表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/367

三章 第25話 後始末

 屋敷へと帰ってきてから一晩、俺とエレナはビクターたちに頭を下げた。というのも結局2人で話し合ったあと、いろいろおしゃべりをしているうちに俺たちは眠ってしまったのだ。すっかり待ちぼうけになった彼らは、大変だったから仕方ないと言って許してくれた。

 そのあと、屋敷の首脳陣から事情聴取を受けた。昨日のうちに覚悟を決めていた俺はほとんど包み隠さず話した。今回の事件の発端が薬物事件の怨恨であったことや、Dランク冒険者2名はあくまで実行犯であること、裏にもっと社会的ステータスのある人物が絡んでいるらしいこと、シュリルソーンメイジの変異種と遭遇戦になったこと、落下した地下遺跡に魔獣がいて戦闘になったこと……そして俺が使徒であることまで。


「そうか……使徒、それも第一使徒だというなら合点がいく部分も多いね」


 ビクターは驚愕よりも納得の方が勝った声音で頷いた。


「トレイス様がなぜ加護を得られたのか不思議だったけど、使徒の近親者なら神様が特別に配慮してくださるのも頷ける。それに1ケタ代の使徒は他に比べてとてつもないポテンシャルを秘めるとも言われているからね、お嬢様のちょっと度を越した優秀さもまあ、理解できなくはない」


 使徒補正込でも理解できなくはないと言われるほど俺は逸脱してるか?……いや、してる。

 俺は剣と魔法を実践レベルで使える。普通、魔法の才能に恵まれた貴族の子女でも15歳で1属性の中級魔法が使えれば将来有望だとチヤホヤされるのに、俺は3属性を一部の最上級まで使える。あげく商会にアイデアを卸し、冒険者として活動し、麻薬組織の検挙に一役買って、魔獣まで討伐した。

 何を言ってるのかわかんないくらいに常識を振り切っていることは明白だ。


「エレナは?」


 ふと気になって尋ねる。彼女はある意味俺より際どい才能を発揮しているじゃないか。なにせ魔法の適正が6つでそれぞれ中級以上だ。光と闇属性の使いどころが少ないことを考えるとほぼ全属性と言ってもいい。

 俺が常識を逸脱しているならエレナはどうなる。


「まあ……我が子が天才で鼻が高いよ」


 そっと目をそらす家宰。


「えへへ、ほめられちゃった。でも父さま、天才は言い過ぎだよ?」


 素直に嬉しそうな笑みを浮かべるエレナ。


「……時々エレナの価値観のズレは心配になるね」


 ビクターはなんとも言いがたい表情でそう呟いた。15歳で1属性中級が才能の指標。単純に言えばエレナは9歳にしてその6倍の才能を示しているのだ。これが天才でなくてなんなのか……俺にも表現が思いつかない。

 このまま行けばエレナの常識は自分とその周囲を前提に確立されてしまう。それは「夜明けの風」の剣士マレクと同じ、天然嫌味キャラになりかねないということでもあった。

 早く何とかした方がいいな。エレナのためにも、俺自身の精神的な安寧のためにも。


「それにしても、西の砂漠の神エクセル様か」


 ビクターは逸れだした話題を戻し、しみじみとその名を口にした。

「魔の森」と大砂漠という二重の障害で隔てられたエクセララとユーレントハイム。その距離以上に遠い両国の関係は心の遠さでもある。エクセルという異邦の神はこの国の人間からすると、便利な技術を広める反面よくわからない思想も広めようとする存在でもある。それはつまり支配者にとって都合の悪い存在だ。多様な考え方はそれだけ民を掌握しにくくするし、特に技術神の教えとその背景は旧体制で支配を続けるこの国の上層部には嬉しくないものだろう。


「どこまで神々はお見通しでお嬢様を遣わされたのでしょうね……」


 少し沈んだ表情でラナがそう呟いた。それは俺にむけた言葉ではなく、ただ自身にかけているだけに見えた。


「?」


「いえ……そうですね、近いうちにお話しますから」


 今は、と言葉を濁すラナ。言わないなら聞かない。俺はそう決めている。ただ1つ言えるのは、申し訳ないけど神々は全く何も見通していないウッカリ者の集まりだと言うことだ。

 いや、こればっかりは本当に申し訳ない。


「まあ彼の神のおかげで我々はトレイス様もお嬢様もエレナも、誰1人失わずに済んだんだ。今後ともしっかりと祈りを捧げさせていただこう」


 いつの間にか屋敷の中じゃエクセル信仰が浸透しつつあるようだ。小さくとも信仰の輪が広がるのは目的通りなので嬉しい。


「さて、今後どうするかを話し合わないといけないわけだけど、お嬢様はどうしたい?」


「私が決めていいの?」


「使徒の身の振り方は神々と本人しか決められないからね。ただ1つこちらから言うことがあるとすれば、お嬢様はこの家を継ぐことはできない」


「え、アクセラちゃん出て行っちゃうの!?」


 その言葉に俺が頷くより早く、エレナが椅子を蹴立てて叫ぶ。


「ああ、ちがうよ、エレナ。お嬢様は好きなだけこの屋敷に居ていいし、ここはずっとお嬢様にとっては実家だ」


「なんだ……びっくりした」


 早とちりだったと気づいた彼女は頬を赤くして席につく。


「ただね、使徒を政治に関わらせるのは聖王国からのお触れで禁止されてるんだ。だから貴族家としてのオルクス家を継ぐことはできない。必然的にトレイス様が継ぐことになるだろうね。それに貴族の血筋にとっては結婚も政治的な意味を持つから、将来お嬢様が貴族の誰かと添い遂げようと思ったら相手も貴族の位を捨てなければいけない。まあ、当分先の話だけど」


 この世界で神の言葉は絶対とまでいかないが、かなり重い。背いても構わないが、背かない方が得は多い。だからこそ神々の意図でもって動く使徒は政治の場から遠ざけられている。神と国の橋渡しは教会の仕事だ。


「それで、お嬢様はどうしたい?」


「ん……」


 いつかはここを旅立ってこの国、ひいては世界中を放浪することになるだろう。技術を広め、奴隷制度をなくし、ブランクの社会的地位を上げるために。とはいえそれはゆくゆくの話。当分は普通に暮らすつもりでいる。


「とりあえず学院には行く」


「それはいいアイデアだね。学院で得られるコネはお嬢様がどう生きていくつもりでも大いに役立つはずだ」


「あと使徒のことはできるだけ知られたくない」


「それも賢明だね。エクセル神はまだこの国では知らない者が多い。私の知る限りでもかなり特異な教えを持っておられる神様だし、大々的に動くまでは伏せておくのがいいだろう」


「どこには教えてもいいと思う?」


 俺の質問にビクターは少し試案し、指を3つ立てた。


「まずは教会。ただし国と密接に繋がりのある王都の国教会はナシだ。レグムント領の大教会を通して聖王国の信頼できる筋に話だけ通してもらおう」


 ミアを祀る創世教会は北限の土地、ガイラテイン聖王国に総本山を構えている。系統としてはその下に国教会、大教会、地方教会となるのだが、実は聖職者の身分と所属する教会の格は全く関係がない。総本山にいる司祭と大教会にいる司教なら後者の方が偉いのだ。なので大教会の責任者ともなれば直属の組織である国教会を迂回して総本山に連絡を入れることも可能となる。


「レグムント領の大教会を束ねるのは君たちの祝福式をしてくださったエベレア司教だ。自分が手ずから祝福を与えた、それも第一使徒のお願いなら二つ返事で受けてくださるはずだよ」


 3歳の祝福式を執り行ってくれたエベレア司教は、俺の記憶にも鮮明に焼き付いている。非常によくしゃべる恰幅のいい女性で、今でも毎年誕生日に手紙とプレゼントを2人分贈ってくれる。実の親より親に近いかもしれない。もちろん俺もエレナも彼女の人柄は信頼している。


「もう1つはギルド。学院に使徒であることを隠して行くならギルドの支援があった方が都合がいい。とはいえ王都のギルドマスターがどういう人物かわからないからね、マザー・ドウェイラに話を通すのがいいかな」


「ん」


 マザー・ドウェイラは信用にたる人物だと俺も思う。彼女に事情を伝えてバックに着いてもらえればそれは心強いことだ。


「そして最後はカルナール財団」


 意外な名前が出た。


「カルナール百科事典の?」


「そう、そのカルナール財団」


 400年前に賢者カルナールによって創設された知識の集約と賢者の管理を行う非営利組織。賢者にのみ開示される情報なども扱っていて、各教会やギルドとも提携している超国家組織でもある。


「実はあまり知られていないことだけど、使徒は賢者と同じ権利を財団に認められているんだ」


「え!?」


 ということは、ということはだよ……ということはつまり!


「知識の斜塔に入れる!?」


「え、ほんとに!?」


 今度は2人揃って椅子を蹴立てた。


「う、うん……お嬢様もエレナも、ちょっと落ち着いて」


「……ん」


「……むぅ」


 知識の斜塔は今レメナ爺さんが赴いている場所で、賢者にしか開示されない情報を集めているカルナール財団の支部だ。前世の頃から行って見たかった場所なのだ。


「知識の斜塔へ入る権利や、発表されている物であれば最新の研究結果も開示されるよ。特にエクセル神の使徒であるお嬢様には特別待遇がつくかもしれないしね」


「?」


 なぜ俺の使徒だと待遇が良くなるのだろう。ピンとこなくて首をかしげる。


「ほら、エクセル神は技術の神様だろう?けどエクセララは国家だ。ある程度自分たちの優位を守るために最新の技術は秘匿してると思うんだ。だから広く布教するのが目的のお嬢様は、知識の普及を目指すカルナール財団と手を組んだほうがいいと思う。まあ、私の知識はトレイス様の件があって調べたものだから、ちょっと時代遅れの情報かもしれないけど」


 悲しいかな、古巣より財団の方が俺の目的には合致しているようだ。とはいえそれも仕方がないことと言えばその通り。エクセララだって国防のために優位性は残さなければいけない。


「ん、わかった。じゃあその3か所に連絡をする」


「マザーは今晩来るからいいとして、教会と財団には私の方から手紙をしたためておくよ」


「ありがと」


「これくらいはしないとね。貴族家を継がないとしてもお嬢様は私たちにとって大切なお嬢様だから」


 そう言ったビクターの眼差しはとても暖かく、見ればラナも同じような表情で俺を見ていた。

 そうか、ここが俺の家なんだ。

 ふとそんな、考えてみれば当たり前のことを思う。

 そう、ここが俺の家で、彼等が俺の家族なのだ。だから家は継げないとしても、彼等に胸を張ってもらえるように生きて行きたい。今生ではできるだけ後ろ暗いことはしたくないな。


 ビクターとの打ち合わせの後、夕飯まで時間があったので俺はいくつか確認作業を済ませた。自分の現ステータスやスキル、それからトレイスの体に現れているはずの加護の紋章について。

 まずステータス。これは案の定跳ね上がっていた。前世の最終ステータスからどうやってか算出したボーナス値が加算されたらしい。成人男性くらいだった能力が今じゃ正規騎士くらいになっているんじゃなかろうか。

 次にスキル。こっちも大分変動した。エクセルはスキルを手に入れられないブランクだったわけだが、その実績はこの体に引き継がれたことでスキルとして解放されたのだ。主に補正系とこまごまとした小技のスキルが多いあたり、自分の戦い方がよくわかる。

 ただエクセルに由来しない変化が少しだけあった。称号に追加された『討伐:灰狼君』とその内包スキル『獣歩』だ。


『討伐:灰狼君』:8級魔獣ペインを討伐した者の証。脚力上昇、『獣歩』


『獣歩』:脚力を活かして三次元的に移動する獣たちの歩法。脚力上昇


 8級魔獣ということはかなり血が薄まっている世代。とはいえ短いながら固有名を持ち、炎を操る能力や爪の一撃が異常に痛かったので激痛の呪いもあったのかもしれない。ちゃんと高い身体能力を使いこなせていればもっと手強かったはずだ。ともあれ無事討伐できて、しかもこんな願ったり叶ったりのスキルを残してくれたのだからありがたい限り。

 最後にトレイスの紋章だが、左の脇腹に刻まれていた。ただし刀、鎚、稲の向きが正しい形とは真逆になっていた。つまり切っ先は上を向き、金槌と稲穂の頭は下になる。おそらく加護が対象とする時間を逆にしてあるからだろう。

 こうなってくると、紋章は個別に変化するのだろうかという疑問がわいてくる。



 ~★~


 夕方、マザー・ドウェイラが屋敷にやってきた。俺たちの無事な様子を見て小さく破顔したその女丈夫は、簡単に招待への礼を述べて食卓に着いた。形式としては家族の団欒に招かれたという形なので、俺たち子供組だけでなくビクターとラナも席について一緒に食事をとった。意外と小心者なところのあるイザベルは別室に逃げ込んだ。

 そして晩餐が終わった後、俺たちは談話室へと場所を移した。情報共有と今後の捜査方針、捜査の管轄や賞罰について話し合うために。無関係なトレイスはエレナとラナに連れられて寝室に行ってしまったので参加者は俺とビクター、マザー・ドウェイラのみだ。


「まずはギルドマスターとして謝罪させてもらう。ワタシの管理下にある冒険者たちがこの誘拐事件に関わったこと、大変に済まなかった」


 全員が席に着くなりマザーは立ち上がって腰を折った。ギルマスとしてのケジメ、ということだろうか。


「冒険者の質をキープすることは確かにギルドの仕事だが、どうしようもない奴というのはいるものだ。ね、お嬢様」


「ん、馬鹿が湧くのは仕方ない」


 家宰として少し硬い言葉で慰めるビクターに同意する。BランクやAランクの冒険者が違法行為に携わっていたとあれば大ごとだが、Dランク程度だとよくある話だし。


「そう言ってもらえると助かるよ」


 少しほっとした様子で椅子に座り直すマザー。信用の問題は大事にならなさそうだと分ってさすがの女傑も気が緩んだらしい。とはいえ本人たちが死んでしまっているので慰謝料は全額ギルドが負担するのだ、楽な話じゃない。


「さて、先にこっちが半日調べて分ったことを報告させてもらうとしようかい」


「よろしくお願いするよ、ギルマス」


 ビクターに促されてマザーは俺たちの救出から今までに調べられたことを教えてくれた。


「地下の穴だけどね、あれはダンジョンじゃなくてただの遺跡だってことがわかったよ。年代はまだはっきりしないんだけどね、おそらくディストハイム帝国の初期かそれより以前だろうとウチの連中は言ってる。詳しくは財団の連中を呼ばないと分らないね」


 カルナール財団は国から各地の遺跡調査も請け負っている。知識の蓄積があるのでどの国でも委託して調べた方が安上がりで確実と判断されるのだ。


「地下への穴が開いた原因のほうは簡単さね。報告通りシュリルソーンメイジ変異種のパーツを見つけた」


「人が乗って戦っても崩れない程度には厚かったのだろう?その魔物はそこまで強力な物なのか?」


「災いの果樹園」はEランクダンジョン。出現する魔物は高くてDランク。Dランク魔物にそんな芸当ができるとはとても思えない。ビクターの言葉にはそんな疑問が含まれていた。


「だからこその変異種さね。変異種ってのは本来その魔物が蓄えられる以上の魔力を蓄えちまった奴でね、とにかく凶暴で規格外の能力を持ってるのさ。今回で言うなら自滅をも厭わない魔法攻撃だったようだ」


 自らのコアを破壊してまで出力を底上げした魔法攻撃。普通の魔物なら考えられないこんな行動も変異種ならやる。魔物として、生物としての安定性に欠けるのだ。


「地下も詳しい調査はまだだが、なかなか面白い物をみつけたよ」


「面白いものというと?」


「まあ、娘がえらい目にあったオマエには面白くもないかもしれないがね。封獣の祠ってわかるかい?」


「魔獣を封じ込めるために作られた魔法道具だな?相当古い時代のアーティファクトだと聞く。実物は見たことがないが……まさか?」


「そう、そのまさかさね。あの地下はどうもかつて魔獣を祠に封印した土地らしい。その封印の一部に傷が入ってて、それで解けちまったようだね」


 デリケートな封印についていたのは小石でひっかいたような傷だったと聞いて、俺はふとある光景を思いだした。地下にいたとき、俺たちを買おうとしていた変態紳士が苛立ち紛れに小石を蹴飛ばしたシーンだ。

 たしかほどなく魔獣に襲われた気がする……いや、まさかね?


「魔獣は神殿の指標で言うなら8級、そこそこ鍛えたBランク冒険者が1パーティーいれば倒せるシロモノと言われているやつさ」


「ギルドマスター、その件だが……」


「わかってる、わかってるよ」


 ビクターが何かを言いかけるとマザーが手をパタパタと振って頷いた。


「あんまり大事にならないよう報告は誤魔化しておくよ。とりあえずそっちの事情を聴かせてもらってからになるけどね」


 ギルドが貴族の事情に配慮して報告を多少変えることはたまにあると知ってはいた。けどまさかそれをこの目で見るとは。それもお堅いことで有名らしいマザー・ドウェイラがするところを。


「お嬢様、話しても?」


 俺が驚いているとビクターが形だけの同意を求めてくる。マザーに話をしてもいいかという確認だ。


「ん」


 どこまで伝えるかは事前に話し合ってある。といってもビクターに伝えてある範囲から考えれば伏せるところはとくにない。俺がエクセル神の使徒で、家を継がずいつか何かしらの活動を行うということ。加えてそのためにギルドでの地位は必要だが、今直ぐにではなく他の貴族家を刺激しないようにしたいということ。なので大々的に魔獣討伐の立役者としてもらっては困ることなどを語った。


「ふん、使徒ときたかい。けどまあそれなら納得もいくってもんだよ」


 マザーはビクターと同じことを言って苦笑いを浮かべる。むしろビクターより驚きが少ないかもしれない。さすがはギルドの本部を任される歴戦の強者といったところか。


「使徒と魔獣の戦いなんて、神話か英雄譚のようだね。まったく面白いことに出くわしちまったもんさ」


 それは喜んでいるのか呆れているのか分からない表情だったが、確実に面白がってはいた。それでもすぐにいつもの仏頂面に戻ってこう続ける。


「長い封印で魔獣は著しく弱っていて、Cランクパーティーでの討伐も可能なレベルだった。これが限界ってところだね、なにせ8級は強い」


 腕の立つBランクパーティーはそこそこ希少だ。強化支部のケイサルでも4パーティーもいないだろう。そんな連中と1体で対等な8級魔獣が、いくら手負いで消耗していたとしてもCランクより下のパーティーに討伐できたと報告するのは無理がある。それにあの死体は検分されることだろうから、戦闘によるもの以外に外傷はなかったとバレるはず。

 魔力や体力を消耗していたからと言い張るならそのくらいがちょうどいい落としどころかな。


「功績はアクセラ単騎ではなくエレナと捕らえた剣士の3人によるものとする。それでかなり体裁は整うはずだよ。Cランクパーティーでの討伐が可能なレベルだったと言い張るんだ、当然2人にはCランクに昇格してもらうからね」


 Cランク相当の実力を持っていたが実績不足でEランクだった、ということにするわけだ。


「EからCへの抜擢、反感を買わない?」


「そりゃあ買うさ。けどね、魔獣討伐なんて大事をやっておいてCランクへの昇格をさせないなんてことはできないんだよ。オマエたちを昇格させるよりも遥かに多くの連中から反感を覚えられかねないし、そもそもギルドとしての示しもつかない」


 一度言葉を切ったマザーは紅茶を一息に飲み干しこう続ける。


「Eランクに魔獣が討伐されたとあっちゃあ自分たちもと思う馬鹿が増えるって問題もある。それはギルドも教会も困るのさ。だからなんと言おうとCランクへの昇格は受けてもらう」


「ん、わかった」


「Cランクは試験もいらないからね、明日にでも発行して持ってこさせるよ。後で周りからごちゃごちゃ言われないようにワタシが裏書きをしてやる」


 裏書きというのはギルドマスターを始めとするギルドの有力者が冒険者のギルドカードの裏に署名することを言う。裏書きは書いた人間の名においてその冒険者の人格や技能を保証するという意味を持ち、同じランクの冒険者の中でも頭1つ抜けた評価を周りから下されることになる。裏書きの名前の人物は自分の威信と名声をそこにかけることになるので滅多な相手には発行しないものだ。


「いいの?」


「ふん、使徒のやることはほとんどの場合罪に問われないからね。よほどあくどい事をしない限りは何かやらかしても使徒だからで済むのさ。ギルドマスターとして優秀な冒険者に先んじて裏書きをしてやるのは上からも評価されるしね。メリットは大きいしデメリットは大してないんだよ、オマエが気にすることじゃないさね」


「ん、わかった」


 せっかくの好意だと受け取ることにする。ランクの急上昇も魔獣の単独討伐に比べれば全然マシな騒ぎであり、質実剛健で知られるマザー・ドウェイラのお墨付きなら貰って損があるはずもない。


「たすかるよ、ギルドマスター」


「こっちだって優秀な冒険者の保護は仕事さ。気にするんじゃないよ」


 ビクターが差し出した文官らしい華奢な手を、男女が逆じゃないかと思うほど大きい手で握りかえすマザー。続いて今回の事件の調査について伯爵家からギルドに依頼する範囲と報酬の話が始まった。ところが俺が参加させてもらえたのはそこまで。


「結果が出れば教えるから、ね?」


 ビクターにそう言われて引き下がった。なんとなく彼の背後にどす黒い気配が見えた気がするのは、優しい笑顔なのに目が笑っていないせいか。

 誰が首謀者かは知らないけど、眠れる獅子の尾を強かに踏みつけたみたいだ。

 そんなどこか他人事なことを思いながら、おとなしく獅子の尻尾(わたし)はもう片方の尻尾に会いに行くのだった。


お盆の連続更新のおかげか、更新日PVが1000を超えました!

またそのほかの日も3桁いただきまして、本当にありがとうございますm(__)m

今後もがんばって更新しますよ!!


~予告~

法に従っていては捌けない悪党。

彼らに正義を下すためなら、その男は自ら泥をかぶる。

次回、ダーティービクター


ミア 「最終的に死んでサイボーグに・・・」

アクセラ 「それは違うやつ」


※※※変更履歴※※※

2019/1/30 エクセル神の紋章変更に伴いトレイスの加護紋章の描写を修正 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ