四章 第4話 お嬢様とお医者様
キャンプ場から農耕で発展した都市メナを経由した俺たちはレグムント侯爵領へ入り、さらに1つの都市を経てようやく領都ネヴァラへと到着した。ユーレントハイム王国の王都ユーレインを囲む四大貴族領が1つレグムント侯爵領。その領都は王都にも引け劣らないほどの大都市である。
「すごいね、アクセラちゃん」
エレナが外壁を窓から覗き見ながらそう言う。ネヴァラの外壁はケイサルのそれより高く分厚く、さらに施されている結界の類も上位のタイプだ。さすがにガイラテイン聖王国より提供される神塞結界だけは同じもののようだが、都市結界の魔法防御を魔眼で見ているエレナには十分絶景らしい。
こういう時はうらやましいな……いつか神眼で見てみよ。
「ん、門も大きい」
建国の時代からどれほど苛烈な戦いでも破られたことがないという大門。その絢爛な彫刻は一部に戦いによる損壊が見られ、質実剛健を貴ぶレグムント家の家風をよく体現している。片目を失ったガーゴイルが入門する旅人へ睨みを聞かせているのが印象的だ。
「人も多いね」
城門に並ぶのは各地から集まってきた旅人や行商人、俺たちのような貴族の馬車列、使い込まれた武具に身を包む冒険者と非常に多彩である。もちろん貴族は一般人とは別の列なのだが、時期が時期だからかうちを入れて3組も待っていて、入場には時間がかかりそうだ。
「お嬢さま、あの家紋はレトクール子爵家とネイレン男爵家です。それぞれお嬢様と同い年のご子息がいると伺っています」
レトクール子爵家とネイレン男爵家ね。覚えられる気がしない。
「ネイレン男爵家は先代様までオルクス伯爵家に仕えておられましたが、当代様に変わられた際にビクター様の計らいで隣領レトクール子爵家へ移られました」
あ、もとは家臣だったのか……。
レトクール子爵領はオルクス伯爵領の西に存在し、同じレグムント派閥として先代までは懇意にしていたのだとか。当代がレグムント侯爵と最も仲の悪いザムロ公爵の側についたことで交流は皆無になったそうだ。
「そういえばイザベル」
「なんでしょう?」
「貴族の転居って、簡単にできるの?」
先代まではオルクス家にも家臣の貴族がそこそこいたらしいが、今となっては騎士爵が数名いるだけ。詳しくは知らないが伯爵が変わったのを契機に全員ほかの領地へ行ってしまったとのことだ。しかしそうなると不思議なのがこの貴族の転居について。
「もちろん簡単ではありません」
苦笑気味のイザベルが当然の答えをくれる。
だよね。
「でも全員転居した……」
「侯爵様のお力をお借りしたり、あるいはレクトール子爵様のように懇意であった貴族の方にお願いしたり……決別が決まった時にビクター様が方々へ手を回されたんです」
ビクターとオルクス伯爵の契約は謀反ととられても仕方がない内容だ。それを深く追求しないでもらうかわりに新しい奉公先を斡旋したわけか。イザベルいわくオルクス家の家臣団は選りすぐりで優秀だったため受け入れ側も内心喜んでいたそうだ。送り出された側も貴族としては珍しく奉公先を選べたわけで、騒動の大きさのわりには八方丸く収まったらしい。
まあ、オルクス家の名誉以外は、な。
うちは家臣を短期間で失ったことでビクターの仕事が倍増し、名声は失墜、あげく派閥の露骨な鞍替えで信用もガタ落ち。そう思うと俺たちと繋がりを強化して新店舗を出そうと計画したマイルズ=リオリーはかなりのリスクを背負ったのだとわかる。
今度少しサービスしてあげよう……。
「お嬢様、お召し物をチェックさせていただきますよー」
会話が一段落したところでステラがそう言って俺の服装を検め始めた。今日の馬車は出発した日と同じメンバーを乗せている。
「レグムント侯爵閣下はとーっても豪快な人ですけど、お立場がお立場ですからねー」
今日はレグムント侯爵の屋敷に泊めてもらうのだが、当然謁見する必要がある。そのためにこうして慣れない豪華なドレスを着ているというわけだ。ちなみに今日このネヴァラに逗留する他の2家も侯爵の屋敷に泊まる。さすがの侯爵、3家それぞれに個別の迎賓館が充てられている。
「侯爵……たしか元冒険者?」
「ですねー」
貴族には箔付けのため若いうちに冒険者を経験する者も多い。武官の家系なんかじゃ平和なこの国でなかなか得られない実戦経験を積むために本気で上位冒険者を狙う者もいる。手っ取り早い実力付けと箔付けとして俺とエレナが冒険者になると主張したのが受け入れられたのもこのような背景が大きく関係していた。
「四大貴族の方々が代々特殊なスキルを継承していらっしゃるのはご存知ですか?」
「ん、レメナ爺の授業でやった。レグムント家はたしか『スキルキャンセル』」
「ええ、そうです」
建国以来国を支え続ける四大貴族は特殊なスキルを受け継いでいる。その中でも異色なのがレグムント家の『スキルキャンセル』で、一切のスキルを無効化するというバケモノスキルだ。
「『スキルキャンセル』を最大限に有効活用するためには閣下が自ら戦闘に参加される必要があるんです。ですから代々の侯爵家当主様は冒険者として自らを鍛えられているんですよ」
「ちなみにネヴァラのギルドマスター、マザー・ドウェイラと昔は同じパーティーだったそうですよー」
ああ、それでマザーはいつぞや領主をぶん殴ったとか穏やかならぬセリフを吐いていたのか……。
「さー、今日もお嬢様は最高にかわいいですよー!」
レグムント侯爵についての簡単な講義が終わるのと、ステラによるファッションチェックが終わるのはほぼ同時だった。お墨付きをもらった真っ青なドレスは珍しく侍女たちのハンドメイドじゃない。火の車な我が伯爵家だが、付き合いもあって服屋から年に2、3回は買うことがある。
「エレナ、どう?」
「すっごくかわいい!」
妹からの折り紙も付けてもらえたところで馬車が監査を終えて通過を許された。大きな石のアーチをくぐり、ようやくの思いで王都までの折り返し地点に入る。
「わぁ!」
思わずといった様子でエレナが歓声を上げた。大通りの幅はケイサルより広く、両側に立つ店の種類や活気も目を見張るほど。建物の多くが似た外観の2階建てで街全体が整然とした雰囲気を纏っている。一言で言うなら、洗練されている。
「一定間隔で横道を設けている……区画が把握しやすい」
「ええ、ネヴァラは大小の道で明確に区画が分けられています。街の中の地図も張り出されているので、区画ごとの治安や業種を把握できればとても便利な街ですよ」
故郷を褒められてイザベルが少し嬉しそうだ。考えてみると侍女や執事の多くが本来はこのレグムント侯爵領の出身。日程を一日ずらして彼らに休みを与えるのもいいかもしれない。
「侯爵の屋敷は中心?」
「ええ、そうです」
確認しているうちに子爵と男爵の馬車が横道に入っていくのが見えた。せっかくの大都市なので先に買い物をするつもりか、あるいは伯爵家よりさきに屋敷に着くのは拙いと思って気を効かせてくれたのかもしれない。
「アクセラちゃん、見たことないお野菜売ってるよ!」
カーテンの隙間から食い入るように外を見つめていたエレナが報告してくれる。
「隣の流通都市アポルトにいけばもっとたくさんの野菜やお魚が売っていますよ」
優しいまなざしで彼女を見ながらイザベルがそう言う。王都へと流れ込むフラメル川の上流にあたるこの領地にはいろいろな品物が届く。玄関口である港町アポルトと隣り合うネヴァラにも当然多く商品が入ってくるわけだ。
「アポルトからは船で移動?」
「そうなります」
「エレナが絶対に酔うから、酔い止めを買っておかないと」
「むぅ、じっとしてるから大丈夫だもん」
馬車なら何も読まずにじっとしていれば大丈夫かもしれない。ただ船は違う。勝手に激しく上下に揺れる。エレナが酔う方に財布の中身全部賭けてもいい。
「アクセラちゃん、あっちにスゴい人だかりができてるよ?」
窓の向こうに気になるものを見つけたのか、エレナが俺を手招きする。何事かと彼女の前に乗り出して小さな枠から外を見る。
「市場……安売り?」
横道の1つがちょっとした市場のようになっていて、そこに大勢の人が集まって騒いでいる。群衆の表情は明るいので乱闘や泥棒騒ぎというわけじゃなさそうだ。
「あー、それはたぶん放出市ですねー」
のんびりとした調子でステラが答えを教えてくれる。
「放出市?」
「お店が在庫を一斉に大安売りするんですよー」
「お金のない家や身寄りのない子供でも買える値段にして在庫を放出する日が、街の商業組合の話し合いで定期的に行われるんです」
職や住居はそう簡単に増やせない。だからせめて必要な品物を安く手に入れられるようにという侯爵家の救済政策。それが放出市だそうだ。商業組合と侯爵家から補助金も出ているとか。
「侯爵、立派」
「そうですねー。他にも孤児院とかー色々な対策を……おわ!?」
ステラがレグムント領の貧民救済について説明しようとしたところ、馬車が急に停車した。
「きゃあ!」
衝撃で椅子から投げ出されるエレナを受け止めつつ、隣のステラも片腕で押さえる。さすがに手が足りず捕まえられなかったイザベルはステラの柔らかな胸に倒れ込み、2人そろって目を白黒させている。
「い、一体何事ですか……」
侍女長が思わず口にした疑問への答えは、馬車の外からもたらされる。
「た、大変だ!子供が馬に蹴られたぞ!!」
「なっ!?」
誰かが、おそらく街道にいた通行人が叫ぶ。その声が耳を打つがはやいか、俺は扉を蹴破るように開けて外へ出た。どこかにスカートが引っかかったのか、布が悲鳴を上げるが気にしていられない。
大通りには停車したうちの馬車の列と遠巻きにそれを見る街の人々。その視線の何割かが驚いたようにこちらへ注がれた。すぐに寄ってきて守れる位置につくガックスとトーザック。その間から前へと走っていくトニーの背中が見えた。
「お嬢様!」
慌ててイザベルとエレナが俺の後を追って下車する。そのまま状況が飲み込めていない妹の手を掴んで走りだす。
「ちょ、アクセラちゃん!?」
「水属性の魔法糸!」
「え、う、うん!」
先行していた馬車1台を素通りして事故現場に向かう。後ろから護衛の2人が追いすがる気配がした。静止の声はない。彼らは俺の性格をよくわかっている。それに自らの腕に対して絶対の信頼を置いているのだ。
場所は2本の大通りが交差するちょっとした広場だ。落馬したらしいリベラと興奮して暴れる彼女の馬、少し離れたところには俺たちと同じくらいの少年がぐったりと横たわっている。リンゴが散らばる石畳の目地に沿って暗い液体が広がっていた。
リベラは……動いてる。たぶん落ちただけ。
トニーが真っ先にリベラの救出に向かうのを確認し、俺はエレナの手を引いて少年に駆け寄る。長年騎士長をしているトニーなら興奮する馬も抑えらえるし、リベラ自身よく訓練された騎士だ。
あっちは手が足りてる。
「医者か神官は!」
少年の隣に膝をついて容体を確認しつつ群衆に叫ぶ。息はあるし幸い馬の脚は頭や体に当たったわけじゃなさそうだ。もし当たっていればまず即死だった。ギリギリでリベラが回避させたのか、馬の足がとらえたのは少年の太もものあたり。砕けた骨が皮膚を割いて露出している。足の付け根の内側を壊さない程度に押さえつけてひとまずの止血を行う。
これは……そのまま聖魔法をかけても無理だ。
軍馬の足に踏み砕かれた骨は複雑に破断している。このまま上級の聖魔法をかけても元通りになるかは怪しい。魔法ではなくポーションで治療するならなおのこと一度手術しないといけない。
「医者か神官はいない!?」
再度群衆に叫びながら考える。この少年に残された時間と施術にかかる時間。タイムリミットは近い。
もしそれまでに誰も来なければ俺が……いや、でも。
上級の聖魔法は司教クラスの人間が使う、いわば奇跡だ。こんな大勢の前で使えば注目される程度では済まなくなる。ビクターのプランにとって、俺の能力が知られていないことは大きな切り札だ。彼が俺とエレナとトレイスのために反逆を決意したのに、俺自身が早々にシナリオを乱すわけにいかない。
「エレナ、バイタルフラックスとヒールドロップ!」
「うん!」
指示を出しながら自分でも火属性の魔力糸を紡ぎ、火魔法上級・ブラッドヒーリングを掛ける。続いてエレナが水魔法中級のバイタルフラックスとヒールドロップを上掛けしていく。前2つは基礎的な回復力と体力、活力を戻し、最後の1つは細胞レベルでの再生を助ける。どれもある程度は血の代替を務めてくれる魔法なので、応急処置として前世でよく使っていた。
「医者!神官!薬師でもいいからはやく!」
俺は戦場で使える程度に応急処置と医学を知っているし、体の構造という意味では武術家としてかなり詳しい方だ。だが幸か不幸か今まで一度も馬に足を踏み砕かれた子供の治療なんてしたことがない。経験則からくる処置の知識では対応できない。
最悪の場合、なんとか姿を隠してハイヒールとポーションで……。
回復魔法とポーションの違いは色々あるが、その1つは回復速度だ。魔法なら多少無理やり骨を戻した状態でもすぐにかければきちんと再生する、ハズ。
ビクターのプランを乱すわけにはいかないけど、この子の足を失わせるのも論外。
そんな風に思っていると人ごみの中から男が走り寄ってきた。身なりは清潔で年齢は中年過ぎ。薬医神殿の象徴である神樹アスカロムの葉のバッジをつけている。つまり神殿に認可を与えられた医者だ。
これで危険な橋を渡らずとも済む。俺のそんな希望は、しかし次の瞬間に打ち砕かれた。
「き、貴族の方が事故に遭われたと聞きまして!」
真剣そうな顔の裏にかすかな喜びの気配を忍ばせて、状況も見ずにそんなことを叫ぶ医者。貴族の治療は報酬をはずんでもらえる場合が多いから、いい儲け話が転がり込んできたとでも思っているのだろう。
「私じゃない、この子」
3巡目の魔法を掛けながら意識のない少年を顎で示す。
「え、貴族の方では……」
少年の姿を見るなる男の勢いが失われた。建前の真剣な表情すらなくなり、困惑と落胆が浮かぶ。
「ちっ」
思わず舌打ちした俺は悪くない。
少年の身なりは粗末な麻のチュニックにズボン。膝や裾に何度も端切れを当てて直した痕跡が見られる。きっと一般的な家庭よりずっと下、もしかすると孤児か浮浪児かもしれない。つまり助けても金にならない相手だ。
分からないわけじゃない。無料で治療なんてすればたちまち医者は食っていけなくなる。食っていけない仕事につく者はいないので医者自体が減る。ただでさえ少ない医者が減れば誰もが困る。簡単な仕組みだ。
だからって命の瀬戸際で露骨に金を優先するんじゃない!
「支払いは私が持つ!」
「し、しかしですなぁ」
医者は嫌そうな顔を浮かべた。貧しい子供の治療費を最後まで貴族が払うはずないと思ったのか、あるいはただ汚れた子供に触れたくないのか。
「骨の位置を戻すだけでいいから!」
苛立ちを乗せて俺が吼えたとき、医者の背後から声がかかった。
「骨だけ戻してポーションをってか。物知りな貴族様だな」
そこにいたのは質素な恰好に白衣を羽織った青年だった。胸元にはこちらも神樹の葉のバッジをつけている。
「ジ、ジャン……!」
振り返った医者の顔が苦々しく歪む。
「医者?」
「そうだ。とりあえずそのガキ、どっかの屋内に入れさせろ」
彼の目には口調と裏腹にたしかな意思が見て取れた。腕のほどは知らないが、この状況で困惑もしていないしビビってもいない。
「助かる。そこの店の人、場所貸して!」
「は、はい!」
近くの商店から間口の広い場所を選んで指示する。貴族にいきなり命令された店主は首をがくがくと縦に動かしてみせた。
「他にいるものは?」
「清潔な水と布巾。それと治癒系の魔法が使えるみたいだな、手伝え」
「トーザック、布巾お願い。水はエレナ。ガックス、運ぶの手伝って!」
「待ってろ!」
「う、うん!」
「そこの店の、戸板貸してくれ!」
そこからは大忙しだった。まずガックスが借りてきた鎧戸の戸板に乗せて少年を運び、必要なものを運び込んで店の中を手術室にする。ジャンと呼ばれた若い医者が『医学』スキルでその場と道具を消毒し、俺たちにも汚染防止のために何かのスキルを使用する。
「回復系、適宜指示するから頼むぞ」
「ん」
「はい!」
執刀医のジャン、魔法でのフォローに俺とエレナ、道具を渡したりといった補助にトーザックという臨時のチームが出来上がる。
「じゃあ骨、元に戻すか」
落ち着いた声でジャンが宣言した。
~★~
手術は3時間ほどにおよんだ。魔術回路を体に入れる施術よりは長いが、あいにく専門的な知識も経験もない俺にはそれが早かったのか短かったのかわからない。一つ確かなのは、少年の足は無事治ったということだけ。
軍馬の脚力で斜め上から蹴られた足の骨は外から見る以上に木端微塵だった。肉もだいぶ潰れていて、砂や泥も傷口に入り込んでいた。だがスキルとは便利なもので、ジャンはあっさり欠けた骨と不純物を取り出してみせたのだ。ポーションで直すなら多少の骨の欠落は勝手に治るから。そう言って小指の先ほどの欠片を捨てたのは驚いた。最後は骨の位置を戻してから「夜明けの風」から買い取った上級ポーションを振りかけ、丁寧に縫合してからもう一度振りかけて終わった。
傷口周りの切開はスキルじゃなかったな。それにポーションを分けて使用するのも、経験則でやってることだ。さすがレグムント領、技術を学んだ医者もいるわけだ。
全て終わり、手を洗って外に出る。エレナは緊張が解けてへたり込んでしまい、馬車の中だ。あとはトニーやガックスに任せればいい。
「ふぅ……」
当のジャンはというと、一仕事終えて煙草を吸っていた。店先の樽に座って煙を吐き出す姿はとても医者には見えないが、少年の血で赤黒く染まった白衣が強く主張している。周囲はおっとり刀で駆け付けた街の衛士たちが人ごみを抑えてくれているので、妙に開けたスペースが出来上がっていた。大通りが封鎖されてしまったのは申し訳ない限りだ。
「お疲れさま、先生」
「ああ、そっちもお疲れさん。支払いの話ならこれ1本吸い終るまで待ってくれ」
非常時でなくても貴族相手にこれだけ堂々とした態度をとれる神経は、個人的には好ましい。とはいえ、よくそれで食っていけるなとも思う。いくら医療従事者が希少技能の持ち主で特権階級的な扱いをされるとはいっても限度がある。
「先生は面白いね」
「面白い?」
言われた意味が分からないのか、ジャンは首を傾げた。
「貴族相手でも怯まない。それにスキル以外に色々使って手術してた」
「なんだ、媚びへつらってほしかったのか?」
「全然。普通に接してくれた方が楽でいい」
彼は俺の返事にも驚いた様子はなく、ただ肩をすくめてみせた。経験豊富な医者としての人間観察眼だろうか。
「で、スキル以外ってのは、ここの領地のこと知らないのか?」
「スキルに頼らない力を開拓してる、でしょ」
「知ってるんじゃないか。俺もその一環で習ったってわけだ」
「ん、納得」
「まあ、古典主義者には嫌われてるがな」
ジャンは人ごみの中からこちらを見ている白衣の男、最初に俺に話しかけてきた中年医者をちらっと眼で示した。彼はスキルによる医療のみを是としているわけだ。
にしても医者と古典主義ってあまり嬉しくない組み合わせだな。
「さて、待たせたな」
彼は最後に大きく吸い込んで、短くなった煙草を革のケースに突っ込む。地面に投げて踏み消さないあたり医者らしい。
「支払いは私の個人的なお金から払う」
「豪気なもんだ」
今回は布や消毒用の酒を俺のポケットマネーでかき集めた。結局『医学』のおかげで酒は使わなかったが、とにかく純度の高いモノを買ってきてもらったので結構お高かった。加えて上級ポーションも俺が買い取った扱いだし、ジャンの手術代も払うとなると総額は馬鹿にならない。
「稼いでるから」
「その年でまじかよ……」
その返事は意外だったのか、ジャンの視線に驚きが混じる。ドレス姿でなければ、人体に精通した彼なら俺が戦闘を生業にしていると気づけたかもしれない。
あぁ!ドレス、血まみれの埃まみれにしちゃった……あとたぶんどこか破った。ステラに謝らないと。
「はぁ……まあ、とりあえず払う」
「お、おう?」
いきなりのため息に彼は首を傾げた。
気にしないで、ちょっと申し訳なくなっただけ。
「いや、払うのは俺だ」
「「!」」
渋い男性の声が突然どこかから聞こえてきた。視線を巡らせば、人ごみから背の高い初老の男性がこちらに歩いて来るのが見える。その姿を捉えた瞬間にあたりの衛士が一斉に敬礼し、ジャンや周囲の大人たちも凍り付く。
彫りの深い顔立ちに野趣あふれる笑みを浮かべた彼は一見紳士のようだ。しかし暗色のシャツとジャケットという渋い組み合わせの下には鋼の肉体が押し込められている。
武器は身に着けていない……おそらく歩き方からして武闘家。それもとんでもなく強い。
堂々たるパワーファイターの覇気を纏わせる初老男性が誰なのか、すぐに理解した。その短く刈り込まれた乳白色の頭髪と髭は決して老いによるものじゃない。俺やトレイスと同じ先天的な白だ。
「街で貴族と子供が事故を起こしたと聞いて来てみれば、面白い組み合わせが面白い話をしているじゃないか」
そう言って彼は愉快そうに口元をゆがめる。護衛は連れていない。
「この街は俺の街だ。気が向いたとき、気が向いた場所に足を向ける。一々騎士なんて連れてないぜ」
視線だけでこちらの意図を読んだのか、彼は益々楽しそうな表情を浮かべた。
「立ち話もなんだ、全員まとめてうちに来い。怪我した子供とジャン、お前もだ」
「な、なんで俺の名前……」
「ジャン=メイス、絶賛活躍中の我が子を知らないはずがないだろ?」
ジャンが息子!?
突然飛び出した言葉に困惑する暇もなく、目の前の男はジャンから俺に向き直って手を差し出した。
「とりあえずようこそネヴァラへ、オルクスの姫」
その顔には悪戯小僧のような、それでいて凶悪な獣のようにも見える笑みが浮かんでいた。
「……歓迎どうも、閣下」
全ての疑問を飲み込んで手を握り返す。大きく硬い、歴戦の格闘家の手だ。
これがユーレントハイム王国四大貴族にしてここレグムント領の領主、ヴォイザーク=リリアン=レグムント侯爵との初対面である。
有名な機関車トーマスの歌に「事故は起こるさ」ってありますよね。
最近あれを口ずさみながらDestiny2でタイタン:サンハンマーの近接技
(燃え盛りながらタンク職がハンマー片手に肩から突っ込んでくる、速いし痛いし熱い)
をPvPでキメてます。ちなみに技命は「危険タックル」と呼んでいます。
方々から叱られそうだけどやめられない止まらない~(もっと叱られそう
~予告~
交通事故から助け出され一命をとりとめた少年。
その正体とは宇宙からやってきた工作員だった。
次回、星空に哀を込めて
テナス 「とことんつなぎ方が雑ですねえ・・・」
ミア 「まあ、この回は原本からしてつなぎ方が雑じゃったし・・・」
アクセラ 「というかもうモロパクリ・・・」




