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五章 第1話 最後の依頼

 真っ赤な草原を風が渡る。本当なら春の訪れを予感させるはずのその風には、たっぷりと鉄の匂いが含まれていた。普通の人間なら咽返るどころか胃の中身を空っぽにせずにはいられないほど濃い匂い。それは平原に点々と転がる青い屍が原因だ。紺に近い濃青色の硬質な毛並みを持つ大型狼の魔物。Cランクのアズライトファングだ。


「あとは君だけだよ」


 俺はすっかり血を吸った愛刀を一度斬り払って汚れを落としつつ、離れたところからこちらを睨み付ける存在に言ってみる。通じているのかは分からない。なにせ相手は平原に転がっている魔物の群れのリーダー、深紅の毛並みを持つ変異種だからだ。


「アォオーン!」


 呼びかける仲間などもういないのに、紅の狼は気高く吼えた。もともと狼は賢い生き物だが、同時に同族愛に満ち誇りも高い。一族が滅べば特攻くらいしてくる。

 真っ赤な草原を駆け出した変異種の毛並みが太陽を照り返す。まるで血の海を一条の炎が迸っているようだ。足の速さは他個体と比べるべくもなく、魔力の高ぶりも強烈。

 ああ、強い……。

 俺は右腕に埋め込まれた水盾の魔術回路を触媒に魔力を水属性に転じ、刀に薄く纏わせて引きつける。斬れ味を邪魔しないよう、紅兎の刀身に混ぜ込まれた赤ミスリルが水の魔力に馴染むよう。

 仰紫流刀技術・水巫装

 やがて狼は一刀足の間合いに飛び込む。毛並みと同じ深紅の瞳を敵意で満たし、宝石の爪や牙からちろちろと火をこぼしながら。


「やっ」


 気合いの声とともに斬り払う。うっすらと赤味を帯びた紅兎の銀の刃が、大きく開かれた魔物の咢を横から薙ぎ……一文字に斬られたはずの狼が形を失って炎に変じた。


「もう知ってる」


 間髪入れずに左手で鞘を背後に振るう。見えない位置で確かにガッチリと何かを捕らえた感触がした。


「ガゥ!?」


 体を翻せば黒い金属に噛みつく赤い狼の姿があった。そのまま鞘ごと大地に叩きつけようとするも、狼は途中で牙を開いて宙へと逃れる。すかさず右の刀を喉笛につき入れるが、やはり体は炎に変わってしまう。これまで何度かやり合ったのでそこまでは予想の範疇だ。


「そこ!」


 気配だけで出現位置を予測して頭上へ左腕を振るえば、鞘の腹に深紅の爪ががっちりとかみ合う音が響く。最短コースを狙って柄頭で殴りつけるが、またしてもその頭蓋を割り砕く瞬間に手ごたえのない炎を残して消え去る。

 熱くはない……やっぱり幻影だな。それに法則は分かった。

 次に出現したのはわずかに刀の間合いの外。それをあえて追わず、俺も一歩下がる。右足の魔術回路に魔力を注ぎ、刀の水巫装も出力を上げる。

 二度目の突撃は一拍の間を置いてすぐに敢行された。最初と同じように刀を横薙ぎに構えて間合いまで待つ。牙の本数まで見える距離で相手が地面を蹴った瞬間、刀を振らずに右足の魔術を発動させた。

 鋼鉄魔術・地剣

 粘つく下生を食い破って地面から鈍色の突起が数本飛び出す。短時間の準備では地剣本来の物量は発揮できない。だがそれでもいい、一撃あれば。無防備な腹を武骨な剣に貫かれた群れの長はまたも炎の幻影に消える。


「バイバイ」


 小さく呟いて刀を振るう。強く蹴った足の力を回転に変え、くるりと横薙ぎに円を描く。

 紫伝一刀流・弧月の変化『刃月』

 薄赤い残光が満月を地上に作ると、右側から静かに熱い液体がかかった。頬を濡らすそれは獣と鉄の臭い。つまり血潮だ。


「ふう」


 ポケットから取り出した紙でゆっくり紅兎を拭って鞘に戻し、腰に吊るしなおす。そして確認すると、右後方から跳びかかろうとしていただろう魔物の首と胴体が別々に転がっていた。新鮮な断面からどくどくと血が溢れだしている。どう見ても絶命していた。


「アクセラちゃん、お疲れ様」


 100mほど後方にいたエレナが小走りに近寄ってくる。もうすぐ15歳を迎える彼女は背もすっかり伸びて、纏う気配も子供としてのあどけない可愛さから女性としての可憐さに変わりつつある。服装はほとんど昔と変わらないが、杖と鞄が特別大きいものになっていた。昔とまったく同じなのは一点の曇りもない姉妹愛に満ちた瞳を向けてくれていることか。

 さすがにべっとりと血で汚れた俺を跳びついて抱きしめには来ないけど。


「そっちもお疲れ様」


 今日の依頼はケイサルの近くに住み着いたアズライトファングの群れの討伐。これで終了だ。俺たちはその巨大な群れをちょうど半分ずつ背中合わせに相手していた。こちらの担当はご覧のとおり草原の絵の具になっているが、彼女の担当した場所は氷の彫像が林立する悪趣味な庭園と化している。

 まあ本当なら頭数をある程度削るだけでいい依頼なんだけど、殲滅して悪いことはないよね。


「解体しよっか」


「ねえねえ、それより群れのリーダー、どうやって倒したの!?」


 珍しい変異種の行動にエレナが好奇心を抱かないはずもなく、彼女は早速目を輝かせながら仕組みを訪ねてくる。


「……解体しながら」


 太ももに装備したナイフを抜いて見せる。エレナの獲物は氷漬けだからいいだろうけど、俺の方は全て生だ。腐って価値が落ちたら困る。


「むぅ」


 唇を尖らせる姿は相変わらず愛らしいが、仕事は仕事。二人で手近な個体を、俺の場合は群れの長だが、手早く捌き始める。


「目と爪と牙、毛皮も大事」


「わかってるよー。で、捌きながらなら教えてくれるんでしょ?」


「はいはい」


 首の皮を剥がしてから肉に切れ込みを入れる。アズライトファングの素材で最も高価なのはその美しい瞳だ。これを傷つけると一体あたりの稼ぎがガクンと落ちる。


「群れの長の能力はたぶん炎の幻影。触っても熱くなかった」


 たしかな熱を持った深紅の眼球を取り出しながら推測を口にする。念のために水巫装で刀に保護と火特効を乗せてはいたが、たぶん必要なかっただろう。


「幻影で避けた後の鞘は必ず当たってた。だから幻影は連発できない」


 必ず初撃は幻影で回避するのに次撃を回避していなかった。そしてその次ではまた幻影で逃げていた。つまり連続使用はできないがわずかなインターバルで再使用できるというわけだ。


「だから構えてから刀以外で攻撃した」


「あ、幻影を無駄遣いさせたんだ」


「ん。直後に刀で死角を斬れば実体を斬れる」


 エレナから青い目玉を受け取って頷く。


「意外とあっさり攻略しちゃったね、変異種なのに」


 変異種は異常なまでに強力。そんなイメージがエレナの中にはある。昔誘拐されたときに出くわしたシュリルソーンメイジの変異種があまりに印象的だからか。


「アレとは根本的に違う。あっちはダンジョンに出る突然変異の不安定な奴。こっちはアズライトファングに定期的に生まれるちょっとした上位種」


「あ、もともといる種類なんだ」


 宝玉を磨いて作ったような爪を足首ごと斬り落とし、4つまとめて一括りに。毛皮、目玉、足4つと引っこ抜いた牙一揃えで一体分だ。


「名前は覚えてないけど」


 ダンジョンの変異種は固有の名前を持たないが、外界にいる変わり種については名前が付けられている。


「帰ったらギルドで調べようよ」


「ん。それこっちに頂戴」


「はい、どうぞ」


 足を受け取って縛る作業を延々と続ける。かがんでの作業が少し煩わしくなってきたころ、ふと顔を上げて周りを見てみる。我ながらバカげた数の狼を仕留めたものだ……。


「多すぎる。人を呼んだ方がいい」


「そ、そうだね」


 手の血を魔法の水で流しながらエレナも頷く。解体するまではまだしも、担いで帰るのは無理だ。


「エレナ、呼んできてくれる?」


「アクセラちゃんは解体続けるの?」


「ん」


 そんなわけで、俺が死体の解体を続ける間にエレナがギルドへ人を呼びに行くことになった。彼女の身体強化魔法の腕前は6年前の誘拐事件からさらに磨きがかかっている。そこそこケイサルから離れた草原からでもすぐに到着できる。


「いってらっしゃい」


「大丈夫だと思うけど、無理しないでね」


 追加の敵が来るにしてもここなら困るような種類じゃない。ダンジョンの中と違ってこんな草原、それも人里に近い場所で度肝を抜くようなバケモノは出ないのだ。

 毛皮をはぎ取りながら俺はエレナに手を振った。


 ~★~


「お帰りなさい!」


 ニッコリ笑顔の職員に出迎えられてギルド支部に入る。厄介な依頼が終わった上に上質な素材が納入されるとあってギルド側の機嫌はいい。なにせギルドの裏手に停められた荷馬車にはアズライトファングの素材が山盛りになっているのだから。

 アズライトファングは付与魔法の触媒として優秀だからね……なにより見た目が綺麗だし。


「依頼の報告、すぐにお受けいたしますね」


 そう言って俺をカウンターに案内するのはこっちと同じくらいの年の少女。名前をルオといい、初めてギルドに来た日に対応してくれた女性事務官カレムの妹だ。当のカレムはというと、2年ほど前に結婚して王都に移り住んだ。

 ルオが俺たちを連れて行ったのは増設されたカウンター。通常時は空席で急ぎの報告がある場合のみ開けられる、通称緊急窓口だ。魔獣討伐の功績を讃えて事件の翌年に大規模な拡張工事が行われた際、ケイサル支部の長であるエド=マイアの提案で作られた。


「そういえば人が少ない」


「ああ、皆さんもう酒場に移動しちゃいましたからね」


 ルオはカウンターの向こうへ回り込みながら苦笑する。アズライトファングの群れということで調査の結果を普通は待つものである。儲け話には食いつくのが冒険者であり、同時に調査の結果が深刻だった場合は緊急依頼が出されるかもしれないのだから。ところが誰も彼も俺たちの心配はしてくれなかったらしい。


「そりゃあCとはいえ魔獣の討伐者が向かうんですから、皆さん気が緩みますよ」


 一応数組のCランクが万が一に備えて待機してくれていたらしいが、それもエレナの報告で解散してしまったのだとか。


「今日でわたしたちしばらくいなくなるんだけど……大丈夫かな?」


「エレナさんも心配性ですね。やるときはやる人たちですよ、ここの冒険者は」


「ん。やるときはやる奴以外いなくなったとも言うけど」


「叩きだした本人が言わないでください」


 魔獣討伐でさらなる増強を許されたケイサル増強支部だったが、同時に禁制薬物「湖楽」事件のために冒険者のモラル向上を言いつけられてもいた。孤児院と職業訓練所を開いたばかりだった俺としてもロクデナシがギルドで幅を利かせるのは困るので、マザー・ドウェイラからの極秘依頼を受けたのだ。依頼内容は目に余るゴロツキ冒険者の監視と摘発。俺たちを攫ったベディスとトリンプほどのゴミはいなかったが、更生の余地のなさそうな者が何人も衛兵のお世話になることとなった。


「あれは私の単独犯じゃない」


 もちろん俺以外にもマザーのお眼鏡にかなった冒険者が何人もこの密命を受けていた。ただたまたま俺が一度だけ実力行使に及ぶ件があって、たまたま相手の鎧を真っ二つにしてしまい、そしてたまたまそれが公衆の面前であったというだけの話で……。

 いや、仕方ない。うちの孤児院の幼女を路地裏に連れ込もうとしていたんだから、それは仕方ない。むしろ中身は斬らなかったことを褒めてほしい。


「いや、あれはアクセラちゃんのオーバーリアクションな気がするよ」


「それはそうと、早く報告させて」


 エレナが味方についてくれなさそうだったので話題を変える。


「この後行くところがある」


「あれ、そうなんですか?でも「青き短剣」の皆さんが宴会の準備してましたよ」


「なんで……」


「青き短剣」とはベディスとトリンプが率いていた「青き礫」を辞めた3人が中心のCランクパーティーだ。湖楽漬けでおかしくなっていた2人を見限って飛び出した彼らは数人の仲間を見つけて新しいパーティーを組んだのだ。湖楽に手を出してまで力を欲した2人はあっさり死んで、抜けた3人がCランクになっているのは皮肉としか言えない。


「さよならパーティーらしいです」


「おかしい……一昨日したはず」


 あれからすっかり仲良くなったのはいいのだが、なにかにつけて飲み会を開こうとするのだけは困っている。他の冒険者たちも尻馬に乗るから質が悪い。

 俺もエレナもまだ飲めないって。


「今日は孤児院に寄る予定なんだ」


「ん、オーナたちには悪いけど」


「いやまあ、いっつも酒盛りしてる方が悪いんですから、いいんじゃないですか?」


 手厳しい評価を突きつけつつ、ルオは書類をトントンと揃える。


「それではお待たせしました。調査結果の報告をお願いします!」


「群れを発見、これを殲滅。討ち漏らしなし」


「……えっと、もう少し詳しく」


 ~★~


 日がわずかな赤みを帯び始めたころ、俺とエレナは大通りを外れて教会の裏に向かっていた。屋敷近くの焼き菓子屋まで一度向かってから戻ってきたので、教会とギルドは向かいなのに結構な時間がかかった。


「詰め合わせ、買えてよかったね」


「ん」


 今俺たちは2人合わせて5箱もの焼き菓子の詰め合わせを持っている。孤児院へのお土産だ。


「ここも変わったね」


 ふとそんなことをエレナが言った。


「ケイサル?」


「うん」


「たしかに」


 6年の歳月は長い。多くのことが変わった。

 たとえば大きなところだとギルドが両隣の建物を買い取って改築を行った。その結果はすでに述べた通り。また教会の裏手には孤児院が建てられ、保護者のいない子供は院に入ることが義務付けられた。エクセルの神像が教会に置かれたりもした。

 細かいことだと大通りの舗装が敷きなおされた。インフラの類が色々と見直され、街全体が少し住みやすくなった気がする。それと誘拐事件の日にエレナを追いかけて曲がった角のパン屋はいつのまにか潰れていた。

 我が家でも変化は小さくない。トレイスが王都のお披露目パーティーに行って友達を作ってきた。レイルたちからの手紙で王都の情報もよく入ってくるようになったし、ビクターが時折オルクス伯爵の商会に対する妨害工作の報告をくれるようにもなった。表も裏もゆっくりと、確実に変わっていくのだ。


「シャルさんも出て行っちゃったしね!」


 一際大きい声でそれを強調するエレナの頬は少し膨らんでいる。


「ごめんって」


 事前の相談どころか辞令が決まるまでエレナに教えるのを忘れていたので、当時の彼女は大きく取り乱した。侍女見習いとして年の近いシャルとエレナはなんだかんだ仲がよかったらしいとその時知った覚えがある。以来それをときどき思い出して彼女は拗ねるのだ。


「ほら、もう着く」


「むぅ」


 空いた右手で頭を撫でる。彼女はさらに頬を膨らませながらも顔を赤らめた。

 変わってきたといえばエレナのコレだ……。

 最近嬉しさの表現が少し変わってきた。昔は頬を緩めていただけだったのが、ここ1年ほど赤らめて俯くようになった。子供らしさが減って女の子らしさが勝ってきたということなのかな?


「ん、お出迎え」


「あ、ほんとだ」


 教会を回り込んだところにある孤児院に近づけば、誰から聞いたのか子供たちが門の周りで待っていた。


「おじょーさま、えれなさん、いらっしゃいませ!」


 3歳から7歳くらいの子たちが中心になって舌足らずな唱和で迎えてくれる。もう少し年上の子供たちは少し頭を下げている。お嬢様扱いは止めてほしいと何度か言っているのだが、院長が断固許してくれないのだ。


「ようこそおいでくださいました、アクセラお嬢様とエレナお嬢様」


 子供たちに続いてそう言ったのは院長のマリエラ=マイア。ケイサルのギルドを預かるエド=マイアの妻である。夫によく似て人を見る目に定評のある人物だ。少し違うのは彼女が迫力満点の肝っ玉母さん気質であることか。母さんと言うには老齢に差し掛かっているわけだが。


「久しぶり、マリエラ。調子は?」


「なんの問題もありませんよ。孤児院もあたしもね。さ、立ち話もなんですからどうぞ中へ」


「ん」


「お邪魔します」


 マリエラの先導に従って孤児院の中へ進む。表の創世教会とは少し違うデザインだが、宗教施設のようにステンドグラスなんかを備えた清楚な建物だ。出資が慈母教会であることを含めてネヴァラのメイス孤児院に倣ったのだ。


「問題はなにもないんですけどね、実はちょっと困ったことがあるんですよ」


「それは?」


「今日はシャルールちゃんがいないんです。冒険者志望の年長組を連れて「災いの果樹園」での実習に向かっていて……」


 しまった、確認すればよかった。

 結局Cランクまで資格を上げたシャルは孤児院の立ち上げと同時に冒険者の教官として就職した。今じゃ数人の教官や世話役と一緒にここで子供たちと暮らしている。そんな彼女の大切な仕事の一つがダンジョンへの引率。冒険者を志す子供たちで訓練を潜り抜けた子を、俺とエレナが体験してその有効性が証明されている「災いの果樹園」へ連れていくのだ。


「たしかもうすぐ出発でしたよね?」


「ん、出発は明後日」


「それなら明日、お屋敷の方に向かうよう伝えておきます」


「お願い」


 滅多なことはないと思うが、この世の中はいつ最後が来てもおかしくない。長期的に会えないことが分かっているならきちんと挨拶をしないと後悔する。まあいいかと思っておざなりにするとそれが今生の別れになったりもするのだ。


「そうそう、昨日アンナさんがおいしい茶葉を持って来て下さったんですよ」


 今思い出したとばかりにマリエラが手を打つ。


「たくさん頂いたのでぜひ飲んでいってください」


「せんせー、あたしたちも!」


「おーちゃ!おーちゃ!」


「はいはい、あなたたちの分も淹れてあげますよ」


 あまり高級な物を味わわせるのが果たして子供たちの今後のためになるのかという疑問はあるかもしれないが、この孤児院じゃ結構積極的にいいものをあげている。もちろん予算は税金と寄付から出ているので贅沢はさせられない。それでも俺やエレナをはじめ、屋敷やギルドの人間が自腹で差し入れをするので自然とそうなるのだ。特に食べ物に関してはかなりいい暮らしをしているといえる。

 美味しい物を知っているのはいいことだと思う。いい暮らしをするためにしっかり働こうって思えるから。


「それじゃあお茶の用意をしてきましょう」


 院長は年長の子供3人を指名して俺たちからお土産を受け取らせ、彼らを連れて調理場の方へと去っていった。


「お嬢様、後で稽古つけてください!」


「エレナお姉さま、私の魔法みて!」


「おねえちゃん、あやとりおしえて?」


「おにごっこしよ!おにごっこ、ねえ!」


 規律の象徴たる院長が居なくなった瞬間に子供たちの口から雪崩のようにおねだりが始まる。俺とエレナは顔を出したついでに少し冒険者志望の子の面倒をみることがある。それがいつの間にか向こうから強請られるようになってしまい、普通に遊びたい子たちと相まって競争率の高い相手という扱いを受けるのだ。子供たちにとってそんな相手を射止める方法はただ一つ、できるだけ近づいてできるだけ大きな声でできるだけ何回も繰り返し声をかけること。つまり凄くやかましい。


「わかったから、1つずつ」


「順番を守ってくれるならちゃんと皆のしたいことできるから、ね?」


 必死に抑え込んで最適解になる順番を探す。こういったことは道場を構えていた頃からよくやっていたのでお手の物だ。


「まず稽古がしたい組、今日は武器も魔法も私と。室内で遊びたい組はエレナと」


「やった!」


「その後お茶とお菓子を食べて、最後にみんなで鬼ごっこしよ」


「はーい!」


 これなら体力に優れた冒険者志望も鬼ごっこの時には疲れているだろうし丁度いい。


「アクセラちゃんは大丈夫なの?」


 少し心配そうな顔でこちらを窺うエレナに頷く。確かに連戦のあとではあるが、俺の体力はこの6年で大きく成長した。さすがに前世には及ばないが、丸1日なら戦い続けられる程度にはなっている。


「余裕」


 小さく微笑み返すと、エレナは柔らかいはにかみ顔を見せる。すっかり乙女になった妹の頭をいつもの癖で撫でながら、とりあえず血気盛んな少年少女を連れて裏口に向かうのだった。


来週はクリスマスですね!

更新日がばっちり重なったのもなにかの縁・・・作者は縁を大切にするタイプなのです。

というわけで予告通りささやかなプレゼントとして24日、25日、26日連続3日投稿します!

ちょうどキリがよくなるのも理由ですがね(笑)


~予告~

教会、孤児、銀食器、そして金貸し。

聖夜の物語が今幕を開ける!

次回、聖夜の聖歌


ミア 「悲惨な人々の劇じゃろうか」

テナス 「名画と犬に看取られる話じゃないんですか?」

シェリエル 「どっちも聖夜関係ないですよ・・・」

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