四章 第13話 お茶会
夜会の2日後、トライラント伯爵家からお茶会への招待状が届いた。参加者はあの日話した5人全員で日程は明後日。どうもこの国の貴族社会じゃ2日というのが招待するのに最低限設けるべき準備期間という扱いらしい。
「どうするの?」
エレナが俺のベッドに寝転がって足をバタバタさせる。侍女のお仕着せを着たままだが、王都の屋敷にいると彼女の仕事はないも同然。暇すぎてここ数日の昼はこんな有様だ。
「もちろん行く」
「わたしはお留守番?」
「ん、ごめんね」
「大丈夫」
最初はエレナも誘おうかと思ったのだが、話が余計ややこしくなる気しかしないのでとりあえず今回は俺一人で行くことにしたのだ。
「エレナ、手紙の準備お願い」
「はーい」
ベッドから起き上がったエレナが手紙の用意を整える間、俺は仕度の段取りを考えるのだった。
~★~
「こんにちは」
トライラント伯爵邸のティールームにそろった5人にごく普通の挨拶を贈る。彼らは3人掛けと2掛けのソファにそれぞれ収まって、ローテーブルに用意されたお茶と茶菓子を囲んでいた。ちなみに遅刻はしていない。ラナに教え込まれた通り指定された時間に10分ほど遅れて到着した。
「あー、ようこそ我が家に……」
歯切れの悪い挨拶を困ったような笑みで口にするアベル。予想していたよりも面倒な空気がすでに漂っている。その元凶ともいえる大柄な少年は難しい顔で腕を組み、男友達2人に挟まれて座っていた。より正確には拘束されているように見えるが。
「と、とりあえず好きなところに座ってくださいね」
ホストの勧めに従って1人用のソファへ腰を下ろす。テーブルを挟んでレイルの正面だ。
「お招きありがとう。ケーキ持ってきた」
「うん、ありがとう」
アベルとの短いやりとりが終わるとまた沈黙が降りる。レイルは眉間にしわを寄せて押し黙り、ティゼルはレイルの肩に手を置いてじっと座ったまま。アティネは横目に俺をにらんでおり、マリアは全体の空気に怯えてびくびくとしていた。
そりゃこうなるよな……。
心の中で俺はひっそりと嘆息する。
レイルの生家フォートリン伯爵家は四大貴族やオルクス家ほどでないものの古い家柄だ。当主が第一騎士団副団長を務めるほどの武闘派で、叙爵前から代々レグムント家の家臣として活躍していたとも聞く。つまりフォートリン伯爵家とオルクス伯爵家は同じ主人を共に支えてきた武官ということになる。
「一応名乗っておく。私はアクセラ=ラナ=オルクス、もう知ってると思うけど、オルクス伯爵家の長女」
俺が改めて名乗るとレイルとアティネからの視線が一層険しくなった。アロッサス子爵家は中立のビシケント侯爵派だと聞いたが、暗紫の姫もオルクスは嫌いらしい。
我が家ながら、そのブランド力には驚かされるね。
「……」
「……」
それでも彼らは何も言わない。言うべき言葉を探しているのか、怒りや苛立ちで言葉が出てこないのかはわからないが。
とりあえず喋れることはさっさと喋ってしまおうか。
もちろんビクターの計画に悪影響を与えない範囲で、俺自身のプランにも差しさわりのない範囲にとどめるつもりだ。ただその条件を満たせることは可能な限り言う方がいい。なにせオルクスの悪しきブランドは国中に轟いていても、俺自身について彼らが把握している情報は驚くほど少ないはずなのだから。
まず『完全隠蔽』を発動させる。高貴なる情報屋の腹の内で盗聴も監視も想定しないのはただの馬鹿のすることだ。さっきから壁の向こうに複数の気配も感じる。
「失礼いたします」
話を始めようとしたところ、扉を開いて執事が1人入ってきた。落ち着いた雰囲気だが額にはうっすら汗が浮かんでいる。盗聴していた者から音が聞こえなくなったと報告されて、焦って飛び込んできたといったところか。
「どうした?」
まったく異変に気づく様子もないアベルが尋ねれば、執事はさっと部屋を確認してから微笑んで見せる。
「アクセラお嬢様のお土産のケーキをお持ちしました」
「ありがとう」
執事の背後から侍女がカートを押してやってくる。その上には先日エレナやアペンドラとスイーツ地獄、もといスイーツ巡りをして発見した美味しいケーキが切り分けておかれている。男性陣にも優しい甘さ控えめフルーツパウンドだ。
「アベル様、やはり給仕をさせていただくわけには……」
「友達とのお茶会だから、気楽にしたいんだ」
「……承知いたしました」
ケーキを置き終わった侍女ともども執事は退室した。顔色から察するにしぶしぶの様子だった。
「えっと、すみません。とりあえず食べましょうか」
急に乱入してきた執事がケーキのこと以外になにか意図をもっていたことは彼も分かっているのだろう、また困ったような顔になって一言謝った。
胃の痛い人生を送りそうだな、アベルは。
「汚れた金で買ったケーキなんていらねぇよ」
ずっと黙っていたレイルがぽつりと震える声でそう言った。
「レイル!」
本当に胃の痛い人生を送りそう、強く生きて。
友人の暴言に声を荒げるアベルにさらなる同情をささげる。
「僕のお客として来てもらったんだ、そんな言い方はあんまりです!」
「どういうつもりか問いただすのに呼んだんだろ。今さら何がお客だ!」
憤慨するアベル、呼応するように声を荒げるレイル。マリアは眉根を寄せて2人を、アティネはじっと俺をそれぞれ見る。ただ1人ティゼルだけが落ち着いて腕を組み瞑目していた。
「お前もお前で、よく来れたもんだな」
「あたしもそれは思うわね。分かってたから夜会では名乗らなかったんでしょ?何考えてるのよ」
疑惑と怒りの混じった視線が向けられる。それはきっとオルクスの名前に対してだけでなく、夜会で半ば騙すような態度をとったことも含まれているはずだ。
「私の名前を知っても呼んでくれたから」
「呼ぶって約束しましたしね」
あえてとぼけた答えをした俺にアベルの声が困った調子に戻る。彼のスタンスは一見してよく分からない。露骨な態度を示す友人との間に立って、俺を気遣うようなそぶりも見せている。ただそれがホストとして取るべき態度だからなのか、彼自身の考えに依る物なのか、あるいはトライラント伯爵家の人間は子供でもタヌキ根性旺盛なのか……。
「とりあえず、そのケーキは「綺麗なお金」で買った物。食べるといい」
「信用しろってのか、裏切り者を」
「私が信用できない?」
「できねえな」
「できないわね」
間髪入れずに否定の言葉が飛んでくる。
「ならこれを信じて」
俺はポケットから銅色の金属カードを取り出して見せる。
「冒険者カードか?親父の書斎にあったヤツと同じデザインだ……」
それが何であるか、一目で分かったのはレイルだけだった。書斎に同じものがあったということは、フォートリン伯爵もレグムント侯爵のように若い頃は武者修行をしていたのかもしれない。
俺の持つそれを確かめるように見つめる彼の目が、直後大きく見開かれた。
「おいまてよ、銅色ってことはCランク!?」
「し、Cランクって、すごいの?」
「すごいなんてモンじゃないわ。Cランクは一人前の冒険者なのよ?」
マリアの質問に答えるアティネの視線は、カードを見せる前よりむしろ険しさを増している。
「が、がんばったんだね?」
「10歳でCランクだなんて、ありえないわ」
「え、えっと、でも……」
ぴしゃりと言ってのける友人にマリアの声はさまよう。
「た、たしかCランクの最年少記録は8ですから、ありえないというわけじゃないですよ?」
「それはあくまでいるってだけよ。たしかに魔法使いは小さくても有能なら戦えるわ。でもそれには常識外れの努力が必要……あの家の人間にそんなことができるとは思えないわね」
アティネのオルクス嫌いはよほどなのか、言葉を紡げば紡ぐほどに視線がキツくなっていく。いまだ一言も発さないティゼルとは対照的だ。
常識外れの努力はさすがにしてないのでその点をあまり強く主張できないのがね……。
俺には前世が、エレナには天才性があった。もちろんそれぞれしっかり努力もしたし工夫も凝らしたが、普通の子供がCランクになるほどの努力はさすがにしてない。第一俺たちもDランクを跳ばせたのはあの魔獣のおかげだ。
「かといって今のオルクスにギルドランクを無理やりあげさせるほどの権力があるとは思えないから……コレ、いったいどうやって手に入れたの?」
「お、おい……」
彼女がその言葉を口にした瞬間、それまで一緒に厳しい目を向けていたレイルが慌てる。アティネの言わんとするところが何なのかを察したのだろう。
「わかってるのかしら、ギルドカードの偽造は重罪よ?」
ギルドに登録するにあたって身分や出自が問われることはない。その分低ランクの冒険者は身元も不確かな輩として扱われる。しかしこれが高ランクになってくると下手な貴族より強い発言力を持つようになる。それはひとえにギルドが昇格の審査で人格も考慮するからだ。Cまでなら実力と運があれば問題なしとされるが、その上ともなってくるとこなした依頼の実績とともに周囲からの評判が大切となる。
そんな冒険者としての身分を表すカードの偽造は、ギルドから直々に捕縛命令が出る数少ない案件だ。ギルドの身分制度と所属者全てを守るため、必要とあらば広域指名手配と精強な追手までつけられる。
「安心して、偽造じゃない」
「だから信用できないって言ってるのよ!」
苛立ったようにテーブルを叩いて立ち上がるアティネ。冒険者カードの偽造は大罪だが、不可能じゃない。昔からある以上、カードはスキルを使って作られている。同じスキルと材料があれば作れないことはない。ただ割に合わないだけで。
まあ、実際裏社会で流通してる数少ない偽造カードはCランクのが一番多いんだけどね。
「この人なら信用できる?」
俺は銅色の板を裏返してアティネに見せる。キレのある筆記体でとある人物の名前が刻まれた裏面を。
「名前?」
「裏書ですか!?」
裏書というものについてはアベルの方が知っていたらしく、その意味するところをアティネをはじめとする仲間に説明してくれる。
「へえ、誰かが協力してるってことね」
「そう言う見方も、できなくはないですけど……」
「で、サインは……ドウェイラ=バインケルト。レグムント侯爵領のギルマスよね?」
「マザー・ドウェイラ!?あのマザー=ドウェイラか!?」
「うわっ、びっくりさせないでよレイル!」
読み上げて頷いたアティネを押しのけてレイルがカードに顔を寄せる。押さえつけられる形になったティゼルが少し苦しそうに顔をしかめた。ところがレイルの方はそんなことに頓着した様子もなく、視線で穴が飽きそうなほどじっくりとサインを見つめてこう続けた。
「ほ、本物だ……本物のマザー・ドウェイラのサインだ!」
「なんで分かるのよ……」
「レ、レイルくん、え、英雄大好き、だから」
「そういえばそうでしたね。つまりこれは本物のギルドマスターの裏書ということですか?」
「そ、それも偽造かもしれないわ!」
「いーや、これは本物だね。親父の持ってるサイン集のと全くおんなじだ」
フォートリン伯はそんなものを持っているのか……。
「じゃあそのギルマスとのコネが……」
「絶対にありえない!マザー・ドウェイラはすげえ厳しい叩き上げのギルマスだぜ?」
「ん、あの人に賄賂なんてただの自首」
マザーは俺たちのケースのようにルールを上手く使うだけの柔軟性と人情味はあるが、不正との曖昧な線引きを自分で明確に設けているタイプだ。あの人に賄賂なんて持っていったら本当に頭を引っ掴まれて直々に尋問部屋へ連れて行ってくれるだろう。
「……」
直前まで自分と同じサイドにいたレイルが何故か反論する側に回ったことでアティネは拗ねたように唇を尖らせる。直前までの激しい追及はなくなったが、それでも納得には程遠いのか視線を俺とカードの間で行ったり来たりさせている。
「アティネ」
「なによ、ティゼル」
「話を聞くくらいいいんじゃないかな?」
「なんでよ!?」
「レイルの言葉を信じるなら、自力でCランクになったってことでしょ?」
「マザー・ドウェイラは親父も恩人だって言ってた、絶対に不正なんてしない!」
「俺はレイルを信じるよ?」
弟にそう言われれば彼女も強く首を振るわけにもいかない。特にコトが友人であるレイル、ひいてはその父の話である以上。
「……はぁ。そうね、あたしもレイルなら信じる」
「本当にCランクなら稼ぎがあるのもおかしくはない。そうだろ?」
「まあ……」
「つまりこのケーキはレイルの言うような汚いお金で買った物じゃないってことさ」
彼はそう言って自分の小皿にパウンドケーキを一切れとる。そして一口食べてから微笑んだ。
「おいしい」
「……結局ケーキの代金の話しか分かってないじゃない」
「ケーキのお金にすらそれだけこだわって潔白を主張してるんだ、話を聞くくらいはいいじゃないか。レイルだって話を聞く気になってるんだし」
「マザー・ドウェイラの裏書があるならオレは話を聞くぞ」
それまでの態度が何だったのかと言うくらいあっさりレイルは引き下がっていた。
「綺麗なまでに手のひらを返したわね。でも他の皆はそれでいいの?」
「僕はもともと話を聞くために呼んだわけですし……」
「わ、わたしも、お、お話ならきくよ?」
「俺も最初から話を聞くつもりだよ」
「もう、それじゃあたしが一人でカンシャク起こしてるみたいじゃない!」
「まあまあ、アティネに悪気があるわけじゃないのは皆分かってるって。それで、アクセラはもちろん話を聞かせてくれるんだろう?」
折角整えられている髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて叫ぶ姉に苦笑しつつ、ティゼルは他の全員の皿にもパウンドケーキを乗せて配る。それでも買ってきたケーキ自体が大きいのでまだ6割ほどが残っている。
「ん」
ポットから紅茶を継ぎ足してから頷く。
「まず1つ、私は領地でずっと暮らしてた」
「お、王都は初めて?」
「ん。父親に会うのも初めてだった」
「「「え!?」」」
これは予想していなかったのか、5人が全員驚愕をその顔に浮かべた。
「伯爵はこの10年一度も領地に戻ってない。私は初めて王都に来た。だから一度も会ってない」
「なんで……だって、親子よ?」
「さあ、理由までは」
それが分かればもう少し立ち回りやすくなるのかもしれない。伯爵の頭の中を覗けない以上、ない物ねだりな情報と言わざるを得ない。
「私はこの10年、ずっと屋敷で育った。屋敷の家族と冒険者を見て」
「屋敷の家族?」
「使用人。うちはとっても仲がいいから」
「そうなんですか?」
今度はアベルが不思議そうに首を傾げる。
「オレのとこはめちゃくちゃ厳しいぜ?仲がいいなんて言えるのは乳母くらいのもんだ」
レイルの家は武官らしく厳格のようだ。
「ん、私の乳母も厳しいけど優しい人。少し違うのは、屋敷の使用人みんなが乳母みたいなかんじ」
話題が家族のことになったのを気に俺はいくつか思い出話を披露する。領地の屋敷にいる使用人たちの個性、毎年の誕生日パーティー、エレナとの魔法の修業……一般的な貴族より緩くも楽しい生活の話が中心になる。
「じゃあ最後はその家宰と乳母が許してくれたってことか」
「ん、だいぶ心配かけたけど」
「い、いい人たち、だね」
ビクターとラナが冒険者になることを認めてくれた話になると、そのまま指導してくれている「夜明けの風」の面々や受けた依頼の数々の話題になる。
「鍛冶工房からの依頼で面白いのが……」
~★~
レイルやアティネ、マリアを中心にした求めに応じるまま、俺は細かい依頼や体験まで2時間かけて語り続けた。もちろん誘拐事件や薬物事件の裏で暗躍しているらしい貴族なんかは省いてだ。それでもアクセラとして生きた人生のほとんどを語りつくす勢いでしゃべり続けたことに変わりはない。
「それじゃあそのお婆さんのペンダントはなくなってなかったってことかしら?」
「ん。私たちが探し回ってた3日、ずっとお尻に敷いてた」
「あはは、なんだそれ!」
「で、でもそれ、ど、どうなるの?」
「成功報酬の半分を迷惑料にもらった」
「それじゃ全然割に合いませんよね」
「お婆さんは薬屋。貸しが作れたからそうでもない」
「そういう面もあるのか……俺たち貴族と近いのかもしれないな、ある意味では」
ティゼルの言葉に一同は納得して頷く。貴族も冒険者も顔の広さと貸し借りが何よりの財産になる。オルクスはその財産をドブに捨てたからこそ、こうやって友達を作るにも一手間かかってくるのだ。
「はあ、にしても面白かったな」
ある日の依頼の話が一段落したあたりでレイルがそう言った。その顔には心からの笑みが浮かんでいる。それは他の参加者も同じで、しばらく前までの険悪なムードはもうない。
一手間かけた甲斐は十分にあったな。
紅茶はそれぞれ4杯目を干し、茶菓子もその多くがなくなっている。問答の着火剤になったケーキも綺麗になくなって、窓からはわずかに橙色の光が斜めに差し込みつつあった。
「よかった。それで、どう?」
俺はあくまで「オルクス」なのか、それとも彼らの友人となりうるのか。言外にそう尋ねるとレイルはニッと笑って見せる。
「オレはお前、好きだぜ」
「レイルくん!」
他意はなかったんだろう。俺もそれはわかっている。ところがマリアがそれまでにない勢いで食いついた。責めるような口調とは真逆に表情は不安と悲しみが混ざったような……あえて言うなら捨てられる子犬のようなものだ。
「え、ちょ、ちが……!?」
「レイル、浮気はダメよ」
「違うっての!」
「……」
「オイコラ、そんな責めるような目で見るな!」
一斉に弄りにかかるアロッサス姉弟とアベル。慌てふためくレイルを見てクスリと笑って見せたあたりマリアも本気じゃなかったのだろう。
「マリアとレイルは?」
「婚約者同士です」
やっぱりか。
夜会の時からして2人の距離はとても近かった。お互いにサバサバした印象のあるアロッサス姉弟より兄妹じみて見えるほどに。だがフォートリン家とロンセル家は親戚関係にない。ということは一番ありえる可能性が婚約関係。
猪突猛進な印象のあるレイルとおどおどしたマリアじゃ一見ソリが合わなそうだが、実際は夜会で見たように仲がいい。小さい頃から許嫁として育ったからなのか、たまたま性格があっただけなのか……。
「ん、お似合い」
「ア、アクセラちゃん……!」
「え、そ、そうか?」
顔を赤らめる初々しい2人に微笑みがこぼれる。
「末永くお幸せに」
「う、うん」
「いや、早い早い!」
マリアはしゃべり方の割に結構しっかりしてるな。からかい半分の俺の言葉に力強く頷いた彼女を見てそんな印象を受けた。
「10歳の貴族で婚約してる人って多い?」
これ以上からかってもレイルが可哀想なので一つの疑問をアベルにぶつける。
「昔は結構いたみたいですけど、最近は珍しい方じゃないですか?」
「そうだね、珍しい。俺もアティネも婚約なんて話一度も聞かない」
じゃあ伯爵の婚約者探しがどうこうというのもそこまで本気じゃなかったのか。あるいは自分の家名のハンデを考慮して随分と早くから募集するつもりだったのかもしれない。
「アベルなんかはいそうなもんだけどな」
「むしろうちは決まりにくいと思いますよ?」
トライラント家の婚約ともなれば相手の家柄や力関係をかなりよく考えないといけない。それだけ彼の伯爵家の力は絶大だ。
「アクセラはどうなの?」
「王子狙えって」
「それはまた……」
親父殿からの指示をそのまま伝えるとアティネ1人が苦笑いをこぼした。マリアは今一つピンと来ていないようで、男性陣は下手な反応をすると俺に失礼と思ったのか微妙な顔でお茶をすすっている。
「狙わないけど」
「なんでよ」
「学院を出たら冒険者になりたい」
「貴族やめて?」
「家督は弟が継げばいい」
貴族は子供が多い場合が多いので、冒険者や職人、商人を目指して貴族籍を捨てる者もいなくはないらしい。長女が出て行くというのは珍しいだろうけど。
ところがアティネの関心はそこじゃなかったようで。
「あら、弟がいるの?」
「ん、素直でかわいい」
白い巻き毛の少年を思い出す。子供らしい純粋な尊敬と愛情を俺に向けてくれるトレイスは本当にかわいい。
「うらやましいわ」
「おいおい、俺が素直でかわいい弟じゃないって言うのかい?」
「寝言は寝て言いなさい、ティゼル」
薄い笑みを浮かべておどけるティゼルを姉がばっさり切り捨て、笑いが巻き起こる。彼は優秀そうで整った顔立ちだが、可愛らしいというには子供っぽさがない。それに余裕のある態度をなかなか崩さないので素直でもない。
いい弟だろうけど、ね……。
「よいしょ」
ひとしきり笑い声が途絶えるのを待ってから立ち上がる。座りっぱなしで凝った体を伸びで解しながらアベルに目を向ければ、彼はその意味を察して微笑んだ。
「もう帰るんですか?」
「ん、結構日が傾いてきたしね」
「楽しい時間はすぐすぎるわね」
意外な言葉がアティネの口から飛び出した。
「今日来た時には楽しい時間になるなんて思ってもいなかったくせにね」
「う、うるさいわよ」
「た、楽しいのは、いいこと」
マリアの笑顔も最初に比べて柔らかくなった気がする。
「今度来るときはエレナも連れてきていい?」
「もちろんですよ」
「王都にいる間にもう一度くらい会えるでしょ?」
「ん、また誘って」
それだけ約束を交わした俺は、もうしばらくいると言う他のメンバーに別れを告げてトライラント家を後にした。
~予告~
ずっと友達で、ずっと一緒で、ずっとそこに居てくれる。
大人になってもそうなんだと、あの日の私たちは思っていた。
次回、かれらの。
ミア 「シェリエル」
シェリエル 「歌いませんよ。というかこの流れ前にもしませんでした?」
作者 「ネタ被ってたらすみません。なにせ記憶がアンインスt」
シェリエル 「止めなさい」




