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一章 第2話 ステラとアンナ

 魔力を集めて糸を紡ぐ。できるだけ細く、それでいて強靭な良質の絹の如く。出来上がった1本1本を目が覚めるような赤に染め上げる。俺の脳裏に浮かぶのは少し()めた紅赤(べにあか)色。

 糸を織って火の形にする。魔法の原型、燃え盛る前の魔力のイメージ。今回は室内でこっそり使うので大人の指くらいの大きさがいい。

 織上げた魔力を魔法に変える。魔力は火が燃えるという現象のイメージに沿って燃え上がった。等級外の魔法名すらない火魔法だ。

 酸素と魔力を取り込み、効率よく燃え上がる魔法の火。それは本物より濃い青色だった。それにしても、やはり魔法の形を全部魔力糸で作ってから魔法にするのは効率が悪い。


「あくせらちゃん」


 後ろから舌っ足らずな声が掛けられる。次の瞬間、軽い衝撃とともに誰かが背中から抱きついてきた。かわいい乳兄弟、エレナだ。


「えれな、あぶない」


 扉の開く音もしたし気配で予想はしていたので、腰に回された手の軌道から火はよけていたが。


「ごめんなさい?」


 堪えた様子もなくぎゅーっと抱きついてくる。離れる様子もないので俺は手元の火に送る魔力を打ち切り、静かに魔法を消した。


「けすの?」


「あぶない」


「むぅ」


 エレナは魔法を見るのを好む。魔力が見えるからなのか、それとも単純に魔法という現象に興味があるからなのか、とりあえず種類によらず魔法が好きらしい。


「あくせらちゃん、あそぼー」


 幹に留まった蝉のように、抱きついたまま横移動でもぞもぞ前側へと回ってくるエレナ。子供の考えることは大人には理解不能だが、とりあえず可愛らしいのでよしとしよう。


「そとはむりだよ」


「なかでー!」


 きらきらと輝く早苗色の瞳が俺を覗き込む。緩くウェーブのかかった蜂蜜の髪を肩まで伸ばし、乳白色の肌を軽く上気させた彼女は満面の笑みを浮かべた。頭に載せた濃いターコイスブルーの髪飾りは誰かに着けてもらった子供なりのお洒落だろうか。


「ん」


 俺は抑揚の少ない声で頷く。


「おひるになったらおでかけするんだって」


 ああ、今日は3歳の誕生日だもんな。


「しゅくーく?してもらうって、おかさまが」


「しゅくふく?」


「それ!」


 子供は3歳くらいになってようやく魂と肉体が馴染む。魂に余裕ができ、加護を授かることができるのだ。なのでこの世界では3歳の誕生日付近で教会へ行き、創世神ロゴミアスと慈母神エカテアンサの加護を貰う。

 生前の俺は奴隷の子供だったので祝福なんてもらっていないがな。いや、あの頃は名前があった奇跡に感謝すべきか。


「あくせらちゃん、あれやって!」


 移り気な我が妹君はもうお出かけの事を忘却して俺の袖を引っ張ってくる。子供の話題は直ぐに変わる。ちなみに「あれ」とは昔、彼女をあやすのに使って以来すっかりお気に入りとなってしまった魔力の織物のことだ。


「ん」


 俺は突っ立っていた部屋の真ん中から自分の無駄に広いベッドへと移る。腰を落とせばほどほどの反発が返ってきた。流石は貴族家のベッド、高級品だ。エレナも俺の隣に座り、そのまま当然のように抱きついてくる。この子は所謂ハグ魔だ。俺でも両親でも他の侍女でも料理人でも、誰にでもくっつく。


「はやくはやく!」


「よしよし」


 急かすエレナの頭を撫でながら俺は魔力の糸を紡ぐ。色は相変わらず赤白黒の3色刷り。他属性は触媒を使えば扱えるが、そういう物は大体高い。将来的には他の魔法も使う必要があるので触媒はいるし、そもそも前世の戦闘スタイルを取り戻すためには特殊な触媒を手に入れる必要があるのだが、そこら辺をどうするのかはまた考えなければならないだろう。


「なにつくるの?」


「なにがいい?」


 エレナが触っても主導権を奪われないように強く制御しながら糸を紡ぎつづける。祝福が終われば彼女に少し魔法を教えるのもいいかもしれないが、まだ早い。


「しかくいやつがいい!」


「しかくいやつ……」


 チェック柄か?色々なチェック模様を作って見せたけど、どれだろう。


「どの?」


「しかくいとこにぴってなってるやつ……かな?」


 手でひし形を作った後に大きく手を振って平行な線を描くエレナ。1本だけということは一番初めに作って見せたアーガイルだろうか。今回は力の制御を兼ねて光と闇の糸を多く作っておいたので、白黒のチェックに赤い線の入ったアーガイル柄にする。

 ……地味。

 作っておいてなんだが、ものすごく地味なシロモノに仕上がった。


「むぅ……」


 エレナもそう思ったのかあんまり嬉しくなさそうだ。


「ちがういろにする?」


「かえるの?」


 変えれるか、ということなら不可能ではない。1度属性を付加したから別の属性にできない、ということはないからだ。これだけ複雑に細かい制御をした状態で変えたことはさすがに無いが、2年もやっていれば微調整も効くだろう。

 慎重に闇属性を火属性に、火属性を闇属性に入れ替えてみる。赤と黒が互いに入れ替わる様に、少しゆっくりと色が映っていくのをイメージして……


「あ!」


「……」


 制御を失敗して火属性と闇属性が溶けあい、属性を失って布全体がただの魔力に戻ってしまった。


「……ごめん」


「んーん、たのしかった」


 エレナが嬉しそうに頭をぐりぐりと押し付けてくる。彼女の目には色が変わりかけてから溶けて消えるまでの映像が面白く映ったらしい。俺からすれば悔しい失敗だが、たしかに娯楽の少ない雨の日には見ているだけでも面白いのかもしれない。


「もっかい!」


「ん」


 リクエストに応えるためにもう一度糸を作り始める。今度も白黒ベースに赤線にするつもりだ。それから属性を1つづつ塗り替えればいい練習になる。


 コンコン


 糸を十分に作った頃、扉をノックする音がした。気配では大人ということしかわからないが、誰か来たらしい。慌てることなく糸を全てただの魔力に還元し、部屋中に遍在するよう散らした。


「わ!」


 まるで大量の糸が広がりながら色を失って爆散するように見えたのだろう、エレナが驚きと喜びを含んだ歓声をあげる。


「失礼します。少し早いですがお昼の支度が整いました」


 扉を開けて入ってきたのは俺の乳母でエレナの母親でもある副侍女長、ラナ。エレナより少し薄い色の髪とそっくりの目元を持つ、若く美しい女性だ。しかしその物腰は完璧にして熟練の侍女のそれであり、ほぼ1人で俺たちの子育てを担う手腕を窺わせる立派なものだった。


「あ、おかさま!」


「あらエレナ、どうしたの?」


 直前に見た光景にまだ興奮したままの娘を見て微笑ましいといった顔をする彼女。どこにいても感情豊かで小さなことでも大興奮するエレナの性格を、俺同様とても好ましく思っていることが伝わる表情だ。ちなみに彼女は俺ことアクセラの抑揚に乏しい性格も同じように好ましく思ってくれている。


「うふふ、ひみつー」


 そう言ってエレナは再度俺に抱きついた。


「エレナはお嬢様が大好きね」


「うん!」


「ん」


 これだけ直球に愛情を示されて嬉しくない奴がいたらそいつは根性が悪魔級にねじ曲がっているに違いない。俺は小さく笑みを浮かべてエレナの頭を撫でた。


~★~


 味が子供向けであること以外特に不満のない昼食を終え、俺は自室で着せ替えられていた。普段は「何事も自分でこなせるようになるべき」という貴族令嬢には珍しい教育方針のラナに見守られて2人一緒に着替えるのだが、今回は外行きの服でパーツが多いため別々となった。ちなみに俺たちの部屋は隣同士で扉も直通のものがある。これは彼女が将来的に俺の侍女になるかららしい。


「お嬢様はいい体付きをされてますね」


 青髪で華奢な侍女、アンナが俺の腕を掴んでそう言った。


「そう?」


「ええ、骨格は華奢ですけど、筋肉の付き方が綺麗です。成長すればきっと美しくなりますよ」


 土台になる筋肉がしっかりしてるから脂肪が乗ればプロポーション良く出来上がる、ということだろうか。確かに武道をやっている女性は俺の知る限り大体美しい体をしている。中には鎧のような筋肉生命体もいるが。


「お嬢様、そのうちドレスの着せ方をお教えしますねー。エレナちゃんとお互い着せてみてください!」


 明るい茶髪と眼鏡が特徴の侍女、ステラが楽しそうに俺が着るドレスをベッド上に準備している。青色の濃淡に体のラインを全く感じさせないレースのふわふわが多くあしらわれた……ドレスの名前は詳しくないのでよくわからない。


「今日は冷えますからねー、中に一杯着込みましょー!」


 下着の上に着るいくつもの防寒着を取り出しながらステラが提案する。


「貴女は元気ね……」


 アンナは寒いと聞いただけでげんなりとした様子だ。


「私、寒いのは平気なんですよー。なんでかはわからないけど」


 それはアンナが超スレンダーなのに対してステラが若干ふくよかなせいだと思われる。

 言わないがな。

 ちなみに外見的には真逆な2人だが同年代の少女だからか仲はとてもいい。


「さ、お嬢様」


 アンナに促されてクローゼットの横に置かれた大きな姿見の前に出る。そこには今生での俺の肉体、アクセラと言う名の少女が映っていた。背中まで伸びる髪は白の直毛。眠たげな半眼から覗く瞳は曇った紫。肌も子供らしい赤味を差し引けばかなり白く、顔全体のイメージは整っているが無表情。全体的に冷たい印象を受ける。


「ご自分で脱げますか?」


「ん」


 促すアンナに頷いてボタンに手をかける。生前も晩年はあまり言葉の多い方ではなかったが、それにしても今生での俺は言葉が少ない。これは魂とのズレによるものなのか、それともこの肉体生来の特徴なのか。とにかく俺が伝えたいと脳で思った内容を非常に言葉少なかつ率直に表現してくれるのだ、この体は。

 いやまあ、前世の俺が歯に衣着せるような奴だったかと聞かれればそれも疑問が残るところではあるな。それでも貴族の令嬢がこれはあまりよろしくないだろう。

 改善方法について考えている間にも手はさっさと脱衣を続け、室内用の衣装はすぐに全てアンナの手元に収まった。暖房が効いていても少し寒い。


「ささ、着ましょう着ましょう!」


「ん」


 洗濯物用の籠に脱いだ服を収めたアンナと、何が嬉しいのかニコニコしているステラの2人に任せて俺はドレスを装備していく。

 全く覚えられる気がしないぞ。


「そういえばお嬢様、敷地の外に出るのは初めてですよね?」


「ん」


「なにがあっても馬車の外に出ちゃだめですよ?」


「ケイサルは治安がいいですが、それでも変なことを考えている輩がいないとは限りません」


「けいさる?」


どこそれ?


「この街がケイサルですよー」


「ケイサルはオルクス伯爵領の領都なんです」


 オルクス伯爵領領都ケイサルか。そう言えば屋敷の外の情報はあまり聞いたことがない。治安がいいということは政治的にも軍事的にも安定しているのだろう。とはいえ肝心の領主、つまり俺の今生の父親は未だ見たことがない。ついでにいうと母親も同じくだ。つまり俺は事実上血縁者を1人も知らないことになる。

 エレナや屋敷の者もいるから別に寂しいとかはないんだが……こう、生きているのに会ったことがないというのは不思議な気分になるものだ。


「うーん、いいですね!お嬢様は青が似合います!」


 着せ終わったステラが感激してくれた。青が似合うのだろうか。自分では余計冷たい印象になってちょっと複雑だ。そう思っていたら彼女は俺の手を取ってこう言った。


「お嬢様、いいですか、人には似合う色と言うのがあります」


「……?」


 意図するところが分からなくて俺は首を傾げた。


「その人に似合う色を纏うのが一番美しいのです。今のお嬢様には青が似合いますが、いつまでもそれが似合うとは限りません」


「…………?」


 言っていることはわかる。でも言いたいことがわからない。


「ちゃんと似合う色を着てくださいね」


 彼女はニッコリと笑った。


「どっちみち貴女が作るんでしょ」


 俺がその意味を計りかねていると、アンナが呆れ気味に言う。

 作るって、まさか……。


「ふく、すてらがつくってる?」


「はーい、そうですよ!」


「どれすだけ?」


「んー、ドレス以外も作ってますよ?全部じゃないですけど、色鮮やかな物は布系以外も結構私の作ですねー」


ということはなにか、今日エレナが着けていたターコイスブルーの髪飾りもステラの作品な可能性が高いのか。


「ステラは幸色(こうしき)の魔眼という魔眼を持っているのですよ、お嬢様」


 アンナがなぜかちょっと誇らしげに胸を張った。

 幸色の魔眼か。聞いたことがないな。戦闘向きじゃなさそうなのはわかるが。


「こうしき?」


「ええ、幸色の魔眼です。人を見ればその人に一番似合う色がわかるんだそうですよ」


「違いますー。その人に幸せを呼ぶ色が見えるんですー」


「それは眉唾な噂じゃない?」


 憮然とした顔で訂正するステラにアンナもあきれ顔で返す。魔眼はスキルではないせいもあって解明が遅れている能力だ。明確にこうだと言うことができない、結果の分かりにくい魔眼なのかもしれない。当のステラはそれでも嬉しそうに続けた。


「いいのよー、その方がロマンチックだし、なにより気分がいいじゃない?私が見繕ったドレスや小物で、大切な人達が幸せになってくれるんだーて思うと」


 たしかにな。


「すてら」


「はーい?」


 屈んで視線を合わせてくれる彼女に、俺は微笑んだ。


「ありがと」


「……!」


 するとなぜだかステラは顔を真っ赤に染め上げ、口元を手で覆って尻もちをついた。


「ちょ、ちょっとステラ?」


「お、おじょう、お嬢様……反則ですよー!?」


「「!?」」


 なにが!?


「か、かわいすぎますー!」


 あ、そうですか。

 目を見開いてそう叫ぶステラに俺は若干引いた。

 そんなに落差あるか?普段の俺の顔と。それはそれでショックだぞ。


「…………ん、ありがと」


「こら、お嬢様が引いてるでしょ。止めなさい」


 直球な突込みがアンナから入るが、ステラの興奮は止まらない。


「アンナ、あなた見てなかったのー!?」


「後ろに居て見えるわけがないでしょう?」


「お嬢様、アンナにもしてみてください!」


「…………や」


「そんなこと言わずに、さあ、お願いしますよー!」


「や」


 この流れで要望通りにする奴がいるかとツッコミたい。


 コンコン


 更なる懇願がステラの口から飛び出そうとしていたそのとき、上品なノック音が聞こえた。


「どうぞー」


 別人かと思うほど鮮やかな切り替えでステラが返事をする。そういう所は非常に侍女らしいな。


「失礼します、お嬢様」


 入ってきたのはやはりというか、ラナだった。


「そろそろ出発のお時間です」


「ん」


「エレナちゃん、お手伝いに行った方がいいですかー?」


 隣で着替え中のはずのエレナ、普段なら着替え終わり次第すぐに走ってくるだろうにそれがない。ということはまだ着替え中なのだろうとステラは判断したらしい。俺もそう思っていた。


「大丈夫よ。エレナは姉さんが馬車でお守りしてるから」


 姉さんというのは侍女長のイザベルのことで、ラナと彼女は実の姉妹だ。

 そしてエレナはどうやらすでに走ってこようとして捕獲されていたらしい。ドレスで走ろうとすれば捕まるのも道理か。


「あ、あははー」


 苦笑気味のステラ。しっかり者の侍女である彼女もこれで似た性格なので、他人ごとではないのかもしれない。実際見習いの頃に同じ体験をしたとか。ありそうだ。


「じゃ、じゃあ、お嬢様も行ってらっしゃいませ。アンナ、よろしくねー」


「ん」


「もちろんよ」


 誤魔化すように元気よく見送ってくれるステラへ生暖かい眼差しを向けつつ、俺たちは部屋を後にする。


 今日はアクセラとしての初馬車、初外出だ。そして生前を振り返っても初の祝福。

 そう、そして我が友人にウッカリの代償を請求する日でもある。

 首を洗って待っていろよ、創造神ロゴミアス。


そろそろお気づきでしょう・・・この小説、字数多くね?と

序章1話はただのダミーで、実は毎回これくらいあります!!

というか少なくてこの字数、多いと1.5倍行きます!!

ほら、たっぷりあるって嬉しくないですか?


関係ない話ですけど、先日貰い物の白ワインを開けてみました。

あんまりお酒飲まないんですけど、たまに飲むといいお酒はおいしいですな・・・。

自分で買うとなぜか大体不味いの引くんですよね(笑)


~予告~

祝福式、それは3歳を迎えた子供たちが神から最初の祝福を賜る日。

そのめでたい日、天界に血の雨が降る・・・。

次回、ロゴミアス死す


エクセル「天丼かよ」

ミア「ひぇっ」


※※※変更履歴※※※

2019/5/4 「・・・」を「……」に変更

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[良い点] シスコン確定
[一言] 7/145 ・序章1話はダミーでしたか! 読むのがきつくなったと思ったらそういう事か。
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