四章 第3話 盗賊街道
「本当にこんな早く出発されるのですか!?」
日の出前の時刻、シザリアの代官屋敷前には残念そうな表情で訪ねる屋敷の主人がいた。初夏であることを加味するとほとんどの人が寝ている頃だが、長距離の旅をするにはちょうどいい時間帯だ。
「ん、世話になった」
「お嬢様たちの負担を思えばあまり馬車を飛ばすわけには参りませんから、ご厚意は大変ありがたいのですが」
簡潔すぎる俺の返事にイザベルがフォローをいれてくれる。いつも以上に言葉数が最低限なのは当然昨日とんでもない物を見てしまったからだ。
いや、見せたかったわけじゃないだろうし、こっちも勝手に家探ししてたんだけどさ……だからって女装した美少年とオークのような中年が楽し気に絡むところなんて見たくなかった!
「ああ、今晩はキャンプでしたか。道中お気をつけて!」
生白い顔に心からの心配を浮かべて代官はそう言ってくれる。ものすごく一方面にルーズで役人としての資質も甚だ疑問だが、悪い人間じゃない。それはもう十分わかった。
奴隷の少年たちも十分愛されているようだし、そもそもこんなに警備の薄い屋敷なのだから逃げようと思えば彼らは逃げれるのだ。そうしないのは今の生活を楽しんでいるから。それが横領の原因でもあるので伯爵家としては眉をしかめるしかないが、俺個人としてはもう好きにしてくれという感じである。
「お戻りの際は芸術品のコレクションをお見せいたします!」
満面の笑みなのはなによりだ。でもたぶん俺がお戻りの頃には全部売却するハメになってると思う。
意外なほど穏やかな人物だったとしても横領は横領。きっちりビクターに送る報告は昨日のうちに仕上げている。こうして挨拶をしている間にも執事の1人がギルド経由で屋敷に送っていることだろう。奴隷たちともども軽い処分で済ませてもらうように一筆添えてもやったが、横領分の支払いに少なくとも屋敷の貴金属塊は消えるはずだ。
「物資の援助、ありがと」
「お気になさらず!それでは道中の安全をお祈りしています!」
次の都市であるメナまでの物資を負担してくれたことには素直に感謝し、あの忌まわしい光景を思い出す前に馬車へと逃げ込む。あまりゆっくりしていられないのも本当なので、イザベルやエレナも手早く乗り込んで出発だ。
農耕で栄えるメナまではどう急いでも間に一泊挟むことになる。日が傾く前に中間地点に設置された公共のキャンプ場にたどり着かないと、少々面倒くさいことになってしまう。
「ねえ、アクセラちゃん」
「ん?」
ふとエレナが思い出したように俺に尋ねた。
「昨日は結局どうして泣いてたの?」
「……エレナが大人になったら話してあげる」
「むぅ……また子供扱いする!」
拗ねたように横になった彼女は俺の膝に頭を乗せる。馬車酔いする前にふて寝するつもりらしい。
そういうところが子供なんだよ、エレナ。
~★~
イトランデ街道はシザリアとメナをつなぐ唯一の街道だ。おおよそ普通の馬車で1日半の長さがあり、途中にはわりとしっかりしたキャンプ場がある。少なくとも為政者が敷いた道は街道1本だけで、村や町は1つもない。魔物も少ない平原だというのに、隠れ里がどこかにあると噂されるだけで人は住んでいないのだ。
「お嬢様、もう少しでお昼っすよ!」
赤髪の侍女、シャルールが声を弾ませる。彼女は道中に針仕事がしたいと言い出したステラと代わって、今日は俺たちの馬車に乗り込んでいた。
「ん」
「ふわぁ……今日のお弁当ってなんだっけ」
ようやく起きたエレナが伸びをする。
「時間なかった。サンドイッチのはず」
「正解っす、お嬢さま」
今日の昼は平原にクロスを引いてピクニックのようにする予定だ。屋敷の方針から最低限の警備を担当するメンツ以外は一緒に食事をとるので、絵面はいよいよ遠足だ。その楽しい想像にエレナとシャルが頬を緩ませる一方、イザベルは顔色も悪くしきりに窓の外をちらちらと伺っていた。
「あれ、イザベルさんは楽しみじゃないっすか?」
「むしろどうして貴女はそんなに能天気でいられるのですか……」
シャルが首を傾げると、物憂げな美人侍女長は胸中の思い空気を吐き出した。心配性な彼女がどんよりとしているのには当然理由がある。
「ここは盗賊の巣窟ですよ?」
そう、このあたりには盗賊が出る。それも結構な強さで、なおかつ何度討伐隊を差し向けても全滅に追い込めない面倒な連中がいる。これこそ平原に村がない理由でもある。ちなみに噂の隠れ里とは盗賊の拠点のこと。あまりにも根絶できないので、ちゃんとした拠点を拵えて集団生活を営んでいるのではと推測される。
とはいえ当然シャルだってそのことは承知している。俺だって資料を読んでいるから当然。そんな状況でそろいもそろって昼食の話をしている理由は単純だ。
「だってこの一行、戦力が異常っすよ?」
シャルの口をついて出た言葉に尽きる。伯爵家の騎士長トニーと女騎士リベラに加えてBランク冒険者パーティー「夜明けの風」が合計4人、Cランク冒険者が俺とエレナの2人。元冒険者であるシャルを加えれば戦えるメンバーは9人もいる。御者3人とイザベル、ステラ以外に別馬車に乗った侍女と執事が8人いるので非戦闘員は13人。13人に対して9人。十分すぎる。
「どんな豪商や貴族でもこれほどの護衛は雇えないっす。それにパッと見ただけでも6人がかりで守られてる馬車隊を襲う盗賊だってそういないっすよ」
特にそれが堂々と伯爵家の家紋を背負った馬車隊なら。襲撃がうまくいこうがいくまいが、その領の領主一族を襲ってただで済むわけがない。領主側は草の根分けても隠れ里まで探し出して殲滅する。よほどのアホでもないとそんな愚は侵さない。
「それは、そうなのですが……」
これだけの安心材料を並べられてもイザベルの顔色はあまりよくならなかった。ただ歯切れ悪く言葉をこぼすだけ。
「伯母さまはこの街道を通ったことないんですか?」
エレナの質問に彼女は困ったような顔になる。
「いいえ、3回だけですけど、通りましたよ。初めてお屋敷に奉公に上がったときと……母が亡くなったあとに一度」
「ん、侯爵領に実家があるからね」
「ええ」
ラナとイザベルはレグムント侯爵領に居を構える大商人の娘だ。その奥方が亡くなったとなれば他家に奉公に出ていたとしても、葬儀のために実家に戻るくらいの融通はつけられる。
「最初に通ったときは大丈夫だったのですが……」
彼女がイトランデ街道に怯えるようになったのは奉公初めから葬儀のあいだ?
言いづらそうにする侍女長に、俺はそれ以上追及するのをあきらめる。あまりに酷いようなら昼食は手短にしてキャンプ場まで強行軍といこう。最悪各自移動しながら昼食でもいい。そう思っていると、シャルが首を傾げてこう尋ねた。
「なんでそんなにこの街道が怖いんすか?」
あっ、この赤いの……デリカシーは芽生えてないのか、お前もう19歳だろ!
「だってこの街道に限らず、盗賊はいるじゃないっすか。それにこんな充実した戦力に守られてるんすよ?それでも怖いって、一体ここには何があるんすか?」
「シャル」
「いえ、大丈夫です……」
さすがに窘めようとしたところ、当の本人から止められてしまった。
「その……この街道に盗賊が多く発生していたのは昔からではありますが、それが顕著になったのはお嬢様とエレナちゃんが生まれるしばらく前のことなのです」
イザベルが言うにはもう何代も前からイトランデ街道には根絶できない盗賊が住み着いているらしい。彼女自身父親から聞かされた話で、商人の情報ゆえに信憑性は高い。そしてその数が爆発的に増えた時期があったのだという。それは俺たちが生まれる少し前、酷い凶作が一帯の領地を襲った頃だ。
「あの時期は餓死者も多く出て本当に悲惨なことになりました」
「あ、それあれっすね。自分が冒険者になる前の前の年のやつっす」
シャルは孤児院の出身で、奇しくも俺たちと同じ9歳から冒険者をしていた過去を持つ。3年ほど現役で戦っていたが、パーティーが全滅したことで侍女に再就職したそうだ。その話はえらくあっけらかんと教えてくれたのでよく覚えている。
「シャルが7歳……私たちが生まれる2、3年前?」
「そうなりますね」
「あんときはお腹空いて辛かったなぁ、院も結構煽りくらったし」
しみじみとつぶやくシャル。とはいえ彼女のいた孤児院は煽りを食うくらいで何とかなったなら、まあ幸運な方だ。酷い飢饉のときには奴隷商の世話になったりつぶれたりする施設が多く発生する。
「あ、腰折っちゃってすんません」
「いいえ、いいの。それで、その大凶作の年の暮に……」
イザベルは夏色の瞳を耐えるようにぎゅっと閉じて続きを口にする。
「母はこの街道で盗賊に襲われて、亡くなったんです」
大斧のクレイグという男が率いたその盗賊団は、凶作で身をやつした農民で膨れ上がったために凶暴性を増していた。隠れ里に籠ってちまちま襲うそれまでの方法で養いきれなくなったのだ。そしてその一団はケイサルから帰る途中の馬車隊を襲った。護衛に旗を持たせていたため領主の関係者であることはすぐにわかったはずなのに。
「大斧のクレイグはすぐに討ち取られました。ビクター様がギルドに破格の討伐依頼を出してくださいましたから」
トニー率いるオルクス家の騎士団は当時すでに欠員塗れで、盗賊に数で負けていた。街の衛士を平原のど真ん中に送るわけにもいかない。そんな理由からビクターはケイサル支部に緊急依頼を出したのだ。遅まきな凶作の救済で傷んでいた懐に追い打ちをかけてまで。
「盗賊団もほとんどが捕縛、あるいは討ち死にしました……でも、きっと逃げ延びた人もいるでしょう」
逃げ延びた者がいるからこそ、今でも盗賊団がこの一帯を根城にしているのだ。
「あ、あの、そんな理由だったなんてその、ゴメンナサイっす!」
ようやく自分の無神経さと不用意さに気づいたのか、シャルが真っ赤な髪を振り乱して頭を下げた。
「大丈夫ですよ、シャル……2日もこの街道で過ごすのですし、帰りもあります。どこかで言わなければいけないことでしたから」
「お昼は馬車でとる?」
「い、いえ!そこまでしていただかなくても大丈夫ですから……ただ、できれば見晴らしのいいところで停めていただけると」
平原といっても林くらいはある。そういった場所から離れたところに停めてほしいと彼女は言う。
遮蔽物がなければどうあがいても奇襲は無理、少しは心も休まるか。
「ん、それくらいお安い御用」
早速窓を開けて並走していたトーザックを呼び、近くで一番見晴らしのいい場所を見繕ってもらう。ここしばらくは依頼でケイサルにとどまっている「夜明けの風」だが、彼らはもともとレグムント侯爵領を拠点に活動している冒険者だ。当然マザー・ドウェイラに連れられて来たときもこのイトランデ街道を通っているので、どこが安全そうかということはリサーチ済みのはず。
そんなこんなで昼食は盗賊どころか野生動物の影すら見えない草原の真ん中で、俺とエレナが温めなおしたサンドイッチを食べることになった。残りの移動行程とイザベルのストレスを鑑みて予定よりかなり早く旅路に戻ることになったものの、温かい食事と合わせてシザリアのギルド支部で買い足したキンキンのリハイドレーターも配ったので護衛や御者からの不満は出なかった。
~★~
「アクセラちゃん、暇だよー」
「暇っすー」
エレナとシャルが仲良く唇をとがらせる。昼食が終わってから単調な景色の中を進むだけ、当然中で座っているだけのメンバーはやることがなく暇だ。
「私は暇じゃない」
俺は昨日に引き続きビクター謹製の資料を読んでいる。イザベルは心配し過ぎて気疲れしたのか壁にもたれて眠っていた。ステラならなにか思いついて暇を紛らわせてくれるのかもしれない。そんな彼女は残念ながら別の馬車に乗っていて、代打のシャルは娯楽を消費する側の人間だ。
「むぅ、わたしも読めたらいいのに……」
だまって乗っているときでさえ時々気分が悪くなるエレナだ、文字なんて見たらノックアウトは確定。しかも酔ったら即吐くのではなく、吐きそうな気分が延々続くという一番しんどいタイプ。カードの模様でさえダメなので簡単な遊びをするというわけにもいかない。
「魔法の練習したら?」
「飽きた」
提案に端的な返事が帰ってくる。
だろうね。
頬を膨らませる妹に俺は苦笑を浮かべるしかない。もう日課の訓練は終えてしまい、追加を合わせて3日分くらいはしている。4人乗った馬車の中でできる訓練もそう多くない以上、エレナが飽きてしまうのも無理のないことだ。
「シャルとあやとりでもしたら?」
本当に小さい頃はよく俺と魔法糸で陣取り合戦も兼ねた魔法糸のあやとりをしていたので、エレナはかなりうまい。しかし今度はシャルが眉を寄せる番だった。
「あ、自分あやとりできないっすよ」
「そうなの?」
「手先が不器用なんで……」
シャルが幼くして冒険者になった理由は先天的に筋力系強化系のスキルを持っていたから。物心ついたときから大雑把な性格と相まって力任せな生き方をしてきたと聞く。繊細なことはすべからく苦手だとアンナがぼやいていた。
よく侍女になろうと思ったな。
「ん、ちょうどいい。練習すれば?」
「えぇ……」
「あやとり教える?」
当の本人は苦手なことに挑戦したくないようで顔をしかめているが、エレナは暇さえ紛れればそれでいいようだ。
「あ、でも糸が……」
「ん、たしかに」
そうそうあやとりに向いた糸がポケットに入っているわけもなく。
「むぅ……じゃあしりとりしようか?」
「エレナと?シャルじゃ無理」
シャルどころかアンナやイザベルでも難しい。天才少女が9年半で身に着けた言葉の数々は並の大人を圧倒する。レメナ爺さんや俺はさすがに勝つが、イオやステラ相手ならかなりいい勝負をするだろう。それぞれの分野で纏め役を拝命するほどの大人としりとりで張り合える彼女の相手を、どちらかというと知識よりも腕っぷしに自信のあるシャルが勤めるのは無理だ。
と、まあそういう意味で言ったんだけど……。
「お嬢様、いくら自分が万年見習いだからって、ちゃんと教育くらい受けさせてもらってるっすよ!」
何やら彼女の譲れないなにかを刺激したらしい。
ていうか万年見習いって胸張って言うなや。
「……そういうことじゃないけど、まあ、試してみたらいい。すぐわかる」
使用人を侮ったと思われるのも心外なのでそのまま相手をさせてみる。エレナも退屈がまぎれるだろうし、シャルも誤解が解けて一石二鳥だ。俺も俺で資料に戻れるから三鳥かも。
「じゃあまずは言い出したわたしから……りんご」
「小手調べっすね……ゴウント!」
小手調べってなんだっけ。
ゴウントは骨に皮を張ったような、極限までやせ細った人間の姿の上級アンデッドである。大体は疫病などで滅んだ村に発生する。Bランクの魔物であり、本体はそう強くないが周囲に疫病と不作をまき散らす厄介な存在として知られる。つまり普通出てこない単語だ。生前の俺も討伐した数は3桁に届かない程度のはず。
初手で専門知識というワードの宝庫に手を付ける奴があるか。
しりとりの基本はまず一般的な言葉の応酬。なにせ専門知識は同業者でもないかぎり相手が被せてくる可能性が低い。先に取られやすい言葉を使っておかないと必然的にジリ貧になるというのに。
いや、そもそもゴウントって侍女の教養とか教育関係ないような……。
「トマト」
「トマホーク!」
「くわ」
「わ、わ、わ……ワイト!」
「トング」
「グール!」
「ルビー」
「ビ……ビッグゾンビ!あ、審判、ルビーってビっすか?」
「ビでいいけど……なぜアンデッド縛り」
トマホーク以外アンデッド、それも上級のやつしか出てきてないよ?
そこからもエレナが農民や町人でも知っているような単語を言い、シャルが魔物や武器の名前を連呼するという光景が続いた。結果、シャルの知識が枯渇したのはエレナが専門知識に手を付ける前となるのであった。
「結局一言も侍女の教養は出てきませんでしたね」
「ん、アンデッドばっかり」
途中から起きて観戦していたイザベルが呆れの声を漏らす。エレナが気を遣って侍女っぽいワードは使わないよう立ち回っていたのだから、それは呆れるしかない。
「キャンプ地が見えたぞー!」
打ちひしがれたシャルのもたれる扉の外、ほっとしたようなトニーの声が轟く。制限時間を設けなかったせいでしりとり合戦が思いのほか伸びてしまったようだ。窓のカーテンをあけると日はだいぶ傾いていた。
「今晩の食事は?」
ふと気になってイザベルに尋ねると、シザリアで仕入れた新鮮な肉と野菜で串焼きだと教えてくれた。長旅といっても街から街の距離が2日ほどだと塩漬けやら乾パンやらを食べずに済むのがうれしい。彼女の顔から不安の色がほとんど消えているのもよかった。
外で昼を食べたことが一種の実感になったのかな。
キャンプ場に到着すると、そこは聞いていた通り簡素な施設しかない場所だった。丸太で組まれた大きめの小屋が1つと石のかまどが2基、それと元は人が植えたであろう柔らかな下草が広く繁茂しているエリア。下草の上にテントを設置すれば毛布などを持って来ていなくても体を傷めずに寝ることができる。
「これはいいですね、騎士長」
「そうですな、侍女長。たしか整備はメナの役割だったか……いい仕事をしていると家宰に伝えなければ」
設備を確認したイザベルとトニーがそんな会話をしている横で、俺はそっと『気配察知』を使って周りを調べる。キャンプ場は薪の必要性からそこそこ立派な林に隣接している。そこに潜むものがいないかを調べたのだ。
「ん、誰もいない」
「どしたの、アクセラちゃん?」
「なんにも」
安全を確認し終えた俺は小屋に寝袋を運び入れるエレナを手伝い、ついで侍女たちに混ざって食材を洗う。他の家ならまず許されないだろうが、冒険者として荷運びをすることもあればリハイドレーター開発で厨房を使うこともある俺に関して、もう使用人一同あきらめてしまったらしい。もちろん他人の目があるところじゃ別だ。
「なんか手伝おうか?」
ジャガイモの皮をむいているとトーザックが困った様子で話しかけてきた。後ろにはアペンドラもついている。どうにも依頼内容で食事までカバーされていて、野営前が手持無沙汰になってしまったようだ。ガックスとマレクはテント設営に向かったがそっちはそれで手が足りてしまったのだとか。
「2人とも料理は?」
「野営料理程度ならできるわ」
「オレもオレも」
「なら2人は肉処理班に参加して」
冒険者の野営料理は保存食で工夫するか狩ってきた動物を調理するかの2択。つまり肉の扱いは比較的上手いということだ。実際トーザックは「災いの果樹園」で俺たちにソーンフットの捌き方を教えてくれたわけだし。アペンドラに至っては弓使い、狩における主役だ。
料理人を兼ねる侍女もついてきているが、肉の下処理をトーザックたちがやってくれるなら味付けと監修に彼女たちも回れる。
「あそこの2人」
「ああ、あの全身白服の」
「エプロンや頭飾り以外も白服の侍女なんて始めてみたわ。一口に侍女って言ってもいろいろあるのね」
今肉の処理をしている彼女たちは屋敷で賄いを担当している料理人でもある。伯爵家長女の旅に正式な料理人でない2人が同行している理由は、賄い担当の方が限られた食材で食事を作るのに長けているからだ。イオに持病があって遠出ができないからでもある。
「うちが先代まで武官だった名残、らしい」
行軍演習も兼ねて普段の旅から賄い担当を料理人として同行させる、とかいうルールがある。もう武官でないどころか行軍も不可能なほど弱体化した我が家だがルールはルール。貴族家としての家内規則に明確に書いてある以上守らなければいけない。今の伯爵が家を嫌うあまりそういった細かい部分を弄らずに出て行ったので、家内規則はしっかり有効なモノだ。
俺としてはどっちみち賄い料理でも全く気にならないので変更なしでいい。
「いや、行軍に付き合わすなら侍女じゃない方が……あ」
トーザックが首をかしげて口に仕掛けた疑問を止める。
「……そういうこと」
飯以外の楽しみもなければ戦争なんてやっていられない、ということなのだろう。実際どこまでそういう意味なのかは知らないが、もともとは食事以外にも夜の世話なども担当していたんじゃないかと思う。もちろんそちらは廃れて久しい文化だ。
「あー、やだやだ」
ウンザリした顔でアペンドラは肉処理班へ歩いていく。冒険者は女性でも豪快な性格が多いのだが、エルフの血を継ぐ者はどうにも欲に対して潔癖なところがある。
でも、雇用内容で夜を担当する人員がいることは悪いことじゃないんだよ?少なくとも行軍中に現地調達とかしだすよりは……。
しかしエルフの禁欲的な性質といえば思い出される人物が1人いる。
「レメナ爺は……例外かな」
たしかハーフエルフだかクオーターエルフだかのはず。
ワインとハムとチーズしか食べない悪戯爺の顔をふと思い出して苦笑する。トレイスが快癒した直後に旅立って以降、帰ってくるどころか手紙すらよこさない有様だが……まあ、あの爺は元気だろう。
王都から戻ってまだ連絡がなければ知識の斜塔宛に手紙を送ってみようか。
そんなことを思いついた。
もう10月ですか・・・早いもので、あと1月ちょっともすれば連載開始から1年になりますね。
冬休みを狙って連続更新した方がいいか、それともアニバーサリーでした方がいいか(;´・ω・)
悩んでおりますので、読者の皆さんにご意見いただけたらばと思います。
関係ないけどタラバ美味しいよね。
~予告~
出没する盗賊の噂、見えない隠れ里、そして露骨なアンデッド推し。
この時既に凄惨な事件の始まりは見えていたのだ・・・。
次回、街道・オブ・ザ・デッド・ウィズ・コルセット
アンナ 「コルセット引っ張りますね・・・というかタイトルがもう読みづらいこと」
ステラ 「まー、実際コルセットって拷問みたいですからねー」
アクセラ 「・・・じー(避難がましい目」




