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五章 第13話 馬刺しの追憶

「ん、これでいい」


「つ、つかれたぁ」


 全てのユニコーンを処理し終えてようやく一息つく。2人がかりで解体した獲物を毛皮や肉、内臓、骨に仕分けて、腐りやすい部分はエレナの魔法で瞬間冷凍してもらう。日持ちもしないし凍らせてもダメになる部分は、氷の箱を作ってその中に入れておく。これで腐ったらもうしかたない。


「とりあえず野営の準備しよっか」


「その前に」


 俺は意識を取り戻して不安げにこちらを見上げる女性に目を向ける。


「どうしてここに?」


「あ、あの、助けてくれてありがとうとございます……」


「ん、近くの村の人?」


「はい、もう少し行ったところの村の出身です」


 魔法のおかげもあって最初の恐慌状態を抜け出した女性に、あの状況に至るまでの出来事を尋ねる。


「王都に向かおうとしていたところを襲われまして」


「王都へ?」


「は、はい。ユニコーンの群れについてギルドの依頼をしにいくところでした」


 討伐依頼を届けに行く途中で襲われてしまうとは、なんとも運のない女性だ。


「もう依頼が出ているとは思っていませんでした。本当にありがとうございました」


「ん、仕事」


「そうですよ。気にしないでください」


 そこで彼女が小さな鞄1つしか見につけていないことに気づく。このあたりの村から王都まで徒歩で行くにはいくらなんでも軽装だ。俺たちのような冒険者ならいざしらず、ギルドに依頼を届ける役目がこんな散歩程度の恰好をした女性1人。それは少し奇妙に思えた。


「1人で?」


「その、ユニコーンを刺激しないのは私しかいなかったものですから」


 たしかにユニコーンが出没しているのに男を遣いに出すわけにはいかない。もし匂いを嗅ぎつけられたら逃げきれないし、もし逃げきれても狂乱状態の群れを王都に連れてきたとなれば処罰の対象になりかねない。

 無事辿り着ければよし、辿り着けなければ慰み者にされるが王都に睨まれることもなし。仕方がないとはいえ、酷い話だ。


「この後はどうするんですか?」


「え?」


「王都に向かうんですか?それとも村に戻るんですか?」


「あ、ああ。一度村に戻ろうかと思っています」


 彼女は村に戻ってユニコーンが討伐されたと知らせたいと言う。今、その村は酷く怯えて誰もが家に閉じこもっているのだと。


「送っていく?」


「い、いえいえ!大丈夫です、馬は死んでしまいましたが本当に村は近いですから」


 徒歩じゃなくて馬に乗ってきたのか。雄だったのか雌だったのかしらないが、ユニコーンに捕らえられて殺されてしまったようだ。あの悪食な魔物のことだ、今から行っても骨が残っていればいい方だろう。

 ん?でもそれはそれでおかしいような……。

 女性でも馬に乗ればユニコーンから逃げることもできなくはない。しかしそうなるとやはりユニコーンの群れを王都へ引っ張ることになる。王都の近くまで行けばユニコーンは結局男に反応して狂乱状態だ。わざわざ女性を遣わす意味がない。

 処女相手でもしつこく追いかけてくると知らなかった?

 ユニコーンはこのあたりに出没する魔物の中でトップクラスの危険度を誇るのに、その生態を近くの村の人間が把握していない。それはあり得ない。結界に守られた街の人間ならまだしも、村人は自らの知識と力で己を守る必要がある。知らないことは罪であり、死神でもあるのだ。


「でももしハグレがいたら……」


「エレナ、その心配はない。ユニコーンは群れでしか行動しない」


 胡散臭い女性に深入りしないようそっと方向を修正する。


「すぐに行く?」


「あ、そ、そうですね。早く戻って知らせないと」


 うん、やっぱり違うね。

 もう日は落ちる寸前だ。俺とエレナは野営すると言っているんだから、普通は朝まで一緒に過ごしてから出発したいと思うはず。夜は人間に不利な時間であり、よほどの事情がないかぎり夜間行軍は避けるものだ。

 この女は村娘なんかじゃない。どこかの貴族の暗部?でもそれにしては弱い。

 大した実力もない女性をたった一人で仕事に就かせる暗部があるだろうか。そうなるとなんらかの事情持ち、あるいは逃亡中の犯罪者という可能性もある。

 なんにせよ、関わらないのが吉だね。


「助けてくれて本当にありがとうございました」


 再度お礼を言ってから、そそくさと立ち去る女性。その背中を見送りながら俺とエレナは小声で意見を交わした。


「ちょっと変わった人だったね?」


「村人じゃない」


「アクセラちゃんもそう思う?」


 俺が気づいて聡いエレナが気づかないはずもなく。結局、最後まで女性は自分が疑われていると思いもしないままどこかへ去っていった。実際危ない所を救ったので恩義は感じていたのだろう、彼女の言ったことでたった1つ真実味を帯びていたのは感謝の言葉だった。


「ん、野営の準備しよ」


「そうだね。土の家でいい?」


「ん」


 気分を入れ替えるように手を打ってから仕事にかかる。エレナの土魔法はこういうときにとても便利だ。氷と混ぜて硬い砦を作ることもできるし、押し固めて簡易的な家を建てることもできる。しかも彼女の場合、覚えてすぐに秘密基地を作る遊びにハマったおかげで家造りはちょっとした得意分野だ。庭の片隅にこっそり建ててはラナに怒られていた。


「よいしょっと」


 慣れたもので詠唱もなしに立派なワンルームを作るエレナ。場所はユニコーンの素材を山盛りにしてある場所のすぐそばだ。泥棒や野生動物が来れば気付けて、普通に寝る分には臭いが気にならないちょうどの位置。


「火は任せて」


 入口の開口部から少しのところに浅い穴を掘ってそこを焚火の場所に決める。夜通し火を灯すつもりはないので、調理するときに俺が魔法を使うのだ。エレナに頼んでその横に調理台を作ってもらう。彼女が平らに固めたその表面を火魔法で焼き清めている間、俺は凍らさずに置いておいた一部の肉を用意する。


「献立考える。壁を採取物の周りに建てておいて」


「はーい」


 即席の調理台にユニコーンの肉を持ってくる。外見が似ているからか、ユニコーンの肉は馬肉と近い味がする。つまりは旨い肉だ。

 とりあえずシチュー?でも野菜がない。焼くだけだと芸がないし。


「エレナ、馬刺しでもいい?」


「ばさし?」


「馬のお刺身」


 刺身、生肉……そのワードにエレナが一瞬固まる。昔神々の宴に呼ばれたときには生魚を盛んに食べていた彼女だが、あれは食中毒の可能性が万に一つもない天界だったからだ。色々と差しさわりの多い地上で生肉を敬遠するのは賢いとすら言える。


「大丈夫、ユニコーンに寄生虫は付かない。それに炙れば菌も死ぬ。なんとかなる」


「まあ、アクセラちゃんがそう言うなら」


 相変わらずエレナからの信頼が厚い。


「折角だし色々試そう」


 免疫能力が高い魔物の肉は普通の馬肉より安全性が高い。いい機会なので部分別に食べ比べをしてみよう。こんなこともあろうかと、1体分の肉を凍らさずに確保してあるのだ。追加の肉を採取物の山から回収する。その頃にはもう簡易の壁が出来上がっていた。

 魔法の速度は本当に速くなった。さすが、頑張り屋なエレナ。


「馬肉って鹿肉とどう違うの?」


「味は結構違うけど、脂が少ないのは同じ」


 とりあえず用意したのは6か所。脂が少なくて弾力とうま味の強い背中の肉クラシタ。柔らかく脂のほとんどないモモ。サシがしっかりと入った高級部位のバラ。バラの付近で白赤白の三層になった特徴的なフタエゴ。コリコリとした歯ごたえが独特なタン。そして鬣の下の脂が多い、というかほぼ脂しかない白い肉タテガミ。


「馬刺しフルコース」


「ユニコーンだけどね」


 エレナのツッコミをうけつつ肉を解体用のナイフで薄く切る。刃の通りは悪くない。十分なまで噛める硬さだ。


「火、わたしがしようか?」


「大丈夫」


 すぐそばの浅い穴に魔法で火を作る。もう戦闘がないからこその贅沢な魔力消費だが、それもエレナにばかり負担させたくはない。彼女は既に戦闘用にある程度使っているし、もし万が一襲われたときに俺なら魔力が切れかけていてもなんとかなる。


「鍋くらい持ち歩いた方がいいかも」


「でも邪魔だよ?」


 結局属性的に使えない以上しかたないので、火にかける土鍋はエレナが作った。もちろん水も彼女の魔法だ。


「これ、入れて」


 皮をはがして10cmくらいのぶつ切りにした棒状の肉を手渡す。スープの出汁を取るためにさっき用意したものだ。


「え、こ、これ……」


 赤黒い棒状の肉にエレナは固まる。見る見るうちに顔が赤く染まった。


「尻尾」


「あ、うん。だよね」


 赤味の抜けない頬を隠すように、彼女は調理台と鍋の間でこちらに背を向けて作業を始めた。彼女が何と勘違いしたのかはわかるが、そこは言わないのが大人の配慮と言うもの。とはいえそういったモノに興味を抱く姿には複雑な気持ちが湧き出る。

 遅いような、早いような。

 一般的に少女がそういった興味を持つのがいつ頃なのか、実体験ついては男の思春期しか経験のない俺には分からない。だが一般的に女は男より早熟だとも言うし、若干遅い気はする。ただ温室育ちというわけじゃないが、エレナはなんだかんだイイトコのお嬢様なのだ。それを加味すれば変でもないか。

 とはいえなぁ。

 彼女が異性に興味を抱くというのは、なんだかモヤモヤする。父親の心境とでも言えばいいのだろうか。ナズナにそんなことを思ったことはないが、カリヤの気持ちはこんなものだったのかもしれない。


「これも入れて」


 濃い緑色のギザギザした薬草を1束、ベルトのポーチから取り出して渡す。セントディーン草、腹痛の治療にも使われる植物。煮込むと獣臭さを打ち消してくれて食べごたえもあるいい薬草だ。


「いつの間に集めたの?」


「お昼ご飯のとき」


 サンドイッチを摘まみながらたまたま目に付いたやつを引っこ抜いておいたのだ。もちろん根っこは洗ってある。


「塩は緑塩で」


「はーい」


 緑塩ことエピデントグライトは少量で味が出るので冒険者は誰でも持っている。ミネラルを一気に摂取できるので重宝するのだ。冒険者の代謝が高すぎるのか、野営に使う程度で中毒を起こすことはない。


「スープできたら教えて」


「うん、まかせて」


 任せきって肉の調理に向かう。魔力糸で整形してから発動した魔法のおかげで、土でできた調理台は磨かれた石にしか思えないほど滑らかだ。火で炙って清潔にしてあるのでそのまま肉を置いても問題ない。ああ、万能かな魔法。


「ん、いいお肉」


 血抜きがうまく言っているか不安だったが、一切れ口に入れてみるとさっぱりとしたうま味が広がる。


「エレナ」


「なに、アクセラちゃん……むぐ」


 振り向いたエレナの口に切れ端を入れる。昔からよくしていたつまみ食いのあげ方だけに、一瞬驚いただけで肉の欠片をもぐもぐと食べだす。小動物にエサを上げているようで楽しい。


「どう?」


「おいしい」


 エレナは太陽のような笑みを浮かべた。


「あと5部位あるから、楽しみにして」


「うん!」


 頭を撫でてから調理に戻る。そのときだった、ふと何か懐かしい気分に包まれたのは。

 なんだっけな……こんなやりとりを昔もした気がする。

 口元が緩みそうな優しい気持ちと、涙腺が緩みそうになる切ない気持ち。それらを合わせた郷愁を抱いて、時々脂をハンカチで拭きながら馬刺しを仕上げていく。調理の手は止めない、ご飯が遅くなるから。

 俺が「墨頭」だった頃のことだったかな。よく思い出せない


「あ、そろそろスープできるよ」


「ん、こっちもできた。パン温めようか」


 刺身には砂稲の米が欲しいな……。

 ない物ねだりと分かっていても思ってしまう。心に根付いた食文化は簡単には消えないらしい。特にこんな気持ちの日は。それでも俺は今が幸せだ。大事な家族と美味しい料理が食べられるこの瞬間が。


「ご飯にしよ」


「うん!」


 ~★~


 大砂漠の真ん中で、とても珍しい大きな木陰に隠れて包丁を振るう。


「ほら、ナズナ」


 すぐそばでかぱっと開かれた可愛らしい口に、切っていた肉の欠片を放りこんでやる。藍色の髪の狼娘はキラキラと目を輝かせて、とろけそうな笑みを浮かべた。髪と同じ色の毛で覆われた大きな狼耳がゆさゆさと揺れている。


「あむ、ぺろ……美味しい」


「師匠には内緒だぞ?」


「うん!」


「いい子だ。じゃあもう1切れあげるから、カリヤにも分けて上げなさい」


 薄く肉を切って2切れ少女の手の中に落としてやる。今俺が調理しているのはレインボーフィッシュという大砂漠に住まう魚だ。鮮やかな虹色の肉だけでも毒々しいのに、外側をしっかり炙ってあり熱変色で大変なことになっている。ただこの魚、えげつない見た目の割に旨い。師匠曰く、脂ののったサケとブリを足したような味らしい。海の魚はよくわからん。


「大師匠とマリ姉は?」


「追加の魚を取りに行った。なに、すぐ戻ってくるさ」


「……うん」


 心配そうな色をトパーズの瞳に浮かべるナズナ。拾ってからもう5年が経つというのに、彼女は今でも置いて行かれる恐怖を抱いているのだ。

 成長の遅い獣人だから、なのか?

 獣人は種類によって少しずつ成長ペースが違う。ナズナは他の狼の獣人よりずっと遅く、13歳は超えているはずなのにまだ10歳くらいの外見だ。そしてそれは肉体だけでなく、心の成長にも言えることのようだった。

 今でこそ若い父と大きな娘にしか見えないが、そのうち孫でもいいくらいの違いが見た目に出そうだ。そうなる頃には彼女の心が大人になってくれているといいな。


「親父、米が炊けたぞ」


「お、いい所に来たな」


 朱色の髪を乱雑に切った金眼の少年、カリヤが木陰に入ってくる。ナズナよりは随分と育った印象だが、それでも子供だ。彼の整った顔には俺を親父と呼ぶことに対する気恥ずかしさがまだ残っている。


「ナズナからご褒美を貰え」


「なんだ、兄ちゃんに何かくれるのか?」


「うん、お父さんがつまみ食いくれたの!」


 小さな右手に極彩色の魚肉を乗せて差し出すナズナ。


「「かわいいなぁ」」


 俺とカリヤは揃ってつい言ってしまう。するとナズナが怒ったように眦を吊り上げてこう叫ぶのだ。


「かわいいはイヤなの!かっこいいがイイの!」


「はいはい、ナズナはかっこいいよ」


「兄さん聞いてないでしょ!ごほうびナシ!」


 頬を膨らませたナズナはそう宣言して差し出していた切れを自分の口に入れてしまう。


「あ!」


「ふーんだ!」


「おいナズナ、そりゃないだろ!?」


 やいのやいのと始まるやり取りを尻目に、俺はカリヤが炊き上げてくれた米を回収する。木陰のぬるい砂に置いて鍋から熱を逃がして、蓋をずらして中の米粒を確認した。もう少し蒸らした方が美味しいだろうと閉めなおし、魚の調理に戻る。虹魚のタタキはもうすぐ完成だ。


「鍋が熱いからあんまりはしゃぐなよ」


「そうだった。ナズナ、危ないからあっちでするぞ。兄ちゃんが鬼な」


 いつのまにか鬼ごっこになっていたらしい。


「うん!あ、でもその前にこれあげるね。落としたらもったいないから」


 ナズナは隠していた左手で魚の切り身を差し出す。最初に2切れあげたので、最初に食べたのは兄への見せしめだったわけだ。

 頭の回る娘だ……将来が楽しみだな。


「お、ありがとな。ちょっと生温いけど」


 本末転倒な気もするが、カリヤはそれを食べてからナズナを連れて鬼ごっこに出かけた。走り去る2人の腰にちゃんと刀が吊られているのを確認してから一言声をかける。


「すぐに飯だからな!」


「はーい!」


「わかってるって!」


 子供は元気だな。


「飯はもうすぐか、よかった。腹が減ってたんだよ」


「うおわ!?」


 いきなり後ろから声をかけられて、俺はとっさに包丁を構えたまま振り向く。


「包丁を人に向けるなよ、危ないだろうが」


 そこには顔をしかめた中年の男が一人。深山葉月、俺の刀の師匠だ。


「いきなり後ろに立つな……マリーは?」


「とんだ不漁でオレは帰ってきたんだが、アイツはもう少し狩るって聞かなくてな」


 肩をすくめた師匠は止める間もなくまな板の上のタタキを一切れ摘まむ。人がすると怒るくせに自分はつまみ食いが好きとか、大人としてどうかと思う。


「おお、旨い。お前もちっとは料理が分かってきたか。にしてもこの魚は何なんだろうなぁ」


 師匠は悪びれた様子もなくつらつらと思ったままを口にする。しかし珍しく料理を褒められた。悪い気はしない。今でこそ素直に喜べないくらいに年を重ねてしまったが、10年も前は師匠の評価で一喜一憂していものだ。


「何だって言われても、砂漠に住む変種の魚だとしか」


「水のない所に住んでて魔物でもない魚ねぇ……水から酸素を得ないならなんなんだ、この鰓は。そもそもどういう経路で進化したら砂漠のど真ん中で砂を遊泳するようになるんだよ」


「さあな。師匠の世界と違ってD……ナントカを調べるとかはできないんだから、分かるわけないだろう」


「DNAな。あー、焼酎が欲しくなる脂のうま味だ。作れんかなぁ、焼酎」


 この師匠はたびたび自分の世界の料理や調味料を再現しようと実験を行う。大体は失敗に終わるが、ときどき本当に美味しい物ができるので俺も止められない。


「味噌はできたんだし、酒もいけると思うんだがなぁ」


「味噌開発に一体いくらつぎ込んだか覚えてないのか?リハイドレーターみたいな大儲け、そうそうないんだ。諦めろ」


「バカヤロー、食の探求を辞めた時に料理人は死ぬんだ」


「俺は料理人じゃなくて剣士だ」


「オレは料理人なんだよ!」


 師匠は道場主だが、自称料理人でもある。前の世界では戦争に出ていたらしいから兵隊じゃないのかとか、色々聞きたいことはあるが……まあ、結局は強いということが全てだ。


「あ、大師匠だ!」


「大師匠、収穫は何かあったのか?」


「ない!」


 鬼ごっこは終わりを意外と早く終わったのか、子供たちが木陰に戻ってくる。走り寄ってきたナズナを抱き上げてカリヤにキッパリ答える師匠。俺のことを息子のように可愛がってくれている師匠にとってこの2人は孫のようなものだ、それはもう可愛がる。特に孫娘は格別なのか、ナズナにはベタベタだ。俺が言うのもなんだが、師匠も俺もカリヤも甘く接するというのはよくないんじゃないだろうか。


「まーた小難しいこと考えてるだろ、お前。いいんだよ可愛いモンは可愛いで!ほら、可愛いだろ?」


 目の前にナズナを差し出されてしまうと弱い。話の行間を読めていない本人はキョトンと俺の目を覗き込んできた。


「……かわいい」


「かっこいいのがイイの!!」


 じたばたと暴れだす少女。しかしいかに獣人でも師匠から逃げられはしない。一度戦いになると鬼のように強い中年剣士は、狼耳の少女を掲げてくるくるとステップを踏んだ。浮遊感が好きになれないのか、ナズナ本人はジタバタと暴れている。


「おうおう、ナズナは元気だなぁ」


「はーなーしーてー!」


「そういえばマリ姉は?」


 組み合わせを変えてジャレ合う2人を置いてカリヤが尋ねる。


「狩の続きだと。食い意地が張っているよな」


「バカたれ、そんなの口実に決まってるだろ。昼飯まで鍛錬してるんだよ、ほんとは」


 師匠が呆れたように鼻を鳴らす。


「我が弟子ながらバカだな、お前は」


「はぁ?」


「特訓だとよ」


「そんなに師匠の跡が継ぎたいのか?」


 俺とマリーは勝った方が師匠を継いで総師範を名乗れることになっていた。しかしその話が出て以来27戦27分けの並行マッチが続いている。


「そうじゃなくて、お前に負けたくないんだとよ」


「同じだろ?」


「はぁ……本当にバカだなぁ。これは育て方を少し間違えたかもしれん」


「何なんだ、さっきから!」


「聞くなバカ。オレが教えたら意味がないんだよ、バカ」


 バカバカと連呼しまくり、師匠は最後にこうつぶやいた。


「そろそろ決着つけんとサイコロで決めるぞ」


「それでいいのか……」


 決着がつかなかったのでサイコロを振りましたなんて、未来の弟子に恥ずかしくて言えるか。そもそも負けたくないから練習するというなら、それはむしろ俺の方で……。


「おなか空いたー」


「そうだなぁ、ナズナ。どれ、大師匠(じいじ)と姉ちゃん呼びに行くか?」


「うん!」


 師匠は言いたい放題言うだけ言ってからもと来た道を戻っていった。肩にナズナを乗せたまま中年とは思えない速度で走っていく。担がれたナズナが子供特有の甲高い大笑いを響かせていった。

 振り回される浮遊感は嫌でも疾走する速度感は好きなのか、さすがは狼だな。


「カリヤ、飯の準備を整えるぞ」


「おう。あ、でも俺も親父はバカだと思うぞ?」


「お前、反抗期か?」


「なんでそうなるんだよ!」


 騒がしい師匠と兄妹弟子と子供たち。5人分の米をよそってタタキも盛り付ける。これで昼飯は完成だ。あとは3人が戻って来れば食べ始められる。


「楽しいな」


「……うん、楽しい」


 なんとなく言うと、カリヤもしみじみとそう返してくれる。幸せだ。そう思える時間が今ここにあることを、俺は噛み締めた。いつか思い出した時に今と同じ幸せを味わえるよう、思い出すまでもなくそこに幸せがあるよう、柄にもなく祈りながら。


~予告~

物語は遥か昔、異界の剣士と少年の出会いまで遡る。

それは男一人子一人の戦いの旅の始まり。

次回、子連れ剣士


アクセラ 「過去編とか始まらないから」

ミア 「それもそれで楽しそうじゃな」

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