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三章 第23話 使徒覚醒

!!Caution!!


このお話はお盆一週間連続投稿の7話目です!

 どことも分らない空間に俺はいた。そこは真っ白で、真っ黒で、青くもあり赤くもある。だが何色かと言われれば、目に見えるのは白だけだ。そんな意味が分からない、けれど不快感はない場所だった。

 その空間に俺はたった2人、お互いを見つめ合っていた。男の中でも比較的高い部類の身長を誇る青年と、子供にしても少し小柄な部類の少女の姿で。鎧も服も、それどころか刀すら持たない姿で。

 2人の見た目は全く似ていなかった。

 青年の髪は墨で染めたような黒の濃淡で、酷くいい加減に切られている。瞳も墨を塗り固めたような黒で、言葉にしにくい表情を浮かべていた。分厚い肌は浅黒く日に焼け、ところどころに切り傷や火傷痕、手術痕が残っている。腹筋は8つに割れ、長めの手も足も岩のような厳つさと流水のようなしなやかさを兼ね備えた筋肉が覆っている。1つの完成形に至った戦士の姿だ。

 少女は白亜の髪を綺麗に切りそろえ、瞳はうっすらと曇った紫色をしていた。きわめて無表情に近い表情を浮かべて男を見返している。傷もほとんどない綺麗な白い肌。腹筋はわずかに縦線が見える程度で華奢な手足にはうっすらとした筋肉が浮かぶ。思春期に入るか入らないかの未完成な子供の体である。

 だが2人の俺に共通することが3つあった。

 1つは視線。相手の真価を見ようとする、突き通すような眼差し。

 1つは気配。何があっても何とかする。そんな泰然とした空気感。

 1つはその手。大きさも色も違う俺の手は、どちらも剣を振るい続けて剣ダコができていた。


「俺はお前だ」


「そして私は君だね」


「これからは違う」


「そうかな?」


「俺はお前であり続ける」


「ん、そうだね」


「お前はもはや俺ではない」


「……そっか」


 俺はもう俺でなくなる。そして俺は俺になるのだ。


「戦え。俺は戦った。これからも戦う。形は変われど、俺はどこまでも戦うことしかできない。それが正しいことと信じている」


「ん。私も戦ってきた。これからだってきっと戦っていく。どこまでも戦うことが、正しいと信じ続けて」


 これは(エクセル)から(アクセラ)への戒めであり、祝福であり、願いである。


「戦う力がいるだろう」


「あるだけ欲しい」


「死にたくなければ止めておけ。何事も順序よくだ」


「いつからそんなにお行儀良くなったの?」


「死んだときからだよ。お前はもう少しお行儀よくしなさい。これからは1人のレディなのだから」


「そういう所はほんと変わらない。私がレディって、悪い冗談にしか聞こえない」


「9年間ソレでやってきただろ?」


「90年間ソッチをやってきたんだよ?」


 俺は可笑しくなって独り笑った。2人でクスクスと。


「さあ、持って行け」


 真面目腐った顔で俺が手を差し伸べる。


「半分だけ、ね」


 よく焼けた大きな手を俺は取った。そしてそっと抱き合う。

 褐色の肌にうっすらと青や赤の模様が浮かび上がる。肌の下から光が透けているような、不思議な光り方。直線と小さな円を組み合わせた独特な幾何学模様はエクセララの上級戦士が体に仕込む魔術回路だ。


「何くれる?」


「要りそうなやつだ」


 それだけで俺には俺が何をくれるのか分かった。お互いに回した手が暖かい。鼓動も聞こえる。触れ合う肌も硬く、柔らかく、熱くて冷たい。これだけお互いを認識できるのに、どこまでいっても俺は俺だった。

 青い光の線が音もなく浅黒い肌から抜け落ち、白い肌をそっと包んでいく。体だけでなく指先や顔にまで線は描かれる。次いで赤や黒、緑や白の光が順番に体の各部へ刻み込まれる。

 白い肌が煌々と色鮮やかに彩られる。それでも光の幾何学模様と線はまだ大部分が褐色の肌に存在していた。


「これだけ?」


「まだだ」


 次は熱い何かが頑丈な筋肉から抜け出し、柔らかな筋肉へと注がれ始める。筋肉だけではない。神経や肌や血管にまで染み渡る。ステータスと呼ばれる身体能力と素質を共有したのだ。少女の体を熱が満たしても、青年の体にはたっぷりと残されていた。


「どんな化物……」


「あとで鏡を見てみればいい」


 自分相手に軽口を叩くのは意外と楽しい。


「ね」


「なんだ」


 急に真面目な声で尋ねる俺に、質問の内容は分っていても聞き返す俺。


「エレナは……」


「まだ助かる。その後はお前がどうにかすることだ」


「元の関係に戻れるかな?」


「さあ。いっそ元の関係にならなくてもいいのかもしれない」


「恋人にでもなる?」


「面白いかもしれない」


「は?」


 自分が言ったことに自分が驚く。段々と境目が明確になり始めた証拠だ。


「ロリコン」


「ブーメランどころかただの自傷行為だぞ、その罵りは」


「曾孫くらいの子だよ」


「俺にはな。お前にはただの同い年だ。いっそ手とり足とり仕込んでしまえばいいんじゃないか?嫁に困らないぞ」


「……忘れてた、君は結構下世話だった」


「育ちが悪いからな」


「私は育ちがいいから」


「笑わすな」


 抱き合った腕を解き、再び相対する。


「さあ、もう行け。戦え。己の命の限り、刀が折れるまで、魔力が尽きるまで、体が朽ち果てるまで、魂が燃え尽きるまで」


「ん、行ってくる。私が私である限り、戦い続けるために」


 この時、俺は俺でなくなった。


 ~★~


「……」


 変な夢を見た。内容はほとんど思いだせないが、なにか大切な夢だった気がする。

 あれ、視界がおかしい。右目は見えるのに左目が……ああ、顔半分水に浸かっているのか。口にも水が入ってきて咽そう。でも体は痛いし怠いしで動きたくない……。

 寝ぼけたような頭でダラダラと思考が流れていき、ふと重大な疑問にぶち当たった。

 俺は何をしていたんだっけ?たしか魔獣と戦ってて、エレナを庇って……そうだ、エレナは!?

 探そうとしてすぐそばに彼女の横顔をみつける。その蒼白な顔色に心臓が飛び出るかと思った。どうも庇ったままの体勢で水に浮かんでいたらしい。パックリと開いた肩の傷口から赤い血が水に溶けだしている。幸い太い血管は切れていない。それでも重傷は重傷だ。

 エレナを動かす前に状況を知るため、周りの気配に集中する。


 え……?


 思わず声が漏れそうになった。魔獣は俺たちから少し離れたところで何やらごそごそしている。そのことが気持ち悪いぐらいはっきりと認識できた。

『気配感知』のレベルが上がった?まるで前世のような索敵精度。

 そういえば、おかしなことはそれだけじゃない。エレナの傷は肩から鎖骨のあたりまで、俺は肩から腰までのはず。出血量は俺の方が断然上なのに彼女の肌の方が冷たく感じる。そもそも背中の痛みが小さすぎる。

 何がどうなって……。

 手足は怠いものの痛みはさっきまでより断然小さい。背中の傷は熱を帯びているのみ。唯一痛みを覚える右肩も、それまでの戦闘で感覚が失われていたので回復しつつあると言える。疑問に思って目の動きだけで体を見て、俺は違和感を覚えた。

 いや、違和感だらけなんだけど。

 破れた服の合間から光が零れている。ぼんやりとした青い光だ。とても懐かしいそれが何か、直ぐに分かった。

 回復魔術回路……でも、なんで?

 俺が前世で全身に張り巡らせていたそれは、体を流れる魔力を使って自動的に傷を修復してくれる。尽きたはずの魔力も戻っていた。体力はほとんど回復していないが、傷さえなければ戦えるだけは残っている。

 とはいえ戦えるからとすぐに戦うのはバカだ。魔獣を刺激しないようにゆっくりと体勢を変える。水中に転がっている岩を足場に、そっと加速をつけた。そのまま魔獣の視界の外、崩れた階段の裏手までエレナを引っ張って『完全隠蔽』を使う。


「天にまします我らが主、祈るこの身に癒しの御力を宿らせ、傷つく者を癒す術を与えたまえ」


『聖魔法』の力で上級聖魔法・ハイヒールをかける。若紫色の光がエレナの肩の傷を包んで抉れた肉と肌をゆっくりと再生させていく。司教以上にしか使えない、俺の手札で最も強力な回復魔法。でも傷跡が残ってしまう。肩から鎖骨へと4本の大きな爪痕が、くっきりと。幼い少女が背負うには重たすぎる傷跡だろう。

 エレナ……ごめん。許してもらえないかもしれないけど、生きていてくれるならそれでいいんだ。だから、ごめん。

 心の中で言い訳とも謝罪ともつかないことを思う。こんなところで独り、何万語の言葉を尽くしても意味はないのに。彼女がどう答えるかは、全て終わってからだ。


「さあ、終わりにしよう」


 ぼろぼろの防具を脱ぎ捨てた俺は刀片手に水へ潜った。崩れた階段から大通りに沿って水中を泳ぐ。痛みと違和感を堪えて水の中でも目は閉じない。屈折率の違いでまばらに歪んだ視界を頼りに、水のなくなるところまでたどり着く。『生活魔法』で服と靴を乾かし、ひび割れた石畳を『完全隠蔽』にまかせて走る。

 ここでいいかな?

 しばらく行ったところで足を止めた。周りには遺跡と化した街並みしかない。ここなら激しく戦闘してもエレナを巻き込まずに済みそうだ。


「……」


 全身に魔力を通わせてみる。

 良好、だね。

 右肩も泳いでいる間に大分マシになった。足の痛みはもう皆無だし、いままでずっと感じていた気怠さもない。


「癒しを与えさせたまえ」


 念のため聖魔法中級・ヒールを全身にかける。これで肉体的には万全。そして『完全隠蔽』を解除して遠くの魔獣を見据える。水面から突き出た建物の残骸に座って、何かごそごそとしている。

 何やってんだか……うわっ!?

 少し目を凝らすと視界が急に拡大された。気絶している間に『アップデート』の影響でなにかのスキルを手に入れたらしい。そしてその直後、俺はげっそりした気分になる。魔獣は食事中だった。シュリルソーンメイジの攻撃で焼死したという剣士の遺体を、綺麗に爪で裂いて食っていた。よく見えるのも考え物だ。

 というか食い出のある方を先にしてくれていなければ今頃俺もエレナもこま切れで胃袋の中かぁ……うぇ。

 自分の想像に辟易としながら、片手を口元にあてる。


「おーい!」


 お取込み中の魔獣にできるだけ気安く声をかける。広いとはいえ空洞、よく音は響いた。のっそりとした動作で血まみれの狼はこちらを見る。最初は驚いたように、次に苛立たし気に俺を睨んでくる。

 力むなよ、俺。リラックスだ。

 初歩的なアドバイスを自分に贈る。そんなことを戦闘前に思ったのは何時が最後だったろう。ここしばらくの俺なら絶対自分で自分に腹が立っていただろうに、今はそんな気持ちにならない。不思議なものだ。


「来い、私はまだ戦える!」


「アォオオオオオオオオン!」


 俺の挑戦に呼応するかのように魔獣が咆哮を上げる。第2ラウンドの幕開けだ。

 魔獣は自らの血で固まった毛を逆立てて走り出す。瓦礫から瓦礫に飛び移り、時には水面を足場にしてこちらに来る。俺もただ棒立ちするのではなく左手で鞘を握り、右手は柄の上に返してのせる。初撃は抜刀。続いて回避から二撃、三撃と重ねる。そのつもりで足の魔術回路に魔力を注ぐ。赤い幾何学模様や線が浮き上がった。


「ガゥ!」


 あっという間に距離を詰めた魔狼がひときわ強く道を蹴った。加速のついた体から、勢いよく前足が繰り出される。赤黒く染まった鋭い爪が俺の小さな体を狙って迫る。


 紫電一刀流・抜刀『霞』


 死を振りまく狼の爪に紅い兎が喰らいつく。そしてそのまま斬り飛ばす。


「ガゥ!?」


 驚愕の声を上げる魔獣にかまうことなく、振り抜いた姿のまま前に倒れ込む。地面を掠るような位置で踏み込み、這うように駆ける。灰色の体毛に覆われた腹の下を潜り、後ろ足の間から抜ける。俺がいた場所に巨体が着地する寸前、行きがけの駄賃に太ももを斬りつけてその下から抜け出した。


「ギャン!」


 体幹側を傷つけられて悲鳴を上げた魔獣は、すぐに振り向いて口を開く。血にまみれて分りづらいがその体には赤い線が浮き上がっている。


「2回も喰らうか」


 左手を化物の咢に向ける。肘から手首までの白い肌に赤い模様が浮かんだ。

 火焔魔術・火弾。

 魔力が回路を伝いながら火の属性に変わり、指先で収斂され、紅蓮の弾丸となって放たれる。ファイアボールより一回り小さい、その分濃密なエネルギーを秘めた魔術だ。

 魔獣の口の中に生まれた炎の塊が吐き出されようとする瞬間、一足早く俺が放った火弾が着弾する。


 ボッ……!!


「ガァア!?」


 魔獣の口の中で爆発が起きた。暗い地下の建物を赤々とした輝きが照らし出す。


「魔術が魔法に優れる点、それは速度」


 お互いに優れるところはいくつもある。それでも実戦で俺が魔術を重宝する最大の理由は速度だ。詠唱もイメージもいらない。あらかじめ体に仕込んである回路を選択して魔力を流す。それだけで発動する。極めれば剣より速い。


「にしても……」


 戦い始めたときから思っていたけど、こいつ相当未熟な個体だ。

 魔獣が黒く焦げた牙の間から光を放つ。威力を抑えて素早く作った火球に切り替えたらしい。魔獣らしく殺すことに関しては知恵が回る。俺は慌てず刀を握った右手を上げる。肘から手首までを今度は青い模様が覆う。

 水氷魔術・水盾

 魔術回路を通った魔力が直径1メートルほどの水の盾を生み出した。厚みはないに等しいが、そこに激突した火の玉は音をたてて消えた。ただし3発も受け止めれば消えてしまう。そこで消える直前に同じ魔術を発動する。魔獣が吐き出す限り、俺も水盾を展開して相殺する。


「ガァ!」


 火球は何発撃っても意味がない。そう察したのか魔獣は最後の3発を吐きだすと同時に走り出す。ギリギリまでこちらには防御をさせておいて一撃を加えるつもりだ。


「甘い」


 敵の思惑通り俺は最後の火球まで水盾で受け止める。相殺されて盾を構成する水が消えたとき、魔獣の牙は俺のすぐ目の前にあった。しかし俺の方もただ漫然と防いでいたのではない。ズボンの破れ目から薄らと光が漏れていることに、ようやく魔獣は気づいた。その瞳に驚愕の色が浮ぶ。右足の表面には今、茶色の模様が浮かんでいる。


「未熟者」


 右足で強く地面を踏みつける。


「ギャッ!!」


 魔獣の口から悲鳴と血が零れる。地面を砕いて現れた鈍色の物体が、今まさに俺を引き裂こうとしていた魔狼の腹に突き立ったのだ。たまらず後ろに跳び下がる魔獣は腹から血を溢れさせていた。

 俺が使ったのは鋼鉄魔術・地剣という、魔法で言えば土属性に相当する術。大地から諸々の無機物でできた剣状の物体を生やす。もし相手が経験豊富な魔獣であれば比較的時間のかかるこの魔術は当たらない。察知されて躱される。


「君は経験が浅い。能力は派手で強力、でも体を使いこなせてない。それに知能も魔物より少し高い程度。B以下C以上ってところ?」


 さっきまでの俺やエレナじゃ勝てない。けどガックス達がパーティーとして当たれば十分狩れる。ちょうどそんなレベルだろうか。


「ガァアアア!」


 全身に傷を負いながら魔獣が吼える。怪我による怒りか、それとも俺の言葉を理解しての怒りかは分からない。ただ濃密な怒りの気配を帯びた叫びだ。


「腹が立つ?」


 身体強化の魔術回路にたっぷりの魔力を供給しながら尋ねる。


「でもね」


 刀を下げる。


「私も腹が立ってるんだ……!」


 踏み込む。足場にしていた石畳が土台ごと割れた。


「ガウ……!?」


 急な突撃に魔獣の動きがわずかに止まる。反射的に後ろにのけぞり、そのせいで全身の筋肉が即応できない姿勢になってしまったのだ。それまで手傷など負わされたことのないだろう、生まれながらの強者。それゆえに始めての予感に正しく反応できなかった。迫りくる死の予感に。

 1歩踏み込むごとに勢いを増し、50メートルほどの距離を詰めるころには彗星のごとき速度に至る。魔術回路によるアシストを前提とした仰紫流刀技術の秘伝の1つ。この体では不向きな、しかしその堅牢な毛皮を貫くには最適な一刀。

 どうにか硬直から抜け出した魔獣が口を開く。毛皮の上を赤い線が走り、口の中にはオレンジ色の光が溜まり始めた。相打ち覚悟で近づいてきたところを焼き払うつもりか、それとも俺に防御を取らせて逃げる時間を稼ぐつもりか。あるいはもはや自分が一番慣れた攻撃をする以外に思考が回らなくなっているのか。

 ここまで来れば俺だって止まれない。あとは進むだけ。

 覚悟を決め、手に下げた刀の刃を反す。


「ガァアアアアアアア!!」


 地鳴りのような低い唸り声と共に特大の火球が出来上がる。それが放たれるよりコンマ数秒早く俺はたどり着いた。一刀足の間合いを瞬時に駆け抜けて刀を振る。爆発的な速度の全てを刀に収束させるべく体中のバネというバネがたわみ、炸裂する。骨格が軋み筋肉が断裂する音を聞きながら、上向きの刃は流れるように跳ね上がる。

 仰紫流刀技術・攻ノ型ムラマサ『昇流星』

 魔力を込められた赤ミスリルが煌々と輝き、さながら地上から天空へと逆さに流れ星が駆けあがるような軌跡を描く。それは正確に柔いあご下へ吸い込まれ、放たれる直前の火球を斬り裂き、上あごから硬い頭蓋へと至り、最後には頑健を誇った額の毛皮を絶ち斬った。

 頭部を縦に両断された魔獣は硬直し、一拍の遅れをもって制御を失った火球が爆発する。鼓膜の破裂しそうな轟音と肌を焼く灼熱の熱波が襲い掛かる。そんな中にあって、しぶとい魔獣の体はノロノロと俺にめがけて前足を振り上げていた。

 皮膚が焦がされていくのを感じながら、振り抜いた刀を引き戻して舞う。緩慢な相手だからできる、綺麗な円を描く運動。そこに強化魔術で得た筋力を瞬発力として載せて放つは紫電一刀流・弧月の変化『刃月』。

 踵の魔獣角を根元からバッサリ斬り取る。それだけで統率を欠いた攻撃は止まった。

 どうっと音を立てて倒れる魔獣。念のために反対の魔獣角も切り離し、首も刎ねる。獣ならこれで絶対に死んだ。魔獣でも魔獣角と首を両方斬られて死なないはずはない。


 これでおしまい。


「げほっげほっ……」


 一次的に引き上げた身体能力の弊害、つまり壊れた関節や筋肉の痛みと疲労に咳き込む。気には留めない。回復魔術が作用しているのですぐに痛みは治まり、破壊された組織も元通りになるだろう。

 安堵したせいで急に疲労感が増した。けどエレナは守った。とりあえず今はそれでいい。あとあとに問題は山積しているわけだが、今はいいのだ。


「ん……疲れた……」


 ふらつく体でなんとか水没した道を泳ぐ。火照った体に地下の水は冷たくて心地が良かった。


「……ん?」


 途中、水面を漂っている焼死体を見つけた。と思ったら辛うじて胸が上下している。


「運の良い奴……」


 それは俺が最初に吹っ飛ばされてから帰ってくるまで1人で魔獣と戦っていてくれた剣士だった。元々は敵、それでも一応共闘した仲だ。青く光る腕で死に損ないの腕を掴んで泳ぎ続ける。

 エレナが眠る足場まで戻ってきた俺は剣士にも回復魔法をかけ、自分と2人の服を乾かした。生活魔法くらい使う魔力は残っている。というより魔力だけ有り余っている。

 多少の無駄遣いはいいだろ……折角勝ったのに濡れた服で風邪引いたら馬鹿みたいだし。

 さて、体力は魔力ほど有り余っていない。意識のない大人と子供を1人ずつ、加えて誘拐犯から証拠品に転職してしまった変態紳士を担いでダンジョンを走破する元気はなかった。


「んしょ」


 左腕を天井の穴に向けて魔術を使う。火弾を2発、速度と威力を変えて打ち上げる。空高くまで上がったところで強力かつ遅い1発目を早くて弱い2発目が打ち抜いた。


 バーン!


 派手な爆発と音がする。花火ほど華やかじゃない。それでも馬車で1時間の領都からは見えただろう。

 よし、これで誰か来るはず。ビクターもトニーも優秀だし。

 救援の算段をつけた俺は足場の上に寝転がった。


「しんどい」


 帰ったらこの騒動について事情聴取されるだろう。ギルドに魔獣の報告もしないといけない。きっと屋敷の皆に使徒のことを隠しておくのも無理だ。魔獣はそう簡単に倒せるものじゃないし、俺が留めを刺した以外にないくらい皆ぼろぼろだ。剣士なんて装備が燃え尽きてほぼ素っ裸だ。

 なにより大事な仕事は、エレナに話せることは全て話すこと。どこまで話せばいいかはまた考えるとして、できるだけ彼女に嘘はつきたくないなぁ。


「エレナは私にとって何か、か……」


 彼女の涙に見合う回答を用意しないとね。


『いっそ手とり足とり仕込んでしまえばいいんじゃないか?嫁に困らないぞ』


「!?」


 なんだか変なフレーズが脳内に流れた。


「疲れてるんだ、きっと、うん」


 救援が来るまで、俺は刀を枕に少し目を閉じた。

 俺はロリコンじゃない。ないったらない。


~予告~

ロリコンか、ロリコンでないのか。

それが問題だ。

次回、ロリコン川の決断


衛兵 「主家のご令嬢をどうしろと!?」


※※※変更履歴※※※

2019/5/3 「・・・」を「……」に変更

2019/5/4 誤字を修正

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[良い点] ロリはいいぞ
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