五章 第4話 下ギルド ★
!!Caution!!
このお話はクリスマス3日連連続更新の3日目です!
トニーが身を挺して貴族冒険者を始末、もとい足止めしてくれている間に俺とエレナは一度屋敷に戻った。その間、騎士長の心配をしたかと聞かれれば答えは否だ。なにせ彼は強い。戦闘に技術を取り入れ完成させるというささやかな目標をシャルに先に達成されてしまった彼は、わざわざ休暇を取ってまでAランクダンジョン「深き底への階」へ修業に出ていたのだ。まだ俺でも立ち入りを制限されているケイサル近郊最強のダンジョンに、あの熊男はなんと1か月も籠っていた。『荒熊の騎士』なんて冗談としか思えないジョブを会得して帰ってきた騎士長はもうAランク相当の実力があると思っていい。今の俺でも模擬戦の勝率は6割を切っているほどだ。
殺し合うつもりで戦ったことはないから、お互い本気ならどうなるかちょっと楽しみだけど。
そんなトニーには「興がのってきたお嬢様の笑顔は美しいですが、心底怖いので侍女たちの前では絶対に見せてはいけませんぞ」と言われてしまった。ラナやイザベルがそんな戦闘狂な笑みを見たら泣くぞ、とまで。
年頃の少女の笑顔に酷い評価だ。自覚しているから彼女たちの前じゃ絶対しないけど。いや、最悪エクセル神によって精神が汚染されいてるとか思われそうだし……。
「むぅ……あれかな?」
「ん、たぶん」
屋敷で装備を整えて今度は完全武装で街に繰り出す。馬車で新市街の途中まで送ってもらってから徒歩で下ギルドに足で向かっているのだ。上ギルドでは変な虫対策に護衛がいてくれて助かった、下ギルドでは自分たちの力を見せつけた方がいい。
「ん、やっぱりあれだね」
エレナの手の中にある道のメモと視界を照らし合わせる。二階建ての木造建築がどうも下ギルドの拠点のようだ。大きさはケイサルの強化支部より小さい。
「あ、向かいの建物もギルドのなんだ」
エレナの指摘にそっちを見る。なるほど、ギルド商店の看板が掛かっていた。ケイサルのように一つの建物にまとめるのではなく分散させているからそれぞれが小さいのだ。
「とりあえずは受付?」
「そのあと品揃えのチェックだね」
「あの店も行きたいしね」
「ああ、あそこ……わたしはちょっと心配だな」
いつも通りの会話を繰り広げながら、開け放たれたまま固定されたギルドの扉をくぐる。中は上ギルドと打って変わって雑多な印象だ。板張りの床に木の色をそのまま使った調度、茶色や鉄色を中心とした装備を纏う冒険者たち。ケイサルのギルドを少しガラ悪くしたようなかんじだ。
「……」
じろりと視線が集まる。受付からほど近くにテーブルと椅子が3セットあり、そこには7人ほどの男たちがたむろしていた。視線は彼らから注がれている。どれだけ頑張っても好意的とは解釈できない視線だった。
「エレナ、無視して」
彼らに聞こえないほどの小声で隣の少女にささやき、真っ直ぐ受付に向かう。カウンターの数はさすが王都のギルドだけあって多いが、なぜか人がいるのは1か所だけだった。
「身なりのいいガキだな、貴族か?」
「わざわざコッチに依頼とは、なんの御用だろうな」
「いやまて、剣と杖で武装してるぞ。もしかして冒険者じゃないのか」
7人がぼそぼそとお互いに交わす言葉が聞こえてくる。ランクのほどは知らないが、最低限冒険者としての目は持っているようだ。それより問題なのはカウンターに座る事務官の方だろう。
「……」
目の前まで来た俺たちに向ける特徴的な釣り目は、お世辞にも適切といえない光を含んでいる。不快感丸出しで睨み付けたまま一言も発さない。
「登録のことで来た」
仕方がないのでこちらから要件を切りだす。
「新規登録は現在受け付けておりません。上ギルドに行ってください」
形だけの敬語でそんな返事が帰ってくる。前世も併せれば長い長い冒険者人生を送ったが、新規登録を受け付けていないギルドなんて聞いたことがない。
「新規登録じゃない、登録変更。所属をこちらにしたい」
「受け付けておりません。上ギルドに行ってください」
「もう行った。了承も得た。こちらで処理してもらえば終わり」
「受け付けておりません。お帰り下さい」
気怠そうな声でとんでもないことを言う事務官。下ギルドでしか処理できない仕事を拒否するということはこのギルドが稼働していないことを意味する。
「説明を」
「……」
「受け付けていない理由を説明して。その責任が事務官にはあるはず」
「……」
たしかにギルドの処理能力を全て向けなくてはいけないほどの大事件が起きたなら、受付が閉じられることもありえなくはないのかもしれない。だがそれならそれで事務官から説明があってしかるべきだし、なにより上ギルドがあそこまで通常営業なのはおかしい。
もしかして……ああ、やっぱり。
周りに視線を巡らしてあるものを確認する。
「ん、わかった」
忌々しそうな目でこちらを見る事務官にため息交じりの言葉を贈る。諦めとでも受け取ったのか、なぜか彼女の目にはわずかな優越感が見えた。ただ、それも続く言葉を耳にするまでだった。
「このギルドは命を預けるに値しない」
その言葉は室内の全員がじっとこちらを注視していたせいでよく響いた。
「な……!?」
事務官の目が見開かれ、背後の冒険者たちからも剣呑な空気が漏れ始める。
「ギルドは冒険者の互助組織。理由も言わずに仕事を放棄するなら廃業したも同じだよ」
「い、一体誰のせいでこんなことになっていると思ってるの!?」
「少なくとも私たち以外。じゃ、ばいばい」
それだけ言って俺は踵を返した。エレナも展開についていけず困り顔だが、それでも言い分としては俺の側にいるからか同じく扉を向く。しかし俺たちの視界に扉は見えなかった。7人の冒険者のうち3人が立ちふさがっていたから。残り4人は心配そうにこちらを見ていた。
「私、依頼主じゃないよ。依頼があっても休職中の冒険者に用事はないけど」
内心のイライラが表出するように自然と言葉が辛辣になる。
「どいて」
重ねられる言葉に彼らは怒りを帯びた目で見返してくる。それでも何も言わないのは、冒険者としてギルドの態度が不味いことくらいは理解しているからか。少なくとも感情に任せて噛みついて来るような大人げない真似をするほど怒り狂っているわけじゃないようだ。むしろ腹を立てながらも申し訳なさそうな気配まで漂わせている。
器用なことで……。
「どいて。恥を忍んで上ギルドに登録変更しにいくから」
事情が事情だと上ギルドの職員も理解してくれたので問題にはならなかったが、よりよい依頼が来ると言って別のギルドに登録させてもらったのだ。それを戻ってきてやっぱりこっちでさせてくれ、それと制限もできるだけナシで頼むなんて厚顔な頼みごとをしなければならない。俺も気が重いし、向こうだっていい気はしないだろう。
「なあ、せめて事情くらい聞いて行ってくれないか。このままじゃお互い気分が悪いままだろ?」
立ちふさがる冒険者の1人がそう言った。彼からは6年前のお茶会でアベルから感じたのと同じ苦労性な気配がする。俺たちが無理にでも通ると言えば通してくれそうではあった。
「ちゃんと説明すれば理解してもらえる事情があるんだ」
「お貴族様にご理解いただけるほど高尚な話じゃありませんよ、ベルトさん。さっさと出て行ってくださって結構です」
「タリアちゃん!」
事務官の皮肉というよりいっそ幼稚な言葉を目の前の冒険者、ベルトが咎める。
「こっちの事情が解決すれば受付だってできるようになるんだ、キミたちもちょっと待ってくれないか?」
「高尚な話だろうとなんだろうと関係ない。このギルドは今依頼の受付すらしてない。違う?」
俺はさきほど確認した物、壁際に貼られた依頼を指さして尋ねる。
「う、いや、そうなんだが……」
「依頼人は大小関係なく困ってるから依頼に来る。それがあの壁は何?」
そこに依頼はほとんどない。貼ってある物だって受領日付が既に5日も前だ。
「依頼を着実に解決するからギルドは民衆に頼られる。依頼を受け付けない、受け付けておいて蔑ろにする。それは一番やってはいけない行為」
一度失墜した信頼は回復に時間と労力、つまり冒険者にとって大切な資源を食う。それも半端な量と質じゃない。
「貴方たちのような遊びの冒険者が知った口を利かないでください!」
「遊びの冒険者で結構。仕事をしない本職よりは依頼を受けてこなすだけマシだよ」
「なんだと!?」
とうとう怒りが自制を上回ったのか、ベルトの横に居た冒険者が2人一歩足を踏み出す。
「よせって!この子たちの言うことも一理ある」
「うるさい、ベルト!こんなガキに何が分かる……こんな貴族のガキに!」
「そもそもこいつら上ギルドがリシルの件を揉み消そうとしたのが悪いんだろうが!」
ああ、やっぱりその話が原因なのね。
上ギルドに行ったときに事務官のミレズが教えてくれた非公式情報を思い出す。今の会話から察せる状況と若干の食い違いがあるが、彼の親切そうな顔からは嘘の気配は感じなかった。ということは上ギルドの一般職員すら知らないレベルの上で本当に隠蔽しているか、あるいはここの冒険者と事務官が早とちりしているかだ。
だから、どっちでもいい話だって。
「そんな事情、依頼人には関係ない。依頼人の事情に深く突っ込まないのが冒険者のルールでしょ?逆も当然だとなんで気づかない」
「そんなことをお前みたいなひよっこに言われる義理なんてないっつってんだろうが!言っとくがここにいるのは全員Cランクだ、口の利き方に気を付けろとまでは言わねえがデカいこと言う前に考えたほうがいいぞ?」
ああ、段々鬱陶しくなってきた。早く上ギルドに行きたいのに……いや、行きたくないけど。
煩わしいのでいつもの手段に訴える。師匠曰く、困ったときの紋所というやつだ。
「私たちもCランク」
エレナとそろってカードを出す。銅色のそれを見た男たちは押し黙った。見た目で相手を判断するのが愚かだと常々エレナに教えている俺だが、毎度これだけは相手に同情する。
「本物か……?」
偽造は重罪であり、わざわざこんな騒動を起こして注目されることはしない。そんな当たり前のことは誰もが分かっていてなお、つい口をついて確認の言葉が漏れた。
「あた……」
「ありえない!」
当たり前と言おうとした矢先、背後からそんな叫びが飛んできた。もちろんタリアと呼ばれた事務官だ。
「まだ成人すらしてないような子供が、それも貴族の娘がCランクなんて……あり得るわけがない!」
その糾弾の意味を理解できない馬鹿はここにはいない。全員が顔色を変えた。しかし視線は俺たちにではなく事務官に向けられている。かつてアロッサス子爵令嬢アティネが俺に同じ噛みつき方をしたが、10歳程度の少女が言うのとギルドの職員が言うのじゃ訳が違う。
「お、おい待てタリア」
「そうだぞ、その先はシャレにならん!」
「慎重になれ!いくらなんでもマズイって!」
それまで俺たちに掴みかかりそうなほどだった2人まで慌てだす。当のタリアはわなわなと震えながら、俺の手元をしっかりと指さして叫んだ。
「相手が貴族だからって、どいつもこいつも腰引けた態度になって!そのギルドカードは偽造の可能性が極めて高いと判断します、捕縛を!」
「嘘でしょ……」
驚きのあまりそんな感想が素直に言葉になる。
「どうしたの?疑惑が濃厚である場合、事務官の指示に従って捕縛する義務が冒険者にはあるわ!」
それはそうだ。それはそうなんだが、誰も動かない。
「さすがに偽造ってことは」
「そんなことはギルドが調べる内容よ!捕縛しないなら全員に規約違反を適応するからね!?」
「う……」
タリアの目は誰から見ても正気を失っているようにしか見えない。それでも事務官の判断で捕縛が命じられたなら、なんであれ従わないと冒険者としてのルールに背くことになる。不服従だと最悪降格、Dランクからのやり直し。そう思うと彼らも棒立ちはできなかった。
「あー……その、すまんな。もうすぐBの試験受けられるのに、Dからやり直しは嫌なんだ」
「ほら、捕まっても確認して本物なら問題ないわけだしな?」
「お互いのためにここは投降してくれんか」
にじり寄る男たち。エレナの目がどうする?と尋ねていた。
「裏書きがある。確認して」
「捕縛して武装解除が先よ!」
「なんでそうなる……」
いや、捕縛命令まで出してしまってはそうなるしかないのか。カードを渡しに近寄って事務官を人質に、という可能性だって捨てきれないわけだから。
ただなぁ……捕縛されてしまうと後がややこしいと思うんだよな。
向こうも捕縛未遂の方がまだ上に言い訳もできるし、こっちだってそんな偽造疑惑で捕まった記録なんて残したくない。
「ど、どうするのアクセラちゃん」
「ん、なんとかなる」
エレナにはいつも通りの言葉をかえしつつも、実際なんとかなるかは俺にもよく分からない。捕縛に来た相手をぶち殴って済む問題でもないし、かと言って捕まりたくもない。
さてどうしたものか……。
ここ数年で一番困った状況に頭を悩ましていると、ふと風が吹くのを感じた。目をやれば扉は依然見えないが、そこから差し込んでいた光が陰っていた。
「オイ、これはなんの騒ぎだ!」
銅鑼を鳴らすような大声が轟く。Cランクの男たちの顔色が一気に明るくなった。
「オンザさん!いいところに帰って来てってちょっと待ってくれよなんでギルマスがいるんだ!?」
振り向いたベルトの顔が今度は青ざめる。喜びの声は悲鳴に変わった。忙しいやつだ。
「私がいては不都合かね、諸君」
「お前らがストなんかしてるからわざわざご足労願ったんだぞ、なんだその態度は!」
落ち着いた声と怒鳴り声が連続して聞こえてきたかと思うと、そそくさと冒険者たちが横に避ける。扉のすぐそばに居たのは頭の禿げあがった片眼鏡の老人と、なんとも言えない奇怪な髪型をした大男だった。彼らの目はまっすぐに俺とエレナを捉えている。
「君たちは?」
「Cランク、アクセラ」
「同じくエレナです」
「その年でCランクかね、素晴らしい」
老齢のギルドマスターはなんの疑問も抱かなかったのか、顎髭をそっと撫でて頷く。
「マ、マスター、彼女らにはカード偽造の嫌疑がかかっています!」
馬鹿!!そんな言葉が聞こえそうな勢いでCランクたちが振り向いてタリアを睨み付けた。しかし彼女も彼女で歯止めが効かないのだろう。そういう心理自体は分からなくもない。制御できてこその事務官だとは思うが。
「ふむ、それは本当かね?」
「え……いや、未確認です」
尋ねられたベルトが無難に答える。やはり彼がCランクたちの取りまとめ的な認識でいいらしい。
「では君は何を以て彼女たちのカードが偽造だと思ったのかね?」
「それは……」
「子供で貴族だからかね。そうであるなら君にはもう一度教育課程からやり直してもらうことになるが」
ギルドマスターの言葉に場が慌ただしくなる。極刑すらありうる嫌疑を見た目と先入観でかけたのに教育課程のやり直しで済ませるなんて、ありえないほど軽い罰だ。
「し、しかし彼女たちの年齢でCランクというのは疑義が生じるもので……」
「それでは跳び抜けた逸材は片端から嫌疑をかけるのかね?よしてくれたまえ、ギルドは力を求めておるというのに」
老人はモノクルの向こうで目をぐるりと回した。
「君のこれまでの働きを評価して今回は教育課程で済ませると言っておるのだ、それで下がりたまえ。それと彼女たちはドウェイラ=バインケルトの見込んだ冒険者らしい。それを踏まえてこれからは発言するように、一つ忠告しておこう」
「マザーの!?てことは裏書きって……」
「あの人なら不正はしないだろうが」
「いったい何をやれば鉄骨のギルマスに裏書きしてもらえんだよ」
何度目かのざわめきがCランクを包む。
「詮索はなし、それが俺たちの流儀だろうが!それと例の件だが、結論がようやく出たぞ」
騒がしくなってきた一同をオンザと呼ばれた大男が怒鳴りつけ、ついでのように知らせを告げる。
「オンザさん、例の件ってなんだ?」
「お前らのドタマは鶏並みか!!こうやってストまで起こしてる原因だ!」
「ちょっと待ってください、リシルの事件は隠蔽されたんじゃ」
「隠蔽だと!?誰だ、そんなこと言ったやつは!」
タリアの困惑顔に一同の視線が向かう。
「お前か、タリア……バカタレ!!どこに憶測で隠蔽なんて大問題を吹聴する事務官がいるかっ!!」
さっきから声がデカいオンザだったが、もはやスキルを使って吼えているんじゃないかと思うほどの声量になってきた。
「君の再教育は念入りに行わなければいけないようだ」
呆れたように呟いたギルマスの声が妙に大きく聞こえた。ガラス越しの眼光にタリアは射貫かれて座る。
「リシルの件については後でギルドマスターより説明がある。それまで全員ここで待機、事務官はただちにストの解除に当たれ!」
「そこの2人は私の部屋に来てくれるかね」
質問のようで質問じゃないセリフを放って、ギルドマスターはオンザともども2階へと上がっていった。微妙な顔でそれを見送るCランクたちと、青ざめてへたり込んだままのタリア。これから阿鼻叫喚の地獄絵図となるだろう1階を俺とエレナは黙って後にした。
~★~
「我がギルドの事務官が失礼した。そしてようこそ、アクセラ君とエレナ君」
ギルマスの執務室で部屋の主が真っ先に行ったのは謝罪だった。モノクルをかけた禿頭の老人に頭を下げられるというのはなかなか威圧感があり、俺はともかくエレナは逆に委縮してしまっている。
「私は王都下ギルドと近隣の支部、出張所を任されておるフィネス=ウェッジホーンだ」
王都のギルドは上下でマスターが違う。それはどこの国でもそうだ。その方が対外的にもめ事処理が楽、つまり茶番だと昔のギルマスに聞いたことがある。
「つい先日発生した事件については聞いているかね?」
「ん、特に」
「そうか。オンザ、説明を」
「はっ!」
ギルマスとしては一応状況を知っておいてほしかったようだ。こっちも責任者がまともに説明してくれるというなら聞くにやぶさかでない。
面白い髪型、具体的にはモヒカンを3列立てた姿の大男オンザが口を開く。事件の事情とやらは簡単だった。Cランク冒険者リシル氏はとある依頼をうけて近くの村まででかけていた。そこに別の依頼で来た貴族冒険者が遭遇し、無理難題を彼にふっかけたそうだ。最初は冒険者のよしみだから自分たちの依頼に参加させてやる、かわりに協力しろと言った。早い話が荷物持ちをしながら便利に技能を使ってやるからありがたく思えというすごい主張だ。もちろんリシル氏は自分の依頼があるからと断った。すると今度は彼の依頼を手伝ってやると言い出した。分け前は半分以上もらうというこれまたすごい条件付きで。
「さすがにここまで酷い輩は上ギルドでも珍しいんだが、そいつらはティロン王国国境あたりの小領主のドラ息子たちでな」
大金持ちより中途半端な小金持ちの方が質が悪いというのはよくある話で、彼らも自分の主張はどこにいても誰が相手でも通ると思っている人種だ。無茶な要求や絡みはエスカレートし、次第にリシルの対応もいい加減になっていった。そして彼が依頼、魔物の討伐を完遂しようとしていたときに事件はおきた。
「加勢してやるとか言って戦闘に乱入してきたんだそうだ。あげく腕前はからっきしで、魔物に手傷を負わされリシルに治療を求めた。まったく、それくらいならまだよかったもんを!」
リシルはCランクになりたての冒険者、しかも装備の新調直後でいよいよ金がなかった。そのためポーションも最低限の品質しかなく、貴族冒険者の傷も塞がっただけで痕になった。冒険者なんだ、傷くらい勲章と思えばいいのに……その連中は激怒した。助けてもらった恩を一瞬で忘れ去って、理不尽極まりない怒りでもってリシルを剣の鞘でボコボコに殴りまくった。
「でもそれってそんなに困る案件ですか?」
貴族は特権階級とはいえ法律に縛られないわけじゃない。普通に捕まるし裁判もうける。領地なら隠蔽も横行しうるが、王都でギルドが相手なら話は別だ。冒険者ギルドには所属メンバーを守る義務があり、それは巨大組織の面子にもかかわる。
「怪我をした本人はドラ息子どものところに滞在していた、ティロン王国男爵家の息子だ」
「他国の……」
納得した。
「ギルドマスターの会合を中断してユーレントハイム王国の司法部とティロンから来た急使で会談をしていたというわけさ」
それで今までかかったのか。
「タリア君はリシル君と恋仲でね。生来の貴族嫌いもあってあのようにストライキなど起こしているというわけだ。ああ、何があったかは聞かれても答えられないからね?よほど昔なにかあったのだろうが、詮索をしないのが冒険者だ。私も聞いていない」
「あれで普段は仕事もできるし人望もあるんだが」
そんなこと聞くつもりは最初からない。が、とりあえず事情は理解した。それでも俺のスタンスは変わらない。
「依頼者には関係のない事情。それに決断が下されるまで早とちりでストが起きたのはギルマスの責任」
「お、おい!」
「貴方は慕われている。ちゃんと部下に通達をしていればこんな状態は防げたはず」
オンザが止めようと口を開く。それを手で制してギルマスは微笑んだ。
「辛辣だね、君は。態々ドウェイラ=バインケルトが私に念押ししてくるだけのことはある」
「やっぱりマザー……」
なんでマスター・フェネスが俺たちの名前を知っているのかとおもったら、やはり会合が原因だったらしい。
「君たちをよろしくと言われたよ。そういうわけでよろしく配慮するつもりだが、代わりに今回は見逃してもらえないだろうかね?」
ギルドの中で起きた問題はギルマスが隠蔽しようと思えばできる。しかし俺が偽造疑惑の件を届け出れば、それはユーレントハイムの法が絡んでくる事態となる。少なくともタリアを公的に裁かなくてはギルドの信頼も維持できないはず。黙っていれば有能な事務官だというなら、下ギルドとしては彼女を手放したくはないだろう。
ふむ……。
ストが解除されるなら俺としてはいい。それに実際話してみてこのギルマスは悪くないと思った。今回は対応に不備があったが、出てきて一声で場を納めたというのは大きい。それだけ現場からの支持が厚いということだから。これを教訓にきちんと目を光らせてくれるなら命を預けてもいい。
そう思ってエレナを見ると彼女も頷く。
「ん。ただし貸一つ」
「ありがたい。手始めに君の所属を書き換えさせよう。それから今後なにかあれば彼に聞いてくれたまえ」
微笑んでオンザを指さす。
「Bランクのオンザだ。迷惑をかけた詫び代わりになんでも相談してくれ」
にかっと笑う大男。意外と愛嬌のある笑顔だ。
それよりBランクだったのか、誰もが一目置くわけだ。
マスター・フェネスが連れまわしているようだし、マザー・ドウェイラにとっての「夜明けの風」のような立場になるのか。ということはとても優秀、実力も人格も共に申し分ないということになる。
「よろしく」
そんなこんなで、むしろ警戒していた上ギルドよりややこしい状況になった下ギルドへの訪問は終わった。オンザとマスター・フェネスとも顔が繋げたので結果オーライだ。思いのほか時間をとられてしまい、ギルドショップを見て回った後に例の店にいくことはできなかったが……。
クリスマス連続更新の最終であり、同時に今年最後の投稿でもあります。
年始もドンピシャ更新日なので三が日連続更新としゃれ込もうかな?と思っています。
そろそろストックがやばい気もする(笑)
そして不意打ちイラスト掲載!!
Twitter用に狐林さんが描いてくれたデフォルメアクセラ(制服Ver.)を上げ忘れていたので^^
すっきりした白のブレザーとロングスカート、そして赤い刀。
かわいい(結論)
ともあれ、皆さま良いお年をお過ごしください。
そして来年もまたよろしくお願いいたしますm(__)m
~予告~
ついに始まる学院生活。
それは頂点を争う熾烈な抗争の幕開けだった。
次回、レイヴンズ
アンナ 「東京?あれそんな話だったかしら・・・」
ステラ 「違う鴉に言い換えたら別の作品になっちゃったー、みたいな?」
※※※変更履歴※※※
2019/1/5 頂いた感想をもとにギルド側の事情を加筆修正(大筋に変更はありません)




