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四章 第7話 ジャスパー号

!!Caution!!

このお話は2話連続投稿の1話目です!


 レグムント侯爵領が誇る港湾都市アポルトは領都ネヴァラから馬車で数時間の距離にある。もともと大河のほとりにあった小さな船町だったところに、数代前の侯爵が巨大な造船所と市場を開いたのが始まりとされる。今じゃ領都に隣接しているというのに領内第二の都市だそうだ。半月状の外壁に囲まれたこの街の中はなぜか全ての建物が基本平屋で、2階建て以上となると川側の造船所と壮麗な慈母教会しかない。

 そんなアポルトに俺たち一行が到着したのは孤児院に向かった翌日の夕方。領主の馬車隊に同道したので検問で待たされることもなく、侯爵自身も馬車の中まで押しかけてくるほど非常識じゃなかったのでかなり快適な旅をさせてもらった。


「到着しました」


 いつものように馬車の外からトニーが声をかけてくれるのでいそいそと下車する。そこは宿屋や代官屋敷の前じゃなく、川側の外壁の門を超えたところであった。目の前には大きさの違う3隻の大型帆船と積み込まれていく荷物の山。視線を巡らせば周りにもう少し小さい船がいくつも停泊していた。


「アクセラちゃん、あの船に乗るの?」


「たぶん」


 川を渡ってきた冷たい風を浴びつつ周りを見回す。すると当然のように侯爵がこちらに向かってきているのが見えた。


「閣下、どの船ですか?」


 さすがに表で侯爵相手にタメ口はまずいので取り繕ったしゃべり方に変える。単語数が少ないというか、端的なのは仕様なんで諦めてほしい。


「向かって右端の一番大きいやつだ。領軍旗艦ジャスパー号、去年進水式を終えた最新式だぞ」


 自信たっぷりに彼が指し示す方の船を見る。大きなマストが2本に小さなマストが1本で、船体はダークブラウンに夕日の赤を照り返す勇壮な仕上がりだ。大きさは全長が50m弱ほどで全体にスマートな印象をうける。

 なんだっけな、師匠が船についても教えてくれたんだけど……なにせ内陸住まいだったせいであんまり興味を向けてなかったから覚えてない。


「一昨年に国王陛下へと献上したプリンス・ホルファー号の妹に当たる船だが、実際は1年の間にいくらか改良がほどこされていてな。実質この国で最も強力な船だ」


 国王に献上した船の2番艦が改良型でいいのか?

 俺の胡乱な視線に気づくこともなく侯爵閣下の船自慢は続く。


「風の穏やかな川に合わせた作りだが、このまま川を下って海に進出することもできる性能だ。もちろんペイル海にここから出るには王国を半分横切るか北のティロン王国を超える必要があるから、実際に海に出ることはないだろうがな」


 じゃあなんで海にも対応させた、というツッコミはしないでおく。おそらく外洋船をも作れる技術者の育成の一環だったのだろう。もし海辺の領地で大型外洋船を建造するという話になればいい儲けが見込めるのだから取り組んでいてもおかしくはない。また武官としても国の防衛に関わる問題なので準備しておきたかったということもあるか。

 あ、そうだ。たしかガレオンとかいう船の形に似ているんだ。ただあれはもうちょっとマストやらなにやら大きくゴチャゴチャしたイメージだった気がする。


「さて、こんなところで話し込むのもなんだ。さっそく乗り込むとするぞ」


「ん」


「……はい」


 相変わらず人の予定なんて一切無視して歩き出す侯爵に俺たちはついていく。目の前で波に揺られる船を見たエレナは既に気が重そうだ。

 ちなみに出発は今日中で、アポルトには残念ながら宿泊しない予定をしている。陸路と違って賊も出ないし、波と風は馬のように疲弊したり睡眠を要求したりしないので船は昼夜を問わず進める。


「ステラ、リカルドたちと荷運びの管理をお願いします」


 イザベルがステラに命じる。リカルドとは今回着いてきた執事の纏め役のような人物だ。俺たちが生まれる前から屋敷に勤めている古参で信用もおける。冗談が通じないのが玉に瑕だが。

 身の回りの世話はイザベルとシャルが担当するらしい。ここでステラより侍女としての階級が圧倒的に低いシャルを選ぶのは彼女が護衛も兼ねているからか。「夜明けの風」からはマレクとトーザックが護衛についてくれている。アペンドラとガックスはというと、港での買い足し班について物資調達に向かった。


「トーザック、働き詰めで大丈夫?」


 なんだかんだこの集団で随一の斥候能力を有する彼は出発以降ほぼ出ずっぱり。昨日も剣士2名が屋敷で待機、つまり実質オフだったのに対して一日中孤児院の周りを張ってくれていた。


「いいのいいの、オレらはそういう契約で雇われてんだからさ」


 当の本人がそれでいいならいいんだが……。


 ~★~


 最低限の私物を割り当てられた部屋に仕舞って甲板へと出る。軍艦なので部屋は大部屋にハンモックかとおもいきや、高級軍人や貴人が乗艦することを考えて小さいなりに個室がいくつか用意されていた。とはいえ晩になればエレナが俺の部屋で寝るだろうから実質2人部屋だ。

 俺以外に聖魔法で酔い止めができないからしかたないね。

 船が動きだした瞬間に顔色が悪くなったのでさっそくエレナには聖魔法を処方してある。


「ちょうどいい所に来た」


 タイミングの悪いことに侯爵閣下と出くわしてしまった。


「おい、そこで帰ろうとするな」


 エレナの柔らかな手を引いて船内へと戻ろうとすると、当然止められる。


「これから夜番の連中とカードをするんだ。お前たちも来い」


「景色見たい」


「景色なんて明日までいくらでも見られるんだ。帰りだってな」


 あんたモテないだろ?


「それに俺は帰りに乗らないんだぞ?」


 声を大にして知るかと言ってやりたい。そんなさも自分の存在が付加価値であるかのように言われても、侯爵閣下という煌びやかな立場に反して厄介ごとの香りしかしないのだ。


「賭け事は人数が多い方が楽しいしな」


 出港早々賭け事ですか。

 しかし他の船員の目もあるのでこれ以上固辞するのもよくない。しぶしぶ俺とエレナは頷いた。彼女も酔い止めが効いている間はカードを見ても大丈夫だろう。


「そうこなくてはな」


 嬉しそうに笑うなんちゃって紳士に連れられて俺たちは船内へと戻る。案内されたのは船を動かしている領軍兵士たちのためのラウンジ。そこそこ広い室内には床に固定されたテーブルとルーレット、ビリヤードなどがある。3名の水兵と身なりのいい軍人の青年が侯爵の入室に起立して敬礼をとった。


「楽にしろ、いつも通り遊びに来ただけだ」


「はっ!」


 本人の言葉通り領主がここで遊んでいくのはいつものことのようで、軍人だけでなく水兵たちも楽な姿勢に戻った。そんな彼らの視線は俺とエレナへ移動する。


「閣下、その方たちは?」


「オルクス伯の娘とその乳兄弟だ。甲板で会ったから誘ってきた」


 あれを誘うというのか。連れ込まれたと言ってもいいくらいの強引さだ、身分を考慮すれば。


「し、失礼いたしました!」


 楽にしていた姿勢を再び正す一同。基本的にラフな冒険者連中や長年の経験で緩い関係に収まっている屋敷の人間に慣れて忘れがちだが、俺もこうやって畏まられる身分だった。


「楽にしていい。他領の、それも当主じゃなく娘」


「そ、そう申されましても」


「まだギリギリ9歳だし」


 10歳になるまでは家名が名乗れず貴族扱いされない。責任がないなら権利もない。しょせん建前だが、俺はそれを貫くつもりだ。大体、侯爵とフランクにしゃべっている状況で伯爵家の令嬢に畏まるのはおかしいだろう。


「本人もこう言っているんだ、普通に接してやれ」


「はっ!」


 再び威勢のいい声が響く。彼らはその返事を最後に堅苦しい空気をひっこめ、席の空いているところを勧めてくれる。カードをするということで今回はなにもないテーブルとその周りの座席を確保していたようだ。


「ルールを説明させてもらいます」


 音頭をとるのはそれまで彼らを代表して口を開いていた軍人の青年。その手元には新品のカードが1デッキ握られている。


「といってもやるのは一般的なポーカーです。侯爵が飽きて来たら別のゲームになる可能性もありますが」


 苦笑を浮かべる青年に俺も苦笑を返す。果たして彼が俺の表情を理解できたかは不明だ。

 続くポーカーの説明は俺とエレナが屋敷で侍女たちに教えてもらったのと同じルールで、役や回し方も特に変わったところのない標準仕様。ただし賭けの内容が異常だった。


「5ゲームで1セットとし、セットの終わりに一番チップを持っていた者が勝者となります。各セットではそれぞれが出品したモノを勝者が受け取り、出品物が無くなった時点で終了です。ちなみにいつも閣下は常識の範囲内で要望を聞いてくださるという権利を賭けられます」


 侯爵閣下がその権限で願いを叶えてくれるらしい。常識の範疇ということだが、この男なら大抵の俗物的な願いはさらっと叶えてくれそうだ。

 けどまあ、そういうことなら喜んで賭けに参加しよう。ここで借りを作れるなら後々ビクターの計画でも楽ができるはずだ。


「さて、それでは全員賭ける物を提示してください。私は儀礼用の短剣を賭けます」


「俺はこの酒瓶を。たまたま一昨日手に入ったソフィラワインの7年物ですぜ」


「ヘンメル産のタバコ1箱出すぜ。手に入れるのに苦労したんだ」


「え……えっと、じゃあ俺はこの流水神クリシュラ様のネックレスだ!上流の水神神殿で聖別していただいたモンだぞ!?」


「「そんな恐れ多いモン賭けんな!」」


 最後の水兵だけ他の2人に怒鳴りあげられる。周りが自分の用意していた物より高価な物を出してきて焦ったのか。


「用意してきたモンでいいでないの」


「そうそう、閣下もいいって言ってんだしよ」


 同僚の言葉に逡巡した水兵は目をそらしながら懐から1枚の紙を取り出す。ギルドの隠密速達便と似た魔法処理のされた紙切れだ。


「……唐辛子の先物券」


「「「うわぁ……」」」


 その場にいた一同は何とも言えない声を漏らす。俺と侯爵を含めてだ。なにせそれは先物取引という魔境へのチケットなのだ。素人が手を出せばほぼ確実に痛い目を見ると有名な魔境への。この国で行われている小規模な先物取引は王都の商人組合が取り仕切り、結果が出るまでは元金を払わなくて済む。蓋を開けてみての金額が元金より高ければ差額を受け取り、低ければ差額を払いこむシステム。つまりこの先物券という代物はアタリならば大金に化け、ハズレならば借金に化ける危険物と言える。


「いや、今回見込める利率高くてよ……それに結構な額だからリターンもでかいんだぜ?」


 あ、こいつ賭け事向いてない。そういうモノが利率高くリターンがデカいということはそのままリスクもデカいという意味だとなぜ分からない。


「まあ、今のところ価値のあるモノに違いはないから、ルール違反ではないですが……」


 歯切れの悪い軍人が侯爵に目で訪ねる。侯爵は苦笑いしながら頷き返し、先物券はアリということになる。次に侯爵自身の出品物、すなわち願いを叶える権利と書かれた1枚の紙切れをテーブルに乗せ、視線は再び俺たちに向いた。

 賭けが物品とか聞いてないから何も用意してないんだけど。


「なにか賭けるモノはあるか?」


 家から買い与えられている宝飾品を出すわけにはいかない。アレは貴族として侮られないように纏う鎧のようなモノであり、しかも家からの預かり物。ステラのお手製アクセサリーなんて申し訳なくて絶対に手を付けられないし、もともと自分の稼ぎも服飾に使わないので出せる物がなにもない。

 ある程度の価値がある持ち物なんて、あってパ……いやなんでもない。


「閣下みたいにモノでなくてもいい?」


「おう」


 仕方がないので俺のできる行動で払わせてもらうことにする。


「夜食に何か作る」


「「「おお!」」」


 水兵たちからどよめきが生まれた。軍人の青年も目を見張っている。俺のような身分の人間が料理上手だとは誰も思っていないだろうが、貴族の令嬢の手料理を食べる機会なんてまずないことだ。船乗りの武勇伝としては最上級のネタになる。


「お前料理できるのか?」


 1人野暮ったいことを聞く侯爵に小さく笑みを返しておいた。師匠仕込みの中華料理を見せてやろう。


「わたしはエールを1杯、キンキンに冷やします」


「「「おおおお!!」」」


 エレナの宣言は俺の時の倍ほども驚かれた。魔法使いはそう珍しくないが、そんな庶民的なことで魔法を安売りしてくれる者はいない。そもそも氷は上位属性で使い手があまりいないのも理由だろう。キンキンに冷えたエールはそんな理由で水兵たちにとって今回最高の出品というわけだ。


「では、カードを配ります」


 俺とエレナが渡された紙に自分の出品物を書き込んだところで軍人がディーラーを始める。

 さて、覚悟してろよ侯爵。

 心の中で真っ黒な笑みを浮かべる。どうせ酒は飲めないし煙草も嗜まないからな。


 ~★~


 夜半過ぎ、ふと聞こえた声に俺は目を覚ました。重たい瞼を押し上げてベッドの隣に目を向けるとうめく枕が。

 …………ああ、エレナね。

 エレナが上を向いて自分の枕を頭からかぶっているのだ。たぶん波の揺れで目が覚めてしまい、酔いが襲い掛かってきたのだろう。仰向けになり枕で押さえつけて影響を最小限に抑え込んでいるのだ。

 起こしてくれればいいのに。

 変なところで気を遣う妹に苦笑を浮かべ、そっとその肩に触れる。


「天にまします我らが主……」


「あれ……アクセラちゃん?」


 省略した聖魔法初級・クリアデイズで酔いを抑えてあげると、気づいたエレナが枕の端っこから顔を出した。巣穴から覗く小動物みたいでかわいい。


「大丈夫?」


「うん、ごめんね、起こしちゃって」


「ん、別にいい。少し風に当たりに行く?」


 クリアデイズは酩酊感や吐き気を消してくれるが、全体的な不快感まではどうにもならない。そういうときは風に当たるのが一番だ。


「むぅ、でも」


「私もちょっと暑いし」


 エレナの頬を撫でてから体を起こす。1枚かけていたブランケットだけでも十分暑く、背中にはじっとりと汗がにじんでいた。


「さ、行こ」


「……うん」


 パジャマの上から一枚羽織ってから、エレナの手を引いて甲板へ出る。両岸がどちらも遠くに見えるほど広い川を船は下っていた。甲板には最低限の明かりしか灯されていないが、月が全体を白く照らし出しているので暗くはない。


「風、そんなにないね」


 上着の前を握って留めたエレナが言う。川の上だからもっと風がくるかと思ったら、そうでもなかった。


「ん。でも部屋の中よりは涼しい」


 軍艦の貴賓向け個室なので砲撃なんかを受けにくい中心部に部屋は設けられている。つまり外気から遠い分、熱がこもって熱い。


「岸、ほとんど見えないね」


「ん」


『暗視』を使っていないので俺にもあまり見えない。月を宿した水面の方がずっと明るく感じる。

 そうしてしばらく船の淵に沿って2人で歩いて回っていると、誰かが下層に通じる扉から出てきた。


「お、なんだ嬢ちゃんたち。寝れんのかい?」


 それはカードでエレナの冷えたエールを勝ち取った水兵だった。ちなみにしっかり侯爵に要求できる権利は俺が勝ち取っている。


「ん、そっちは見張り?」


「これからな。なんならマストの上まで一緒に来っか?」


「行ってみたいです!」


 おそらくほんの冗談だったろうセリフにエレナが満面の笑みで食いつく。初めて見た船も船酔いであまり楽しめていない彼女としては、マストの上という非日常の景色くらい見ておきたいのだろう。


「あー……まあいっか」


 別に上げていけないルールとかはないらしい。彼はマストの下に掛けられていたランタンを取って上に何度か振って見せた。それを合図にするするとそれまで上にいた水兵が降りてきて、代わりに彼と俺たちが昇っていく。


「あんまりドタバタはせんでくれよ」


「ん」


「はい!」


 マストの上から見る景色は、やっぱりほぼ真っ暗だ。空の光が照らし出す水面と遠くの地形のシルエットしか見えない。岸の近くにも街はないようだ。これでどうやって見張りができるのかと思ったら、『暗視眼』を水兵も持っているらしい。大抵の魔物は夜闇に紛れるが、『暗視眼』はそういった相手でも見分けやすいのだ。

 さすがは神が人間生存のために与えたモノだな。


「エレナ、大丈夫?」


「うん、まだしばらくは大丈夫そう」


 結局俺たちはそのまま何をするでもなく、また眠くなるまでそこで闇夜を眺めた。真っ暗な世界と言うのは、それはそれで素敵な光景なのだ。


~予告~

アポルトは国内有数の港町となった。

しかしその裏にはかつての侯爵の切ない思いがあったのだ・・・。

次回、アポルトのリリー


レグムント侯爵 「白塗りで徘徊する老女なんていないぞ、アポルトには」

イザベル 「それはメリーさんですよ閣下」

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