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四章 第12話 子供たちの夜

!!Caution!!

このお話は一周年記念隔日更新の4日目です!

「家名は覚えたか」


 夜会に向かう馬車の中、伯爵が俺に尋ねた。


「はい」


 凄く雑にだが、当座困ることのない程度には覚えた。ほんのり言い訳じみたことを思いながら頷くと、伯爵は「そうか」とだけ言って手元の書類に目を移す。

 それが道中、俺と父が交わした唯一の言葉だった。


 ~★~


 騎士たちが守る跳ね橋を越えて入ったユーレントハイム王城、その一角に建てられた大きなドーム状の建物に俺たちはやってきた。ダルジェリン記念宮殿と呼ばれるそこは本来大規模な舞踏会のための建物らしい。

 案内の使用人に連れられて待合用の個室に通された俺と伯爵はお互いに最後の身支度を整え、早々に今日の会場となる第一ホールに向かう。燕尾服を纏った父の腕に軽く手を添え、形ばかりのエスコートをしてもらった。意外なことに脂肪の下がしっかりした筋肉であることをうかがわせる腕をしていた。武人の筋肉じゃなかったが、腕をよく動かしている人間のそれだ。

 ビクターとの密約、ホランの態度、母上のこと……そしてこの腕。ステレオタイプな糞貴族のイメージからどんどん離れていく。

 アドニス=ララ=オルクス、あんたはどういう人間なんだ?

 しかし内心の疑問が何かの形を得る前に俺たちはホールへと到着してしまう。心の奥に問いかけを仕舞って、開け放たれた扉からその中へ一歩踏み出す。


「……」


 ゆったりした音楽に乗せて談笑する大勢の貴族。着慣れない燕尾服に袖を通す少年たちと彩り豊かなドレスを纏う少女たち。優雅にグラスを配って歩く使用人。そんな絵に描いたような貴族の社交界に、俺たちが入った瞬間小さなざわめきが広がった。もちろんすぐ目に見える範囲、ホールの入り口にいる連中だけだが。

 伯爵そのものに対する反応と俺に対する反応が大体1対3くらいで、友好的な視線とそうでない視線に分けるなら1対9くらいになる。

 嫌われすぎでしょ……。

 非友好的な視線は嫌悪感や侮蔑のような軽めのものが大半だが、中には憎悪や義憤じみた強い感情も混じっている。友好的な視線も純粋な好意によるものは皆無と言っていい。建国以来の家柄でありながら主を鞍替えし、あまつさえ後ろ暗い家業に手を染めているオルクスの悪名は想像以上に強烈だ。

 ほんとまあ、よくマイルズは俺たちを利用しようと思ったもんだ。いっそ尊敬するよ。

 尊敬と言えば伯爵本人もすごい。これだけの視線にさらされても全く動じた様子がなく、当たり前のような顔をしてホールの中央へと足を進めているのだから。


「ご無沙汰しております、公爵閣下」


 伯爵が真っ先に声をかけたのは勲章が輝く軍服に深紅の儀礼用ガウンを纏った大柄な男。黄金の髪を後ろになでつけ、同色の髭を短く刈り込んだ姿は一見紳士のようだ。しかしその目は獰猛な獣の威圧と確かな知性を共に宿し、左頬に刻まれた爪痕のような傷がさらに凄みを加えている。


「ぬぅ、オルクス伯か……久しいな」


 初老とは思えないほど荒々しい生命の気配に満たされた、地響きのような声で男は親父殿に挨拶を返す。


「これは我が娘、アクセラにございます。なにとぞお見知りおきを」


「ほぅ……」


 血のように赤い瞳が俺を見据える。彼もトレイスのように魔力過多症なのだろう。


「レグムントの白髪にオルクスの紫の瞳か。なんとも皮肉なものだ」


 わずかに哀れみを含んだ声音で彼はそう呟いた。それが誰に向けたものなのかは俺にはわからなかったが、少なくともオルクスの悪名に対して嫌悪は感じていないようだ。


「ジョイアス=カテリア=ザムロだ。お前の血には期待しておる、精々才能を無駄にしないよう精進せよ」


 ザムロ公爵。現在オルクス家が所属する派閥の主であり、スキル至上主義であることでも有名な四大貴族の雄だ。

 この男が……。


「はい」


「閣下、ありがたきお言葉にございます」


「お前も他に挨拶周りがあるだろう。行ってよい」


 特に含むところのなさそうな言葉で辞去を許す公爵に俺と伯爵は頭を下げる。取り巻きの連中からはひそひそ声で罵りが聞こえるが、本当に公爵自身には伯爵に対する悪感情がないらしい。


「トワリ侯爵、ドニオン伯爵」


「ああ、オルクスか。そういえばお前にも娘がいたのだったな」


「あらまあ、かわいい子じゃありませんの」


 次に親父殿に引き合わせられたのは2人組で話し込んでいた中年の貴族。トワリ侯爵はなにやら複雑で面白い髭の男性で、ドニオン伯爵は親父殿よりはるかに太った女性だ。どちらもあまりお近づきになりたくない笑みを浮かべている。


「娘のアクセラです」


 ペコリと頭を下げる。


「ほうほう、本当にかわいい子じゃないか。オルクス、お前の子とは思えんくらいだぞ」


「その通りだわ!食べてしまいたいくらい可愛らしいわねぇ」


 笑みを深める2人になにか言い知れぬ嫌悪感が沸き起こる。生来の鉄面皮がなければ盛大に顔をしかめていただろう。こういうときだけは怠惰な表情筋に感謝したくなる。


「またお世話になることもあるかと思いますので、よろしくお願いします」


「ああ、もちろんだとも」


「ええ、いつでも遊びにいらっしゃい」


 それだけの短いやりとりで父は俺を2人から引き離した。背後から視線だけがついて来るのがなんとも不快だが、直後に伯爵が小さく俺にした耳打ちでその理由を悟る。


「あの2人は特殊な趣味で有名だ。間違っても近寄るな」


 ああ、変態か。

 今日の夜会の本番は子供だけでの交流だが、しばらくはこうして大人と子供がペアでうろつくことになっている。そしてこの時間のみ子供のいない貴族も参加して顔つなぎをすることが許されているのだとか。主に四大貴族なんかの有力な上司に子供を覚えてもらうための措置だ。


「いいか。これから紹介した後、お前の右肩に私が触れたらその相手を警戒しろ」


 管弦の音色に隠れてほとんど聞こえないほどの声量で伯爵が指示する。彼はこの顔合わせの時間で要注意人物を俺に教え込むつもりなのだ。

 付き合いのある相手はあとで個人的に会せればいいということなのかね。

 さきほどの変態のように子供のいない要注意人物はこういう場でもないと顔と名前セットで覚えさせるのは難しい。それに比べて付き合いを保ちたい相手や知り合いなら後日個人的に紹介しに行ってもいいわけだ。

 意外と頭が回るんだな……。

 初対面の時の激情家な姿からは想像しにくいが、どうやらそういうことらしい。


「スウォータ伯爵、今よろしいかな?」


「オルクス伯爵!いや、先日以来ですなぁ」


 また面白い髭の中年に話しかけ始めた父の横顔を窺いつつ、少し彼に興味がわいてきたのを実感する。断罪か贖罪かを考えるより前に、この男がどういう男なのかを見極めた方がよさそうだ。


 ~★~


 それからしばらく、親父殿に連れまわされて部屋中にいる様々な危険人物を暗記させられた俺はどっと疲れていた。

 いや、多すぎだろ……。

 ほとんどがロリコンだったが、中には確実に人を殺したことがある目をした子爵や剣呑な眼光を宿して思い切り睨み付けてくる伯爵もいた。見た目はときおり面白い髭の整え方をしているくらいで奇抜な者はいなかったのだが、この国の貴族も大概闇が深そうな雰囲気だ。

 使用人が差し出してくれた果実水のグラスをできるだけお淑やかに見えるよう傾けながら周囲を見回していると、それまで穏やかな演奏をしていた楽団が急に威厳のある曲を奏で始める。同時に談笑し合っていた貴族たちが口をつぐんだ。


「国王陛下のご入場です!」


 着飾った男が張りのある声でそう告げると、裾の長い豪奢なガウンを引きながら1人の男が部屋に入ってきた。年齢は親父殿よりやや上程度で、後ろに俺と同じくらいの少年を連れている。2人とも髪はアッシュブルーで瞳はイエロートパーズを思わせるような黄緑色。男は温和ながら油断のない眼差しで、少年は張り付けたような微笑みをうかべ、それぞれ赤いカーペットを歩く。

 国王陛下と王子殿下か……。

 会場にいる全ての人が軽く(こうべ)を垂れるなか、国王陛下は上手に設置された舞台上の大きな椅子に腰を下ろす。携えていた笏を側近に預けた彼は我々をぐるりと見わたしてから口を開いた。


「今宵はこの国の未来を担う新たな貴族たちを言祝(ことほ)ぐ宴だ。皆、楽にせよ」


 よく通る声で許しが与えられる。それを合図に使用人以外の者は全て頭を上げた。宴の参加者でない使用人たちは顔を伏せて礼を示したままだ。


「今年も多くの子供たちが無事10歳の節目を迎えることができたこと、国王として喜ばしく思う。父等よ、大儀であった。子等よ、大儀であった」


 夜会の開幕を告げる国王の言葉には字面以上にたしかな慈愛と喜びが含まれていた。手腕がどうかは知らないが、人間性については申し分ない統治者のようだ。


「いずれ劣らぬ家柄の血を継ぐ子供たちよ、今宵を以て家名を名乗ることを許す。名実ともに貴族となり、その責務を全うするためよく父と母に学べ」


 一度言葉を切った国王は、再度見える範囲の出席者をゆっくりと見回した。


「既に知っている者も多くいるとは思うが、ここにいる第一王子シネンシスもまた今年で10を迎える。これから5年の後、学院にてともに(くつわ)を並べて知と武を競うこととなるだろう。願はくは切磋琢磨し、この国の未来をより素晴らしものへと導いてほしい」


 訓示を終えた国王が小さく目くばせすると、入場以降ずっとそばに控えていた中年男性が一歩前に出る。ザムロ公爵や遠目に見たレグムント侯爵と同じくらい多くの勲章を胸元に輝かせた文官風の人物。おそらく宰相を務める四大貴族の1人、リデンジャー公爵だ。


「新貴族の諸君、国王陛下のお言葉を胸に刻んでよき貴族足らんと励みたまえ」


 猛禽のような鋭い視線でそう言ったかと思うと、そのまま眦を緩めて片腕を横に振る。その合図に合わせて楽団がゆったりとした音楽を奏でだす。


「さて、これ以上堅苦しい話をしても初めての夜会に水を差してしまうだろう。ここからは子供たちだけだ。初めての社交を存分に楽しみたまえ」


 それが本番、子供たちの社交界の始まりを告げる合図だった。国王と宰相が立ち上がると同時に、父親たちも子供たちに一言二言残して退室の準備を始める。


「目的を忘れるな。いいな」


 伯爵も小さく俺の耳にそう囁いて部屋を出て行った。目的とは王子との顔つなぎをすることだろう。

 全ての大人たちが出て行ったあと、一瞬部屋を満たすのは楽団の演奏のみとなる。同い年の子供たちだけとなってお互いにどうすればいいか窺うような、様子見とも牽制ともつかない間が空いたのだ。

 どさっ。

 沈黙は国王が退室してからも舞台上にいた王子の座る音で破られる。それまで己の父親が座っていた装飾の多い椅子に腰かけて会場を見わたしてみせたのだ。まるで早くあいさつに来いと言わんばかりの態度に会場の子供たちは動かざるを得なくなる。

 だるい……。

 侯爵家、伯爵家、子爵家と家柄順に、お互い分かる範囲で先を越したら不味い相手に譲りながら少年少女が列を作る。流れに逆らって壁際へと退避したい欲求に駆られながら俺もその列に加わった。王族なんて近くに依るだけで否応なく注目される、生きた広告塔だ。今のうちから近寄りたくなんてないのだが、こんな風に挨拶をするのが当然のような流れにされるとどうしようもない。行っておいた方がむしろ埋没できる。

 お、珍しい色の娘がいる。

 伯爵家連中の最後尾あたりに参加して前を見ると、一際不思議な色をした少女が見えた。根元からしばらくはストロベリーブロンドなのだが、毛先の方は鮮やかな朱色に染まっている。それを短い縦ロールのツインテールにした色白な少女だ。しかもその瞳はトレイスやザムロ公爵と同じ血赤珊瑚のような赤色。

 ストロベリーブロンドのドリル……とりあえずストロベリードリ子伯爵令嬢とでも呼ぶか。


「あの方、見ない方ね?」


「綺麗な白い髪……レグムントさまの遠縁の方かしら?」


 することもなく視線の先の少女に酷いあだ名をつけて遊んでいると、俺が父親といるところを見ていなかったご令嬢が後ろでひそひそと話す声が聞こえてくる。彼女たちが向ける好奇心は露骨だが、同時に友好的な気配に満ちていた。

 ああ、たしかにコレは辛いな。

 俺が名乗れば彼女たちは遠慮がちに距離をとるのかと思うと、少し悲しい気分になる。自分の歩む道の中で敵と味方とそれ以外をさっぱり分けて生きていくことができた前世とはどうしても違ってくるのだと、今更ながらに痛感する。


「でも綺麗なドレスですわね」


「本当に。どこで買われたんでしょう?」


 今俺が纏っているドレスはステラが半年以上かけて作ってくれたものだ。コバルトブルーに染められた絹製で、肩まで覆うノースリーブのイブニング。丈は膝とくるぶしのちょうど真ん中ほど。胸元から肩まで精緻なレースが掛けられていて、俺の目にも美しく丁寧な仕上がりに映る。その上から彩りとして少し大きめのトパーズを使ったネックレスをかけている。


「聞いてみましょうか?」


「あ、でももうすぐ順番よ」


 ひそひそ話を耳で追っている間に長蛇の列は順々に消化され、伯爵家は俺含めてあと2人となっていた。ストロベリードリ子ちゃんもとっくに人ごみに戻っている。目の前では王子殿下に手短な挨拶と多少の自己紹介をする少年。

 うわ、だるそう。

 にこやかに返事をする王子を見て俺はそんなことを思った。表面的にはとても穏やかで社交的な雰囲気で、おそらく10歳弱の子供たちじゃ気づけない。それどころか大人でもそう簡単には見破れないはずだ。俺が分かったのは師範時代にこういうタイプを何人か指導したことがあるからに過ぎない。


「下がってよい」


「し、しつれいいたします」


 緊張で引きつった挨拶を終えて目の前の少年が身を引く。列の流れに従って彼のいた場所に踏み出せば、微笑みと言う無表情を浮かべた王子と目がしっかり合う。


「オルクス家長女、アクセラ=ラナ=オルクスです。お見知りおきを」


 そう言って鮮やかなコバルトのスカートを軽くつまんで腰を落とす。他のどの令嬢よりもきれいなカーテシーだったという自負があるが、言葉が簡素過ぎたのか王子は意外そうな顔でこちらを見つめていた。


「……挨拶ご苦労。オルクス伯に娘がいるとは知らなかった」


「先日まで領地に籠っておりましたので」


 顔ほどは取り繕えていない声の退屈感には触れず無難な返事を返す。


「……」


「……」


 言葉が途切れる。他の参列者と違って特に自分を売り込んだりしない俺と、言葉は向こうからかけられて当然の生活をしてきた王子だ。会話が続くわけもない。

 はやく下がってよいって言ってくれないかな。


「まるで近衛騎士だな」


「?」


 ふと王子が漏らした言葉に首を傾げる。それはとても小さな声だったのでおそらく他の誰にも聞こえてはいないだろう。彼も聞かれるとは思っていなかったのか、俺が反応を返すとたじろいだ。


「い、いや、無駄なことは何も言わない姿が近衛騎士のようで……あっ、すまない」


 驚きついでに率直な感想を言い、それが令嬢に向けて言うには失礼な部類の言葉だと気づいて謝る王子。全体的に小声のやりとりだったせいで最後の謝罪だけが妙にはっきり聞こえた。それは後ろに並んでいた者たちにも同じだったらしい。


「まあ、殿下が謝ってらっしゃる!」


「あの子、なにをしたのかしら」


「オルクス家らしいぞ」


 どうして俺がなにかしたみたいになってるんだ……。

 盛大に突っ込みたい衝動に駆られるが、今は一刻も早く殿下の前から立ち去りたい。所作は一流の令嬢に見えるよう教育されているが中身が中身なのだ、どうしても言動全体に武骨で小市民的な気配がにじみ出てしまう。王子といればどうしても注目され、ボロが出る可能性もそれに合わせて増えていく。


「……」


「あー……その、下がってよい」


 何と言って下がらせてもらおうか。そう考えていると王子がためらいがちにそう言った。俺がショックを受けたと思ったのか、それとも後ろがざわつき始めたのを察したのか、なんにせよありがたい。


「失礼いたします」


 もう一度カーテシーをしてから舞台を降りる。使用人が盆にのせて差し出してくれた飲み物から一番甘くなさそうなジュースを受け取って周囲を見渡す。


「ん」


 いくつものグループを見てから壁に近い一団に歩み寄る。白と若草色のドレスを着た少女、ワインレッドのドレスの少女、燕尾服の少年が3人。俺にチラチラ視線を向けてこず、男女バランスがいいかんじだ。あとは近くのテーブルの肉料理が美味しそうなのも重要。


「こんばんは」


「こんばんは、キレイなドレスですね」


 最初に口を開いたのは眼鏡をかけた黒髪の少年。深みのある碧緑の瞳で年不相応な社交辞令まで言って見せる如才のなさが油断ならない。


「僕はアベル、トライラント伯爵家の長男です。よろしく」


 おっと……いきなり大物を引いてしまった。

 トライラント伯爵といえば俺の母親が療養している南方の保養地を治め、貴族社会で最も情報に通じていると言われている大貴族だ。人呼んで高貴なる情報屋。


「オレはレイル=ベル=フォートリンだぜ、よろしくな!んでこっちがマリア」


「えっと、マ、マリア=シシリア=ロンセルです。よ、よろしく、おねがいします」


 一回り大きい少年がアベルの肩を抱くように飛び込んできて、親指で後ろにいる白と緑のドレスの少女を指し示す。少年の方は深紅の短髪にヘイゼルの瞳でいかにも悪ガキといったやんちゃそうな面構え、少女の方は淡い金髪にホランと同じアイスブルーの瞳の引っ込み思案そうな雰囲気だ。


「おいおい、レイル。ちゃんと俺たちも紹介してくれよ」


「そうよそうよ!」


「あ、わり!」


 背の高いレイルで遮られてしまった残り2人からクレームが上がる。暗紫色の髪と目、褐色の肌が特徴的な兄妹だ。クセの強い長髪をそろって後ろで一つにまとめている。


「アロッサス子爵家のアティネとティゼル、双子なんだ」


「あたしは姉のアティネよ、よろしくお願いするわ!」


「ティゼルだ、よろしく頼むよ。あと一応、俺が弟だからね」


「そんなの見たら分かるわよ。ねえ?」


 自信満々に薄い胸を反らすアティネだが俺は完全に逆だと思っていた。なにせティゼルはレイルと並ぶほど背が高く、逆にアティネは俺より頭半分も低いのだ。整った顔立ちもよく似てはいるが、大人びた表情を浮かべる弟に対して姉の方は子供らしい負けん気の強さがにじみ出た笑みを浮かべている。


「それで、お前は?」


 飾らない言葉でそう尋ねるレイルに俺は名乗るのをためらう。フォートリン家の名はビクターから渡されていた資料にも書かれていたが、できるだけ接触しないようにと注意が添えられていたのだ。


「んと……名乗らないと、ダメ?」


 小首をかしげて尋ねると男性陣の顔に赤みがさす。冷たい印象の無表情とはいえ顔立ちはいいのだ、うまく使わないともったいない。

 とはいえ、やっていて悲しいくらい男って馬鹿なんだなと思えてしまうのであまり使いたくないんだよ。あと女性からの評価が悪くなりそうな気もするし。

 なぜかマリアが一緒になって顔を赤らめているので杞憂かもしれない。


「えっと、今夜は顔合わせの夜会ですし……」


 恥ずかしそうに眼鏡のつるを弄りながらアベルがもっともなことを言う。


「なら帰り際に」


「で、でも……」


「俺はそれでもいいと思うぜ」


 渋るアベルだったが、レイルが肩をすくめてそう言うと了承して俺を会話の輪に入れてくれた。グループで一番簡単に通るのはレイルの意見のようだ。


「とりあえず腹ごしらえしようぜ?」


「賛成よ、もうお腹ペコペコだわ」


 アティネとレイルは気が合うのか、それだけ言ってテーブルの料理に手を付けだす。他の集団の子供たちと違って2人の食べっぷりには気取った様子がなく、なんとも見た目の華やかさに対して貴族らしさが抜けた食事が始まった。


「学院まであと5年あるけどよ、みんな何かする予定あるか?あ、マリア、これ美味い」


「じゃ、じゃあもらおう、かな」


 肉料理をマリアの皿にとりわけながらレイルが尋ねる。その姿はアロッサス姉弟よりも兄妹じみて見える。


「ちなみにオレは親父からひたすら稽古つけられるんだとよ」


「あはは、フォートリン伯は怖いな。でもまあ、俺たちも同じようなものかな」


「そうね……あたしもお母様にみっちりだと思う」


 苦笑いを浮かべるのはアロッサス姉弟。彼らの父は教導騎士団に所属する騎士、母は魔法使いとして領軍に所属していた経験があるのだとか。そしてアティネは魔法の才能があり、ティゼルは騎士として教育を受けている。


「わ、私はお勉強、かな?」


「僕も家業の勉強と学院の勉強ですね」


「「「うぇ」」」


 勉強という言葉に武闘派の3人が嫌な顔をする。学院の入学試験は強制入学である貴族にとってもクラス分けなんかに関わるので大切なものだ。


「まだ全然やってねえんだよな」


「同じくよ……」


「俺もだ……」


 入学試験の勉強がまだまだ終わっていない者も多いようだ。


「君は?」


「勉強?今後の5年?」


「どっちも聞かせてもらえるかしら?」


 聞き役に徹していたら矛先がこちらに向いた。好奇心も露わにアティネが尋ねてくる。暗紫の瞳を輝かせる褐色の少女はどこかエレナに似た雰囲気を纏っていた。


「入学試験の勉強は一応終わった」


「「「終わった!?」」」


「ん、先生に騙されて勉強させられた」


 レメナ爺さんめ、許さん。


「5年は……私も鍛錬かな」


「魔法使いのですか?」


 アベルは俺の体格から魔法使いだと考えたようだ。肌が露出している腕はうっすらと筋肉がついているが、まだまだ細く繊細に見える。10歳の少女なのでそれは仕方がない。年齢的なものなのか、腹や足ほど腕に筋肉がつかない。


「剣も」


「両方使うのか!?」


「ん」


 魔法剣士と明言するとさすがに目立ちすぎるので頷くにとどめる。どちらかが補助的な使い方だとでも解釈してもらえば貴族にはそこまで珍しくないパターンだ。なにせ貴族は魔力が先天的に多い傾向にある。魔力過多症になるのも貴族の方がはるかに多い。


「でも女性で剣は珍しいわね……大抵魔法使いじゃないかしら?」


「そりゃあ男に比べて力も体格も向かねえもんな。それに魔力は女の方が高くなりやすいんだろ?」


「そう言われてますね。筋力はスキルでどうにでもなるけど、体格は難しいですし」


 一同の視線が俺に向く。お世辞にも俺の体格はいいとはいえないからだ。実際魔力は先天的に多い方だし。


「剣にも色々あるから」


「あ、そうか。確かにレイピアなんかは筋力も体格もショートソードほどいらないよな」


 レイルの言葉に一同は納得の声を漏らす。レイピアじゃなく刀なわけだが、発想としては近いのであえて訂正はしない。


「ま、魔法と剣、り、両方なんて……大変そう」


「だね。俺なんて剣一筋でも結構しんどいのに」


「むしろお前は剣一本だからしんどいんだろ?剣と槍と弓、全部やってると案外辛くねえぞ」


 レイルの父は騎士団の高官にも関わらず前線で戦うのを好む御仁で、武芸百般一通りを息子に叩き込もうとしているのだとか。


 そんな調子で初めての同年代貴族との会話は思っていた以上にスムーズに進んだ。それどころか楽しいとさえ思えた。エレナ以外で気兼ねなく雑談ができる相手はそう多くなかったので、余計にそう感じたのかもしれない。


「ふぁあ……」


「マリア、眠いのか?」


「う、うん、ちょっと」


 王都やそれぞれの領地の話で盛り上がっているとき、マリアとレイルが小声でそんなやりとりをしだした。


「もう結構な時間ですから。僕たちも帰りますか?」


「明日も稽古があるしね」


「あー、1日くらい休みたいわ」


 慣れないパーティー衣装で疲れてきたのもあるのかもしれない。そうでなくとももう子供には遅い時間だ。


「今日の続きは……そうだ、今度お茶会をしましょう」


 アベルの提案はとても魅力的だ。この楽しい会話をもっとプライベートな形でできるなら願ったり叶ったり。それに今度は乳兄弟ということでエレナも連れていける。

 ……まあ、最大の難関をクリアできればだけど。


「ん、お別れ前に約束の、ね」


 白いハンカチを取り出して指で真ん中をそっとなぞる。火魔法の焦げ目で伯爵邸の住所を書き、それをアベルの手に握らせる。


「お茶会、呼んで」


「え、今の魔法!?」


「今日はありがと。おやすみ」


 手短にそれだけ言って俺はそそくさとホールを出た。名前を書いて追いかけられても対応に困るし、反応を直接見るのはなんだか怖い。そんな気持ちがまだあること自体少し驚きだったが、意外と悪くないと思う自分がいるのも驚きだ。


 さて、俺の素性を知った彼らは呼んでくれるだろうか?


明日から普通ダイアでお送りします('◇')ゞ

来年はちゃんとした企画を行いたいですね。

でもその頃にはストック無くなってそうです><


~予告~

アクセラはハンカチと共にある忘れ物をしていた。

それはガラスでできた一足の靴で。

次回、死んでるわ・・・


エレナ 「サスペンス!?」

アクセラ 「一足・・・両方脱げてない?」

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