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三章 第24話 使徒アクセラ

 救援部隊が来たのは東の果てから柔らかな光が見え始める頃。といっても魔獣を倒した1時間ほど後だ。騎士長トニーと衛兵数名、ガックスたち「夜明けの風」の面々という戦力過多な構成。

 けどまあそんなもんか、一応伯爵家の長女だし……。

 その時の認識はその程度だった。

 ガックスたちに魔獣の死体と変態の死体と剣士の死体未遂を預け、折よく目が覚めたエレナと共に屋敷に戻る。帰り着いた俺たちを待っていたのは、ビクターとラナからの窒息しそうな抱擁だった。涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃのビクターなんて始めてみた。

 当然彼からは事の経緯を尋ねられた。魔獣討伐の報せにマザー・ドウェイラが晩餐を兼ねた形式で会談を求めてきているとも。急ぎ聞きたいところを俺たちに配慮してくれているんだろう。一応の診断のためにノイゼン先生とシスター・ケニーも来るらしい。

 まったく、錚々たる面子が俺の首一つに大わらわだ……いや、それは前世も同じだっけな。

 とにかくそんなわけでビクターからは事前に話を聞きたいと言われたのだが、俺はそれに待ったをかけた。先にエレナと話をさせてほしいと、そう頼み込んだのだ。ビクターは少し考えたあと了承してくれた。


「エレナを危険な目に合わせて、ごめん」


 自室に戻る前にそう言うと、ビクターは困ったような笑顔を浮かべてこう言った。


「お嬢様だって大切な娘だよ」


 ……お人よしめ。


 ~★~


 大きな部屋。大きな天蓋付きのベッドと瀟洒なテーブルセット、大きな鏡の填まった化粧台だけが置かれたシンプルなそこは俺の寝室だ。壁際のクローゼットを除けば年頃の少女にしては殺風景。それっぽい物と言えばいつかの誕生日にもらったクマのぬいぐるみがベッドの上に乗っていることくらいだ。

 そんな部屋で俺はベッドの上に座っていた。ちょうどそのクマを膝の上にのせて、これからの事を考える。今からエレナがやってくる。そこで約束通り俺は彼女に色々と打ち明けることになるだろう。何をどこまで打ち明けるか、そもそも俺は自分のことをどれくらい理解しているのか。考えてもすぐには答えが出ない。それでも答えは直ぐに出さなければいけない。


 コンコン


「…………どうぞ」


 直ぐにどころじゃなかった。時間は一瞬たりとも待ってもくれないらしい。


「……」


 落ち着いた色に塗られた扉の片側がゆっくりと開く。隙間から躊躇いながらに入ってきたエレナは伏し目がちにそこで立ち止まる。


「ん、おいで」


 ベッドの上、自分の横をポンポンと叩いて見せる。


「……」


 緊張のせいか押し黙ったまま、俺の言う通りそこに腰を下ろした。いつもならもたれかかってきたり抱きついてきたりするのに、今日はただ座るだけだ。


「……」


「……」


 沈黙が場を支配する。

 きっと俺から何かを言うべきなんだろうけど……いや、腹をくくろう。エレナに寄りかかるのは止めると決めたんだから。


「エレナ」


「……」


「エレナはどこまで知りたい?」


「……全部」


 端的である意味わかりきっていた答えが来た。エレナは好奇心旺盛で、それでも人の聞かれたくないことを根掘り葉掘りたずねない程度に分別がある。そんな歳不相応な彼女の限界を俺の態度が超えてしまった。だからこそ、この状況なんだ。

 そう思っていると意外な言葉が後に続いた。


「全部、知りたいけど……アクセラちゃんが言いたいことだけでいい」


「エレナ?」


「わたしはアクセラちゃんの事がよくわからなくなって、どうしたらいいのか分からなくて……アクセラちゃんに何をしてあげられるのかって考えてたら、いつの間にか置いて行かれるような、そんな気分になってたの」


 滔々と語るエレナの言葉は昨日の叫びに比べると随分整理されていて、あれから彼女が短い時間の間に自分自身と向き合って考えて来たのが分かった。


「だから……わたしはアクセラちゃんが教えてくれられるだけでいいの。そのかわり、言えないことはちゃんと言えないって言ってほしい。わたしはまだ子供で、アクセラちゃんの助けにはなれないのかもしれないけど……でも、ちゃんと……むぅ、うまく言えないけど、胸を張って隣にいたい」


 これはラナかビクターあたりに相談でもして話を纏めてきたかな?

 そんな邪推が浮かぶくらいきちんとまとまったその言葉に、俺は心の中で苦笑する。真剣で神妙なうつむき顔の中に、わずかに隠れた不満げな表情が浮かんでいるからだ。伊達に9年も毎日顔を突き合わせて暮らしていない。


「……本当に全部聞きたい?」


「え!?」


 まさか俺からそう言われるとは思ってもみなかったのか、エレナは驚きに固まってしまった。俺だって自分で驚いている。どうしようか迷ったりはしていたけど、まさか本当に全て言おうと思うなんて。


「たぶん、全部聞いたら今まで通りにはなれないけど」


「……」


「その……本当に全部聞くなら、エレナにも覚悟してもらわないといけない」


「覚悟……」


 その言葉を口の中で数度唱えたエレナは真っ直ぐに俺の方を見る。


「わたしは覚悟とか、よくわかんないよ」


「ん」


「いろんな本を読んで、いろんなお話を聞いて、知識は頭につめこんだ。でもね、わたしの本当の世界はこの街の周りだけ」


 井の中の蛙どころか自分が暮らす井戸すらまだ全て知らないおたまじゃくし。それくらいこの賢い子は理解していた。


「わたしの狭い世界は、その中心はアクセラちゃんなんだ。生まれてからずっと一緒にいるんだもん」


 相変らず感覚的で要領をえない部分もある。でも言いたいことはなんとなく伝わる。


「わたしはなにがあってもアクセラちゃんの味方だよ。絶対にそうだって、侍女になる時に決めたんだ」


 そういえば彼女が侍女になることを決めた時の話を俺はよく知らない。ラナと話し合って決めたとだけ言っていたけど、そういう話をしていたんだね。


「そっか……わかった。エレナがそう言ってくれるなら、私は話す」


 ぎゅっと太ももの上でスカートを握っている手に手を重ねる。


「エレナは使徒のこと、知ってる?」


 まずはそこからと話を切り出す。


「えっと、神さまが選んで特別な加護を与えた人だよね?神さまに助けてもらう代わりに頼みごとを聞いて色々働くんだっけ」


「大体あってるかな」


 そう言う言い方をするとものすごくドライな感じがするけど。


「なら神については?」


「えーっと、神さまはこの世界を見守って、時々人を助けてくれたり試練を与えたりして……なにしてるんだろ?」


 居るのが当然の存在だからこそ詳しく考えたことがない。神々とは多くの人にとってそんなものだろう。


「ん、神がどんなものかは本にもあまり書いてないから」


 聖書の類があればいいのかもしれないけど、何故だかうちの書庫にはその類がない。


「神々はいろんなモノの理を司ってる。そしてその理が捻じ曲げられないよう見守ってる。創世神ロゴミアスなら世界がバランスよく継続されることを、魔法神ギレーヴァントなら魔法が滞りなく発動されることを、どの神々もそれぞれ世界の大切な何かを守っている」


 太陽神であるミアや魔法神のように居なくなれば世界の理が崩壊する神と、俺のように神に関わらず存在する物を司る神がいる。後者は理を司らない代わりに世界でのソレの在り様を思案し、天から手を差し伸べて導いたりする。


「私はね……人であり、使徒であり、神でもあるんだ」


「人でもあって、使徒でもあって、神さまでもある……?」


「ん。最初から順番に話そうか。技術神エクセルはわかる?」


「西の砂漠にあるエクセララで祀られてる神さまだよね。トレイスくんに加護をくれてる」


 トレイスに加護を与えている神。それがこの屋敷でのエクセルのイメージだ。


「ん。エクセルは元々ブランクの脱走奴隷で、色々あって刀の師匠に出会った。師匠は異世界から迷い込んだ人で、色々な学問や考え方を教えてくれた」


「異世界……科学も?」


「今の科学は彼が教えたことをエクセララの研究者が発展させたもの。魔法と組み合わせたりもされてる。エクセララの青い炎はまさにその成果」


 科学を魔術や魔法に組み込む研究は都市の基幹プロジェクトの1つだ。


「エクセルは刀の腕前を上げることと、奴隷やブランクが迫害されない土地を作ることに生涯をかけた。その結果、創世神ロゴミアスによって技術を司り奴隷とブランクを守護する神に昇神させられた」


 正しくは誰もが生きたいように生きれる場所を作りたかったんだけど。


「エクセルの死後、技術は隣国に広く薄く広まった。奴隷を過度に虐げることを禁止する国も増えた。でもまだ一部の国や戦いを生業にする人以外は技術に疎い。奴隷を痛めつける国も、獣人をさげすむ国も、ブランクを迫害する国もある」


 どの国にも旧態依然とした部分はある。先進的であっても相いれない主義を掲げるロンドハイム帝国のような国も。


「悲しいことだけど、それが今の現実。だから変えるためにエクセルは布教しなければいけなかった。そこでミア、創世神ロゴミアスに使徒転生を勧められた」


「使徒転生?」


「ん、新参の神が布教のために自ら使徒となること。版図の狭い神に特別措置として与えられる権利、らしい」


「なんで神さまがわざわざそんなことをするの?」


「使徒転生を行って生まれた使徒はとても強力。だから布教に関係するゴタゴタも凌ぎやすい」


「ああ、そういう……」


 結局世の中を渡っていくのには力が必要なのだ。


「本来使徒転生には専用の肉体を使う。けどミアは物凄いウッカリで、エクセルを予定にない肉体に転生させてしまった」


「創世神さまドジッ娘なんだ……」


 ドジッ娘というには被害が大きすぎる気もするけど。まあエレナや屋敷の皆に出会えたからノーカンにしてやろう。


「もうここまで言えば分ると思う。私が技術神エクセルで、使徒アクセラでもある」


「うん……うーん……むぅ、ちょっと頭が追いつかないかな」


 眉をハの字にする彼女に俺は少し安堵した。わりと普通に受け答えしてくれていたのでてっきり飲み込めたかと思ったが、そうでもない様子。むしろこんな話をすぐに理解されても俺が反応に困る。


「それもしかたない。でももっとややこしいことを言うから」


「えっとー……頑張って覚えるね?」


 少しだけ首を捻って思案したエレナはそう言った。

 理解を棚上げして一度暗記する気だ、この子。

 とはいえ彼女の記憶力は抜群なのでそれでも問題はないだろう。それに過程はどうあれ結論さえ理解してくれれば俺はいいのだ。


「使徒転生に使う肉体は特別製。それは普通の人間の体じゃ神の魂を受け入れられないから」


「無理やり入れるとどうなるの?」


「革袋を想像して。水が100入る革袋」


「うん」


「そこに120の水をそそぐとどうなる?」


「パンパンに膨らむ?」


「じゃあ200の水は?」


「は、破裂するんじゃないかな」


「そういうこと」


 俺が革袋のように破裂するところを想像したのか、エレナの顔色がさっと青くなった。


「だから緊急措置として私の神としての力の全部と使徒としての力の一部を封印した」


「80の水を別容器にいれて120にしたんだね」


 エレナは俺の例えを使ってすぐに理解を示す。


「ん。でも100の器にずっと120を入れておくのはよくないこと。それに人は成長する。初めは120で済んだのがいつしか130に、140になっていく。段々悪影響が出始めてた」


「ずっと物凄く眠そうだったのはそれ?」


「ん」


「たしかに、言えないね……」


 こんな理由を説明したところで頭の具合を疑問視されるか、信じてもらったとしてもどうしようもないという現実に苦しませるだけだ。そう思って言わなかった。

 まあ、結果だけを見ればどちらにせよ心配させてしまったのだし、いっそ早めに教えておけばよかったかもしれない。


「心配かけた、ごめん」


「しかたないよ。わたしこそ困らせたよね……?」


「心配されるのは悪い気分じゃない。ありがと」


「そ、そう?えへへ……だったらよかった」


 はにかむエレナはとても可憐だ。

 なんかこう、胸の中がぎゅっとなる。

 いや、違うぞ。違うからな。違うはずだ。


「眠気が酷くなった時期、覚えてる?」


 不穏な思考を追い払う様に俺は尋ねた。


「うん、トレイスくんが加護を貰ったあとだよね?」


「さすがに分ってた?あれはトレイスに特別な加護を与えないといけなくて、『技術神』の封印を一時的に解いたせい」


「袋の中に水が170くらい?」


「それくらいかな」


「無茶しちゃだめだよ!」


 憤慨したようにそう言ってくれる人がいる。そのことが今の俺には無性に嬉しかった。考えてみれば全てを知ったうえで俺を応援してくれているのは、転生から今までだとミアだけだったのかもしれない。

 それでもミアに言ったように俺はこの選択を何度でも繰り返すだろう。


「大事な弟のためだもの。多少の無理は通さないと」


「……わたしのためでも、してくれた?」


 直前に咎めておいて言うのも恥ずかしかったのか、その声はとても小さかった。


「もちろん。エレナのためならもっと危ないことでもしたよ?」


「それはトレイスくんにもでしょ?」


 苦笑気味にそう返される。


「ん、まあ、そうだけど」


 さすがというか、よく分かっていらっしゃる。


「それで、もう1つ眠気の原因がある」


 仕切り直すように指を1つ立てて見せる。


「魂が成長するより体の方が早い速度で成長するから、ズレが生じて段々2つの繋がりがおかしくなっていった」


「魂と体のつながり?それがおかしくなるとどうなるの?」


「意識が飛んだり体がしんどくなったり。繋がりが切れたら死ぬ」


「そ、そんなに危ない状態なの!?」


 エレナの声は質問というより悲鳴に近かった。俺が眠気に襲われる頻度は彼女が見てもかなり高いものだったはず。そのことからそれだけ危険な状況に俺があると思ったのだろう。


「だった。今は違う」


 そう、今は違う。


「あの魔獣と戦った時」


「!」


 魔獣という言葉にエレナの肩が跳ねる。


「……大丈夫?」


「う、うん、大丈夫」


 反射的に身がすくんだだけで根の深いトラウマになっているわけじゃなさそうだ。専門家じゃないが、戦いに半世紀以上身を浸していれば傷の深さくらいは推測がつく。


「あのとき、私は『使徒』を使った。『使徒』の中でも使用を禁止されていた『アップデート』という能力」


「アップデート?高級魔導具の仕様改善とかの?」


「意味としては同じ。使徒転生の際に引き継ぐはずだったエクセルとしてのステータスや身体的な特徴を引き継ぐ、それが『アップデート』の効果」


 魔術回路まで引き継がれるとは思わなかったけどね。


「でもそれは負荷を激しく増大させる。結果、私の魂と肉体の接続は歪み、崩壊した」


「え!?あれ、でもそれって死んじゃうんじゃ……」


 エレナが青ざめた顔に疑問符を浮かべて首をかしげる。


「本来なら。ただ、正直詳しくはわからないけど、魂と肉体が乖離するときに……なんというか、安い表現だけど奇跡が起きた」


 奇跡というのはごく稀に起こる。昇神からこちら奇跡のオンパレードな俺が言えることじゃない気もするけど、実際ごくごく稀にだけ起こるのだ。


「体に馴染んでいた魂の一部が肉体側に残った……というのが正しい?」


 あの時に起きたことは自分でも把握しきれていない部分が大きい。結果が全てとは言わないが、分からないことを考えても結果は動かない。そして今回はその結果も望ましいものだ。


「魂と肉体を繋ぐ精神が崩壊したはずだった。けど破損したのはどちらかというと魂。きっと今の私はエクセルの魂の一部でしかない」


「えっと、つまり?」


 分っていないことを人に説明するのは難しいな。

 エレナのピンときていないという顔に苦笑するしかない。


「私はエクセル神であり使徒アクセラでもある。これは変わらない。前はエクセルが主体だった。それが今はアクセラが主体。記憶も感情もちゃんと引き継いでる。でもたぶん考え方や性格は多少変わってる。自分じゃよくわからないけど」


「まあ、たしかにいつもより言葉数が多いかなとは思うけど……」


「嫌?」


「全然そんなことないよ!ただ……」


「ただ?」


「なんか、慣れるのしばらくかかりそう」


「ゆっくり時間をかけて行けばいい。エレナが許してくれるならだけど」


 俺が心の中でひそかに抱いていた恐怖心。それはエレナが俺の正体を知って遠ざかってしまうこと。自覚できていない振る舞いの変化に彼女が距離を置くなら、それは悲しいことだ。同時に悲しいと思いつつも黙って見送ってしまいそうな自分にもちょっと嫌な気分になる。ところが彼女はそんな考えを杞憂だと笑い飛ばすように明るい笑みを向けてくれた。


「結局アクセラちゃんは今まで通りアクセラちゃんなんでしょ?」


「ん……そうなる、かな」


 あるいはより純粋にアクセラになったとも言える。どちらにせよ今の俺はアクセラ以外の何者でもないわけだ。


「じゃあわたしも今まで通りの……あ」


「エレナが私にとって何か、だよね?」


 大本の問題はそこだ。


「うーん、でもアクセラちゃん全部教えてくれたし……」


「もういいの?」


「あ、あのときはわたしもなにが言いたかったのか、自分でよくわかってなかったし……アクセラちゃんはアクセラちゃんで、わたしはただ一緒に居られればそれでいいのかなって」


 たしかに俺自身、ずっと近くにあった彼女との関係性と言われても言葉にしにくい物がある。乳兄弟であり、主従であり、戦友であり……言うならば今の俺にとって最も絆の深い相手だ。彼女も同じ気持ちだったことに自分で気付けたのかもしれない。

 そうならうれしいな。


「あ、でも1つだけ」


 なにかいいことを思いついたとでも言いたげな、飛び切りの笑顔を浮かべるエレナ。


「?」


「アクセラちゃんの加護がほしい!そうすればもっと、なんていうか、こう……」


「深い絆で結ばれる?」


「うん、たぶんそう!」


 俺にとって自分がなんなのか分からなくなる。そうエレナは言った。でもそうじゃないんだ。関係は別に1つでなくともいい。なら、そこに新しい関係を足していくのは素晴らしいことじゃないかな。


「んー、でも大丈夫かな」


「あ、そっか……神さまの力を使うのにまた負担がかかるんだっけ」


「いや、そっちは大丈夫」


 俺がエクセルからアクセラとして半ば分離してしまったことの副作用の1つ。それは『技術神』の封印が解除できなくなったことだ。


「ええ!?それってすごく不味いんじゃないの?」


「ん……ちょっとわからない」


 あとで『神託』で確認を取らないといけない。『神託』は『使徒』の能力だから使えなくはなっていないはず。


「『使徒』でも加護はあげられる。でも『技術神』であげるより弱いかも」


 使徒はあくまで神の代行だ。直接神として付与する方が効果は高い。そう伝えてもエレナはニッコリ笑って首を振る。


「いいよ」


「いいの?」


「繋がりが欲しいだけだもん」


 むず痒くも嬉しいことを言ってくれる。


「エクセル神の加護は成長補正。ゆくゆくの能力向上を考えると大きな差が出るかもしれないけど」


「む、むぅ……」


 エレナほど頭がよければその意味は分かるはず。


「でも……やっぱりいいや」


 それが彼女の結論だった。


「ん、それならあげられる」


 早速加護を与えるため、俺はエレナをベッドに横たえた。


 ~★~


 その日、エレナ=ラナ=マクミレッツは技術神エクセルの加護を得た。第一使徒から直々に加護を与えられた2人目の人間となったのだ。


「へー、本当に紋章が出るんだ。カルナールに書いてあった通り、おもしろいね!」


「紋章?」


 エレナが自分の胸元をはだけて言った言葉に俺は首をかしげる。覗き込むと彼女の左肩から鎖骨にかけて大きく4本の傷跡が見えた。それはあの魔獣が残した爪痕、俺が守りきれなかったという証明だ。


「エレナ……ごめん」


「え?」


「傷跡、残った」


 少女にとっては重く残酷な十字架に胸が詰まる。しかし、そんな俺にエレナは小さく微笑んだ。


「肩を出した服は着れなくなっちゃったけど、大丈夫だよ」


「でも……」


「アクセラちゃんなんてわたしより大きな傷ができてるんでしょ?それにわたしは貴族じゃないもん」


 たしかに平民の社会は貴族に比べれば女性の傷に寛容だ。それでも生まれが生まれなので、彼女が付き合っていくのはどうしても上流階級。心ない言葉をぶつける人間なんて山といる。


「この傷は魔獣を倒した勲章。そう思うことにしよ?」


「……」


 言葉を返せない俺の頭を彼女の手がそっと撫でる。


「わたしは何もしてないけどね」


 自嘲気味に笑う少女に俺は首を振った。


「エレナの魔法がなければもっと早くに負けて死んでた。だから……勲章だよ」


「よかった」


 エレナの顔が安堵の笑みに変わる。

 俺にフォローさせるために自虐的な評価を口にしたのかな?

 なんにせよ、ただの傷じゃなくて勲章というならその方がいい。俺の無力の証であることに変わりがなくても、2人にとっては生き残った誇るべき印になる。


「でね、ここ見て!」


 空気を入れ替えるように彼女は自分の胸元を指さす。傷の先、ちょうど心臓の上あたりの白く柔らかな肌に若紫色の紋章が刻まれていた。開かれた本の上に3つの魔法杖、そして2対の翼。杖は大きなものが垂直に描かれ、残り2つのやや短いものが交差するように配置されている。翼はいずれも閉じたまま。


「強い加護をもらった人は体に神様の紋章が出るんだって。カルナール百科事典に書いてあったよ」


 なにそれ、俺知らない……。そして俺らしくない、魔法使いっぽい紋章だ。

 なぜエクセルの加護なのに杖が3つなのか。そんな疑問が浮かぶ。


「……でもちゃんと加護は感じる」


 確かに俺自身、つまりエクセル神の加護の気配だ。間違ってギレーヴァントやその眷属神が嘴を突っ込んできたわけじゃないらしい。と、そこでエレナがこんなことを言った。


「使徒の体にもあるって書いてあったけど……そういえばアクセラちゃんの体に紋章なんてないよね?」


「私の体に?」


 俺は慌ててシャツをはだけ、自分の胸元を見てみる。しかしそこにはなにもなかった。


「うーん……腕とか足とか?」


 エレナの言うままにシャツを脱いで腕を見せるが、やはり特になんの痕跡もない。ついでにお腹や足にもないことを確認する。


「じゃあ背中見せて」


 言われるままにベッドの上で後ろを向いて背中を見せる。

 そもそも今まで一緒に入浴しても見つからなかったんだから、そう分かりやすい位置にあるはずが……。


「あっ!?」


「あった?」


「あったけど、それよりこの髪どしたの!?」


 エレナが悲鳴のような声で訪ねてくる。

 あ、そういえば忘れてた。ていうかエレナも今気づいたのね……。

 実はあの戦闘のせいで背中にかかるほどあった俺の白髪は、後ろ側がかなり燃えてしまっている。一応ラナが応急処置的に切ってくれることになっているのだけど、どうあがいてもボブカットに転向だ。


「短いのも可愛いかなって」


「可愛いだろうけど!可愛いだろうけどー!」


 納得いかない様子で叫ぶエレナ。彼女は俺の髪や目の色をやたら褒めてくれるので、短くなってしまうのが残念でならないらしい。俺も少しもったいない気がしないでもない。

 でもまあ、冒険者としては短めの方がいいし。


「で、紋章は?」


「え、あー……本の上に刀と金槌が2つとなにかの植物が交差するように置かれてるね。これが本来の形なのかな?」


 本に刀と金槌と何かの植物。技術神であることを考えるとそれぞれ戦闘の技、工業の技、農業の技を意味しているんじゃないだろうか。


「こんな形」


 考えていると、エレナが突然俺の背中を指でなぞった。


「……ん……」


 くすぐったさに声が漏れる。


「わかる?」


「わ、わかるから、ストップ!」


 滑らかな指の感触で十分何の模様かは分かった。ただくすぐったすぎて悶絶しそうだった。それとかなり大きいらしい、俺の背中の紋章は。今まで誰にも指摘されなかったということは、先日の無茶が原因で大きく描かれたということだろうか?


「ふぅ……砂稲、エクセララで主食になる植物」


 背中に残るエレナの指が這う感触を記憶の外へと押し出しながら、なぞられた形を思い出す。彼女のそれのように開かれた本がベースになっている。その上に切っ先を地に向けた刀と、交差する対の金槌。砂稲の稲穂も左右対称に刀と交わっている。


「じゃあ戦いとモノづくりと畑の技術なんだね」


「ん」


 俺の体に刻まれているならそれが技術神の紋章なんだろう。となるとエレナの紋章は一体?


「アクセラちゃんの加護ならどんな格好でも別にいいんだけど……なんなんだろうね?」


「わからない……」


 あとでトレイスの紋章も確認させてもらおう。紋章が体に出るなんて知らなかったから確認もしなかったのだ。


「ん、あとでいいや。あとあんまり胸元広げない」


 自分のことを棚に上げて、俺は開きっぱなしのエレナのシャツを止める。


「むぅ、別に今更いいじゃん」


「だめ」


 軽くたしなめてから自分もシャツを着なおし、ゆっくり頭を撫でる。これで一件落着。そう確認するようにやさしく。


「えへへ」


 これからはエレナとしっかりおしゃべりをしよう。他愛もないことも全て。気持ちよさそうに目を細める彼女を見ながらそう決める。


「ね、エレナ」


「なに、アクセラちゃん?」


 思い立ったが吉日。俺はさっそく話し始める。冒険者の事、今後の事、誘拐の間の出来事、エクセルだった頃の冒険譚……ありとあらゆることを、疲れて眠るまで延々と。


ここからアクセラの描写が少し変わりますが、今後はこのテイストで行きますのでご了承ください。

全ては幸せな絵面、もといハッピーエンドのために。


~予告~

ついに和解へと至ったアクセラとエレナ。

そんな2人の前に現れる新たなヒロインはなんと巨乳!

次回、ニセチチ


エレナ 「大きなお胸・・・」

アクセラ 「風評被害がひどすぎる!」


※※※変更履歴※※※

2019/1/30 エクセル神の紋章がイラストにするとダサかったので描写を変更

2019/1/30 上記修正に伴いエレナの加護紋章の描写も変更


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