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三章 第17話 紅の兎と花の冠 ★

!!Caution!!


このお話はお盆一週間連続投稿の1話目です!

「お嬢様、マイルズ様からお届け物が届いています」


 朝練の時間、アンナと細長い箱を持ったシャルが訓練場で剣を振る俺を訪ねてきた。冒険者になってからは堂々と剣の自主練をできるようなったのが嬉しい。


「マイルズから?」


「はい。注文の品だと仰っておいででした。代金は開発の手当てからいただきますと」


「!」


 マイルズ、仕事が早いぞ!

 箱の中身に見当がついた俺は驚いた。本当に3週間たたず取寄せて見せるとは。この国の輸送を考えれば奇跡的ともいえる。

 相当頑張ってくれたのだろう、あとでお礼を考えなければ。


「シャル、ありがと」


「いえいえー、気にしないでくださいっす!」


「あなたはもう少し気にしなさい」


「う、すんません……」


 赤髪の野生児こと侍女見習いのシャルがアンナにたしなめられる。いつもならその学ばない様子に少し笑って雑談でもするのだが、今この時だけは時間が惜しい。気が急いていたところに最高のタイミングでほしい物が来たのだから。


「よいしょ」


「ここで開けるのですか?」


「試す!」


「……お嬢様ったら、えらく嬉しそうね」


「そうっすね……ここまで分りやすいのは珍しいっす」


 背後で2人がなにか言っているが気にしない。気にならない。それほど俺は今ワクワクしているのだ。根本的な解決にならないとわかっていても、それでも抑えられない感情が湧き出る。

 シャルから受け取った木箱を地面において紐をほどく。そっと蓋を外して横に置き、さらに中の布を取り払っていく。たかが武器1つに丁寧過ぎる梱包をと思うかもしれないが、刀は工芸品のような側面があるのでここまでは予想の範疇だ。そう、ここまでは予想の範疇だった。


「……」


 全て取り払ってからちょっと反応に困る。


「あら、綺麗な剣ですね」


「これ刀じゃないっすか。珍しいモン頼んだんすね、お嬢さま」


 侍女2人と俺が覗き込む先、箱の中にあったのはたしかに刀だった。だが俺が期待していた無骨なシロモノではない。

 長さは標準的な刀よりわずかに短く、反りもそこまで強くはない。柄巻きと下げ緒は赤い絹の平組紐、鞘は黒い鋼でシンプルな仕様だ。ここまではいい。

 なにが問題って、鍔の透かし彫りが兎なのだ。兎と稲穂。稲穂は分る、エクセララの豊穣を祈る砂稲の紋様だ。だが兎?兎とはなんなのか。しかもやたらとデフォルメの効いた可愛い兎で、目の部分に小さく赤いダンジョンクリスタルが瞳として入れられている。非常に細かい細工だが金属の内側に少し大きめの石を入れる方法をとっているらしく、脆そうな印象は一切受けない。いい刀といえば、いい刀だ。


「かわいいですね」


「ん……」


 俺は今後この可愛らしい刀を使うのか。一瞬高まり切ったテンションが急下落した。

 いやいやいや、しかしこれでも刀は刀。マイルズに頼んだ通りこの精巧な造りはエクセララ製だろう。性能がよければそれでいいではないか、うん。

 鞘ごと刀を箱から取り出してみれば、それはたしかによくできた一振りだった。重さもしっかりとしているし、鞘と刀身が一体になっているかのようにがたつきもない。

 柄を握って力を籠めるとスッと金属がお互いを舐める音に続いて刀身があらわになる。黒い鞘の奥に秘められたそれはうっすらと赤い輝きを放つ。黒櫛鋼と赤ミスリルの合金だが、俺がかつて仲間と開発に失敗したソレとは一線を画す完成度と安定度だ。わずかに弧を描く刀身に歪みはなく、波紋もおとなしいものの優美。滑らかでありながらざらついた斬撃の音色を想起させる、心を魅了する輝きが宿っている。


「いい刀」


「分るんすか?」


「ん、ちょっと試してみる」


 アンナとシャル以外だれもいない修練場で、刀をベルトへ固定した俺は的に向かう。丸太にぼろぼろの鎧を着せた安上がりな的だ。


「ふぅ」


 息と共に無駄な力を吐きだす。考えてみれば刀そのものを振るうのはかれこれ体感で9年ぶりだ。それでも懐かしい柄巻きの感触に自信が湧き出る。本当はこれではいけないのだとわかっている。道具は大切だが頼り切ってはいけない。それではスキルに頼り切るのと同じだ。だが久しぶりで昂るのは抑えられない。興奮が熱のように体を駆け巡る。この控えめな体でもきっと俺の頬はつり上がっていることだろう。

 的の前に自然体で立ち、柄に右手の甲を乗せる。俺が師匠より授けられた紫電一刀流、その抜刀技の構え。


「…………」


 気合はない。ただ、それが当然の挙動だと、そんな気負いのない動作で掌を返す。重心が前に移動し、足が地を踏みつけ、鯉口を切った刀の柄が握られる。

 鞘の中を刀という俺の一部が滑っていくのを感じる。目の前の鎧の斬るべき場所をめがけて、うっすらと赤味を帯びた金属の分身が走る。空気すら斬り捨てて疾走する。


 ズ……


 僅かな手ごたえを伴って振りきった。そのままの姿で残心する俺の眼前にて、丸太がぱっくりと割れて転がり落ちる。つけられていた鉄製の鎧も腹から上を失ってガシャリと地面を叩いた。

 紫電一刀流抜刀・霞。師匠が最も得意としていた速度重視の居合斬りだ。


「……」


「す、すごいです、お嬢様!」


「うっわー、お嬢さまってば凄い使い手だったんすね!?」


 アンナとシャルは驚いてくれているが、俺は内心あまりいい気分ではなかった。たしかに斬れた。だがかつての切れ味に比べると格段に落ちている。刀のせいではなく、俺自身の問題だ。今の軌道のブレから察するに、リーチと加速だけが課題ではないらしい。


「……疲れた。お茶にしよ」


「はい、かしこまりました」


「今淹れてくるっす!」


 せっかくの刀の試し切りがなんだか台無しになったような嫌な気分になる。

 それでも一朝一夕でどうにかなる問題ではない。そう言い聞かせながら俺は屋敷に足を向けた。


 ~★~


「アークセラちゃん!」


「ん、どしたのエレナ?」


 わたしはアクセラちゃんを呼び止める。その顔に昨日までのイライラのようなものはなかった。そのことにちょっとだけ気が楽になる。


「お昼、外で食べない?」


「外で?」


「うん。母さまとイオさんがピクニックの準備してくれるって。トレイスくんと3人で出かけない?」


 いつもなら父さまや母さまも一緒にお昼を食べるのだけど、今日は少し忙しいから無理らしい。そのかわり姉弟3人でピクニックに行ってらっしゃいって言ってくれた。

 3人で壁の外に出たことはないから、とっても楽しみ。


「3人で外……楽しそう。いいよ」


「じゃあ30分したら出発ね!」


 アクセラちゃんも賛成してくれたので母さまに報告にいく。トレイスくんの仕度とお昼ご飯の用意を手伝ったら出発だ。


 馬車にゆられてケイサルの外、東門から少し行ったところにある丘にわたしたちはやってきた。わたしとアクセラちゃんは歩いてもよかったんだけど、トレイスくんの体力を考えて馬車になった。

 馬車はお尻が痛くなるからちょっと苦手。


「わぁ、きれい!」


 トレイス君が感動したように叫ぶ。農場が遠くに見えるこの場所は、花もかなり生えていてたしかに綺麗だ。今日は風も冷たくなくて心地いい。


「準備ができましたよ」


 アンナさんが広げてくれたシートの上に靴を脱いで上がる。木はあんまり生えてないけど、柔らかい草に覆われた丘はふかふかして気持ちがよかった。見ればアクセラちゃんも足元の感触に笑っている。


「さっそくお昼にしますか?」


「トレイスはお腹空いてる?」


「うん!」


「お願い」


 わたしもアクセラちゃんもお姉さんなので、トレイスくんのお腹具合を優先する。


「エレナちゃん、バスケット広げるの手伝って」


「あ、はい」


 今日はアンナさんしか一緒に来ていないので、わたしが半分お仕事モードだ。といっても一応お休みだから普通のワンピースに杖だけ持った格好。侍女服はかわいくて好きだけど、やっぱりお休みにまで着たいとは思わない。


「さ、準備が終わりましたよ」


 わたしとアンナさんが大きなバスケットの中身を広げ終わるまで、アクセラちゃんはトレイスくんと下草の中から花を見つけて遊んでいた。彼にとっては初めての花も多くて、彼女はそれがなんであるかを丁寧に教えてあげていた。

 そういえばわたしもお屋敷に生えてる花の名前はアクセラちゃんに教えてもらったなぁ。


「トレイス、お昼だって」


「うん!」


 シートの上に戻ってくる2人におしぼりを渡す。今日のお昼はサンドイッチなので、手は綺麗にしておかないと。

 バスケットの中にはたまご、鹿肉のグリル、新鮮なお野菜とハムとチーズ、トマトとベーコン、そしてアクセラちゃんが大好きな鶏肉のサンドイッチがたくさん入っていた。飲み物はイオさんがさらに改良を加えたお屋敷特性リハイドレーター。たしか今日はさっぱりしたレモン味だったはず。


「私はこれもらう」


 アクセラちゃんは鹿肉のサンドに手を伸ばす。わたしはハムとチーズ、トレイスくんはたまご。ちなみにアンナさんは出発前にお昼を済ませている。一緒に食べてもアクセラちゃんは気にしないだろうけど、侍女としてのけじめだとアンナさんは言っていた。母さまや叔母さまは家族なので特別なんだって。


「ん、おいしい」


「おいしいねー」


 楽しそうに食べるアクセラちゃんとトレイスくん。サンドイッチはどれもトレイスくんが食べやすいように食パンを四つ切にした大きさで作られている。1つ1つはよく食べるアクセラちゃんにとって物足りない大きさだろうけど、その分いろいろなお味を食べられるのが楽しいのでいいらしい。わたしもこの方が楽しい。


「トレイス、この鳥のやつ、おいしいよ」


「ほんと?じゃあ次はお姉ちゃんと同じのもらうね」


「アクセラちゃんは鶏肉好きだよね」


 お屋敷で出てくるお肉は鶏肉か鹿肉が多くて、昔から彼女は鶏のサンドイッチが好きだ。イオさんがいろいろ考えて作ったスペシャルソースがたぶんその理由だけど。


「ん、いくらでも食べれる」


「むぅ、そんなに食べても全然太らないのはちょっとズルいよね」


「そんなこと言われても……」


 魔法使いのわたしと剣士のアクセラちゃんだと運動する量が桁違いだ。当然お腹がすく量も違うし、彼女の方が食べてもエネルギーになって身に付きにくいのはわかっている。それでもちょっとズルい気がする。

 そんなことを思いつつ、やっぱり次のサンドイッチに手が伸びる。イオさんの料理もやっぱりズルい。



「そういえばアンナさん、今朝長い箱持ってましたけど、あれなんだったんですか?」


 バスケットが半分空になったころ、ふと思い出したことを訪ねてみる。ステラさんについて革素材の判別を習っていたとき、アンナさんが長い箱をもって急ぎ足で通り過ぎたのだ。


「ああ、それはお嬢様にお届け物を持っていくところだったの」


「届け物?」


 視線を向けるとアクセラちゃんが腰に下げた剣をトントンと叩いて見せた。そういえばいつも普通に出かけるときは剣を下げてないのに、今日は見たことないのをつけている。


「マイルズに頼んでた刀」


「へー、それが刀なんだ?後で見せて!」


「ん」


 アクセラちゃんがこだわる刃物の中でも一番よく口にするのが刀。遠くのエクセララという国で作られている、とてもとてもよく斬れる剣らしい。すぐに見せてもらいたいくらい気になるけど、トレイス君がいる前で刃物は危ないので我慢する。

 でもこれでアクセラちゃんの悩みは解決するはず。刀はよく斬れる剣で、アクセラちゃんは刀の方が得意だって自分で言っていた。これがあればシュリルソーンの核も斬れて、イライラの種は消えてなくなる。


「刀って1本1本名前があるんでしょ?」


「ん……そういえば銘見てなかった」


 あれほど欲しがっていた刀の名前を確認してないの?

 そのことに少しだけ、違和感を感じた。


「エレナ、氷の棒出して。これくらいの」


「あ、うん」


 言われた通りの大きさで氷の棒を作る。これくらいならもう詠唱なしでも、魔力糸さえあれば作れる。


「ありがと」


 アクセラちゃんは受け取ったそれで柄の真ん中あたりを押さえはじめる。何をしているのかとわたしやトレイスくんが覗き込んでいると、すぐになにか金属の小さな棒が取れた。


「え、壊れた!?」


「違う。これを外さないと柄が外せない」


 慌てるわたしを尻目に彼女は慣れた手つきで柄を抜き取る。

 ああ、今の金属の棒が固定になってたんだ……。

 柄の下から現れた荒い金属の肌には何かが刻まれている。わたしには読めない、とてもカクカクとした文字。それをアクセラちゃんはそっと指でなぞる。


「紅兎、紅色の兎って意味。そのままな名前」


「それ読めるの?」


「ん、エクセララでたまに使う漢字」


「カンジ……」


 本当に一体いつどこで彼女はその文字を覚えたのだろう。わたしが知る限りエクセララの文字の本なんて書庫にないし、レメナ先生が教えたならわたしにだけ教えてくれない理由が思いつかない。

 ……待つか、ぶつけるか。

 なんとなくステラさんの言葉が頭の中で反響した。


「打ったのは……エカルト=バックナー」


 アクセラちゃんが刀を裏返すと、そこにはわたしでも読める大陸共通語で名前が彫ってあった。エカルト=バックナー。きっとこの刀を作った人だろう。


「お姉ちゃんたち、ご飯のときにほかのことしちゃいけないんだよ」


 2人でその名前を覗き込んでいるとトレイスくんに注意された。彼はずっと寝たきりで、今でもあまり外に出ないせいかわたしたちよりも育ちがいい。


「そうだね」


「ん、食べ終わろう」


 アクセラちゃんは手際よく柄を戻して留め金を打ち込んだ。


「バックナー……もしかして?」


 そう小さくつぶやいた声がわたしの耳に届いていると、きっと彼女は思っていない。


 ~★~


「お姉ちゃん、これ?」


「ん」


 お昼ご飯を終えてわたしたちはピクニックらしい遊び、花冠づくりをしていた。トレイスくんが前に本で読んだので作りたいと言い出し、アクセラちゃんが教え始めたのだ。わたしも実は作り方がよくわからなかったので教えてもらう側。


「その花は茎が長くてとても頑丈。まずそれを編んで土台にする」


「わ、ほんとに頑丈だね」


 言われてわたしは一本の茎を千切ろうとし、それがかなり難しいということを確認する。細いけど縦の繊維がとても強くて素手では大変だ。


「まずこっちのやつに上のを引っ掛けて、次にこっちを引っ掛けて……」


「順番にからめるんだ?」


「ん」


「おー、トレイスくん頭いい」


「えへへー」


 1回分アクセラちゃんが絡めて見せればトレイスくんはその意味を理解して、集めてきた大量の花でやり始める。わたしも負けずに集めた花から茎の硬いのを選んで同じように編んでいく。


「むぅ、これとこれも茎が強いから混ぜれるのかな?」


「大丈夫」


「できたよ、お姉ちゃん」


「ん、いいかんじ」


 出来上がった土台に今度は綺麗な花を差し込んでいく。赤い花や青い花、黄色い花に紫の花。よく考えないとグチャグチャな色づかいになりそう。でも何度も入れ替えると今度は土台の方が弱ってしまう。


「あ……」


 悩んでいるうちに土台の花がほどけてしまった。


「組む本数変えてみれば?」


「むぅ」


 仕方がないので最初から。


「できた!」


「ん」


 順調に編み上げたトレイスくんが花冠をアクセラちゃんに渡す。それは子供らしいグチャグチャな色づかいの、けれどとても元気のあふれたカラフルな花冠だった。


「あはは、かわいいね」


「ん、よくできてる」


「そう?やった!」


 嬉しそうに彼は自分の花冠を自分でかぶる。白いくせっ毛に色とりどりの花が乗ると、真っ赤な目もあってまるでおとぎ話の妖精のようだ。


「トレイスくん、花の妖精みたいだね」


「えへへー」


 それで喜ぶのも男の子としてどうなのかと思うけど、実際かわいいからしかたない。


「アクセラちゃんも自分の花冠つくらないと、そろそろわたしもできちゃうよ」


「ん、そうだね」


 ようやく二つ目の土台が編みあがったわたしは、そこに足す花を探しに移動する。

 ややこしいことは考えずに、青と白で揃えよう。それならわたしの金髪に合うだろうし。


「ん、できた」


「えー、お姉ちゃんはやい!」


 白い花の間に青い花を挟み終わるか終わらないかくらいでアクセラちゃんが土台を完成させる。本当に早い。彼女はあっさりと細くてしっかりした土台を編み上げていた。


「指の動かし方が分かればすぐにできる。ほら」


 アクセラちゃんは残っていた土台用の花を数本とって、見惚れるくらい手際よくそれを編んでしまう。まるで機織り機をみているような、無駄のない不思議な動きだった。


「はい、指輪」


 差し出されたのは花冠よりずっと小さい花の指輪。茎の緑と花の白がかわいらしい。


「ありがと!」


「うわー、指輪だ!」


 わたしもトレイスくんも指にはめてみるとぴったりだった。綺麗にあっさり編んで見せただけじゃなく、ちらっと見ただけでわたしたちの指の大きさに合わせてくれたらしい。

 ほんと、どうなってるんだか……。


「エレナ、そっちの青い花わけて……んっ」


「アクセラちゃん……?」


 立ち上がってなにか言いかけたアクセラちゃんが、突然前かがみになってゆっくり膝をついた。うつむいた表情はわからない。だけど手は口とお腹を触っていて……。


「お腹痛いの?大丈夫!?」


「だ、大丈夫」


 口ではそう言っていても、どう見たって大丈夫じゃない。わたしは駆け寄り、かがんでその肩を支える。


「ちょっと立ち眩みがしただけだから・・ふっ……はぁっ……」


 彼女が立ち眩みを起こしたところなんて見たことがなかった。顔色はいつもよりやや白く、押さえた口元からは荒い息がこぼれてくる。吸うより吐く方が多い、つらそうな呼吸だ。


「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」


「お嬢様、お加減が悪いのですか!?」


 心配したトレイスくんの顔がゆがみ、すぐにアンナさんも走ってくる。その手には馬車に備えてある常備薬の薬箱が抱えられていた。

 あれ……?

 視線をそちらに向けたときだ。後ろで、アクセラちゃんの方から不思議な魔力の流れを感じた。それはここしばらく、わたしが見ていないときや見えないところにいるときに限って感じ取る魔力の流れと同じだった。大きな流れじゃない。けどなにかとても強い気配のする魔力。それにもっと前にも感じたことがある気がする。


「ちょっと立ち眩んだだけ、もう大丈夫」


 視線を戻すとアクセラちゃんはもう立ち上がろうとしていた。顔色も少しだけよくなってる気がする。


「本当ですか?目眩が残っていたり気分が悪かったりしませんか?どこかぶつけたりは?」


「ん、心配かけてごめん。でももう治った」


 そう言われても心配そうに顔や体を触って確かめるアンナさん。その結果、特にどこにも異常がないことがわかった。実際アクセラちゃんはどこも悪い様子なんてなく、ほんの少し立ち眩みを起こしただけに見える。

 でも、あの息の速さは普通じゃなかった。酷い風邪をひいたときみたいな、苦しくて仕方ないときにする息の仕方だった。そこまで考えてわたしはふと気づいた。

 治ったんじゃない……治したんだ。

 あの魔力は何かに似ていると思ったら、大分前にアクセラちゃんが自分の部屋で服をまくって使っていた魔法の魔力に似ているんだ。淡い紫の光を放つ、どの属性とも違う魔力。一番近いのは3歳で祝福をもらったときに見た、教会の大聖堂に漂っていた紅の輝きだろうか。

 魔法で直したなら回復魔法?でもあんなに一瞬で効く回復魔法、火属性にも光属性にもないハズ。

 闇属性はもともと回復魔法に乏しいのでよく知らないが、アクセラちゃんの使えるほか2つの属性には回復魔法もいくつかある。でも火の回復魔法は活力を与えたり体を活性化する魔法で、光の回復魔法は傷を殺菌したりが主な魔法になる。

 呼吸がすぐに楽になるような回復魔法は風か水……それか聖属性?

 聖属性は訓練で使えるようになるから、真面目で鍛錬好きなアクセラちゃんなら使えてもおかしくない。でもいったいいつそんな練習を、どこでしていたのか。それにそんな魔法をなんでしょっちゅう使っているのか。


「……むぅ」


 本当に、刀でシュリルソーンの核を斬れたらそれで丸く収まるんだろうか。もっと大きくて、ややこしくて、わたしにはどうしようもないことが待ち受けているんじゃないだろうか。

 そんな不安が胸の奥で膨らむ。アクセラちゃんがわたしの知らないうちにどこかへ行きそうな、言葉にできない恐怖がじわりと心に滲んでいく。

 怖い……どうしたらいいのかわからないけど、何かしないと。


お盆の連続更新が始まりました。

次回は明日の0時ですので、お楽しみに('◇')ゞ


そして、ついに!

ついに、以前お話していたイラストが狐林さんから届きました!!

ご照覧あれ!!


挿絵(By みてみん)


アクセラの妖しい魅力と切れ味のよさそうな気配が伝わってくるいい挿絵です。

これで向こう半年はがんばれる!ありがとう、友よ!!

追記:言い忘れていましたが、打ち合わせ時の私のミスで短髪になっています。

   小説内の現時点でアクセラはロングです!!



~予告~

ついにアクセラの手に刀が・・・。

しかしそれは持つ者の思考を奪い、影のあるクールガイにしてしまう妖刀だった!

次回、妖刀ニヒル


アクセラ 「叩き折ったら左目が戻ってきそう」

ミア 「失くしとらんじゃろ」

アクセラ 「転生用の体1コまるごと失くしてるけど・・・」

ミア 「い、言うでない!」

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