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四章 第2話 シザリアの白オーク

 日が上るより前に王都へ向けて出発した俺たち一行は、石畳の街道沿いに馬車を走らせていた。ケイサルの正門である南門から初夏の恵みに色づく畑を越え、そこからしばらく道に沿って林を抜けるとレグムント領まで続く平原がひたすらに広がっている。俺たちはその平原に位置する最初の街、シザリアに到着しようとしていた。


「お嬢様、シザリアの代官については読まれましたか?」


 手元の羊皮紙へと目を落とす俺にイザベルが尋ねる。長旅用の頑丈な馬車の中には俺と彼女とエレナ、それからステラが乗り込んでいた。といってもエレナは初めての馬車旅に疲れて眠ってしまっているのだが。


「ん、ロクデナシ」


 文字を目で追いながら簡潔に感想を言う。今読んでいるのは昨晩ビクターが言っていた資料だ。王都と道中の注意事項や情報が書かれている。シザリアの代官については金使いが荒く、宝飾店や服屋に多額のツケがあるとか。


「しかもこの使い方……女?」


「ええっと……」


「あはは、お嬢様は妙なところ鋭いですねー」


 頬をわずかに赤らめて何と答えていいかわからないといった表情になるイザベル。妙に初々しいトコロのある侍女長に代わってあっけらかんと笑ったのはステラだった。


「男の代官が宝飾と服にツケまでしてたら普通わかる」


「普通、貴族のご令嬢はそういったことに疎いものです……」


 ……たしかにイザベルの言う通りかも。

 今のは実際、蝶よ花よと育てられた貴族のご令嬢にはない、俗な常識から来る推測だ。

 いや、そもそも俺たちは蝶よ花よと育てられてないんだから、ズレている責任の半分はビクターにあるんじゃ……。


「それより、当り?」


 言い出しても詮無いことなので無視を決め込み、ステラとイザベルに真相を促す。すると侍女長は言葉を選びながらも肯定した。


「シザリアの代官はたしかにご結婚されていませんね。その、ご自分でもかなり着飾る方ですが、さすがに負債を負う程ではないかと」


 つまりそういうことだ。

 なぜそんな輩が代官を解任されないのかというと、その権限が家宰へと委任できない類のものであるからに他ならない。

 我が家に限らず、王都で仕事を持っている貴族は領地にかかりきりにはなれない。なので多くの権限は家宰に委託できるよう制度が敷かれている。それでも当主にしか裁可できない内容もあるのだ。これもその1つ。公的な書類を必要とするだけに、伯爵とビクターの密約も代官にはノータッチである。


「あとは奴隷の売買……この奴隷は?」


 ユーレントハイム王国じゃ奴隷そのものは合法だ。持っている奴隷をどう扱うかにも制限はなく、奴隷狩りだけが禁止されている。つまり奴隷の売買を行っているだけじゃその人物の好悪はわからない。


「さすがに合法かどうかまでは」


「分かってたら放置しない、か」


 違法行為の証拠があればいくら家宰の権限で解任できなくても対処できる。逮捕してしまえば自動的に罷免されるんだから当然だ。そうでなくても裏で脅して辞任させるくらい、ビクターなら平然とやってのけるだろう。なにせ袂を別ったとはいえ主家の屋敷に間者を堂々と送りつける男だし。


「つまり決定的な証拠があれば……」


「あの、お嬢様?」


 不穏なつぶやきを捉えたイザベルがまた眉根を寄せる。


「ん、大丈夫。なんとかなる」


 誤魔化すように俺は笑った。


 ~★~


 オルクス伯爵領第二の都市シザリアは規模で言うと領都ケイサルと同じくらいの街だ。これはケイサルが伯爵領の領都としては小さい部類だからなのだが、とにかく2つの街は構造も景観もよく似ている。ただ1つだけ決定的な違いがある。スラムだ。

 ケイサルは近くにダンジョンが多く、冒険者の需要が大きいために浮浪者が少ない。しかしシザリアはダンジョンもなく、農業とわずかな工業だけじゃ住民全てが職に就くことができない。職にあぶれた者は浮浪者となり、街の外周部にスラムを形成して住み着いていた。

 さて、そんなシザリアを治める代官の屋敷は、やはりというべきか、ケイサルなら伯爵家の屋敷があるのと同じ位置にある。大通りには煌びやかな店も軒を連ねていて、外周部の暗い雰囲気とはかけ離れた繁栄を見せている。中心部だけなら領主に見捨てられたケイサルよりも派手派手しく賑わっているかもしれない。


「到着しました」


 しばらく大通りを進んだ馬車はやがて停車し、外からバリトンの渋い声がかけられる。それは我が家の騎士長であり今回の旅の警備責任者でもあるトニーのものだ。イザベルが軽く内側からノックして準備が整っていることを伝えれば、がちゃりと音を立てて扉は開かれる。クマのような体躯を鎧で包んだ騎士が音もなく手を差し伸べていた。


「ありがとうございます」


 まずはイザベルがその手を取って下車し、続いてステラとエレナが同様にして降りる。最後に俺が大きな手に自分の手を預けて下車すれば、そこはもう代官の屋敷前だ。トニーの他に女騎士リベラ、屋敷の侍女と執事が数名、それに約束通り護衛の依頼を受けてもらった「夜明けの風」の面々が俺を待っていた。


「ようこそおいでくださいました、アクセラお嬢様!私めは代官を務めておりますボノスと申します!」


 でっぷりと太った白いオーク……にしか見えない男が、今にも自分の肉で窒息しそうな声で挨拶を述べる。本人曰くシザリアの代官だそうだ。高級なシルクの上着をパンパンに膨らませて笑いかけてくる彼の顔からは、しかし思っていたような陰険な気配はしない。

 ビクターの書類から感じたほどロクデナシじゃない?


「ん、一晩だけだけどよろしく」


「さあさあ、どうぞ我が屋敷へお入りください!長旅でお疲れでしょう!」


「……」


 代官が身を引いて指し示した屋敷を見て俺は一瞬停止した。頑丈な石を土台にした、壁も柱もレンガ色の古くも味わいある邸宅……その成れの果てがそこにはあった。


「この改装は……」


「おお、気に入っていただけましたか!これはすべて私めが手を加えたのです!」


 いぶし銀のようなデザインの代官屋敷に後付けで設置された、黄金一色の彫刻と装飾の数々。それは屋敷そのものの美しさを破壊し尽すだけに足らず、夕日を反射して周囲の建物にまで爛々とした輝きを叩きつけていた。前世から質素な家や内装を好む傾向にあった俺には受け入れがたい無残な改装だ。もはや建造物に対する死刑といっても過言じゃない。


「さあ、中へどうぞ。もう日が暮れてしまいます!建物なら明日また明るいうちにご覧になればよろしいではありませんか!」


 言葉からは日暮れに客人を外で立たせておくことに対する申し訳なさと、初めての馬車旅で疲れているだろう俺への気遣いしか感じられない。

 なのにどうしてだろう、まったく好印象を抱けないんだが……。

 俺はただ明日の出発が未明の内であることに感謝しつつ頷く。


「段差にお気を付けください、古い屋敷ですから!」


 太りすぎて背中まで丸みを帯びた代官の後について屋敷に入ると、そこは外層と同じく品の良さを踏みつぶし蹂躙しつくす下品な調度にまみれた空間だった。廊下には黄金と白銀の置物が一定間隔で鎮座し、ギラつく明かりの魔導具から光を得て攻撃的なほどの反射を見せている。断言しよう、ここに5分いたら頭痛をおこす。


「……」


「どうです、この絵など素晴らしいでしょう!」


 どこからそんな自信が沸いてくるのかというくらい堂々と胸を張って代官は壁の絵を指示す。それは実に金持ち受けしそうなコッテリした肖像画だ。代官本人ではなく美しい顔の女性なので、彼が貢いでいる女性かあるいはどこかの劇団の女優か……。


「ん……」


 すっかり疲れ切った声を返して先を促すと、彼は心底残念そうな顔になってから俺たちを部屋へと案内してくれた。俺は大きな客間、エレナとイザベルは隣の小客間、それ以外の使用人は男女別に大部屋だ。


「では、夕食の支度が整いましたらお呼びします!」


 それだけ言って彼はどこかへ去っていった。始終俺が疲れていないか気にしていたので、彼なりに気を使ってくれたのかもしれない。とはいえ俺が疲れた最大の理由はこの屋敷から放たれるキンピカ光線なのだが。


「でも、思ってたより普通だった」


「そうかな……?」


 部屋でぽつりとこぼせばエレナが苦笑を浮かべる。たしかに外見はオークと見まがうほどだし、芸術センスはカラスかなにかのようだ。ビクターが使い込みを示唆しているくらいだから実際汚職もしているのだと思う。ただ経験的にあれが下劣極まるタイプの人間でないことは察しが付く。言ってしまえば小物だ。


「エレナ、イザベルの手伝いは?」


「え、でもアクセラちゃん1人になっちゃうよ?」


 首をかしげるエレナ。その蜂蜜色の髪をそっと撫でて微笑む。屋敷の中や冒険の間ならいざ知らず、彼女たち侍女は主である俺が起きている間は誰かしらがそばに控えていないといけないのだ。


「晩御飯まで少し寝る」


「アクセラちゃんも馬車で疲れたの?も、もしかしてまた変な眠気!?」


「安心して、普通に眠いだけ」


 どちらかという馬車旅で疲れたが正解。普段の運動と違う筋肉が使われるのでまだ幼い体には結構クる。それ以上に今晩の悪だくみに向けて体力を温存したいのもある。


「行っておいで」


 次の街までは間に1泊野宿をはさまないといけないので、今イザベルをはじめとする侍女たちはこの町での補給に奔走しているはずだ。エレナも冒険者として最低限体を鍛えているので、子供ながらに戦力にはなる。


「わかった、じゃあ行ってくるね」


 素直に頷いて小走りに去っていく妹を見送り、俺もさっさと寝室へ引っ込んだ。着ていたドレスを脱いで、運び入れてもらったケースからパジャマを出して身に着ける。本当は寝間着の仕度などもエレナがしないといけないのだが、まだそこまでは気が回らないようだ。


「ん、寝よ」


 代官の使用人が整えておいてくれたベッドにもぐりこんで目を閉じる。ベッドの感触は伯爵家のそれよりやわらかく、まるで雲に包まれるような心地だ。

 これ絶対腰痛くなるやつだ。柔らかければいいってもんじゃない……。

 どうせ夕飯までの仮眠だからと、俺は不平をこぼしながらも意識を手放した。


 ~★~


 仮眠から目覚めた後、豪勢な夕飯とカラスの趣味話をたらふく頂いて風呂も済ませた俺は部屋にいた。風呂上りに着たワンピースドレスからもう一度、今度は冒険者装束に着替えるために。なんとも衣装替えの多い一日だ。


「ほんとうに鎧も刀もいいの?」


「エレナ、ダンジョンにいくわけじゃない」


 心配そうに革鎧と紅兎に目を向ける少女の頭をなでる。屋内で潜入捜査をするのに刀は正直邪魔だ。武器はズボンの上から太ももにナイフを、ベルトにレメナ爺さんからもらった杖をそれぞれつけている。

 これで十分。


「ちょっと行ってくる」


「むぅ……ほんとに1人で?」


 これから何をするかはもう話してある。ついて来ることができないというのも彼女は理解している。エレナの隠密系スキルはまだあまり高くない。

 それでも言わずにいられないのはずっと一緒だった弊害だろうか。それとも冒険者として危険は共にするという相棒意識が育ってきたのか。どちらにせよ物理的に無理なことは無理なのでもう一度頭を撫でてあげた。


「すぐそれで誤魔化す」


 拗ねたように口では言いつつ彼女の頬は緩んでいた。

 好きなくせに。


「もし代官が来ても追い返して」


「うん、もう寝てるって伝えるね」


 こういうときに寝る時間の早い子供の立場は便利だ。


「ん、行ってくる」


『完全隠蔽』を発動させて姿以外のあらゆる情報を消し去る。これで音も匂いも気配も全て感知されなくなった。


「相変わらずすごいよね、それ」


 姿は見えているのにそれ以外の情報がなにもない、まるで幻覚のような俺にエレナはそうつぶやいた。この不思議なスキルは彼女の好奇心を大いに刺激し、小さい頃は何度となく実験に付き合わされたものだ。一度は本当に幻覚なんじゃないかと魔法を叩き込まれたことも……あれは酷かった。


「貫き通せ、曲がらぬものよ。我を知らずに進みゆけ。引き止むもののないままに、我が身と汝は交わらぬ。光の原理は我が手に依らん」


 光魔法中級・インビジブル

 光の性質を科学的に理解し、それを魔法によって改変する。エクセララでも使い手の少なさからあまり知られていない光学隠蔽の魔法だ。傍から見れば俺の姿が部屋の風景に溶け込むように消えてなくなったはずだ。


「おぉ」


 きらきらと目を輝かせたエレナが俺のことをじっくりと眺めてくるが、彼女の目にこちらの姿は映っていない。『完全隠蔽』を使っている以上魔眼を通しても視認はできないだろう。それでも目を凝らして俺を探す姿は愛らしいが、魔法も永続するわけじゃない。


「じゃあね」


 聞こえていないのは百も承知で声をかけ、部屋の扉をそっと開く。廊下に誰もいないことを確認してからゆっくり外へ出る。インビジブルをかけると自分の手足も見えなくなるので、意識しないと思いもしない何かや誰かに触れてしまうかもしれない。

 たしか執務室は……こっち。

 夕食の時にそれとなく聞いておいた場所へ足を進める。同時に『気配察知』で周囲の部屋にどれだけの人がいるのかを探る。俺の部屋の周りには連れてきた屋敷の使用人たちと「夜明けの風」の面々の反応だけ。

 更に進むと人の気配が一時的に途絶え、そのまま執務室の前にたどり着いてしまった。この屋敷では執務室と寝室がかなり離れているのか、代官の気配すらない。周りの部屋にも人がいないので今日の業務は全て終わっているとみていいだろう。

 ガチャ……。

 試しにドアノブを回してみるとすんなり扉は開く。ビクターの執務室には物理的な鍵以外にもレメナ爺さん謹製の魔術錠がかかっているというのに、えらく不用心なことだ。


「……」


 中は悪趣味な彫像が置かれている以外、普通の執務室だ。暗闇の中に滑り込んで扉を閉め、『暗視眼』を発動させて薄緑の視界を確保する。灰狼君との戦闘前に獲得した『暗視眼』は日常生活に細かい不都合を生じさせるかと思われたが、獲得したとき以外は自動で発動することはなかった。もしこれでパッシブスキルだったら今後夜景も雰囲気のある暗がりもすべて台無しになるところだ。


「まずは」


 誰にも聞こえない安心感から独り言をつぶやきながら、大本命の執務机にとりかかる。今回探すのは代官を逮捕するため、あるいはビクターが恐喝するために必要な証拠。具体的には個人的な負債以外に都市の財政を圧迫しているとわかる決裁書、あるいは度を超えた癒着や資質を問われるような行いを証明できる書類などだ。


「机の鍵は……かけてる」


 執務室の扉に鍵も掛けない輩のくせに。

 毒づきながら焦らずにベルトのポーチからあるものを取り出す。それは10本ほどの金属の棒の束で、先端がそれぞれ違った形をしている。いわゆる鍵開け道具だ。トーザックに頼んで旅の前に買ってもらった。


「んっと」


 見た目から鍵の種類だけ特定して最適な棒を差し込む。かれこれ体感時間で10年ぶりとなるピッキングに集中力を傾け、指先の感覚と耳に届く金属音を分析する。

 最後に鍵開けをしたのは死ぬしばらく前、奥義の書を仕舞ったときだったっけ。うっかり入れ間違えたまま鍵を閉めてしまい、慌てて特注の超難解な鍵を自分で開錠する羽目になったんだ。

 カチッ。


「開いた」


 あのときの魔法と物理を高度に織り交ぜた錠前に比べれば児戯に等しい。

 引き出しを開けて中の書類を取り出す。羊皮紙に書かれた内容は作物の出来高にそこからの税収。作物の価格は分からないので税収と収益の数字だけ頭に叩き込み、支出と残りの資金についての資料を探す。


「……早速」


 目当ての資料はそのまま収益の資料の下にあった。ビクターなら安全面と分類の観点から絶対に分けて保管するだろう書類だというのに。あげくその数字がしっかり食い違っているのだ。

 秒速ノックダウンもいいところだよ、額小さいけど。

 誤差と主張するには無理があるが、横領と糾弾する気は削がれるような微妙な金額の食い違いだ。


「はぁ」


 あまりに拍子抜けなのでもう1つの引き出しも開けて漁る。収入と支出の食い違い以外にも重大な証拠があるかもしれない。そう思っていると、2つめの引き出しからは領収書が出てきた。半分ほどは屋敷の諸経費についてだが、残りは例の宝飾店や服屋のものと思われる。


「取っとくな!」


 思わず大声でツッコミを入れてしまい、慌てて『気配察知』と直観を併せて周囲を探る。もしすべてが罠で今この瞬間突入でもされたら、なかなか面倒なことになる。『完全隠蔽』とインビジブルの組み合わせも最強じゃない。物理的に接触してしまえば察知されるし狭い部屋の中じゃ逃げ場もない。

 とはいえそんな様子もなく、何の気配も音も感じ取れないまま数十秒が経過する。あるいは俺と同格の隠蔽系スキルを持っているのかもしれないが、そこまでの人材を集められるほどこの代官に力があるとはどうしても思えなかった。


「よし」


 他の引き出しと棚を開いて中を検めた俺はそれ以上めぼしいものがないのを確認し、触った物全てを元の位置に戻して鍵をかけなおす。少なくとも今探った限り、ここの代官は想像以上の小物だ。わざわざ他の家から探られるリスクを冒してまで挿げ替えるほどの巨悪じゃない。

 最終的な判断を下すのはビクターなので、見つけた資料はリストにして明日屋敷に送ることになる。ただ一筆、穏便にと書き添えるくらいはしてやってもいい。最後に1つだけチェックしたあとでなら。

 捜索の過程で動かした椅子やペンまで元通りの場所に置きなおしたことを再度確かめ、入ってきたのと同じ扉からそっと出る。

 そういえば、あらゆるものを元に戻しておきながら、どこか一か所だけ変えておくのが怪盗の美学だ!なんて言っていた奴がいたな……。

 もちろん怪盗でない以上はそんな署名行動なんてしない。


「とりあえずこっちから」


 廊下を『気配察知』でクリアリングしながら来た道とは逆へ足を勧める。今度は直観も併用して人の気配だけでなく、隠し扉がないかも探りながらだ。行き先はとりあえず代官の寝室。探しているのは奴隷に関する部屋。


「……!」


 寝室のある廊下の端まで来たとき、正面から気配がした。俺はそのまま足を止めて壁側に1歩ずれる。まだインビジブルの効果時間は切れていないし『完全隠蔽』も正しく作動している。下手に慌てず壁に寄って黙っているのが最善だ。


「あー、ヒック……少し飲み過ぎたなぁ、ヒック」


 廊下の向こうから姿を現したのは金と銀に光るオーク……じゃなくて代官だ。彫刻からの照り返しが不健康な白い肌とタオル生地のバスローブに映ってメタリックな有様に見えただけだ。


「ふぅ、アクセラ様も満足してくださったし、ヒック、今日は久しぶりに楽しむとするかぁ、ヒック」


 食事の時に上機嫌にしゃべりながらかなりのペースでワインをあけていたが、特にうわばみではないらしい。真っ赤な顔にいやらしい笑みを浮かべて代官は廊下をこちらに歩いて来る。

 楽しむ……奴隷はそういう目的で買ってるわけか。悪いとは言わないが、どんな扱いをしているのか見させてもらおう。


「んー?なんか今動いたような……」


「!?」


 寝室の扉の前で代官がこちらを見た。

 いや、まてまて、インビジブルは解けてないぞ!魔眼でも見えないはずなのに、どうして……。


「飲みすぎたかなぁ、ヒック。酒の後にはこの彫刻、ちょっと眩しいんだよなぁ」


 ひとりでに納得して代官は扉に視線を移動させた。同時に俺は納得する。廊下は様々な形の彫刻が滅多やたらに光を反射している。インビジブルは優秀な魔法だが、四方八方から不自然に投射される金と銀の光を完ぺきに処理しきれなかったのだ。きっと向こうから見たら少しだけ不自然に反射光が歪んででもいたんだろう。

 意外な欠点が知れたからいいか……て、自分でも眩しいと思ってるなら置くな!

 心の中で代官を怒鳴る。


「ヒック、さーて、待たせたねぇ!」


 そんなことは露知らぬ彼は突然猫なで声を上げ、自らの寝室の扉を高らかに開け放った。

 そうだ、確認しないと。

 また違和感を抱かれても困るので視界に入らないよう気を付けて走り寄る。代官が千鳥足で部屋の中に走っていく。扉を閉めるという発想はないのか、金ピカのそれは開けっ広げなままだ。


「遅いですよぉ、パパぁ!」


「待ちくたびれて寝ちゃいそうだったよぉ!」


「あー、悪かったよ、私のかわいい小悪魔たち!」


「……」


 甘ったるい響きの声が2つ。部屋を覗き込んだ俺の目にまず見えたのは、バスローブを脱ぎ捨ててキングサイズのベッドに飛び込む代官のケツ。そしてベッドの両側で淫靡な笑みを浮かべる小柄な人物。


「パパぁ、ロカ新しいお洋服ほしいなぁ」


「あ、ボクもぉ」


「ああ、いいともいいとも!」


「…………」


 素っ裸の代官の腕に抱きついておねだりをするその2人は、見るからに高級な仕立ての、同時に二度見しそうなほど際どいランジェリーに身を包んでいた。


「でもその前に……」


「パパの変態さぁん!」


「お前たちだって好きだろう?ヒック」


「………………」


 だが、男だ。

 そう、男だ。

 声変わり前なのかただ声が高いだけなのか、とにかく中世的な体形の少年が2人、女性モノの高級下着を纏って裸のオークと戯れている。


「それとも今晩はダメなのかい?」


 わざとらしくしょげたような声を出す白オーク。


「ふふ、イ・イ・よ」


 蠱惑的な動作で微笑む少年たち。3人の唇が近づき……


 バタン!


 俺は扉を閉じた。潜入が発覚するよりも恐ろしい光景のシャットアウトを優先して。


「!」


 そのまま両足に魔力を流し、加速の魔術を発動させて一気に走る。背後で扉が開く音が聞こえたときには、もう曲がり角を超えていた。それでも一切減速することなく廊下を駆け抜け、自室に転がりこむ。


「え!?あ、アクセラちゃんなの……きゃぁ!!」


 後ろ手に扉を閉めてエレナに抱きつく。


「え、え……え!?」


 オークの猫なで声に始まり、オークのケツ、魔性の少年たち、そして今から始まるところだった退廃の宴。俺が探していたのはそういうアレな証拠じゃない。


「目と耳が穢れた……」


 脳内の汚い記憶を消去するため大きく深呼吸する。嗅ぎなれたエレナの香りが胸を満たした。石鹸とわずかに甘い体臭が混じった落ち着く匂いだ。それでも焼き付いた諸々は消えてくれない。


「う、うぅ……」


「あの、とりあえず透明止めない……?」


 困惑する彼女の声でようやく思い出した。そういえばインビジブル解いてなかったんだっけ。


一応触れておくと、基本的に小説内のキャラクターの言動や主義主張は作者のそれと全く関係ないので。

最近いろいろ喧しい時代ですので、念のためね。


~予告~

割と自然にスキンシップの多いアクセラ。

はたして姉妹らしい気安さなのか、それとも・・・。

次回、10歳。


エレナ 「・・・ぽっ」

ジン 「墨頭・・・色を知る年か!!」

アクセラ 「色々言いたいけど、次回予告初登場がそれでいいのジン!?」

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