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一章 第3話 祝福式

 屋敷から教会に向かう馬車に揺られながら、俺は今生初の外の光景を楽しんでいた。

 ケイサル街の構造はシンプルだ。オルクス伯邸宅から1本の道が真っ直ぐ伸びており、しばらくは上流階級と思しき家々が軒を連ねている。その後はそこそこの大店が立ち並び、段々と店の規模が縮小して最後は民家の多い居住区になるようだ。もちろんこれはメインストリート周りの話であり、そこから離れると雑多な家や公園、店がたくさんあるらしい。

 さすがは伯爵領の領都だけあってメインストリートから見る限り店も家々も立派なものだ。生活も安定しているようだし、うちの両親は帰ってこない割には意外と善政を敷いているらしい。気になることと言えば、上流階級の家の中でも貴族っぽい上品な家の多くに生活感がないことだろうか。もしかするとうちのように皆王都に出稼ぎ、もとい出仕しているのかもしれない。

 さて、居住区にほど近い場所まで来ると2つの建物が俺の意識を占めた。飲み屋街へと続くだろう枝道の入り口に門を構える大きな建物、冒険者ギルド。そしてその向かい側の荘厳で背の高い建物、創世教会だ。この世界の都市にはすべからく存在している2つの組織である。今日の目的は後者の方だ。

 大陸北北東、「聖なる咢」と呼ばれる大山脈を超えた先の高地に総本山を構える世界最大の宗教団体。創世と太陽を司る神ロゴミアスを主神と仰ぐ信者集団。善神の代弁者としてこの地上に強い権力を持ち、各国間の調停や動向監視から悪神との戦いにおける旗頭まで幅広い役割を持つ。そしてその幅広い役割の1つに今日の儀式、祝福式が含まれているのだ。

 祝福式は3歳になった子供が10歳の誕生日を迎えるまでの7年間を健やかに過ごせるようにと行われる儀式のことで、多くの場合は創世神ロゴミアスの名の下に行われる。特定の神を奉じる人々は自らの所属する神殿で行ってもらうことになってはいるが、その実どの神にお願いしても実際に加護を与えるのは慈母神エカテアンサの領分となっているのだとか。普通の神の加護は神の気まぐれによって与えられるが、慈愛と母性の神である彼女は子供を守る加護と妊婦を守る加護に限って該当者なら誰にでも与える。


「お嬢様、エレナ、つきましたよ」


 ラナの声に俺は窓から顔を離す。生前に仕入れた知識を反芻している間に馬車は教会の正面玄関側に乗りつけられていた。


「さあ、神様にお会いしに行きましょう」


 優しく微笑む彼女に促されて俺とエレナは外に出る用意をする。衣装と髪が乱れていないかを確認して、それが終わるとラナが小さく馬車の扉をノックした。すぐに扉は開き、外から立派な顎鬚の大男が手を差し出してくれた。伯爵家の騎士たちを束ねる騎士長トニーだ。


「お手を」


 オルクス家の家紋が刻印された鎧に身を包んだ熊紳士は渋いバリトンでそう言い、手前にいたラナがその手を取って馬車から降りた。一々人の手を借りないと降車が許されないというのは、貴人というのも楽ではない。


「お手を」


 続いて同じセリフを口にしたのは我が家に1人しかいない女騎士のリベラだ。20過ぎの美人だが立ち居振る舞いからは筋肉の躍動を感じる。その手を取ったアンナが下車し、トニーがエレナを、リベラが俺を同じ要領で降ろしてくれた。


「ありがと」


「いえ」


 今日のお供はアンナとラナ、トニー、リベラの4人だ。なお伯爵家に仕える騎士は彼等を含めて8人のみ。使用人の数と合わせて考えると我が家は身分のわりに裕福でないのかもしれない。街並みはそこそこ立派だというのに。

 それはそうと、間近で見る創世教会は荘厳だった。大礼拝堂を含む本館に4本の装飾用の塔と居住用と思しき別館が1つ。全て白い石材でできていて、窓はほとんどがステンドグラスだ。創世教会1軒にこれだけの土地と金をつぎ込むくらいなら他の神々の教会も呼んだ方が都合もいいだろうに。


「では参りますよ」


 ラナの声に牽かれて俺たちは正門をくぐる。平日の昼下がりだからなのか、領主の血統が儀式をするためなのか、なんにせよ人の気配は全くない。大きな木製の扉が教会の儀仗兵によって開けられ、それを過ぎれば赤い絨毯の廊下が広がっていた。


「わぁ……」


 エレナが驚いたように声を洩らす。広がるという形容ができるほど広い廊下と言うのはそれだけで圧巻だ。俺はというと、より圧巻といえばいいか、呆れるほどのシロモノを天界で見せられているのでそこまででもない。

 廊下の右手に受付と思しき窓口があるが今は閉じられていた。そのかわり、正面の天井まである大扉の前に1人の女性が立っている。身にまとった服と帽子は創世教会の司教のそれで、服飾の良し悪しには疎い俺でもそれが最高級の素材でできていることはわかった。しかも魔力が込められていることからなにかしらの付与魔法が施してあるらしい。


「ああ、ラナにアンナ、お久しぶりね。2人とも落ち着いた雰囲気が出て、ますます綺麗になったわ」


「お久しぶりです、エベレア司教」


「ご無沙汰しております」


「気にしなくていいのよ、忙しいでしょ?それに会えなくても主神様が見守ってくださっているのだから、私は何も心配していないわ」


 柔和な笑みを浮かべる50絡みの女性神官は近所のおばちゃんのような饒舌さと気安さで喋り始めた。すぐにその矛先は俺とエレナにも向けられる。


「貴女たちがアクセラさんとエレナさんね?」


「ん」


「は、はい」


「私はエベレア。隣のレグムント侯爵領で司教をしているのよ。司教ってわかるかしら?ロゴミアス様に仕える神官なのよ」


 この場所でそんな格好している人間は十中八九ミアの神官だろうよ。

 しかしレグムント領か。隣の領地らしいのであとで調べてみよう。


「素直そうなお嬢さんたちで嬉しいわ。主神様もきっと貴女たちを気に入って格別の加護を下さることでしょう。もちろん私もあなた達の祝福式を執り行えてとても嬉しいわ」


 お世辞の類ではないのだとすぐに分かるような、積んできた徳の厚みを感じさせる笑顔を浮かべる司教。


「さ、時間も押してることですし支度をしましょう。ついておいでなさいな」


 こちらが返事をする暇をほとんど与えず、彼女はさっさと歩きだす。扉の中にではなく左右に伸びる廊下の右側へ。この国でも教会が俺の記憶のそれと同じ基本的な構造なら、こちらには個別の礼拝室や応接室がある方向だ。


「この部屋で着替えてね。服というより布だから大きさはあまり関係ないと思うけど、万が一問題があったら声をかけて。あ、それと下着も全部脱ぎましょうね。寒いとは思うけど我慢して、祝福に必要なの」


 小さめの礼拝室に俺たちを導いたエベレア司教はそれだけ言うと退室していった。ついてきていた4人は先程の廊下で左へ進んでいったのでとっくにいない。祝福式は神と人が1対1で行うものとされ、たとえ親でも参加はできないのだ。


「えれな、これ」


 矢継ぎ早な司教のお喋りと初外出直後に大人から引き離されたショックでポカンとしているエレナの袖を引く。


「これ、きるみたい」


 礼拝室の真ん中には椅子と机が1組あり、その上には綺麗に畳まれた布が2つあった。


「あ、あくせらちゃん……」


 不安そうに袖を掴み返してくる乳兄弟の頭を撫でつつ、手早く首元のリボンを解いてやる。


「だいじょうぶ。きがえよ」


「……うん」


 簡単に脱げるよう要所要所のボタンと紐を外した後は自分でするように促す。そして俺も自分のリボンを解いてボタンを外す。着せられているときは覚えられるものか、とも思ったが案外脱ぐだけなら簡単だった。


「あくせらちゃん、たすけてー」


 ワンピース型の衣装から抜け出した俺にくぐもった声が助けを求める。見ればエレナが儀式用の服に頭を突っ込んでもがいていた。


「ぼたんはずさないと……」


 ボタンがあることも確認せずに頭を突っ込んだ結果、中途半端なところで引っかかってしまったらしい。広い布地の真ん中から蜂蜜色の頭頂部だけを覗かせていた。


「じっとして」


「うん!」


 息まで止めてじっとしている彼女の鼻筋に手を伸ばし、留まったままのボタンを外してやる。


「ぷはー!」


 勢いよく頭を出して呼吸を再開するエレナ。

 なんで息まで止めるんだか……。


「ありがとー」


「ん」


 サラサラのハニーブロンドを一撫でして俺も自分の儀式用の服を手に取る。一枚物の白い絹地に深い赤で模様が描かれ、真鍮色のボタンが2つついた貫頭衣だ。ステラが着せてくれた大量の防寒肌着を脱いで頭から被る。この貫頭衣以外何も身につけてはいけないのがしきたりらしい。しかしまあ寒い。こんな冬の昼下がりに布一枚なのだから当たり前だが。


「いこ」


「うん」


 すっかり元気になったエレナの手を引いて部屋から出る。待合室に向かってしまったラナたちのかわりにエベレア司教が俺たちを待っていた。


「あらあら、早かったわね。貴族のお嬢さんはもっと着替えに手間取るかと思っていたのだけれど、ラナはちゃんと自分でできるように教えているのね?貴女たちも彼女も偉いわ」


「あくせらちゃんがてつだってくれたの」


「そうなの?よかったわね、優しいお姉ちゃんで。貴女も良い子ね、しっかり妹の面倒を見ているなんて。姉妹は宝ですからね、大切にしないといけないわ。大人になるとそれはとても難しいことになると思うけれど、しっかりお互いを大事になさいね」


「ん」


「?」


 俺は頷いたがエレナはきょとんとした顔で首をかしげている。仕方ないだろう、3歳児にする話じゃない。


「さ、ついていらっしゃい。これから主神様にお目通りして、2人に大切なご加護を授けてもらいましょうね」


 そう言うと俺たちを連れて彼女はまたさっさと歩きだし、最初の大扉の前へと戻っていった。黒い木製の扉は金属で補強され、よく手入れされていて艶々とした光沢を放っている。とても重そうな見た目だが軽量化の付与魔法でも施されているのか、司教がそっと手で押すと軋み1つたてずに滑らかに開いた。

 1歩中に入るとそこは外とは異世界だった。厳粛な気配の漂う空間に何十列もおかれた長椅子。床に敷かれた深紅のカーペットと白い石材の対比。陽光を透かして煌めくステンドグラスの宗教画。太い柱に支えられた高い高い天井とそこから下がる複雑な形のシャンデリア。全ての色や形、配置が工夫された美しい場所だった。そしてそれ以上に強い存在感を放つのが天井から垂れる旗と壁際の像だ。

 旗は俺たちの着ている服の模様と同じで、かつてミアが纏っていたドレスとも全く同じ色調の深紅の布地だ。そこに真鍮色の糸で創世神の紋章が描かれている。図案化された太陽が中心にあり、下側に羽、右側に麦の穂、左側に角が三角形になるよう配置されている。太陽がミアの象徴、羽が天上界、麦が地上界、角が魔界を表す。ミアの宮殿を含めてこれまでそこら中で多用されている深紅だが、これは創世神のシンボルカラーだ。

 壁際の像はというと、これはミア以外の神々の石像だ。複数の神々の教会や神殿を置けるほどの規模がない地方都市では、こうして創世教の教会に他の神が間借りするように像を置いている。伯爵領の領都なんだからほかの神殿も置けばいいだろうに、何の事情があるのか分からないがうちでは慈母神エカテアンサや三戦神等の有名な最高神たちもここに合祀されている。なお、当然俺の石像はない。創世教会の総本山が新しい神の出現を知らないということはないだろうが、あまりにもその土地でマイナーな神は像などおかれないからだ。

 信仰も土地と金と人気次第とは、世知辛い話だな。

 そういえばミアの石像がない、と思ったら真正面にあった。雄々しく神々しいマッチョな男性像だ。戦武神トーゼスの祖父と言われた方が納得する姿だが、これが地上における一般的なロゴミアスの外観とされている。若気の至りがこんなところに堂々と展示されているのはなんともいたたまれない気分になる。自業自得でしかないのだが。


「あらあら……」


 壁際の像をざっと見てそんなことを思い浮かべているとエベレア司祭が驚いたように声を洩らした。


「神々は貴女たちのことを大変気にかけていらっしゃるようね。これほど強い神気が大聖堂に満ちているのは初めてのことだわ」


 その言葉に俺は内心で驚く。なぜなら大聖堂内の神気をそこまで濃いと思えなかったからだ。確かに家の周りや外に比べれば満ちていると言えるが、それでも神域ならこれくらいじゃないのかと思った程度だ。


「きらきらしてる」


 ふとエレナが呟いた。

 そうか、彼女の魔眼には神気や神力も見えるのか。


「あら、エレナさんは魔眼持ちなのね?神様の気配が見えるなんて羨ましいわ。私は感じ取ることしかできないのよ」


 心底羨ましそうにエベレアは言うが、普通の人間に神気は感じ取ることすらできない。感じ取れるのは彼女のように修行を積んだ者かごく少数の先天的な加護持ちなど。満ちる神気の多寡をすぐに察知できる時点で彼女の優秀さが分かるというものだ。かく言う俺も生前は全く感知できない類の人種だった。感じ取れるようになったのは昇神してからのことなので、比較対象が天上界しかないのがこの場を多いと感じなかった理由かもしれない。


「さ、神々をお待たせするわけにはいかないわ。祝福を始めましょう!」


 さらにテンションの上がったエベレア司教は俺たちの手を引いて足早にムキムキロゴミアス像の前へと進む。そこには厚さ10cmほどの赤い石壇があり、俺とエレナはまるで供物のようにその壇の上に座らされた。ここが創世教会でなければこれから行われる邪悪な儀式で殺される哀れな少女にしか見えない絵面だ。

 そんな俺のどうでもいい心象を知ってか知らずか、エベレア司教は石壇より少し離れたところにある朗読台に向かう。そこにはロゴミアスの聖印と聖書が置かれており、これまた相当な魔力が感じられた。どちらも高位の魔導具に違いない。


「心を空っぽにして、ただ神の事だけを想い祈りなさい」


 さっきまでとは打って変わって厳粛な声で司教は告げる。

 エレナは一瞬不思議そうな顔で俺を窺ってくるが、俺はあえて気付かないふりをして目を閉じた。反応すると彼女はきっと儀式より俺の方に意識を向けてしまう。子供とはそういうものだ。幸い無視に徹したおかげか、すぐに見様見真似で祈りだしたのが気配でわかった。目を閉じた俺はというと、己が神なので真剣に他の神に祈るわけにもいかず、かといって自分に祈るのもなんだか気持ち悪いので瞑想をする。


「大いなる世界の創造主にして我ら小さき者の父なる主神、太陽の王、古の賢者、勇猛なる戦士でもある尊き御方、生命と始まりを司る善神の長ロゴミアスよ」


 司教が朗々と経典を唱え始める。同時に背後で聖書と聖印から強い力が発せられ、それが目の前の石像と連動して特殊な力場を形作るのが感じ取れた。魔導具、というより祭具である聖書と聖印が同じく祭具である石像と共鳴し、教会内をより高次の聖域へと高めているらしい。そもそも教会とは建材から構造、内装に至るまで神々が考えた巨大祭具だと言われている。こういった機能がいくつも搭載されていたとして不思議ではない。

 しかしまあ、凄まじい形容のフルコースだな。

 だがこれで父ではなく母である点を除けば嘘は言っていないのだ。創造神であると同時に太陽神であり、開闢から世界を知る知識を多く蓄えた賢者であり、悪神に対しては自ら剣と槍を携えて戦う戦士でもある。


「ここに貴方様の御意思の下、2人の子らが健やかに3度目の良き日を迎えられたことを感謝いたします。今、善なる神々と古き祖先との約定に従い我らは慈悲深き諸神の恩寵を賜りたく伏してお願い申し上げます」


 えらく仰々しい口上をもって加護の嘆願が成される。それに並行して俺は意識を集中させ、天界の転移宮を思い浮かべた。加護の儀式はもう少しかかる。その間に天界へ移動すれば、ミアにゲンコツ1発落とすくらいできるだろう。創世教会で創世神を殴る算段をしていると、俺の意識は突然暗転した。

11月最後の更新です。

もう12月ですね・・・あぁ、ブッシュドノエル食べたい!

ファンキルというソシャゲをやってるんですが、

ハロウィンイベでチラッとそのワードが出てからもう食べたくて食べたくて・・・

どなたか、ロールケーキを買ってきてデコる以外の方法で簡単な作り方知りませんか?


~予告~

意識を失ってしまったアクセラ。

これはミアからの先制攻撃なのか!?

次回、エクセルは二度死ぬ


エク「俺を死に芸キャラみたく言うなよ」

ミア「そしてとんだ誤解なのじゃ!!」


※※※変更履歴※※※

2017/12/02 各行の字下げが反映されていなかった問題を修正

2017/12/08 読者さんから指摘のあった表現の問題および誤記を修正

2019/5/4 「・・・」を「……」に変更

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