表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/367

五章 第3話 上ギルド ★

!!Caution!!



このお話はクリスマス3日連連続更新の2日目です!

 トレイスに誕生日プレゼントを手渡した2週間後、俺とエレナは王都に居た。ビクターやラナ、トレイス、それ以外の大勢にも見送ってもらい、10歳の時とまったく同じルートを辿った。ただし今回のメンバーはとても少ない。なにせ王都に着いたらそう間を置かずに学院の寮に入るのだ。わざわざ王都まで来てすぐ帰るのに、大勢連れてきてもコストばかりかかる。なんだかんだと財政がマシになってきたとはいえ、オルクスは貧乏伯爵家なのだから。そんなわけで俺とエレナ、イザベル、執事のリカルドと騎士長トニーだけだ。

 各地でなんだかんだ懐かしい人にも会った。シザリアではすっかり心を入れ替えたらしいオークっぽい代官が、彼の奴隷から愛人兼秘書になった2人の少年とともに出迎えてくれた。ネヴァラでは医者のジャン=メイスとエベレア司教に面会した。ジャンは結婚して診療所を構えていたが、相変わらずぶっきら棒で落ち着いたとは言えない様子だ。一方エベレア司教はかなり皺も増えて、めっきり老け込んでしまったような感じだった。今年の誕生日までは俺の情報の大部分を本国に伏せておいてくれるという、6年前の約束を何度も口にしていたのが印象的に残っている。ちなみにネヴァラのギルドマスターであるマザー・ドウェイラとレグムント侯爵その人は共に出張で不在、会えずに出発することになった。。


「これにて筆記試験は終了です、お疲れ様でした」


 試験官の声で意識が現実に戻ってくる。ここは学院の教室で、受けているのはいわゆる入学試験。といっても貴族である俺は入学決定なので、これはクラス分けのためのもの。今頃別教室でエレナも同じ問題を解いているはずだ。科目は算術、歴史、詩編と普通のモノが中心で、どれもレメナ爺さんから昔に習った内容でどうにでもなるレベルだった。

 苦手だった詩編だけはトレイスにちょくちょく教えてもらってたけど……。


「今日はこれでご帰宅いただいて結構です。3日後の入寮と同時にクラスは発表となります。入寮以降は夏休みまで原則外に出られませんので、悔いのないように過ごしてください」


 試験官からのアナウンスを聞いた受験生たちは一人また一人と会場を後にする。俺も特に用事はないので、周囲からちらちらと向けられる好奇の視線をすべて無視して教室を出た。人数が人数なのでレイルやアベルたちとは会わなかったが、どうせあと3日で向こう3年顔を突き合わす関係になる。わざわざ探すほどじゃないと結論付けて馬車の待つ門側へ向かった。

 ユーレントハイム王国が誇る王立学院は首都ユーレインにあると思われがちだが、実は違う。王都を囲う城壁の外側に、独自の城壁を二重に備えた敷地を設けているのだ。その広さは王城を凌ぎ、内包する構造物の数もケタ違いに多い。教室や研究室の棟以外にも全寮制なので学生と教員の寮、各種訓練場、商業施設、果ては実習のための人口丘と小さな森まである。


「お嬢様」


「ん」


 それぞれの生徒のために待機している各家の馬車の中、一際優れた体躯を誇るトニーを目印に近寄る。今日は馬じゃなく馬車に同席するためいつものフルプレート鎧じゃなく部分鎧なのだが、そのせいで逆に素の体の大きさが強調されていた。


「エレナは?」


「まだです」


「ん、中で待つ」


 熊紳士が扉を開けてくれるので中に滑り込む。


「トニーも楽にしてて」


「では、それなりに」


 トニーは肩をすくめて扉を閉めた。一人馬車の中になった俺は全身から力を抜いて背もたれに体を預ける。そしてあと2日半でなにをすべきか考えた。

 学院は全寮制であり、特殊な環境である。原則として外に出られるのは夏の長期休暇と特別な実習の類だけ。個人の自由にできるという意味では年に一度の夏休み以外ないと言っていい。身分制度は意味を持たず、中で起きたことはほとんど外では語られない。そんな場所なのだ。

 とはいえいくつか抜け道はある。たとえば冠婚葬祭の類で実家に呼ばれているときや、国からの命令で出頭しなければならないときは例外だ。そして冒険者が依頼を受けたときも例外になる。学院外での依頼を受け外に出て、ついでに王都で少し買い物をするというのがちょっとした息抜きになっているらしい。

 おかげで王都の(かみ)ギルドは平均ランクがめちゃくちゃ低いわけだけだけど……。

 外に出るためにはギルドのEランク認定と学内で科せられる技能テストに合格する必要がある。抜け道として利用するのは構わないが、外で活動する依頼をちゃんと達成できなくては意味がないというのがギルドの立場だからだ。なので生徒たちの多くはその関門を突破するための努力を重ねるのだが、突破さえしてしまうとほとんどの者はそこで精進しなくなってしまう。まあ、外に出るためだけに冒険者になったのだから当たり前だが。そんな彼らの所属は王都の上流階級が参加する上ギルドで、必然的に平均ランクは低く保たれる。平民や他ギルドから移ってきたベテランで構成される(しも)ギルドが実質的に王都のギルドと言われるのも仕方ないことだ。荒事や長期依頼を担当しているのは彼らなのだから。ちなみにギルドが上下に分かれているのはどこの王都でも大体同じだったりする。不要な軋轢を回避するための知恵だ。

 あ、そうか……とりあえず上下ギルド両方に届け出しないといけないんだ。


「あ、早かったんだね」


 憂鬱な案件を思い出してどんよりしかけたところに愛らしい声がかけられる。顔を扉側に向けるとちょうどエレナが中に入ってきたところだった。


「失礼しますよ。出してくれ」


 続いてトニーが乗車し、小窓越しに御者に言う。


「どうだった?」


「ん、楽勝」


「だよね」


 テストの所感を言い合いながら、俺は体を横に倒す。隣に腰かけたエレナの太ももに頭を落ち着かせて、憮然とした表情でこの後の予定を組む。


「ど、どうしたの?」


「このあとギルドに行く。めんどくさい。行きたくない。手紙で済ませたい」


「あはは……まあ、たしかにわたしも行きたくはないなぁ」


 苦笑するエレナ。トニーもその理由はよく知っているので揃いの苦笑いを浮かべるしかない。その白い物が混じり始めた熊をじっと見て俺は一言こぼす。


「トニーはかっこいい」


「はっはっは、照れてしまいますな」


 熊はその表情を娘に褒められた父親のような朗らかな照れ笑いに変えた。強いのに真面目で優しく驕りもない戦闘紳士だ。

 うん、やっぱトニーみたいな男を本当の騎士と言うんだと思う。


 ~★~


 時間は無情だ。そんな益体もないことを思いながら、俺は目の前の建物を見上げる。貴族街と富裕街を隔てる第一外壁の一角にある、巨大な建物だ。その所有は冒険者ギルドユーレントハイム王国本部、通称上ギルド。ようはギルドである。


「いくしかないよ、アクセラちゃん」


「ん」


 気は向かないがしかたない。来ると言い張るトニーだけ護衛にして、俺たちは平服でその白い建物に向かった。無駄に豪華な扉を超えると、貴族向けの一流宿のような整然としつつもきらびやかなホールが広がっている。その奥側左右にカウンターがいくつもあり、色とりどりの恰好をした人が事務官と会話していた。


「ようこそ冒険者ギルドへ。ご依頼ですか?」


 5歩と歩かないうちに事務官の男性がすっとんできた。そして俺たちをさりげなく空いているカウンターに向かわせる。トニーは自然な動作で俺たちから離れて、全体を見渡せる場所に陣取った。


「違う」


「それは失礼いたしました。ご登録ですね。学院に入学されるのですか?」


 事務官はカウンターに誘導しながらニッコリと笑って尋ねる。柔らかい声の調子で早合点に不快感をいだかせない、なかなか優秀な男のようだ。ただ問題は俺の場合それも違うということで。


「ん、違う。登録変更について」


「登録変更でございますか?」


「冒険者の登録はもうしてるんです」


「ああ、そうでしたか。重ね重ね失礼いたしました。それではこの者が処理をいたします」


 カウンターについた時点でそこに居た受付の事務官とバトンタッチし、最初の事務官は入口の方へと戻っていった。彼はスムーズな誘導を担当しているようだ。


「引き継がせていただきます、事務官のミレズです」


「アクセラとエレナ、登録の変更について報告があって来た」


「所属の変更やパーティーの結成ということでしょうか?」


「ん」


 俺の質問にミレズは端末と書類を手早く確認して頷く。


「私たちは今年から学院に入る」


「それはおめでとうございます」


「ありがと。それで少しお願いと確認があって来た」


 その言葉にこれが単純な所属の書き換えでないことを察知したのか、ミレズの表情が少し引き締まる。貴族の無理難題をいなし続けるのが仕事の半分とも言われる上ギルド職員らしい反応だ。


「学院の生徒は上ギルド所属で学院出張所あずかり。あってる?」


「ええ、そうなっています」


 上ギルドに所属しているといってもここに出される全ての依頼へアクセスできるわけじゃない。学院にあるギルド出張所の窓口に並ぶものは、ランクもそうだが学生ということで危険度や思慮の浅さを加味したフィルターがかけられているのだ。


「下ギルド所属にしてほしい」


「し、下ギルド所属ですか?」


「上ギルドの依頼は貴族向け、さらにフィルターまでかかった依頼だと私たちは困る」


「困るとおっしゃいましても、規則は規則ですので」


 自分の実力を過信した子供が無茶を言っていると思ったのか、彼はマニュアルを楯にした返事をする。


「ギルドは冒険者の質を維持することも仕事」


 そう言って俺たちはギルドカードをカウンターに乗せた。


「Cランク……」


 ミレズの目が細められる。Cランクはベテランかその一歩手前の印だ。つまり俺たちが実力のある冒険者か、あるいは金を積みまくって地位を買った馬鹿かの二択になる。後者の場合金を受け取った大馬鹿もセットでいるわけだ。


「裏書きがある」


「失礼します」


 白い手袋に包まれた手で俺たちのカードを裏返す事務官。細められていた目が今度は見開かれた。


「少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか」


「ん」


 俺が頷くと彼は席を立ち、まったく慌てた様子も見せずにどこかへ歩いて行った。あいかわらずマザーの裏書きは強力だ。それを見ても慌てて騒ぎを起こしたりしないミレズもさすがだ。

 冒険者気分を味わいたい貴族たちによる上品な喧騒を聞きながら待つこと2分ほど、ミレズはやはり何事もなかったような顔で戻ってきた。


「お待たせいたしました」


 着席した彼は一枚の封筒をカウンターに置く。


「ご要望の件ですが、承認が取れました。上の者が一筆したためましたので、下ギルドに向かわれた際にご提示ください」


 無理難題を処理したのではなく、実力のある冒険者の役に立った。この上ギルドじゃなかなか味わえない達成感からかミレズの表情はどことなく柔らかくなっていた。


「もし誰かがわたしたちの情報を聞いて来たら情報は一切開示できないと伝えてください」


 あ、それ言うの忘れてた。


「もちろんです。冒険者の情報を守るのもギルドの仕事ですから」


 俺がすっかり忘れていることをエレナが伝えてくれる。相変わらず遭遇率が異常に低い親父殿には俺たちのランクをDと偽っているので、あまり詮索されるとどこかでボロがでるのだ。


「それとこれは正式な情報ではないのですが……」


 それまでの優しい表情から一転、眉をひそめて少しだけ身を乗り出す。


「現在、下ギルドでの上ギルドの印象が非常に悪くなっています。マスター・ドウェイラが認めるCランクの方ですから大丈夫とは思いますが、お気を付けください」


「?」


 意味が分からず首を傾げる。すると彼は困ったように周りを見て、手元のメモ用紙にさらさらと事情を書いて渡してくれた。どうも上ギルド所属の貴族冒険者が下ギルドの冒険者に怪我を負わせる事件があったのだとか。詳しい経緯までは教えてくれなかったが、結構大きなトラブルに発展していて迂闊なことを言えない状況らしい。


「燃やしていい?」


「どうぞ」


 証拠隠滅のためにメモを灰皿へ入れて火の魔力糸で包む。発火しないように火加減を調整してやると、紙切れは音もなく炭になって崩れた。


「お見事です」


「ありがと。じゃあもう行くね」


「はい、またのお越しをお待ちしています」


 用事は済んだのでさっさと立ち去ろう。そう思ってカウンターを離れると、手遅れだった。


「依頼かな、お嬢さんたち」


「……」


 金髪を短く刈り込んだそいつを筆頭に、見るからに裕福そうな青年が3人立っていた。鎧は揃いも揃って磨き抜かれた銀に金の縁取りを施したフルプレートだ。まるで豪華な鏡の鎧のようだ。

 これ……いい鉱石の鎧に銀をわざわざ貼ってある?

 銀は柔らかいので鎧の素材には向かない。しかしこういう銀を貼った鎧は結構ポピュラーな代物だ。実体を持たないアンデッドに対して銀と言う金属も真実を映す鏡面も影響力があるので、そういった相手を専門にする冒険者はこんな格好をする。創世教会には銀鏡騎士団という専門部隊もあるくらいだ。

 意味わかって着てるのかな?


「違いますよ」


 俺が胡乱な目で彼らを見返していると、エレナが横から返事をしてくれた。


「おや、では登録かな?そうか、学院の新入生なんだね」


 勝手に解釈して頷きだす青年。これこそ俺が上ギルドに来たくなかった理由である。


「僕たちも3年前まで学生だったんだ。君たちの先輩と言うわけさ」


 貴族は誰だって強制入学なんだから当たり前だろ。お前の親父もうちの親父も皆広義じゃ先輩だわ。


「入学時に冒険者になって、以来3人でたまに冒険に出かけているんだ」


 休暇の遊びで冒険者をやっている貴族はどの国にも結構いる。そんな彼らは多くの場合、上ギルドを運営する上で一番の悩みの種になるのだ。


「そうだ、これから少し稽古をつけてあげよう。Dランク冒険者パーティー「銀世界」がね。僕はケイメン、よろしく」


「ん、結構」


 白い歯から星でもこぼしそうな笑顔で名乗る青年に無慈悲な現実を突きつける。Dランクで人に教えるなんて、と言っていたシャルの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。


「な、なぜだい?基礎的な戦い方だけでも知っておけば後々有利だよ?」


 言っていること自体はもっともだが、目が怖い。5歳以上も下の、今年成人を迎える少女に向ける目じゃない。どう考えてもこれを機にお近づきになりたいという下心がある。なんなら稽古にかこつけてべたべた触られる危険すらある。

 こういう奴がいるから来たくないんだ、上ギルドには。


「さあ、遠慮せずに」


「失礼、そう詰め寄られてはお嬢様方が怯えますので」


 一歩前に出ようとした青年が俺の視界から消える。胸、脛、腕だけを鎧で守った熊が割り込んだのだ。

 ナイス、トニー!


「な、なんだお前は」


「お嬢様方の護衛です。それ以上はお止めいただきたい」


「お前のような者の出る幕ではない。下がれ、僕たちはそのお嬢さんに用があるんだ」


「護衛が下がれと言われて下がるとお思いですか?」


 普段のトニーからは想像もつかないくらい冷たい声で突き放す。こんな騎士長は見たことない。それだけケイサルが平和だったということか。

 いや、王都がケイサルより平和じゃないのもどうなんだ。


「ははーん……そうか、お前さては自分より強い僕が彼女たちに近づくのが嫌なんだな?」


 惜しい、50点。正解なのは近づくのが嫌ってとこだけだ。


「安心しろ、僕たちだって色々と忙しいんだ。護衛依頼なんて受けやしないよ」


 どうも青年はトニーが騎士じゃなく冒険者だと思ったようだ。なんと馬鹿な……と、それはそれ。俺は彼らの言葉に黙っているわけにいかない立場だ。


「トニーは君たちよりはるかに強いよ」


「アクセラちゃん、そこじゃないよ」


 ほんとだ。しまった、強さにこだわる冒険者の悪い癖だ。


「ふん、お嬢さんたちでも見れば分かるだろう?この美しいフルプレート。それに引き換え、彼は全身分の鎧さえ賄えない有様じゃないか」


 馬鹿なのかな?

 冒険者は基本フルプレートを着ない。それに街中でいっつもフルプレートを着ているやつは騎士にもほとんどいない。もっというとその傷一つない鎧は戦いを経験していないという不名誉な看板ですらある。


「しかしまあ、そこまで言われては僕たちも引き下がるわけにいかないね、男として」


「……お嬢様」


 肩越しに咎めるような視線が降り注ぐ。居心地が悪いので少し背中に寄り添って視界から逃げた。大柄なトニーは背中に貼りつかれるとこちらの小ささと相まって俺が見えないのだ。それと今のは俺が悪いのか?そこまで言われたらって言う程言ってないし、そんな男の意地は同じ男として恥ずかしいとしか思えなかった。

 俺と騎士長が視線で鬼ごっこをしている間、なぜか貴族の青年はガチャガチャと手首の鎧を外していた。そして鎧の下につけていた手袋を外してトニーの胸元に叩きつける。


「決闘と行こうじゃないか」


 律儀か……というかアホなのか。


「はぁ……挑まれたら受けねばなりませんな。行きましょう」


 騎士らしい理由であっさり受けたトニー。青年たちが率先して練習場へ向かうのを追いかけながら、彼は背中に回した手でいくつかのサインをこちらに見せた。オルクス領軍で採用されているハンドサインで、意味は「ここはまかせて先に行け」だ。

 はぁ、やっぱりかっこいいよな、トニーは。男として少年が憧れるタイプだ。

 俺とエレナはありがたくその厚意に甘えることにして、『完全隠蔽』をかけた上で堂々とギルドを後にした。


 ~★~


「おいまて、お嬢さんたちはどこに……」


 目の前のボンボンがお嬢様の不在に気づいたのはもう地下の練習場についた後だった。俺の体躯ならアクセラお嬢様の4人くらいは隠れる。きっと後ろについて来ていると思っていたんだろう。


「ああ、お2人ならもう帰りました。この後も予定が詰まってましてな」


「ふ、ふざけるな!意味がないだろう!」


「意味?貴方がたは私と打ちあいたかったのでは?」


 お嬢様たちは成人間近の幼さだが飛び切りに容姿が優れている。今のうちに粉をかけておこうという気持ちも分からなくはない。だがあの2人は自分で自分の相手くらい見つける。むしろ宛がわれた相手なんてごめんだろう。というわけで、ここでお嬢様たちを追われては虫よけに着いて来た意味がない。すっかり強くなってしまった可愛い子供たちのために、今の俺ができることはしっかりと勤め上げなければ。


「騎士の決闘で余所見はいけませんな」


 窘めるように言うと3人は分かりやすく顔を真っ赤にした。戦闘の基本中の基本は相手の冷静さを奪うことにある。ま、そろそろ敬語がめんどくさくなってきたのもある。政治に俺が向かないのはこういう性格だからだ。


「ただの冒険者風情が決闘を語るか!」


 それまで黙っていた黒髪の青年が叫ぶ。


「そういや名乗ってませんでしたか。オルクス伯爵領騎士長トニー=デボラ=マンソン、決闘に参上しました」


「騎士長!?てことは……」


「名誉男爵を伯爵からは授かっています」


 騎士は騎士爵を与えられる。しかし領軍の旗頭にもなる領地の騎士長は一代限りの名誉男爵に任ぜられるのだ。屋敷では騎士長としか言われないし、上も下も家族然とした付き合いなので時々自分でも忘れそうだが。


「さて、決闘を申し込んだ以上逃げることはできませんぞ。剣を抜きなさい」


「う……く、田舎領地の騎士長風情が勝てると思うなよ!僕はもうすぐCランクに昇格するんだ、そこらの放蕩者と一緒にしてくれるな!!」


 吼えるだけ吼えた青年は腰に吊るした剣を抜く。鎧と同じで鏡のような銀のコーティングがしてある。


「ふん、僕はこれまで12体も凶悪なゴーストを斬った腕前を持っているんだ。こんな満足にフルプレートも買えないような男に負けるわけがない」


 自分に言い聞かせるように呟く青年。

 いやいや、そんな対死霊装備で固めていればゴーストくらい誰でも倒せるぞ。

 喉まで出かかった言葉を飲み込む。決闘の最中に相手を貶すのは騎士の美学に反する。


「さあ、かかって来なさい!」


「当たり前だ、格の違いを教えてやる!」


 今度は俺が咆える番だ。左腰に吊るした愛用の騎士剣を抜き、左腰に吊るした簡易の盾を構える。視線は真っ直ぐ青年の瞳に合わせ、全身に力を漲らせ、そして両手で逆さに剣を持ち上げて床に強い力で打ち付けた。同時に複数のスキルを解き放つ。

『騎士長』威圧、『騎士長』剣の波動、『騎士長』防御強化

『騎士長』内包スキル『盾術』防御姿勢

『荒熊の騎士』視殺、『荒熊の騎士』王者の咆哮

『荒熊の騎士』内包スキル『大盾術』絶対防御姿勢


 ガァアアアアン!!


「ウォオオオオオ!!」


 音とは衝撃波、そのことを肌で理解せざるを得ない巨大な音の壁が青年を圧倒する。彼はまるで偶然怒り狂った熊にでも出くわした村娘のように全身を竦みあがらせる。同時に俺の身体能力が防御面に限って人間離れした領域へ到達する。この6年でお嬢様からエクセル神の教えを学び会得した俺のオリジナル技、ベアーズフォートレスだ。


「ひ、ひぃ……ま、魔物が……魔物が……」


 それまでの勢いはどこへやら、うわ言のようにそう繰り返す青年めがけて踏み込む。待ってやる義理などない。お嬢様やシャルには及ばないながら、砲弾のような勢いで銀色の甲冑が迫る。


「おい、来るぞ!」


「はっ……そ、そうだ、大丈夫、相手は人間、相手は人間だ……!」


 青年が仲間の声に意識を取り戻して剣を構えなおす。俺は右腕を大きく振りかぶる。もう何十年と共に戦ってきた愛剣が天井から降り注ぐ光を跳ね返した。その輝きに青年の目は釘付けになる。

 しめた。


「返り討ちにしてやらばぁっ!?」


 口角から泡を飛ばしながら叫ぶ青年が空を飛んだ。切っ先に気が向いた瞬間、俺が盾を前面に構えて体当たりをしたからだ。ベアーズフォートレスは防御の技だが、要塞の名を冠する防御力で突撃されればどうなるか。人は空を飛べるのだ。

 大けがにならないように打点を下げ過ぎたのがよくなかったか……。

 さながら大型の馬車に正面から跳ねられたように、青年は俺の頭上を横回転しながら通り過ぎていく。鎧はひしゃげ、鏡面加工も剥げて地金の黒が見えている。目は左右で別々の方向を見たまま涙を流して、口からは涎と歯がいく欠けかこぼれ、それらが明かりを受けて流れ星の尾のように見えた。


「ゴビャ」


 永遠とも思える一瞬の滞空を経て、聞いたことのない音とともに青年は着陸した。それはそれは見事なハードランディングだった。やはり人が空を飛ぶのは難しいらしい。


「うちのお嬢様に手を出すつもりなら、これくらい躱せないと話になりませんな」


「…………お、おい、死んでるのか?」


 恐る恐る黒髪の青年が尋ねる。うっかり未来ある若者を殺してしまうような未熟者と思われるのも嫌なので、俺は倒れた青年を助け起こすことにした。


「これではまだCランクは遠い。ほら、立ちなさい」


 鎧の後ろ首を掴んで持ち上げる。そして残り2人の青年に見せた。


「ひぃ!」


「う、うわぁあ!?」


 2人とも腰が抜けたようにへたり込む。

 これはもしや。

 自分の方に金髪の青年を向けてみると、たしかにこれは酷い。半開きの口からは前歯が1本、半分ほど欠けた状態で見えている。血と涎が混じってこぼれ、着地の衝撃で鼻も曲がり、両方の穴から血を流したまま白目を向いて気絶していた。痙攣しているので生きて入るだろうが、十分死体に見間違える状態だ。


「……これはやりすぎたか?」


 どうにもダンジョンで鍛えるときに感覚まで狂ってしまったらしい。それでも息子のエスタやその妻リベラは骨折程度で抑え込めるので、もしかしたら彼らの鎧が粗悪品だったのかもしれない。

 なんにしてもあとでイザベルに怒られるぞ、これは。

 何故か勝利を収めたというのに、血の気が引いていくのを感じた。


 ~★~


 ちなみにこの決闘でトニーがお咎めを受けることはなかった。他家の騎士、それも名誉男爵相手に決闘を申し込んだ上に敗北したのだ。ボロボロにされたからと抗議をする口はさすがに彼らも、その親も持っていなかった。Cランク昇格が見送りになってしまったのも、しぶしぶ自業自得と受け入れたようだ。

 この大事な時期に耳目を集めたことをイザベルに咎められてこれでもかと怒られたのは、彼の個人的な話である。


Merry Christmas!

この聖なる夜に『技典』でも堂々たるなろうテンプレをかましましたよ。

ギルドで絡まれて、圧倒的な力でねじ伏せる。

嘘は言ってません。ほんとのこーとさー♪


まあ冗談はほどほどに。

お約束通り、作者と狐林さんからのプレゼントをどうぞ!


挿絵(By みてみん)


危ういバランスと背徳的な色香が鳴りを潜めた分、より凛々しく可憐に成長したアクセラ!

挿絵ではなくキャラ紹介風の一枚です。読者の皆さんとしてはどちらがお好みでしょうか?

今度は制服とか、ツーショットとかお願いしちゃおうかな・・・(強欲)

しかし、セピア色がいい風合いを出していますよね~。ありがとう、狐林サンタ!!

名前的に和洋がすごい喧嘩してるけど、ありがとう!

あ、もちろん次回更新は次の0時です。

クリスマス終わってる?デイアフタークリスマスって書くとそれっぽくないです?


~予告~

下ギルドへと向かうアクセラとエレナ。

そこは事務官ミレズの言う通り、厄介な状況になっていた。

次回、下ギルド


ビクター 「詭弁を弄しても嘘臭さが出過ぎて、次回予告が嘘予告じゃなくなってるね」

シャル 「前回も誤認へ誘導したからか、内容的には嘘じゃなかったっすね」

ラナ 「それ、そういうシステムなのね・・・」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ