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五章 第8話 Aクラス

 今日は初めての登校日。空は雲一つない快晴だが気温はかなり涼しい。肌寒い代わりに爽快感のある目覚めになった。


「4階だっけ?」


 まだ少し眠そうな目をこすりながらエレナが尋ねる。


「ん」


 学院の教室棟は生徒が普段の授業で使う教室がほぼすべて収まっている建物だ。各階には多種多様な教室があり、各学年のホームルームも別々の階に設けられている。4階が1年生でそこから階を下るごとに学年が上がる仕組みだ。

 1階は……なんだっけ?


「綺麗だね、校舎」


「ん、落ち着く」


 入り口のすぐそばにあった階段を上り終えて4階を見渡す。床板はダークオークの板張りで壁や柱は白い石。廊下には一定間隔で小さなテーブルと花瓶が置かれていて、ほんのりと甘い春の香りのする花が生けられている。貴族が中心となる学院と聞くと平民はいかにもキンピカで豪奢な物を想像するかもしれない。ところが実際はブラウン系と白が多い落ち着いたデザインだ。伝統と年月を感じさせる洗練された風格を持っている。貴族街やブルーアイリス寮がそうであったように。


「まだ少し早かった」


「そうだね。でもわたしたちより早かった人も結構いるみたい」


 俺自身は言わずもがな、エレナだって二度寝モードに入らない限りは早起きだ。朝のシャワーも浴びて身支度を整えてしまえばそれ以上部屋ですることもなく、自然と足は校舎に向いた。そんなわけでまだ各教室にはあまり人がいない。


「ここ」


 建物の片端から数えて10番目が俺たちのホームルームとなるAクラスだった。廊下と同じ色調の教室は50から60人くらいが入れる大きさで、そこそこの距離を隔てて机と椅子がいくつも設置されている。廊下側とその反対側面はヘソくらいの高さから上がガラス窓になっていた。高レベルのガラス職人が作ったのだと分かる、歪みのない真っ直ぐなガラスがはまっている。正面には大きな黒板と備品入れの棚、石の教壇の上に木製の教卓、室温管理の据え置き型魔導具がある。後ろは中途半端な大きさの黒板が1つ設置されているだけだった。


「おはよう」


「おはようございます」


 そろって挨拶をしながら入ると、部屋の中の視線がこちらに集まる。Aクラスにも早起きはあまりいないらしく6人程度だ。友好度はニュートラル、あるいはやや低めといったところか。


「おはようございます」


「おはよう」


「おはよう」


 一応口々に全員が挨拶を返してくれた。しかしそれ以上に話しかけてこようとはしないので、こちらから特に会話を広げることもなく黒板に近寄る。

 どうせ1年間は同じクラスなのだから、打ち解けるのはおいおいでいいし。

 それよりも黒板に描かれている座席表の方が重要だ。白いチョークでデカデカと描かれた四角の集合体は教室内の机をあらわしており、その中に赤いチョークでファーストネームが書かれている。

 俺は……あ、窓際の一番後ろだ。サボりやすそう。

 エレナは真ん中の列の一番後ろだった。思いのほか遠かったことに少し残念な気もする。どうせ授業中は集中モードに入るんだから近くにいても関係ないわけだが。集中力が高まっている状態のエレナは興味の対象でない人間が話しかけても基本的に素っ気ない。無視までは滅多に行かないが生返事が中心で、集中が途切れた瞬間に「あ、いたの?」みたいな顔で見てくる。あれは結構悲しくなる。


「始まるまではこっちにいようかな」


 そんなことを言いながらエレナは俺の机の傍に立った。椅子に座った俺は彼女を見上げる形になる。


「アティネちゃんとティゼルくんはAクラスじゃないみたいだね」


「ん」


 エレナの言葉に黒板を見て頷く。どこ四角の中にも2人の名前はなかった。残念ながらアロッサス姉弟はBクラスあたりに配属されてしまったらしい。


「レイルくんはわたしの3つ前、アベルくんは廊下側の一番前、マリアちゃんは……アクセラちゃんの隣かな?」


 マリアだけ疑問符がついた理由は俺の隣と最前列にそれぞれマリアという名前があるから。このクラスにはマリアが2人いるようだ。


「マリア=Lだからたぶん隣」


 最前列のマリアはマリア=Fと書いてあった。俺たちの友人はロンセル子爵家の息女なのでLということになる。


「あ、でもFかもよ?」


「なんで?」


 エレナが珍しくニヤニヤした笑みを浮かべて意味深なことを言う。


「だってレイルくんの家名はさ……」


 続く言葉に俺は少し遅れて意味を理解した。レイルはフォートリン伯爵家の嫡男だ。婚約者である2人が結婚したらマリアはマリア=シシリア=フォートリンになり、略すとマリア=Fとなってしまう。


「ふふ、確かに。でもまだ気が早い」


「そうだよねー。学院出てからだよね、早くても」


 法律上は今年で成人なので結婚も可能だが、学院を出るまではしないのが一般的だ。成人と言っても多感な子供でもある学院の生徒に、結婚したクラスメイトという存在はなかなか刺激が強い。そんな理由で学院がいい顔をしないから。


「マリアちゃん、絶対ウェディングドレス似合うよね」


 エレナが今度はうっとりとした声でそう言い始める。この国の結婚式では白いウェディングドレスが一般的とされる。純白のドレスとヴァージンロードなる深紅のカーペットは上流階級の少女たちの憧れなのだ。

 まあ、今どき実際その時まで経験のない令嬢もそうそう……いや、止めておこう。

 しかし色白の肌にアイスブルーの瞳、淡い金髪。彼女の言う通りマリアはさぞよく似合うだろう。


「ん、でもエレナもきっと似合う」


「そ、そうかな?」


 照れ笑いを浮かべる妹を見て俺は頷いた。濃いハニーブロンドに早苗色の瞳の彼女も白いドレスが映える。惜しむらくは傷のせいで肩を出したデザインは無理なことか。

 あれ、でも白いウェディングドレスが似合わない女性なんていないんじゃ……。

 分別と危機管理能力はあるので口にはしないものの、ふとそんなことを思った。なにせ純白のドレスだ。白い肌はより清楚に見えるだろうし、褐色に近づけばそれはそれでコントラストが美しいだろう。髪や瞳だって何色でもばっちり映える。

 見栄えがよくならない色なんて……あ。

 気づいてしまった。そこそこ白い肌で髪も真っ白な人間はいよいよ白ずくめで似合わないのでは、ということに。つまり、俺自身がたった1人似合わない人間なんじゃないかといことだ。目だけ赤紫な分……ウサギっぽい。

 ウサギに呪われてる……?

 そんな馬鹿な考えが沸き起こる。同時にちょっと打ちひしがれたような気分になり、ウェディングドレスが似合わないから打ちひしがれたという事実によってさらに打ちのめされる。最近はすっかり薄くなった自分の性の認識を再確認して。

 別に、別にいいじゃないか……着ることもないだろうし、そもそも着たいわけじゃないし……。


「ア、アクセラちゃん?」


「なんでもない」


 突如うなだれた俺にエレナが心配そうな声を上げる。しょうもない理由で彼女にもいらぬ心配をかけてしまった。そのことにまた新しいショックと反省が発生する。


「お、アクセラとエレナ、久しぶりだな!」


 二重三重に気分が落ち込んでいると、能天気を煮詰めて固めたような声が聞こえてきた。顔を上げて目を向けるとちょうど声の主は教室を半分まで来ていた。深紅の髪を短く切った、15歳にしては体のしっかりとした少年。ほんの少し前に話題となっていたレイル=ベル=フォートリンその人だ。


「ん、久しぶり」


「久しぶり!わー、すっごく背伸びたね」


 手紙でどれほどやり取りをしても外見の変化はわからない。文字から察することはできないし、わざわざ今の自分の体格を書いてよこす奴もいないから。昨日もマリアと彼らは来賓の待合室で合流だったので、ホールでそのまま別れた俺たちにとってはこれが6年ぶりの再会だ。


「よく鍛えてる」


「おう!」


 快活な笑みを浮かべる彼は伸びた身長に見合う筋肉を、それも戦士としての筋肉をつけていた。愛嬌溢れる15歳の少年だが、戦う者の片鱗を宿している。まだまだ実戦がたりないのか、身にまとう圧力は子供のそれだが。


「久しぶり、アクセラさん。エレナさんも元気そうでよかったです」


 レイルと再会を喜んでいると、彼のあとから少し速足で追いついてきた眼鏡の少年がそんな挨拶をしてくれた。背丈はレイルと並ぶほどあるが、全体の印象は細身で文官系。丁寧な言葉遣いと、先に先に行ってしまう親友を追いかけて息を切らしている姿は昔から変わらない。こちらも6年ぶりとなる友人、アベル=ローナ=トライラントだ。


「相変わらず大変そう」


「ご苦労様です。頑張ってね、アベルくん」


「あはは、まあできる限りは頑張ってみますよ」


「お、何の話だ?」


 ここでお前のことだよ!と言わないのは優しさか諦めか……たぶん後者なんだろうな。アベルの手紙にはちょくちょくやらかす親友をフォローした苦労話が出てきた。それでもずっとフォローしているのはレイルが真っすぐで善良な少年だからだろう。彼はちゃんと話せば相手の事情を理解しくみ取るだけの柔軟さと思慮は持ち合わせている。思いこみや勘違いが解けるまでに口を開いて第一歩を踏み出してしまうだけで。


「それはそうと、マリアは一緒じゃないんですか?」


「ん。朝寄ったらルームメイトが熱を出したから、少し遅れるって」


「寮の人に看病をお願いするだけだから、すぐ来ると思うよ?」


 一応俺たちも出発する前に寄ったのだ。ただシーアが運悪く風邪を引いてしまっていた。昨日の朝は暑かったのに今日突然涼しくなったので、そのせいかもしれない。


「そういえば今日はオリエンテーションでしたっけ?」


「うん、そうらしいよ。だからすぐ帰れるんだって」


「じゃあ後でカフェ寄っていこうぜ」


「ん、いいよ。アティネとティゼルも声かけよ」


 俺とエレナの予定は空いている。久しぶりに全員そろってお茶会だ。


 ~★~


 重々しく荘厳な音色で始業の鐘が鳴った後、小柄な女性が教室に入ってきた。生徒は2人のマリアを含めてもう全員そろって着席している。やっぱり俺の隣が友達のマリアだった。


「み、みなさん、おはようございます!」


 なんとなく硬い空気が漂い、鐘が鳴る前の活気が鳴りを潜めた教室。教壇に上った女性が目一杯の明るさを含ませた声を張り上げる。思っていた以上に大声になったのか、勝手に肩を跳ねさせていた。


「私はヴィヴィアン=ケイラ=シャローネ、今日から貴方たちの担任になります。よろしくお願いしますね!」


 ヴィヴィアンと名乗った女性は背が低かった。小柄な今の俺より小さい、ということは成人女性としてかなり小柄だ。顔立ちもなんとなく幼さがあり、立ち居振る舞いからも教師になってそう長くない気配がした。髪の毛はアッシュグレイのロングボブ、瞳はラナと同じ夏の空のような青色だ。うっすらとスモークのかかった眼鏡をかけているので分かりにくいが、あれは確かに全く同じ色だ。


「まずは先生の自己紹介から始めますから、みなさんはそのあとに自己紹介をしてくださいね。ちゃんと今のうちに何を言うのか、考えておいてくださいよ?」


 無理に含ませた茶目っ気を振りまきながら先生はそう言った。声が上ずっているので緊張をほぐす役目はほとんど果たせていない。それでもクラスの硬い雰囲気は若干和らいだ。人間、自分より緊張している相手を見ると少し心に余裕ができるものだ。


「せ、先生は王都の生まれで一人っ子です。学院の実習以外で他の街に行ったこともありません。だから他の領地から来た人は是非わたしに色々な場所のことを教えてくださいね」


 自分の出身や好きな物、苦手な物を列挙し始めるヴィヴィアン先生。彼女はつたないながらも教師というよくわからない生物じゃなく、同じ国に生きる人としての認識を作ろうとしていた。そうすることで生徒から話しかけやすい人物だと思ってもらわなければ教師は務まらない。特に担任、つまり学生生活の総合監督をするなら絶対に必要なプロセスだ。そのことを分かっていることに、彼女への評価が少し上がった。


「担当はこのAクラスのホームルームと水属性の魔法です。もし学院生活で悩むことがあったら寮監さんかわたしに相談してくださいね?必ず力になりますから」


 そう締めくくられた自己紹介に軽い拍手がおこる。礼儀半分とはいえ、貴族出身の生徒たちが素直にそんな反応をしたのは意外だった。俺が偏見で見過ぎていたのか、それとも新人なりに誠意をもって語った先生の姿勢が響いたのか。


「さあ、次はみなさんです。まずはこっちの角から、列ごとに順番にお願いしますね」


 先生の指名を受けたのは廊下側の一番前の生徒、アベルだった。彼から列ごとに自己紹介ということは俺がトリを飾る羽目になる。


「アベル=ローナ=トライラントです。魔法も剣もあんまり得意じゃないけど、勉強はできる方だと思います。もし授業でわからないところがあったらいつでも聞いてください」


 さらっと言いにくい自己アピールをかますアベル。しかし魔法と剣が苦手というところで恥ずかしそうな笑みを浮かべていたからか、あまり鼻につくようなことはない。それよりも彼の場合、名前を名乗ったときにクラス全体がざわめいたのが印象的だ。トライラント伯爵の名前を知らない人間はこの国の貴族界にはいない。理知的な笑顔を浮かべる彼を生徒たちが爽やかと思ったか胡散臭いと思ったかは判断不能だ。


「アベルくんですね、よろしくお願いします。先生が間違えてたらすぐに教えてくださいね」


 ヴィヴィアン先生のコメントで自己紹介は終わりらしくアベルが席につく。ついで後ろの生徒が立ち上がって自己紹介を始めた。内容は名前から始まり特技を1つか2つほど。アベルを真似て自己紹介をし、先生が一言コメントをしていく。そんな流れがすぐに出来上がった。


「レイル=ベル=フォートリンだ、よろしくな!剣でも鎗でも弓でも、そこそこは使えるからもし新しい武器に挑戦したかったら言ってくれ。ほんの少しなら教えれるからよ。そのかわり勉強はさっぱりだから誰か教えてくれ!」


 いっそ清々しい発言をするレイルに教室のあちこちで笑いがおきる。男子の何人かは共感するように首を縦に振っていた。同じパターンを繰り返すうちに、生徒側も先生も緊張がほぐれてきたのだ。レイルの番はその仕上げとでもいうべきタイミングで、誰かが仕組んでいるのかと疑いたくなるほどだった。


「レイルくん、皆に聞く前に先生の授業をちゃんと聞いてくださいね?」


 暗に居眠りをするなよと言う先生のコメントにまた何人も笑いだす。女子生徒も貴族のお嬢様らしく上品に、しかししっかりクスクス笑いを漏らしていた。


「エレナ=ラナ=マクミレッツです。魔法と記憶力に自信があります。集中すると周りが見えなくなるってよく言われるけど、気にせず話しかけて仲良くしてくださいね」


 しばらく知らない生徒が順番にテンプレートをなぞっていったあと、我が妹君が立ち上がってそう言った。その髪の蜂蜜色にあやかったようなとろける笑みを浮かべて。普段が変わり者気質な彼女は、社交的に振る舞おうと思えば意外と普通に振る舞える。外行きの笑顔に新しい学友への本心からの期待を混ぜた、素の彼女に近い魅力的な表情。何人かの男子生徒が顔を赤らめた。

 おい、うちのエレナはやらんぞ。


「集中力は何をするにもとっても大事です。みなさんもしっかりエレナさんを見習ってくださいね?」


 先生に褒められて顔を赤らめつつそそくさと席につくエレナ。その姿にまた数人が相好を崩した。特に女子から反感を買ったという風もなく、新しい環境でもうまくやっていけそうでなによりだ。


「シネンシス=アモレア=ユーレントハイムだ、皆よろしくたのむ」


 凛々しい声でそう言ったのはエレナの隣の列の真ん中に居た少年。アッシュブロンドの髪に、ここからは見えないがイエロートパーズの瞳を持つ特徴的な容姿を持つ彼だ。


「皆知っている通り、私はこの国の王族に名を連ねる者だ」


 王族に名を連ねるも何も、継承権第一位の第一王子だろ、あんた。


「しかしここでは1人の生徒、ぜひ単なるクラスメイトとして接してほしい。私に冗談を言うことや悪戯をしかけることをためらうな。気軽に友人となってくれると嬉しい」


 言う割には若干命令調子の王子だが、あれは生まれついてのものだ。王族に人の上に立つ習慣から抜け出せというのは、鳥に飛ぶなと言うくらい無理がある。


「それではシネンシスくん」


「ネンスでお願いします。長いですから」


 ヴィヴィアン先生に対してしっかりと敬語で答える王子。


「そ、そう?それでは、ネンスくんの言う通りみなさんも普通に接してあげてください。この学院は貴族も平民も関係なく共に学ぶ友達なんですから!」


 王子と先生がなんだかいい話風の空気を醸し出す。彼女の言ったことは多くの場合お題目としてしか用いられないが、先生自身は心からそうあってほしいと思っていることが表情から伝わった。王子に関してはそれが本心なのか政治的得点稼ぎ、平たく言うと猫かぶりなのかは今一つわからない。


「マ、マリア=シシリア=ロンセル、です」


 マリアの順番が回ってきたのは王子の側近やマリア=Fを含む大勢が終わってからで、その頃になると多少引っ込み思案そうな彼女の言葉も暖かく待ってくれるだけの余裕がクラス全員に生まれていた。教室内の空気は初めに比べると秋と春くらいの違いで、やっぱり誰もが緊張して初登校を迎えたのだと、そう改めて理解させられた。


「わ、わたしはお裁縫とか、お料理とかが、得意です。も、もしよかったら、いつかお茶会を、し、しましょう」


 彼女は震える声で自己紹介を終えた。


「マリアさんはお料理ができるんですか、いいですね!先生はダメダメで……いつか教えてほしいです」


 ヴィヴィアン先生もすっかり肩の力が抜けてコメントがスムーズになってきた。そんなときだ、色とりどりの髪色がいるこの教室で一際珍しい色の髪を持つ少女が立ち上がったのは。全体に赤みが強いストロベリーブロンドの髪は毛先から少しが朱色に染まっていて、両側で短めの縦ロールに整えられている。ぐるりと教室を見回すその瞳は魔力過多症を示す血赤珊瑚のごとき赤。全体的に赤い印象の少女は貴族令嬢らしいうすい微笑みを浮かべ、高貴であるという自覚と絶対的な自信に彩られているようだった。

 あれ、どこかで見たような?


「わたくしはルロワ家息女、アレニカ=フラウ=ルロワですわ」


 その言葉を放ったとき、彼女は先生でもクラス全員でもなくただ王子を見ていた。傍からそうと分かるほどまっすぐに。

 でも家名を強調するのはいただけない。お題目違反だ。


「趣味はフラワーアレンジメントとバイオリン演奏ですわ」


 これまで出てきた中でもトップクラスに普通のお嬢様な趣味と特技だ。結構知り合い以外の自己紹介を聞き流してしまっていたので、平均から見てどうなのかはわからない。マリアを除けば戦闘に才能を開花させている少女ばかりが知り合いなので……。


「アレニカさんは芸術方面に才能があるんですね」


 ああ、そういえばこの娘見覚えあると思ったら6年前、遠目に見たことのある娘だ。たしかストロベリードリ子伯爵令嬢ちゃん。

 そんな一方的すぎる面識を思い出している間にどんどん次の生徒にバトンは移動し、ついには俺のもとへとやってくる。椅子を引いて立ち上がり、ぐるっと周りを見回す。俺の髪色を見て首を傾げたり何かを察したような顔をする生徒も多い。どちらにせよ、全員が何かを感じているのか少し空気が引き締まった気がする。


「アクセラ=ラナ=オルクス。剣と魔法が得意。料理もそこそこできる。冒険者もしてるから、腕に覚えがあるなら来て」


 変に取り繕ってあとからボロが出るよりいいか、と思って普通に自己紹介をした。オルクス家に抱いているであろう陰湿なイメージとのギャップを狙った面もある。その効果はそこそこあるようで、生徒たちは概ね2パターンに分かれていた。オルクスの名前に嫌な顔をする者、嫌悪感じゃなく困惑や疑問を浮かべている者。割合は後者の方が多いので第一としては上々だ。


「えーっと、アクセラさんは多才なんですね。向上心があるのもいいですが、生徒同士の私闘は申請された決闘以外ダメですよ?」


「ん、気を付けます」


 始業の鐘が鳴ったときほどじゃないにしろ、数秒前より確実に冷え込んだ空気の中でちゃんとコメントをする。新人としては本当に頑張っているヴィヴィアン先生の株が俺の中でまた上昇した。


「そ、そうだ、折角ネンスくんや他の何人かが愛称を紹介したので、先生も呼んでほしい愛称を言いますね。ヴィヴィアン先生って長いですから、ヴィア先生って呼んでください!」


 がんばっておどけて見せるヴィヴィアン先生、もといヴィア先生。その努力と俺の座席の場所が功を奏して空気が氷解するのにそう時間はかからなかった。といってもその後は授業についての簡単な説明しかなかったわけだが。

 基礎科目は明日から普通に授業が始まり、選択科目は後で配布されるリストから受けたいものを選んで1回目の点呼に応じればいい。どちらも教科書やノートは1回目に配布される。


「そ、それではみなさん。明日からも頑張りましょうね?」


 なんとかまとめきったヴィア先生はそそくさと教室を出て行ってしまった。小脇に出席簿を抱えて、もう片手を自分のお腹に添えて。新米には荷が重すぎたらしい、この空気。

 ごめんよ、ヴィア先生。

 先生が立ち去って解散となると生徒たちは各々席を立ち始める。ある者は他の教室へ、ある者は商店街へと向かっていく。それでも多くは同じクラスで会話を続けるらしくとどまっていた。そして彼らの視線は王子と俺にほとんど向かっていた。


「え、えっと、アクセラちゃん。も、もうカフェ、いく?」


「ん、行く」


「う、うん!」


 周りからの視線を大して気にした様子もなくマリアが俺に話しかけてくれる。

 この娘の妙に根性が座った部分は好きだ。なんとなくナズナを思い出す。

 藍色の髪の狼少女を思い出して郷愁を覚えながら席を離れる。しかしエレナの方に2歩ほど進んだところで、目の前を遮る背の高い男が現れた。


「アクセラ=ラナ=オルクス」


 ゴツいとまでは言わないが、レイルと同じようにしっかりと体を鍛えたかんじの少年だ。とても刺々しい雰囲気を纏っている。マリアより少し黄色の強い淡金髪に、大樹に生す苔のような濃緑の瞳。

 たしか名前は……忘れた。王子のお付きか何かだったはず。


「……?」


「殿下がお前とお話しされたいそうだ」


 苦々しさを隠す気もない言葉で要件が告げられる。視線を向けるとアッシュブロンドの貴人がこちらに歩いて来るところだ。周囲の視線も一気に集まる。特にストロベリードリ子ちゃんの視線が熱い。熱線の如く熱い。

 さて、どうするかな……。

ああ、お正月が終わってしまった・・・。

カナシイ。


それと「五章 第4話 下ギルド★」の内容を、感想で頂いたご意見を参考に加筆修正しました。

作者の表現したかった「ギルドに貸一つ」という面が伝わりにくかったようなので、

下ギルドで起きたもめ事でのギルド側の立場をやや弱めるように描写を変更した次第です。

本筋、閑話ともに物語の変更はありませんので読み返していただく必要はないかと思います。

今後も「技典」をよりよくしていくために、忌憚ない感想と評価をお寄せくださいますと嬉しいです。


~予告~

新たなる人間トラブルが到来。

アクセラたちの学院生活はどうなるのか。

次回、THERE IS NO PLAN A.


アクセラ 「ただの無策・・・」

ミア 「阿呆じゃのう」

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