三章 第14話 叫刺兵
地道な依頼達成と狩りのおかげで俺とエレナがEランクに昇格し、ギルドカードが青色に変わったある日。俺たちは「夜明けの風」の面々とダンジョンに潜っていた。
「や」
気の抜ける気合と共に最後のソーンフットの首を刎ねる。返り血が服にかかるが気にしない。今更気にするのが馬鹿馬鹿しいほどすでに血まみれだ。それに眠気がくどくど続いてうっとうしい。
「ほい、ご苦労さん」
「ん……」
トーザックが投げてくれた黄色い実を齧りながら首のない兎の胴体にナイフを突き立てる。エレナも隣で先に倒したソーンフットの解体を始めていた。
「貴族にしておくにはもったいないほどの手際よね、2人とも」
アペンドラが感嘆ともつかない声を漏らす。俺は鈍っていた腕を磨き直し、エレナは天性の飲み込みの早さで解体をモノにしているのだ。速度と丁寧さのどちらをとっても実際Eランクとは思えないだろう。
切り取った足を落ちないように紐で括ってベルトに下げる。そこにはすでに4羽分、16の兎の足がぶら下がっていた。剥ぎ取った皮は火魔法でかるく水気を飛ばしたあと丸めてバッグの中だ。
「見た目は貴族どころか蛮族だけどな」
トーザックがそんな風にからかってくるが、俺たちは反論できない。返り血まみれで腰には得物の足をたくさんぶら下げている。俺から見ても蛮族の類だ。
「今日はどこに?」
浅いエリアはほぼ回り終わったはずだ。そろそろ本格的に中層へ向かってもいいのではないだろうか。そんな思いを胸にガックスに尋ねる。一応行き先を決めるのは教導役の彼の仕事だ。
「ははは、そんなに目力込めて言わなくとも分っているさ。そろそろ中層を中心に活動してもいいと思っている。戦闘力は十分だし、連携もとれているからな。加えて……」
「キィ!!」
ガックスの台詞を遮るように甲高い鳴き声が聞こえた。眠たい頭に響く声だ。俺は振り向きざまに腰から外した鞘ごとの剣を振り抜く。
「ガギュッ」
湿った苦悶の声と骨や肉を砕く感触。こぼれた血が俺の頬を汚す。
「凍れ、澄んだ氷よ、冷たき物よ。凍り走りて在れなるを打ちのめせ。氷の理は我が手に依らん」
よく舌を噛まないなと感心するほどの早口でエレナが詠唱する。銀の杖が指し示すのは俺に殴られて壁に叩きつけられた哀れな奇襲者。大人の拳よりも大きい氷の塊が生成されたとたん、すさまじい勢いで飛んでいく。
そして骨を砕かれてもなお死なずにフラフラと立ち上がろうとしたはぐれのソーンフットは、残念なことにちょうどアイスボールの射程へと頭を突っ込んでしまった。
ばちゅん!
普通のアイスボールよりも速いエレナのそれは襤褸雑巾のような棘兎の頭を破裂させ、背後の壁に激突してめり込んだ。
「……即応性も高いな」
遮られた言葉を締めくくるガックス。苛立って思い切り殴りつけてしまった俺の言えることではないが、エレナの一撃で金にならないありさまとなってしまった兎の方が俺は気になる。
「見てくる」
「あ、俺も俺も」
怖いもの見たさを発揮したようについてくるトーザックと現場へ向かう。
あ、だめだこれ。
いっそ綺麗に首を刎ねていれば追撃は免れたのだろうが、エレナのアイスボールの威力が高すぎてえらいことになっていた。跡形もなくはじけ飛んで壁に飛び散っている頭は仕方がないにしても、着弾時の物理エネルギーが高すぎて胸のあたりまでグチャグチャにえぐれているのだ。壊れた水道のように血が吹き上がっているのが妙に間抜けて見える。
「うっわ……これは売れんわ」
「ああ!?ごめんなさい!」
ようやく自分の咄嗟の一撃がオーバーキルだったことに気づいたエレナが慌てて謝る。
「エレナ、ソーンフット相手に回転を加えて撃ったらダメ」
「こ、今度から気を付けるね……」
アイスボールのような物理的破壊力に頼る魔法は回転させると威力と速度が上がるというのを教えたのは俺だが、普通のアイスボールでも十分殺せた。
「しかしこれは……壁に深々と刺さってますね」
遅れて見に来たマレクが壁面に刺さったアイスボールを見て感心したような声を洩らす。透明度の高い魔法の氷は半分以上ダンジョンの壁にもぐりこんでいた。しかも棘兎を1羽屠っておいてまだ相当なエネルギーがあったのか、そのあたりの蔦もブチブチと引きちぎられてしまっている。
「んー?これもしかして……」
壁の観察に参加したトーザクが顎に手を当てて首をかしげる。
「どうかしたのか?」
「いや、お嬢ちゃんたちの攻撃で大分傷んだこの壁なら壊せそうだなと思ってよ」
「壁抜きか、面白そうではあるな」
ダンジョンの壁を無理やり破壊して進むのを壁抜きという。長年濃密な魔力を浴び続けて硬度を増したダンジョンの壁を破壊するのは至難の業だが、できればいいショートカットになる。ただし道に迷う可能性が高くなるのと、行った先の敵の強さが自分に合っているかは不明だ。
「俺たちならたとえここのボスでもなんとかなるんだし、1回やってみようぜ」
「いや、しかしな……」
面白そうだと悪い笑みを浮かべるトーザックに、良識を以って難しい表情を浮かべるガックス。
「だってよ、俺たちのパーティー構成じゃ壁抜きなんてできねえぜ?」
「夜明けの風」は剣士と斥候と弓使いのパーティー。壁を壊すのだから要求されるのは絶大な打撃力なのだ。
「いや、それはそうだが……」
「これだけ打撃力のある魔法使いにこんな馬鹿みたいなおねだりできる機会そうそうねえんだしさ。それに人工物がベースのこのダンジョンだからこその楽しみだろ?」
この時は意味が分からなかったが、どうも人が作った果樹園をベースにできあがったこのダンジョンの壁は他所より脆いらしい。ダンジョン化する前にかなり風化しており、魔力を吸って頑丈になってもたかが知れているのだとか。それでもそう簡単に壊せるものではないのだが。
「う、たしかに……」
「なあ、いいだろ?リーダーよー、壁抜きなんてロマンじゃねえか。なーあー」
理論武装から入ったトーザックの説得は最終的に子供みたいな主張に成り下がっていた。とはいえその気持ちは分からないでもない。冒険者の多くはしたことがないこと、できないと言われていることをやってみるのが楽しくて仕方ないという病気を患っている。一言で言うなら冒険心だ。
「……まあ、そこまで言うなら仕方がないな。色々な経験を積ませるのもまた教導する者の仕事だ。うん」
そんなこと言って、頬が若干ニヤけているガックス。良識を持つ真面目なリーダーも所詮は冒険者だった。
「エレナ、悪いがこの壁にもう何発かさっきのを叩きこんでみてくれ」
「ふふ、わかりました」
子供のわがままを聞いてあげる大人のような笑みで承諾するエレナ。見ればアペンドラも似たような笑みを浮かべている。ロマンに釣られる男を見つめる女性の目は大体何時の時代もこんなものだ。
ちなみに俺は釣られる側だ。さっきまでの眠気はどこへやら、マレクと一緒に無言で期待の眼差しを向けている。
「下がっていてください。凍れ、澄んだ氷よ、冷たき物よ。凍り走りて在れなるを打ちのめせ。氷の理は我が手に依らん」
俺たちがいそいそと退避してから回転するアイスボールが3発まとめて壁に打ち込まれる。
「『マルチキャスト』か……凄まじいな」
『マルチキャスト』は同じ魔法を1度の詠唱で複数展開するのに必要なスキルだが、エレナのそれは単純に脳内で複数のアイスボールを作るようイメージしただけのもの。そんなスキルは持っていないはずだ。
「もう驚く気も起きねえわな」
「驚いてたの?」
「そりゃな」
諦めたようなトーザックの呟きに聞き返すと肩をすくめられた。
「最初に報酬の話をしたときにお嬢ちゃんの師匠が忠告してくれたんだよ。2人とも天才だから相当無茶苦茶なことするだろうけど、あんまり驚きすぎると教導役として仕事がしづらくなるぞってな」
レメナ爺さん、そんなことを言っていたのか。
「実際模擬戦ではうちの猪が軽くあしらわれるし、初めて対峙した魔物にもひるまず突っ込んでいくし……いやほんとに、驚いて口が開かないように頑張ってたから、いい顎のトレーニングになったぞ」
あまり俺たちが自重せずに動いても普通に対応してくれるので、さすがはBランクパーティーだと思っていたのだが……どうやら心中は穏やかでなかったようだ。
「でも、それ言って大丈夫?」
「バラしたからって増長したり俺たちの話を聞かなくなったりはしなさそうだったんでな。な、リーダー」
「まあ、そうだな」
信頼は嬉しいが、俺はむしろリーダーに確認もとらずにバラして大丈夫なのかと聞きたかったんだ。事後承諾でも問題なかったのはガックスの態度からわかるのだが。
「さて、壁抜きはいけそうかい?」
話を戻してそう尋ねるトーザック。
「あ、もう蹴るなりしてもらえれば壊れると思います」
「え、もう?んじゃ俺蹴る」
「まてまて、ここはパーティーリーダーである俺がだな」
「何事も経験ですから、ここは一番若い僕が!」
それまでの信頼感はどこへやら、2人に1人を加えて誰が壁を壊すかで揉め始める。
「えい」
その隙に俺がかるく蹴飛ばした。都合4発もエレナのアイスボールを喰らった壁はあっけなくも音を立てて崩れ落ちる。
「「「あ」」」
「色々と経験を積ませてくれるんでしょ?」
先程のガックスの建前を言って見せれば3人とも黙らざるを得なかった。
~★~
破壊した壁の向こうは「夜明けの風」が持ってきていた地図によると中層に含まれるはずだが、記入されているどの部屋や通路にも通じていない道だった。
「これは新エリア発見か?」
「そんなことはいいから周りに気を配れ。もし未開拓の場所なら見知らぬ敵が出る可能性は十分にあるぞ」
アーチ状になった通路に蔦が蔓延って天蓋のようになっているその道で、俺たちはいつも通りの隊列を組んで慎重に進んでいた。
「ここの魔力、全部土属性になってます」
「なに?それは拙いぞ」
空気中の魔力が1つの属性に偏っているということは魔法を使ってもその属性が強く、他の属性が弱くなるということだ。土に偏っているなら土魔法は放ち放題で威力も高くなるかわりに火と水は使いづらく、風に至っては半減されてしまう。
「いったん引き返すか?」
「いや、大丈夫だろう。最悪エレナには魔法を控えてもらうほかないが、他は幸い物理職だからな」
俺はあくまで魔法剣士なのだが……。
「ん、なんかある」
上にも気を付けながら進んでいるとふと妙な感じがした。俺が顔を向けると、トーザックもそれを見る。
「これは……分りづらいが蔦が伸びてるだけで壁じゃねえぞ」
専門である彼は直ぐにそれが通路だったことに気づいた。
「どうする?」
「行ってみたい」
「だと思ったよ」
笑うが早いか、ガックスが鞘から抜いた剣に赤い光が灯る。
「はっ」
スキル光の尾を引く剣閃が上から下まで蔦を切り裂いた。いや、切り裂いただけではなくわずかに萎れさせていく。太い蔦から水分が抜けて萎んでいるのだ。
「今の……」
「マレクが喰らったアレほどではないが、なかなか様になってきただろう?」
飛び切りの隠し芸を披露した彼は口角を釣り上げて見せる。俺が以前簡易決闘で見せたスキルではない魔法剣を、自分なりに習得して見せたのだ。
「すごい」
「その年齢で数倍の威力を叩きだす奴にいわれても素直には喜べないが、ありがとう」
付与されていたのは火属性の魔法だろう。あくまで剣士なので魔法自体の威力は大したものではないが、魔法の性質が加わるのと加わらないのでは大きな違いがでる。切り札が増えたのなら俺としてもうれしい限りだ。
「さってと。これ通路じゃなくて部屋だな……!?」
蔦が萎れてできた隙間に半身を潜り込ませていたトーザックが慌てた様子でこちらに戻ってくる。
「どうした?」
気を引き締めたパーティーリーダーの問いかけに彼は嫌そうな顔して報告をあげる。
「レアがいやがった。しかもボス直系のレア」
「それはまた……どいつだ?」
「シュリルソーンソルジャー」
シュリルソーンソルジャーというのはたしかこのダンジョンのボス、シュリルソーンキングに連なるレア魔物だ。強いのかは知らないが、駆け出しを抱えて挑むのはリスクがあるのだろう。
「強いの?」
「いや、別に」
強くはないらしい。
「ただこの状況だと面倒なんだ。あいつらは土属性の魔法を使って自分を回復する」
ああ、たしかにそれは面倒だな。
ガックス曰く俺たち込みでも囲ってボコれば倒せるレベルらしいが、延々回復されると特殊能力を喰らう回数が増えてしんどいらしい。
「なら魔力を与えなければいいんじゃないですか?」
「え?」
「え?」
エレナの提案にポカンとした顔をする「夜明けの風」。
「そんなことができるのか?」
「時間はかかりますけど、延々回復されるのは阻止できます」
「……狩るか」
ガックスの判断は早かった。それから俺たちは大まかな打ち合わせをし、装備の軽い点検を行ってから部屋に突入した。
「キュリキュリキュリ……キュィイイイイ!」
叫刺兵とも呼ばれるシュリルソーンソルジャーはメタリックな蔦でできた人型の魔物だった。蔦の太さは俺の手でギリギリ握りきれないくらいで棘だらけ。それが複雑に絡み合って蠢きながら人の姿をしているのだ。その名の由来はこの耳障りな音で、金属質な蔦がこすれ合うために発生しているとされる。
「キュリィイ!」
自分の領域を侵されたことへの怒りなのか、甲高い叫びを上げながらシュリルソーンソルジャーは腕を振り上げる。
「ウィップがくるぞ!」
「聳えよ、固き土よ、揺るがぬ物よ。我が前に聳え立ちて彼の物を阻め。土の理は我が手に依らん」
エレナの詠唱に呼応して俺たちの目の前の地面が急速に盛り上がり、敵が腕を振るう前に頑丈な壁になる。
「土魔法まで使えるってんだから、規格外もいいところだよな!」
ぼやきながらトーザックが小さくて薄い金属の環を5つ投げる。それらは別々の弧を描いて壁の脇をすり抜け、敵めがけて飛んでいった。いわゆるチャクラムだ。彼はナイフ以外の投擲も堪能らしい。
直後、硬質な音が響く。金属同士が当たるその音は俺、ガックス、マレクに敵の位置を教えてくれた。
「右だ!」
誰が叫んだのか、その言葉に従い俺たちは壁の右側から飛び出した。目の前には壁を回り込もうとするシュリルソーンソルジャーの姿が。
いきなり目の前にお互いが現れた形だが、俺たちはそこにいるのを知っていて回り込んだのだ。即攻撃する準備はできていた。
「はぁ!」
大きく踏み込んで俺たちに場所を開けたガックスはそのまま叫刺兵の横を抜け、剣に青い光を灯して振り向きざまに叩きこむ。切ることより衝撃を与えることに向いたスキルを選んだらしく、骨格のない人型は異常な体勢でこちらに押し出される。
「やあ!」
ほぼ同時にマレクが赤い光を纏う剣をガックスとは反対側から叩きこむ。切れ味を上げるスキルと叫刺兵自身の勢いでその刃は光沢のある蔦へ食い込む。人間で言えば胸のあたりへ真一文字に。
「や」
そしてマレクの剣が引き抜かれたところ、太い蔦が断ち切られて露出した赤い結晶めがけて俺がショートソードを突き入れる。『剣術』の切れ味を上げるスキルをのせて。
ガチン!
「あ……」
刃筋は立てたつもりだったのだが二重構造になっていたのか、それとも単純に鋼のショートソードより遥かに頑丈な素材だったのか、結晶の食いこんだ刃先に酷い感触が伝わってきた。
これは刃が欠けたな。
「ギュルリリリリイイイイイイイ!!!」
それでも激痛が走ったのだろう、シュリルソーンソルジャーは全身をかき鳴らしてばれ始めた。
「おっと!」
前衛3人はそろって後ろへ下がる。
「ごめん、切れなかった」
「いや、こっちも悪かった。シュリルソーン系はコアを破壊したらいいとは言ったが、砕かないといけないとは言わなかったからな」
見ればやはり切っ先が欠けていた。
「キュル、ギュリギュル!」
早々にコアを攻撃されるとは思っていなかったらしい敵も警戒して後退している。本来ならそこで周囲の魔力を吸収して修復を図るらしいが、一向に再生が始まる様子もない。
「本当に有効だったようですね」
「ん、エレナは優秀」
土壁の向こう、アペンドラとトーザックに守られながらエレナは今大量の魔力糸を生成しているはずだ。彼女の類稀なる魔力親和性で片っ端から周囲の魔力を吸い上げて変換する。それがなんの準備もなくシュリルソーンソルジャーへと挑んだ俺たちの作戦だった。
ただ茫漠と漂う魔力ではいくらイメージ力と魔力親和性に優れた彼女でも全ては制御できないが、扱いなれた魔力糸の形に固定してしまえばいくらでも操作できる。
我が乳兄弟ながらまったくもって末恐ろしい才能と努力の結晶なのだ、彼女は。
「もう1撃いく」
「了解だ」
2人に次の行動を伝えるとほぼ同時、いきなり強烈な眠気が襲い掛かってきた。足から力を失いかけてなんとか体制を維持する。
「では僕から……はぁ!」
俺の異変に気付かず、マレクが踏み込む。剣に赤い光を宿し、傷ついた敵が振り回す腕の蔦を切り裂く。完全には切れなくとも半ばまで切れ込みが入った蔦はもう使えない。
そうやって仲間が拓いた道をガックスが追従する。至近距離まで近づいたマレクが敵の右腕を跳ね上げた瞬間、ガックスの剣が赤くきらめいて肩口へと突き立った。
「ギュリル!」
「耳障りなんですよ!」
体勢を崩したシュリルソーンソルジャーの反対の肩をマレクの剣が穿つ。両腕を根元で固定された叫刺兵は急いで体の結束を緩めようとするが、その時には遅れて踏み込んだ俺がすぐ傍まで来ているのだ。いくら睡魔に襲われていても戦闘中に足を止めるほど柔じゃない。
打撃系の青い光を纏わせた鋼のショートソードをがら空きの胸へと叩きこむ。ビシッという音と共に、コアの結晶にひびが入った。
「ギュルルルルルルルル!!!!」
全身の蔦が暴れて酷い音を奏でる。ガンガンと頭に響いてくるが、もう遅い。
「うるさい」
もう1度力を込めて体ごと剣を押し込めば、コアは硬質な音をさせて砕けた。同時に暴れていた蔦もおとなしくなる。音も途絶え、狙ったようなタイミングで眠気も消えた。
「よし、討伐完了だ」
「ん、お疲れ様。エレナ、もういいよ!」
「はーい」
土壁の向こうから回復封じとその護衛をしていた3人がやってくる。そして俺を見たエレナは顔をしかめた。
「アクセラちゃん、顔怖い」
「ん……」
言われて顔を触ってみる。いつもよりずっと表情筋が仕事をしていた。浮かべているのは明確な笑みだ。
「快楽殺人鬼を可愛らしくしたような顔になってんぞ、って痛った!?」
トーザックの指摘はさすがに酷いと思うのでスネを蹴飛ばしたが、たしかに結構怖い笑みだろう。実は生前からそうなのだ。戦闘が楽しいとついつい笑ってしまうのだが、それが誰に見られても怖いと言われる。考えてみれば当然で、命のやり取りを楽しんでいる顔なのだから怖いのも当たり前だ。
「工夫して戦うの、楽しかったから」
「もう、可愛いんだからそんな怖い顔しちゃだめだよ?あと、鎧変えないとね」
俺の顔は確かに整っているが、エレナの方が愛らしいと思う。
いや、それより……
「……あ」
見れば俺の革鎧には大きな傷跡が刻まれていた。最後の一押しをしたときに暴れる蔦の棘で切り裂かれたようだ。
「出費が……」
「いや、シュリルソーンソルジャーがいい金になるだろ」
落ち込む俺にトーザックが説明してくれた。シュリルソーンソルジャーは出くわすことが珍しいため誰も目当てに潜ったりしないが、金属質な蔦が色々な物の材料になるので結構な値段になるのだそうだ。ちなみに魔石はコアの中にあるので木端微塵だ。
俺が持って帰って実験用にすればその分費用が浮くからいいか……。
そんなわけでコアは全部俺がもらったのだが、なんと魔石を核にして個体が成長するほど外側へ新しいレイヤーが作られて大きくなるという構造だったらしい。厳密にはコアこそがシュリルソーン系の魔物の正体なのかもしれないが。とにかく真珠のような仕組みだ。道理で刃筋が立たなかったわけだ。
「いつか斬る」
「いや、さすがにそれは厳しいと思うぞ」
「練習あるのみ」
「その、シュリルソーンソルジャーはそこそこ珍しい魔物なので……」
決意を固めた俺にマレクがそう言いかけるが、聞こえてきた音に黙った。
ギュリギュリ……キュルキュリキュリ……ギギキィー……
まだ遠いが、それはシュリルソーン系のたてる不快な音だ。しかも1体や2体ではすまないくらいの。
「……群生地を拓いちまったみてえだぞ」
「まずい、帰って報告だ!」
顔色の悪くなった「夜明けの風」の面々につれられて、俺とエレナも急いでそこを立ち去るのだった。
その日、ギルドに戻った俺たちは危険なゾーンを浅層に繋げたとしてマザー・ドウェイラから叱り飛ばされた。
ようやく三章も半分です。
え、まだ半分なのかって?
そう、めっちゃ長いんですよ・・・すみません。
それと突然ですが、アクセラが幼少期に買ってもらった補助魔導具の髪飾りを覚えているでしょうか?
珊瑚に金銀を彩った物だったのですが、返す返すゴツイなぁ似合わんなぁと思っていたのです(苦笑
この度、同じ珊瑚でもシンプルな珠の髪留めに変更しました。今後出てくるかわからんけど()
性能含めて話の筋に全く関係ないので、読み返す必要はありませんです。
(二章 第3話 リオリー宝飾店)
~予告~
冒険に怪我や装備の破損はつきもの。
そんな時にもし壊れない鎧があったなら・・・。
次回、鋼の厄災
エレナ 「ぜったい着ちゃダメなやつだよね、名前からして」
トーザック 「災厄って言っちまってるしな・・・」




