお前は今後ルールのある試合にしか出れなくなるぞ?それとスキルに関しても、別に使用の有無は指定していない」


 近衛騎士なら騎士以外を相手にすることもある。そのとき相手にもルールの遵守を要求するのか。そう問われればマレシスも黙るしかない。


「いいかシーメンス、学院で学ぶべきことは多い。世の中をもっと知れ」


 ありきたりな言葉だが含蓄のある言葉でもある。こういう暑苦しいことが素直に言えるのはいい教師だ。


「マレシス、言うことがあるだろう?」


「……謝罪する」


 先生に促されるままマレシスはぼそっと呟いて、何かを考えるようにうつむき引き下がった。そのまま決められたペアであるレイルへと向かい、少し離れたところに移動してしまう。殿下は眉をひそめてその背中を見つめていた。逆にレイルは「こんなのどうすりゃいいんだよ」という目で俺を見つめながら去っていった。


「よし、今日の授業は簡単にいくぞ」


 戦闘を本格的にしたい組は基礎の剣くらい振れるので、初回の授業はほぼ放置。お互いに剣を交えて剣士としての挨拶を交わす程度。護身レベルで使えるようになりたい者と嗜みレベルを目指す生徒は、今からメルケ先生が剣の取り扱いから教えていく。


「それではのこり30分ほど、しっかりと励めよ」


 先生はそんな指示を残して護身と嗜みの方に向かってしまった。


「その、すまなかったな」


 殿下が眉を下げてそう言う。第一王子のくせに、なんだか出会ってからこいつは謝ってばかりだ。


「ネンスのことが大切なんだと思う。それくらいは大目に見る」


「ああ、助かるよ」


 あんまりしつこいと潰すけどね。


「さ、始めよ」


 俺は殿下に剣を向ける。30分しかないのだ、無駄にできる時間はない。


「お、お手柔らかに頼む」


 頬をひきつらせる殿下。なんとなくクラスメートたちも俺のことを不思議な目で見ていた。困惑を中心に尊敬と恐怖が混じったような、なんとも言い難い視線だ。マレシスほど露骨でないにしても、オルクス家の俺が仮にも近衛を務める人間より強いとは思っていなかった。そんなところだろう。


「私、教えるの上手いから。なんとかなる」


 自然と顔が笑みを浮かべるのを感じる。目の前にいた殿下の顔が赤くなる。

 俺の顔が整っているのはいいが、見惚れていると大けがをするぞ。


「まずは好きにかかっておいで」


 さて、楽しい楽しい剣術のお時間だ。


~予告~

徹底的にマレシスを鍛え直すことを決めたアクセラ。

その方法とは沼に沈んだ馬車を持ち上げるまで帰宅できないというもので・・・。

次回、試しなどいらぬ!やるかやられるかじゃ!!


アクセラ 「技術で一番大事なのは「試し」だけどね」

エレナ 「それ以前に問題だらけだと思うよ・・・」

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