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三章 第12話 災いの果樹園

 馬車にゆられること1時間ほど、俺たちは目的のEランクダンジョン「災いの果樹園」へと到着した。往復2時間に休憩を合わせた3時間のサイクルで運行しているらしいので、俺たちが活動できるのは合計4時間ほどだ。


「さて、いよいよダンジョンの実地訓練だが、心の準備はいいか?」


「ん」


「だいじょうぶです!」


 俺たちの目の前には分厚い植物の壁に覆われた古代のダンジョンが鎮座している。「災いの果樹園」の名からわかるかもしれないが、元はユーレントハイムを含む4国の前身となったディストハイム帝国時代の果樹園だった場所だ。帝国の崩壊と前後して打ち捨てられ、長い時を経てダンジョンと化してしまったらしい。

 そもそもダンジョンとは長い時間をかけて異常な魔力が溜まることで特殊な環境に変化した場所をいい、その性質も千差万別だ。共通点といえば独立した魔力の循環経路を備えていること、溜まった魔力から魔物化した生物が独自の生態系を構築していること、そして一定間隔で強力な魔物が存在しているということくらい。ちなみにその強力な魔物をダンジョンボスなどと呼ぶ。


「このダンジョンは所謂オープン型、つまり屋外だ。酸欠や崩落を気にしなくていいかわりに天候の影響をもろに受ける」


「出てくる魔物は基本植物系と小動物系、気を付けなければいけないのは毒よ。そうは言っても今日潜る辺りじゃ致死性の毒なんてないけどね」


「蔦状の魔物が多く生息しています。だから常に多少の注意を壁にも向けないといけない。なにせ壁は一面蔦だらけですからね」


「ま、総括すると全方位を気にしながら探索しなきゃいけねえわけで、冒険者としてのカンを養うにはちょうどいいってことよ」


 口々に「夜明けの風」の面々が説明してくれる。たしかに周囲に広く薄く注意を向けつつ行動することは大切だ。ここで比較的安全にその練習ができると言うならそれは良いことだろう。


「さて、とりあえず入るか。さすがに入り口早々になにかが居たりはしないから安心してくれ」


 ダンジョンには核があり、それに近づくほど魔力が濃くなる。逆に入り口に近いほど薄くなる。当然魔力を糧にしているダンジョンの魔物は核に近い場所を好むのだ。


「そういえばさっきの2人組、どこまで行けると思いますか?」


 最後に簡単な装備のチェックをしていると、エレナがそんなことをアペンドラに尋ねた。


「そうね・・・見たところDランクの中級ってところだから、深層部付近でも問題なく活動できると思うわよ。パーティーが揃ってればだけど」


「2人きりだと?」


「中層まで突っ込んだら帰ってこれなくなるんじゃないかしら?このダンジョン、さっきも言ったみたいに搦め手の敵が多いのよね」


「あの、止めなくてよかったんですか?」


 こともなげに言ってのけるアペンドラにエレナは控えめな質問をする。たしかに一般常識からすれば止めてやるべきなのだろうが・・・。


「冒険者の生き死には自己責任だもの。それに言ってあげてもきっと聞かないわよ、あいつら」


 と肩をすくめた。俺も同意見である。


「そうですか・・・」


 エレナは納得しきれてはいない様子だが、食い下がってもどうにもならないことであるくらいは理解できているらしい。おとなしく引き下がった彼女の頭をそっと撫でてあげる。


「よし、各自点検も終わったな。入るぞ」


 そしてガックスの号令で太い蔦に覆われた門をくぐった。その瞬間、口から吸う空気が少しだけ粘度を増したような錯覚を覚える。入り口とはいえダンジョンに流れる魔力は外よりも多い。魔力をある程度感知できる者なら何らかの方法で境目を感じることになるだろう。

 前方には砕けた石畳と雑草の道がのび、緑の壁が両脇を固めている。その壁が元々あったところへ植物が絡んだのか、丸ごと生えてきたのかはよくわからない。表面は俺の手首ほどもある太い蔦で覆われ、ところどころに葉っぱや謎の実が生っている。道幅はおおよそ3mといったところか。


「その実は色ごとに効果が違う。食べれるものもあるがその説明は休憩時に行うから、それまではウッカリ拾い食いするなよ」


「ん」


「拾い食いするような育ちしてねえだろ、こいつら」


「念のためだ。隊列はアクセラと俺が先頭。エレナとマレクが真ん中であと2人が後ろ」


 手早い指示に隊列を組む。前衛の練習に俺とその護衛として自分、魔法使いに求められるオールレンジの練習にエレナと護衛にマレク、全体を俯瞰してサポートする後衛2人という教導と護衛を兼ねるいい配置だ。


「なにか気付いたら真っ先にパーティーで共有するんだぞ」


「ん」


「はい」


 薄く広く、冒険者に求められるその注意の仕方を教本通りに行う。一応物心ついたときから生前の感覚に近づけるようトレーニングを積んできたが、はたしてどこまでカンが戻っているやら。

 うちの妹君は注意を分散させるのがとても苦手なので、その分高い観察力で周囲をきょろきょろ見回している。俺みたいに低精度で広くカバーしないと疲れると思うのだが、彼女はどうしても高精度で狭くしかできないらしい。


「慣れないとしんどいぞー」


「が、がんばります」


 トーザックが遠回しに肩の力を抜けてと言うも、本人のやる気を強めるだけに終わった。そもそも絶対薄くカバーできるようになるまえに、もっと効率よく高密度の注意を持続できるように進化するぞ、この娘。エレナはそういうタイプだ。


 ~★~


 時折左右に曲がりくねった道を進んでいった俺たちは、ガックスの指示でわずかに狭い道へと途中で進入した。入り口から続く大きな道は中層まで真っ直ぐ繋がっているらしく、これ以上進んでしまうと訓練に適さないエリアとなるのだと教えてくれた。


「基本的に中心の通りにはあまり魔物がいない。理由はよくわからないがな」


 というわけで脇道に逸れてからが今日の本番だ。少しだけ近くなった壁に意識を向けつつ、周りの気配の変化にも気を配る。音による察知は金属鎧を装備している人間が2人もいる以上、少なくとも俺の耳では信頼に足る情報を得られない。


「・・・ん、正面、なんか来る」


 ふと何か動く気配を感じて伝える。


「ホントすげえよな、俺とほとんど同時に察知してんだもん」


「鍛えてるから」


 肉体的にはまだそこまでではないだろうが、俺の場合中身の方に蓄積されたコツやら経験値が段違いなのだ。それでもおそらくわずかにトーザックの方が早く気付いているはずである。俺たちの訓練だからとあえて言わないだけで。

 そんなことを考えている間にも気配の主は俺たちの目の前にその姿を現した。それは一見すると大きな兎だ。俺やエレナにとっては一抱えして余りある大きさだけで十分ただの兎には見えないが。なにより全身の毛皮を突き破って蔦が生えてきており、それがゆっくりと蠢いている。そんな有様なのに痛がる様子もなく、ただ敵意だけをこちらに向けているのだ。


「ソーンフットが3体だね」


「ちょうどいい。毛皮をダメにしないよう倒そ」


「了解!」


 初の狩りを前にエレナが小さくガッツポーズをする。安全とはいえピクニックにでも来ているかのようなテンションだ。しかしこれで彼女は真剣そのものだったりする。

 それにしても薄緑の毛皮に覆われた巨大兎の表面を何本もの蔦が這いまわっているのはかなり気持ち悪い光景だ。ただ蔦が生えているのではなく、毛皮を突き破って生えたそれがまた別の部分を食い破って中へと循環しているのがなんとも・・・。


「キーッ!」


 甲高い声で威嚇するソーンフットたちにこちらも隊列を整える。移動時の隊列のままお互いの距離を調整したくらいだが。


「俺たちは基本的に防衛と警戒にあたる。ソーンフットを倒すのはできるだけ自分たちの力でやってみてくれ」


 ガックスの指示に首肯する。ソーンフットのランクは先日のアンブラスタハウンドと同じくE、強くはないが好戦的だ。うっかり倒されるとあの蔦を体に入れられて養分を吸い取られるという悲惨な末路が待っている。


「エレナ、右以外」


「うん!」


 手短に指示を出して自分は抜剣しつつ右の敵へ突撃する。彼我の距離が詰まる間にエレナが詠唱を行う。突然距離を詰められたソーンフットは驚いたように一瞬固まったのち一斉に俺へ飛び掛かる。さすが兎の魔物というべきか、その跳躍力はかなりのものだ。


「や」


 あいかわらず気の抜ける声と共に目的の個体のさらに右側へ体を倒しながらもう1歩踏み込み、剣を振るう。切っ先に重量の乗った鋼のショートソードは大きく飛び上がった兎の喉元へと吸い込まれ、植物由来の繊維質を絶つ感触を俺の手に伝える。


「ギキッ!?」


 喉を切られて濁った悲鳴を上げたソーンフットはまともな着地もできずに地面へと落下する。俺はというと、そのまま右へかたむけた体を更なる踏み込みで加速させ、エレナの射線をあけてやる。

 背後でゴス!っという鈍い音がしたので足を止めて振り向く。そこには氷魔法で投じられた氷塊を頭に受けて絶命する残りのソーンフットが。


「仕留めたよ!」


「ん、おつかれ」


 周囲に他の気配がないかも確認しつつ剣を納める。


「手早い討伐、お見事!」


 トーザックが冗談交じりにそう褒めてくれた。


「ソーンフットの使える部位は分るか?」


「ん、革と蔦と足」


 革は体毛を処理すれば馬のそれに近いらしく、内側には植物由来の微細な繊維が存在している。それゆえ内側に研磨剤付きの布を張りつけなくともこれ1枚で革砥の役割を果たすのだとか。蔦は解熱剤の材料に、足は付与魔法を施す触媒となるのだ。

 そう俺は本で読んだ知識を思い返して答えたのだが、アペンドラが1つだけ訂正を入れてきた。


「最近では解熱剤としては使われなくなったらしいわよ。安定して手に入る解熱の薬草が森の中に生えだしたんだって」


 彼女がギルドで仕入れた情報によると、なんでも近くの森の中にここ数年で解熱剤になる薬草が生えまくってしまったので、ソーンフットの蔦に需要は無くなってしまったのだとか。他の選択肢がないならいざ知らず、好んでこの気持ち悪い見た目の代物を薬にしたいとは誰も思わないのだろう。


「なら足と革だけ?」


「そうなるな」


「解体用にナイフいるか?」


「ん、持ってる」


 俺たちはベルトの後ろ側から小振りなナイフを抜く。柄まで革で覆われたそれはよく見なければベルトの一部だと誤認されるだろう。作業用であるとともに一応の護身用なのだ。


「解体の手順は?」


「知ってはいますけど、やったことはないです」


「ならこのソーンフットで練習してみてはどうですか?幸い革以外はいくら失敗してもいい、捨てるだけの物ですし」


 マレクの提案に俺たちは頷く。断る理由がない。俺自身、生前を含めても獲物を解体しなくなって久しいので鈍っている可能性が高いのだ。


「俺とマレクで教える。トーザックとアペンドラは引き続き周囲の警戒を頼むぞ」


「あいよ」


「任せて頂戴」


 そんなわけで俺たちは一旦足を止めて獲物の解体を練習することになった。


 ~★~


 兎の解体ショーを済ませてから1時間、俺たちは休憩として開けた場所にきていた。俺自身はそうでもないのだが、エレナの体力が少し尽きてきていたのだ。いくら鍛えていても初めてのダンジョンで、常に気を張り巡らせたまま活動するのは負担が大きいのだ。むしろよく1時間ももったと思う。


「よし、ざっと確認したかんじ危険はねえぜ」


「休憩と装備の点検をするとしよう」


 武器も防具も数時間使用していれば不具合がでることもある。それをこまめに察知して調整するのも大切な仕事だ。


「休憩ならあれ食おうぜ」


 俺たちが崩れた壁と思しき瓦礫に腰を落ち着けると同時、トーザックがそう言って壁に近寄っていった。


「?」


「ほらよ」


 壁を覆う分厚い蔦の層からもぎ取った何かを投げ渡される。見てみればそれは入り口からちょくちょく見かけた不思議な実だ。大粒の苺くらいの大きさだがその質感は多肉植物やサボテンに近い。ヘタから半分過ぎのところまでは黄色いのだが、そこから先は光を通す半透明になっている。一言で言えば美しい植物だ。


「食べれるんですか?」


 自分も同じ物を受け取ったエレナが首をかしげる。


「食えねえモンを渡すわけないだろ?」


「皮ごと?」


「そうさ」


 俺は言われるままに、明るい黄色と半透明の不思議な実を袖で軽くふいて齧ってみる。口の中に甘い液体が一気に広がった。見た目通りかなり水分の多い実らしい。べたついた感じのないあっさりした甘味と花のような香りは今まで食べたどんな物とも違う、見た目同様にかなり不思議な代物だった。


「ん、おいしい」


「だろ?」


「わぁ、おいしい!これ何なんですか?」


「災いの果樹園でしか取れない実、オレ呼んで災いの実だ!」


「その名前は止めましょうよ・・・ここは昔果樹園だった場所がダンジョン化したわけですが、その際にそこで育てられていた果樹も独特の変化を遂げたと言われているんです。それがここら一帯の壁を埋め尽くしているこの植物というわけですね」


 ということはこのダンジョンは果樹が異常繁殖しているわけか。入り口からここまでの壁は全てこの植物に覆われているわけだからな。下手をするとこのダンジョンそのものが1つの植物ということもあるかもしれない。


「黄色以外にもありますけど、全部同じ植物なんですか?」


「一応同じ植物らしいわ。少なくとも今は」


「今は?」


「そう。なんでもここで育てられていた果樹がダンジョン化する際にごちゃまぜになって1つの植物になったんじゃないかって、沼での護衛を頼んできた学者さんは言ってたわ」


 以前ケイシリル沼地での毒植物採取で護衛したという学者か。


「ちょうどいいからこの植物の実の種類について説明しておこう。トーザック、適当に全種類集めてきてくれ」


「全種類!?それ適当って言わねぇ・・・」


 文句を言いながらちゃんと壁に向かって実を探し始めるあたり真面目な男だ。彼は見つけた実を振り返りもせずこちらに投げ、ガックスがそれをキャッチして俺たちに見せてくれる。


「この植物の面白いところは色ごとに特性が変わる点だ。たとえばこの赤茶色の実は劇物だ。食べると3分ほどで心臓が止まって安らかに死ねる。間違っても食べないように」


 いきなり毒物だった。色がどんよりとした赤茶色であることを除けばさっきのと何も変わらない姿をしている。


「次にこの青い奴は薄荷みたいに口の中がスッとする。味自体は黄色より薄味だな」


「ほれ、もう1個」


 トーザックが青い実をもう1つ投げてくれたので俺とエレナは1つずつ齧ってみた。たしかに少し口の中がスースーする。味も薄いというか、上品だ。


「赤いのはもっと強い甘味があるんだが・・・トーザック、赤い奴投げてくれ」


「注文多いな!」


 やはり文句を言いながらも赤い実を2つ投げてくれる。


「ん、甘い」


「ほんとだ・・・ちょっと甘すぎるような気もするけど」


 黄色の実の3倍くらい甘かった。


「ときどき赤い実だけは種があるから気を付けろよ。俺たちは角って呼んでるんだが、細長くて下手に食べると口に刺さるぞ」


「それは食べる前に言ってほしかった」


 他にも赤茶色の実の解毒作用を持つ紫の実や、2口齧れば胸やけすると言われるほど酸っぱい緑の実、微弱な魔力回復効果を持つ橙色の実などこの広場で見つかる全ての種類を見せてもらった。

 しかし、これは良い物を教えてもらってしまった・・・使えるぞ。

 俺は心の内でにやりと笑った。


「まあ、無難なのは黄色と青だな。似たような色で悪い効果を持つやつはないし、何処にでも山ほど生えてる良い食料だ。あと奥の方に挑むなら橙の魔力回復効果も侮れないぞ」


 現地調達できる魔力源は非常に貴重だ。魔力ポーションは高価で、ガラス瓶に入った液体なので重さも馬鹿にならない。現地で採取して回復できるならそれがベストなのだ。


「もう少しいけばスライム系も生息しているから、意外とこのダンジョンでは魔力切れになりにくいんだ」


「生ポット?」


「さすがだな、よく知ってる」


 生ポット、略さずに言えば生ポーション。薬師が作った魔力ポーションと似たような効果をもたらすとあるブツを冒険者の間でそう言うのだ。その正体はスライムの核なのだが、核を破壊せずに連中を倒すのは中々至難の業だ。


「さ、そろそろ休憩はおしまいだ」


 謎の果実の講義が終わったところでガックスはそう宣言した。水分と甘い物で英気を養ったおかげでエレナの疲労も抜けたようだし、いいタイミングだろう。


「装備を調整して出発だ。次の休憩は2時間後の昼飯だからな」


 昼までに食べられる獲物を見つけられなければ干し肉と植物が今日のお昼だ。ここはなんとしても肉を確保したいところだな。

~予告~

災いの果樹園の先、そこは闇が横たわる場所。

明日は昨日となり、時計は逆に回転する場所。

次回、まっくら果樹園


エレナ 「まっくら果樹園・・・間違えて食べちゃダメな実を食べちゃいそう」

マレク 「それ以前に実の場所がわかりませんよ・・・」

トーザック 「そんなレベルの問題じゃねえだろ!」

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